PART3:ジャック・ストライク・バック

ここは地球のとなりの反対の裏の表の南の東にある異世界"ドラキュランド"。その中心にそびえるアクモ城の大ホールに、バンパイアキングはいた。

「はいれ!」

彼の威厳のある重い声が響き渡った。

声に従って、おずおずと入ってきたのは痩せこけた女バンパイア。キングは軽蔑を込めた眼差しで彼女をジロジロと見回した。

「薄汚い下級バンパイアめ…。城下のものではないな?」

「はい」

女は深々と頭を下げた。

「マーカイ村に住んでおります。ファーピー・グレイマウスと申します」

マーカイ村。キングはその名を聞いて眉根を寄せた。アクモ城下町を抜けてすぐのところにある限界集落であり、ちょうど今朝の超音波チャンネル(ラジオのようなもので、電波コウモリを通して発信された超音波を、バンパイア自身が聞き分けることでニュース番組や音楽番組を聴くことができる)で、外を出歩いていた浮浪者のバンパイアが、野良ケルベロスの餌食になって発見されたと聞いたばかりだった。

キングは咳払いをすると、話を始めた。

「して、話というのは?」

「は、行方知れずになって久しいプリンセスについてです」

「なんと…」

キングは、玉座から落ちそうになるほど顔を乗り出した。

「わたしが召喚された異世界で、偶然プリンセスを発見しました」

「それは、どこだ!もったいぶらずに早く申せ!」

ファーピーは、顔を上げ、キングの目を真っ直ぐにのぞき込んだ。

「地球です」


時は数日前に遡る。

ベネディクトミドルスクール、昼休み、体育館の裏。

髪を左右で蛍光ピンクと紫に染め分けた、ドクロマーク付きの黒いトップスのパンクスタイルの女の子が、マイキーとバニラの"骨フリスビー"を見て、ゲラゲラ笑っている。

「わたしにもやらせてよ」

女の子はマイキーから骨をひったくると、助走をつけてぶん投げた。かなりの暴投で、骨は見えなくなるほど遠くに飛んでいった。バニラは必死で骨を追いかける。

「ほら、走れ、メス犬(Bitch)!!」

女の子は爆笑しながら、囃し立てる。普通に教室に通い始めるようになってからの彼女の変わり様には、マイキーもすっかり困惑していた。信じられないかもしれないが、彼女があの病弱少女ミザリー・アルツハイマーである。あの弱々しい口調も、ネガティブな思考も彼女が投げたあの骨のように、はるか彼方に飛んでいって、すっかり消えてしまった。もっとも、このパンクスタイルこそが彼女の本来の姿なのかもしれない。当然こんなぶっ飛んだヤツには人は寄り付かず、めでたくマイキーたちイケてないグループの仲間入りを果たした。マイキーにしてみれば、確かにあからさまにヤバイヤツではあるが、以前の彼女よりかはずっといいと思っていた。以前の彼女は魔法で、危うくふたりの人間(正確にはひとりは人間ではないが)を殺すところだったのだから。

バニラが骨を加えて戻ってきた。彼女はミザリーのもとにたどり着くなり、骨を捨てて抱きついた。

「ありがと、ミザリー!」

「な、なによ」

ミザリーは困惑しながら彼女を引き剥がした。

「じゃーん!」

バニラは手を開いて、握っていたものを見せた。それはキーホルダーサイズに縮んだ無敵の三叉槍トライデンタルだった。数週間前、ジャックとここで一悶着あった際に、なくしていたものだ。

「ミザリーが、ちょうど骨を投げたところに落ちてたの!」

「あっそ、良かったわね」

ミザリーがぶっきらぼうに応えると同時に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

3人は教室に戻ろうと歩き始めた。

「そうだ、ミザリー!」

教室につくなり、マイキーがミザリーを呼び止めた。

「はい、これ」

彼が差し出したのは、一冊の本。それは、ふたりが保健室ではじめて出会った時にミザリーから借りたものだった。

「どうせ読んでないんでしょ」

ミザリーは本をひったくるように受け取ると自分のかばんにしまい始めた。

「いや、読んだよ」

それは嘘ではなかった。確かにマイキーは借りたことをすっかり忘れていたのだが、返さなければいけないことを思い出し、机の上に放ってあった本を手にとったときに、なんとなくパラパラとページをめくっていたら、案外熱中して、あっという間に最後まで読んでしまったのだ。

