胎動

躯螺都幽冥牢彦(くらつ・ゆめろうひこ)

胎動

……例えば。

 何処でもいいが、第一発見者として、誰かの、もしくは何かの動物の

『明らかにこれは生きていまい』

と思わざるを得ない遺体を見つけ、それの状態を自分でまずは確かめねばならぬ場合、

『『死んでいる』と思ったそいつが動くのではないか』

という、一種の妄想が身体を這い上がって来るのは何故だろう?

 いきなり腕を鷲掴みにされ、縋り付かれ、目を見開いたそいつに顔を押し付けられ、錯乱したセリフを至近距離で浴びせられるかもしれない、もしくは危害を加えられるかもしれない、という妄想が、発見した場所が、昼だろうと夜だろうと衆人監視のど真ん中だろうと関係なしに、心の奥からじわじわと立ちのぼって来るのは何故だろうか?


 更に

『死んでいる』

と確認し、背を向けた途端、背後に妙なものを感じるのは気のせいだろうか? 本当に気のせいだろうか?

 今しがた絶命を確認した『それ』が、背後に立って自分を見据えていたりはしないだろうか?




 こんな話を聞いた事がある。昔、まだ国鉄だった頃、彼は雪深い夜に貨物列車に乗り合わせていたという。

 一番前に彼と同僚、一番後部の車両に別の同僚が二人。天地を黒と白が分けるレールの上を、列車は滑る様に走って行く。

 途端、同僚が声を上げた。

「やべ、『マグロ』やっちまったよ」

 突然の飛び込みで、呼称に付いては、恐らく駅員の一部だろうが、轢いた跡がマグロの刺身に似ているのだとかで、一連の事象を指して『マグロ』と呼ばれる。

 そこは周囲に家もなく、見渡す限りの雪野原で、一体何処から歩いて来たのか不明であったが、そんな所を走る列車に飛び込むとは。

 仮に見つけた時にブレーキをかけても軽く300メートルは止まってくれない。

『お陀仏だな』

とどちらともなく思ったという。

 この場合、とりあえず乗務員が現状を確保しなければならない。彼と同僚は列車を止め、まずは最後部の同僚達に連絡を入れ、乗降口から出て

 タラップを降り、それから直に知らせに行かねばと、雪道を走った。


 最後部の乗降口前に辿り着いた時、同僚達は丁度タラップを降りてくる所だったという。

「何でこんな所で飛び込むんだべな」

と、彼らが首を傾げている中、タラップの一番下まで降りた同僚の足を、車体の下から伸びて来た手が掴んだ。

「うわっ……」

と、掴まれた同僚が声を上げ、彼らがその手を引っ張ると、列車の下から出て来たのは轢かれたと思われる人物だった。

 相手は男性で、その下半身は雪かき用の車体先端の爪によるものか、車輪によるものか、綺麗に切り飛ばされ、後で調べた所では形すら残っていなかったそうで、引きずられた跡は真っ赤になっていたが、男性はどうやら、その時点では絶命までには至らなかった様なのである。


「痛いです。水を下さい」

と、男性は、引っぺがそうとする彼らの力にも全く屈する事無く、恐ろしい力で、悲鳴を上げる同僚の腰にがっちりとしがみ付き、その言葉を繰り返した。


 結果、男性は絶命し、その同僚は精神病院へ送られる事となった。

 長い年月が過ぎたが、彼の耳に、男性の声と同僚の悲鳴はこびり付いたままだという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

胎動 躯螺都幽冥牢彦(くらつ・ゆめろうひこ) @routa6969

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