「ミザリー、これの続き持ってない?借りたいんだけど」

ミザリーは、驚いて振り返り、疑うような眼差しをマイキーに向けた。

「ほんとに読んだの!?」

「そう言ってるじゃないか」

「わかったわ。でも、わたしも今読んでるところなの。図書館に行けばあると思うわ。自分で借りれば?」

「オーケー。ありがとう」


その日の放課後、マイキーはバックマン図書館を訪れていた。バックマン図書館は、ベネディクトミドルスクールの向かいにある図書館で、町の人も利用する市営図書館だが、すぐそばということもあり、ベネディクトミドルスクールの学校図書館も兼ねていた。

彼はもともとあまり本を読む方ではなく、図書館を利用するのも授業で使うときを除けば入ったことすらなかった。適当に棚の間をぶらぶら歩き回りながら探したが、なかなか見つからず、ミザリーを連れてくれば良かったと後悔した。一緒に来たバニラといえば、端っこの児童書コーナーでよちよち歩きのちびっ子たちに紛れて楽しそうに笑い声を上げながら読み聞かせを聞いていた。

マイキーは自分で探すのは諦め、カウンターに向かった。

「あの、すみません」

彼はカウンターの中で本を読んでいる司書と思われる女性に声をかけた。おそらくマイキーよりも3つか4つ年上で、兄のブランドと同じくらいの歳に見えた。色の抜けた銀色っぽい髪が目立っている。マイキーは胸ポケットについたネームプレートに目をやった。"Leil Rapcast"。彼女、ライル・ラップキャストは顔を上げ、何も言わずにマイキーを見つめた。

「え…?あの…」

マイキーは彼女の目に涙が浮かんでいるのを見て、困惑した。彼女はそんなマイキーを見て少し笑って、涙を拭った。

「ごめんなさい、これ読むとどうしても泣いちゃうのよね」

そういって彼女は読んでいた本の表紙を掲げてみせた。『グリーンマイル』だ。

「なにかようかしら」

彼女は本に栞を挟んで脇に置いた。

「え? ああ、えっと、本を探してて…」

「なんて本?教えて」

それから、マイキーはライルに図書館を案内してもらいながら、本の探し方を教えてもらった。彼女に言われたとおりにすると、目当ての本はすぐに見つけることができた。

「おもしろいよね、それ。わたし好きなんだ」

ライルはマイキーが棚から取り出した本を見ていった。

「ぼくも好き。友達に借りて読んだんだけど、すっかりハマっちゃった」

ふたりはその本の話をしながら、カウンターに向かい、貸出の手続きを終えた。

「それじゃ。また困ったことがあったらわたしのとこに来てね。わたしはいつでもここにいるから」

「ありがとう」

マイキーは、カウンターから離れると、児童書コーナーで眠りこけ、寝ぼけて自分がシンデレラになったと思い込んでカボチャの馬車を探し始めたバニラを引っ張って図書館をあとにした。


翌朝、教室は研修旅行の話題で持ちきりだった。

それはベネディクトミドルスクールで年に数回行われる行事で、4、5人のグループごとに別れて自分たちで計画を立てて2泊3日の旅行に出るというものだ。研修とは名ばかりで、最後にレポートを提出する必要があることを除けば、ほとんどただの観光旅行である。そして、研修旅行を1週間後に控えた今日はその事前準備、グループ分けから旅行の計画までをする準備期間の初日であった。この準備期間が1番楽しいと考える生徒も多く、クラス中が華やかなムードに包まれていた。

教室にバスター先生が入って来るなり、名簿を読み上げる時間すら惜しいとばかりに、即座にグループ分けが始まった。名簿順(ジャックを除く。彼は例外なく先頭である)に並び、くじを引いて、黒板に描かれたアルファベットつきの円の中に自分の名前を書いていく。

数分後、悲鳴や歓声で騒がしい中、机を移動させていくつか島を作り、決まったグループごとに分かれて席についた。

「最悪…」

マイキーの目の前の席で腕をだらんと伸ばして机に伏せたエイプリル・キャッスルが、絶望のこもった声で呟いた。

「マイキー・マックイーン!おまえの研修旅行は終わったと思え!」

その横でマイキーにチェンソーを突き付けてバカ笑いしているのはジャック・ジャッカルランド。

残りのメンバーは、何やらふたりで遊んでいるバニラとミザリー、端っこで居心地悪そうに縮こまっているロスター・ノーウェア。合わせて6人のグループだ。

「安心しろ、エイプリル!このジャック様がいれば最高の旅行になること間違いなし!まず手始めに邪魔っけなうすのろマイキーとその取り巻きどもを撃退する計画から始めよう!」

「あんたがいるから最悪だって言うのよ!あっちのクズどもなんて元からいないようなもんだわ」

それからエイプリルとジャックは聞くに耐えない壮絶な口喧嘩を始めた。

「いっしょだね」

そんなふたりを気にもとめずに、バニラがニコニコしながらマイキーに言った。

「でも、ほんとあんたたちが同じグループでよかったわ。そうじゃなかったら、わたしロスターみたいになってたかもね。へイ!ロスター、元気してる!?」

そういって、ミザリーはロスターに絡み始めた。この有様では到底計画などまとまるわけもなかった。2時間目が始まった時点でエイプリルはいなくなっていたし(休憩時間に勝手に家に帰ったらしい)、ジャックはチェンソーで遊び始め、流血騒ぎになって可哀想なクラスメイト二名が保健室に送られ、ジャックもどこかに連行されていった。バニラはずっと眠っていたし、ミザリーはロスターが気に入ったのか、ずっとちょっかいを出していて、ロスターも満更でもなさそうにそれに応えていた。マイキーは机に肘をついて、そんなメンバーたちの様子を眺めていただけで、気付けば夕日が教室をオレンジ色に染め上げていた。


その日の夜、ジャッカルランド家。クラスメイトに怪我を負わせた罰として原稿用紙5枚分の反省文を書かされていたが、それぞれの用紙にデカデカと「F」「U」「C」「K」「!」と書き残し、隙を見て帰宅した。補習監督は例によって生徒に対する興味が道端の雑草に対するそれと大差ないと言われるバスター先生だったので、抜け出すのは容易だった。

ジャックは家に着くなり、自室にファーピーを呼び出した。

「なにか御用でしょうか?」

「おまえにやってもらいたいことがある。今度こそあのマイキー・マックイーンに誰が1番強いのかを思い知らせてやるのだ」

ジャックは椅子から勢い良く立ち上がると、ウロウロ歩き回りながら話し始めた。

「最近ヤツは調子に乗っている。おかげでおれは今日補習を受けなければならなくなった!それも、あの薄馬鹿のバンパイアプリンセスのせいだ」

ファーピーの目の前にきたジャックは、そこでピタッと立ち止まって、彼女の方に振り返った。マイキーと彼が補習を受けるはめになったことには一切関係性はないが、ジャックは何か失敗したときは、必ずすべて他人に原因があると考えているタイプなので、当然とばっちりを食うとしたらマイキーなのだ。

「つまり、あいつさえいなければ、マイキーもただの幽霊もどき!」

「…それで、わたしはなにをすれば?」

「まあ、落ち着け、これから話してやる」

ジャックはそういうと、ドサッと椅子に腰掛けて、ニヤリと不気味な笑みを浮かべた。

「おれさまの逆襲がはじまるのだ」


こうして、ファーピーはドラキュランドに戻ることになった。

自分の世界に戻るのは簡単だが、異世界へ移動するのは、その世界の住人に呼び出してもらう必要があるため、彼女のような下級バンパイアにとっては、貴重な機会であり、一度ドラキュランドに戻ってしまえば、次にいつ地球に来れるかはわからない。元々プリンセスを呼び出すつもりだったジャックが、再びファーピーのことを呼び出してくれるとは思えなかったが、それでも、彼の言うことを聞いて戻ってきたのには理由がある。ジャックの作戦を成功させることはファーピー自身にもメリットがあったからだ。その内容とは、ファーピーがバニラが地球にいるということをバンパイアキングに伝えることで、キングにバニラをドラキュランドに連れ戻させるというものだ。それによって、ジャックはバニラを追い払うという目的を達成し、ファーピーはキングから報酬を受け取り、うまく行けば階級を上げることすらできる。階級が上がれば、もう貧しい暮らしに耐える必要はなくなる。

ファーピーの話を聞いたキングはすぐに行動を始めた。地球に、使者が送り込まれたのだ。


翌日、その日も学校は研修旅行の計画を進めるために、グループごとに集まっていた。他のグループはすでにある程度案がではじめていて、すでに初日の予定がまとまったというところもあった。マイキーたちのグループは相変わらずで、エイプリルに至っては学校に来てすらいない。おそらくそのまま研修旅行当日までやり過ごすつもりだろう。いないのはエイプリルだけではなく、ジャックは、上級生の体育の授業に飛び入りで参加しているらしく、ミザリーも、朝はいたのだが、軽く挨拶をすると、教室に荷物を投げおいて出ていって、そのまま戻ってきていなかった。

そして、昼休み。マイキーとバニラがいつものように骨で遊んでいるところにミザリーがやってきた。

「どう、計画は進んでる?」

「いや、まったく。今日はずっとバニラに絵本を読んであげてたんだ。同じシンデレラの絵本をもう100回くらい読んだんじゃないかな。セリフも全部覚えちゃったよ」

マイキーはバニラから受け取った骨を持ったまま、話し続けた。

「もう、おしまいだよ。このままじゃ、地獄のテンプレートコース行きだ」

研修旅行は生徒たちに計画をさせる都合、マイキーたちのように(ここまで酷いのはまれだが)まったく話が進まないまま当日を迎えてしまったグループのために、先生が計画した旅行プランが用意されている。それが地獄のテンプレートコースだ。見ても全く面白くない戦争や暗い歴史にまつわる記念碑や、ただひたすら気まずいだけの、あまり仲が良いとはいえない姉妹校との交流会。旅行といえば、ある意味では一番盛り上がるイベントとも言える宿泊も、大学の古い寮の個室、通称"独房"を借りて、壊れて水しか出ないシャワーを浴び、薄い毛布にくるまって硬いベッドで震えながら夜を過ごすことになる。

あまりの酷さに、テンプレートコースを終えて帰宅した後、精神を病んで、いまは精神病棟の一室で静かに呼吸をすること以外に何もすることのない余生を過ごしているという上級生の噂を思い出し、それだけでマイキーは青ざめて鳥肌が立った。

「大丈夫よ、わたしに任せて」

「どういう…」

「早くしてよ、マイキー!」

なかなか骨を投げてくれないマイキーにしびれを切らしたバニラが話を遮った。マイキーは慌てて、なかば上の空で骨を投げたが、あらぬ方向にすっ飛んだ骨は、体育館の上の窓から中に入っていってしまった。

3人は顔を見合わせると、ジャックの怒りの叫びが聞こえる前に、走ってその場をあとにした。


昼休みがあけ、顔を真っ赤にして湯気を立ち上らせたジャックが、チェンソーを振り上げて教室に入ってきたが、マイキーの首と体がさよならする前に、ミザリーが切り出した。

「わたし、計画を立ててきたの!」

「なんだと?」

ジャックの手が止まった。

ミザリーは机に1冊のノートを出した。

「わたし、ずっと保健室にいたでしょ?いままで旅行なんてしたことなかったから、いろいろ行きたいところがあるの」

そういうと、ノートの1ページ目を開いてみせた。

「まずは、日本よ!」

その場にいた全員が、ポカンと口を開けて固まった。バニラだけは、みんなが驚いている理由がわからず、きょとんとしていた。

「いま日本って言った?日本って、あの日本?」

マイキーが聞き返した。

「他にどの日本があるのよ」

「でも、外国に行ったなんて、聞いたことないよ!先生が許さないって!」

「大丈夫よ」

そういうと、ミザリーはもう1冊ノートを取り出した。

「こっちが提出用のダミー。全員分のレポートも用意しといたから、これで課題の心配もなし!」

「やるじゃねえか!」

レポートが用意されていると聞いて、気分を良くしたのか、ジャックがニヤニヤ笑いながら賛同した。

「でも、パスポートだって持ってないし、お金だって…」

「大丈夫だって、私に任せて!」

こうして、ミザリーの無謀な研修旅行計画が幕を上げたのだった。


沈む夕日を背後に、ブランコがキーキー音を立てて風に揺られている。エイプリル・キャッスルはベンチに座り、その様子を眺めていた。家族には学校に行っていないことを隠していたので、いつも通りに家を出て、そのまま公園で1日時間を潰していたのだ。あのバスター先生がわざわざ家に電話するはずもなく、研修旅行が終わるまではこのまま隠し通すつもりでいた。

彼女は、そろそろ帰っても怪しまれない頃と思い、立ち上がろうとしたその時、公園の入り口に誰かが立っていることに気がついた。その人影はエイプリルを見ると、真っ直ぐに彼女の方へ向かってきた。危険を感じたエイプリルは、公園から立ち去ろうと、相手を避けるように大回りして出口に向かい始めたが、彼女が逃げようとしていることに気がついた影は、走り出し、一気に距離が詰まる。エイプリルも走って逃げようとするが、恐怖に脚がもつれて、勢い良く地面に倒れてしまった。影が、異様なシルエットの右腕を持つ男が近づいてくる。彼はその腕の先をエイプリルに向けた。夕日を反射して輝くその腕は、人の腕ではなく、鋭利な筒状になっていた。サイコガンである。そう、彼はダークスコア墓地に眠っていたところを、ジャックによって蘇らせられた恐るべき殺人鬼、ジャック・ザ・リッパーだ。エイプリルは、必死に逃げようと後ずさるが、無慈悲にも脚を踏みつけられ、痛みに悲鳴を上げて動きを止めた。サイコガンの銃口が額を捉える!エイプリルは死を覚悟し、目をつぶった。そして、レーザー光線が発射された!

「何やってんだこのうすらバカ!」

怒鳴り声が聴こえ、エイプリルは自分がまだ死んでいないことに気付き、おそるおそる目を開いた。

最初に目に入ったのは、呆然と自分の右腕を見つめるリッパー。その右腕のサイコガンは、斜めに切断され、黒い煙を上げていた。そして、その背後で、"左腕"を掲げるジャック・ジャッカルランド。

「よくもおれの腕を壊しやがったな!」

リッパーが、残った左腕でジャックに掴みかかるが、あっさりと振り払われ、地面に倒れたところにチェンソーを突きつけられて見動きが取れなくなった。

「その腕をくれてやったのはおれさまだ!新しい腕が欲しけりゃ、おとなしくこのジャック・ジャッカルランドさまの言うことを聞くんだ、いいな!」

そういうと、ジャックはエイプリルの方に向き直った。リッパーはチェンソーがなくなったおかげで見動きできるようになり、「覚えてろよ」などと、つぶやきながら、走り去っていった。

「おい」

ジャックは言った。"おい"。ただそれだけ言って、突っ立ったまま手を差し伸ばそうともしない。

「それだけ?」

エイプリルは自分で立ち上がり、スカートについた土を叩いて落とした。

「すこしは心配するとか、手を貸すとかしなさいよね!」

「知ったことか!おれさまがグレイトフルな計画を立ててやったから学校に来いと言いに来ただけだ!」

「はあ?」

エイプリルは心から呆れたという表情でジャックを睨みつけた。

「あんたの計画なら、絶対行かないわよ」

「なんだと?…まあいい、ほんとはミザリーが考えたんだ。それなら、いいだろ?」

ジャックはそれだけいうと、"おまえに拒否権はない"とばかりに返事も待たずに、踵を返し、歩き始めた。公園の入り口まで行くと立ち止まって振り返り、大声で怒鳴りつけた。

「絶対来るんだぞ、いいな!」

「待って!」

「なんだ?"NO"と言ったら二度と口の聞けない体にしてやるからな!」

「ちがうわよ!あの…」

「なんだ?早くしろ!腹が減って死にそうなんだ、今すぐ家に帰らないと…」

「…ありがと!」

エイプリルはジャックの目を見ないように、顔を背けながら言った。

「ふん」

ジャックは鼻で笑った。"ふん"。ただそれだけ言い残して、ジャックは道の向こうに見えなくなった。


そして、あっという間に研修旅行当日!特に休暇期間でもないにも関わらず、かなりの人数がゴロゴロと音を立てながらスーツケースを引きずって行き交う国際空港。

マイキー、バニラ、ミザリーの3人は、"例の場所"に一足先に集まっていた。マイキーは今回の計画のためにと、グレーのパーカーとジーンズで、なるべく目立たない格好をしてきたつもりだったが、一緒にいるふたりがいつもの調子なのでかえって目立ってしまっている。やがて、ジャックとエイプリルが遅れてやって来た。ジャックは相変わらず。左腕がチェンソーなのは隠しようがないためどうしても目立つ。エイプリルは、"目立たない格好"をどう勘違いしたのか白黒のゴシックドレスで、そんなふたりが一緒に歩いていたので、そばを通りかかった人は、目を釘付けにされるか、あるいは何かを感じ取って目を背けるかのどちらかだった。

「正気かよ!?仮装パーティじゃないんだぞ!」

マイキーは、すでにパニック寸前だ。

「ごちゃごちゃうるせえ!騒ぐと殺すぞ!」

ジャックはチェンソーを突きつけ、怒鳴った。

「もう、いいよ!さっさと行こう!」

そういって、マイキーは歩き出そうとしたが、ミザリーがそれを止めた。

「ちょっと、待って!おーい、ロスター!こっちだよ!」

ミザリーを除くその場にいた全員が完全に彼のことを忘れていた。ありとあらゆる面で劣っているロスター・ノーウェアだったが、唯一彼が誰にも負けないことがあるとすれば存在感の薄さである。

ロスターは、まさかのスーツ姿で、道に迷ったのか、通路のど真ん中に突っ立って、キョロキョロあたりを見回していたが、ミザリーの声に気がつくと、慌てて駆け寄ってきた。

「これで全員ね。行くわよ」

ミザリーが先頭に立って歩きだした。

「時間は?」

エイプリルが聞いた。

「まだ大丈夫。…あ、ここよ」

ミザリーは答え、扉の前で立ち止まった。

"STAFF ONLY"

扉には黒黄の警戒色のプレートに赤いゴシック体の文字でそう書かれている。

「いい?」

ミザリーが扉に手をかけ、振り返る。6人は顔を見合わせ、頷きあった。

ミザリーは取っ手を回して引っ張った。しかし、ガチャガチャと音を立てるだけで開く気配はない。鍵がかかっているのだ。

「…やっぱりやめない?」

マイキーが青ざめた顔で言った。

「何言ってんの!独房に行きたいわけ?」

ミザリーが憤慨した様子で応える。

「このままじゃ、本物の牢屋行きだよ!」

「ぶつぶつ言ってないで、作戦通りやるのよ!わかった!?ほら、エイプリルも!」

「イエス・サー…」

マイキーとエイプリルは"作戦"を実行するためにその場を離れる。バニラもマイキーの後についていった。

「ジャック!来て!」

ミザリーはジャックを扉の前に立たせた。ジャックはチェンソーを構える。

「合図したらやるのよ?」

「任せとけ」

「ロスター!あんたは、見張りよ。誰か来たら教えて」

ロスターは頷いて、あたりを見回して始めた。

「あの、すみません!」

マイキーは、ひとりの警備員に声をかけた。

「トイレに行きたくて!」

「ああ、トイレなら、ここをまっすぐ行って…」

「そうじゃなくて、一緒に来て欲しいんです。ぼく方向音痴で」

「仕方ないな」

そういって警備員は歩き始めた。

「あ!そこのあなたも!」

マイキーは別の警備員にも声をかける。

「なんで、ふたりも必要なんだ?」

「あなたがもし場所を待ち構えたりしたらぼくはおしまいなんで、少しでも安全に行きたいんですよ。もう、ビックベンもリトルベンも爆発寸前で!このままじゃ、ぼくのパンツの中で9.11が起こってしまいそうなんですよ!あ、そこの方も一緒に!」

一方、エイプリルも、ひとりの警備員に近づいていった。

「そこのあなた」

「何か御用でしょうか」

警備員が振り返る。

「お願いがあって、少しの間、他の部屋に行っていてもらえませんか?」

「は?それはまたなぜ?」

「わたしは、"あの"キャッスル家のお嬢様でしてよ!黙って言うことを聞きなさい」

「キャッスル家?聞いたことないね!迷子にでもなったのか… うっ!」

男は悲鳴を上げて、地面に倒れた。エイプリルが股間を蹴り上げたのだ。

「こっちのほうが早いわね」

エイプリルは、警備員を集めようと苦労しているマイキーの方に呼びかけた。

「もうやっちゃいなさいよ!」

「わかったよ。なるべくこの手は使いたくなかったんだけどな。バニラ!」

マイキーに呼びかけられるなり、背後から飛び出してきたバニラは、最初の警備員の腹に鋭い蹴りを入れる!ひとりが倒れたのをみて、別の警備員がスタンガンを構えて突撃してきたが、バニラは腕を一振りしてトライデンタルを展開、男の胸に深々と突き立てる!残るひとりは恐怖に悲鳴を上げて逃げようとするが、背中から槍を貫通させられて鮮血を拭き上げながら、うつ伏せに倒れた!

「食べていい?」

バニラは床に転がった警備員の死体を見て、ヨダレをたらしながらいった。

「ダメだよ」

「お願いマイキー、おててだけ…」

バニラは、目に涙を浮かべながらマイキーの顔を見つめた。

「仕方ない、1個だけだぞ」

「やったあ!」

バキッ!バニラは警備員の腕をへし折った。

「ジャック、やって!」

遠くでその様子を見ていたミザリーが指示を出す。ジャックはデタラメにチェンソーを振り下ろし、扉を破壊していく!

「取っ手のとこを狙って!鍵を壊すのよ」

「おれに指図するな!」

ドアノブ周囲が切り取られ、扉が開いた。

「なにそれ?」

マイキーたちが戻ってくる。バニラが大事そうに抱えている、未だ血をしたたらせている3本の警備員の腕を見ながらミザリーが言った。

「1個にしろって言ったんだけど」

マイキーが答えた。

「飛行機ってナマモノ持ち込めないんだっけ?」

それから、6人は"STAFF ONLY"の通路の奥へ進んだ。ダンボールや、空のラックなどが放置された肌寒い通路を抜けると、貨物室に出る。コンテナや、大量のスーツケースなどがところ狭しと並べられている。作業員に見つからないように、大きいコンテナの陰に隠れ、隙を見てコンテナの中にしのびこんだ。

「やったね、これでぼくたち立派な犯罪者だ」

マイキーが皮肉った。

「大丈夫、わたしたちには少年法がついてるわ」

ミザリーが応えた。それから、6人は暗いコンテナの中で息を潜めて出発の時間を待っている間に眠ってしまった。


KABoooOOOM!!

突如として爆発!!瞬時に覚醒したマイキーの脳は、その1秒間の間に起こったことを、時系列に並べて整理した。A:眠っている間に6人を乗せたコンテナは、トラックに運び込まれていたということ。B:そのトラックが何者かの攻撃を受け、炎上しているということ。C:トラックが、転倒しかけており、他の荷物と一緒に、マイキーたちが道に投げ出されそうになっているということ。

「マイキー!」

コンテナから飛ばされないように、トライデンタルを突き立てたバニラが、マイキーに手を伸ばす。マイキーはその手をつかみ、危ういところで一命を取り留めた。一時的に安全を確保した彼は、あたりを見回し、状況の把握に努めた。ざっと視線を巡らして、グループメンバーの安否を確認する。まず目に入ったのはミザリー。彼女のシャツがトライデンタルに引っかかり、なんとか振り払われないでいた。エイプリルとロスターは、床にロープで固定された積荷の陰にいたため、飛ばされる心配は無さそうだが、ふたりとも見るからにぐったりとしていた。一瞬、恐ろしい考えが胸をよぎるが、その胸が小さく上下していることから気絶しているだけだということがわかった。次に視界に写ったのは、爆破の衝撃でコンテナの前方のパネルが吹き飛んでおり、トラックとの接合部がむき出しになっていたことだ。マイキーはジャックを探した。彼はチェンソーが引っかかり無事なようだった。この状況でもいびきをかいて眠っており、その恐ろしいまでに図太い神経には驚愕を隠せなかった。

「ジャック!」

マイキーは張り裂けんばかりの大声で呼びかけたが、起きる様子はない。

「ミザリー!」

今度はミザリーに呼びかける。

「ジャックを蹴っ飛ばせ!あいつを起こすんだ!」

ミザリーは目に涙を浮かべながら頷くと、トラックの揺れを利用して、勢いのついた蹴りを放った!

「あと五分寝かせろ!!」

ジャックは、起きるやいなや、そう叫び、チェンソーを持ち上げた。チェンソーが床から離れたことで、わずかにずり落ちたが、そのチェンソーがミザリーめがけ飛び、彼女がひょいとかわすと、そのままトラックとコンテナの接合部を破壊!動力を失ったコンテナは回転しながらも、失速し、やがて停止した。マイキーは、体を起こす。一気に重荷から解放されたことで急加速したトラックが、デイリーヤマザキに突っ込み、炎上していた。

ショック状態から回復したエイプリルとロスターが頭を抱えながら起き上がる。ジャックは状況が飲み込めずポカンとしており、「おれのせいで飛行機が墜落しちまったのか?」などとぼやいていた。マイキーたちが見守る中、炎上するデイリーヤマザキを背に、蜃気楼めいて揺らぐ影がゆっくりと彼らに近づいてきた。真っ黒な装束に、口元を覆うマスク。影はぴたっと立ち止まると、真っ直ぐに足を揃え、両手を合わせてお辞儀した。

「ドーモ、貴士弐意生(キュウシニイッショウ)です」

禍々しい名乗りと同時に、背後でトラックが爆発した!その奇妙な装い、礼を重んじる態度、そう、彼は太古から日本に伝わる特殊暗殺者、忍者である!

「バンパイアキングの命を受け、プリンセスを迎えに参上した」

「バンパイアだって!?」

マイキーはジャックを振り返る。

「また、おまえかが召喚したのか!?」

「召喚?バカいえ、本がないんだからできるわけ無いだろうが!」

ジャックはヘラヘラ笑っている。そう、貴士弐意生はファーピーの話をきいたバンパイアキングに送り込まれた恐るべき刺客である!つまり、間接的にジャックが呼び出したも同然である!

「わたしは誰にも呼び出されてなどおらぬ」

貴士弐意生が答えた。

「じゃあ、どうやって地球に来たんだ!バニラが言うには、その…"つながり"とかいうのがないから来れないはずじゃないのか?」

マイキーはバニラの話を思い出し、混乱していた。バンパイアが自分の意志で、異世界に移動することなど不可能なのだ。それなのになぜ?

「わたしの母は人間だ。ハーフバンパイアであるわたしは、地球とドラキュランド、両方の世界に"つながり"を持っている。つまり、自由に移動できるというわけだ」

貴士弐意生はカラテを構えた。

「さあ、おしゃべりはここまでだ。おとなしくプリンセスを渡してもらおう!」

漆黒の忍者は地を蹴り、飛び上がる!忍者の技術とバンパイアの身体能力が合わさってスーパーマリオ並のジャンプ力を発揮!

「イヤーッ!」

高高度から手裏剣を投擲する!マイキーたちはコンテナの陰に隠れ回避!

「隠れても無駄だ!」

貴士弐意生は大きく息を吸って胸をそらす!そして、勢いをつけて火炎放射めいた炎の息を吐き出した!炎はコンテナに引火する!

「まずい!逃げろ!」

マイキーたちは一目散にコンテナから離れる。その背後でコンテナが爆発、凄まじい黒煙があたりを包みこんだ。

「今のうちに隠れましょう」

ミザリーが走り出す。残りの五人は黙って頷くと、その後に続き、建物の間の細い路地に隠れた。

「…?」

バニラが建物の陰から少し顔を出して、炎上するコンテナの方を不思議そうな表情でのぞき込んでいた。

「バニラ!見つかっちゃうよ!」

「マイキー、見て」

バニラに促され、マイキーもおそるおそる覗き込む。

貴士弐意生は彼らを探してはいなかった。誰かと話しているのである。マイキーは、さらに顔を出して、相手の姿を見た。青い制服の男、警察官だ。貴士弐意生の派手な攻撃が裏目に出て、彼は警察に職務質問を受けていたのだ!

マイキーたちの様子を見たジャックが、彼の頭をどかしてその様子を見た。

「何やってんだ、あのバカ!」

ジャックは、他のメンバーに聴こえぬように、声を潜めて毒づいた。その間に、マイキーとバニラは今見たことをミザリーたちに伝えようと、駆け寄っていた。

「ミザリー!あいつは…」

「マイキー!見て!」

ミザリーがマイキーを遮った。エイプリルと、ロスターはポカンとして青い道路標識を眺めていた。

『神奈川県川崎市 KAWASAKI』

「カワサキ…?」

「わたしたち、空港から随分離れてしまったのよ!」


かくして、6人の研修旅行は、波乱の幕開けを迎えたのだった!



『PART3:ジャック・ストライク・バック』

PART4につづく

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