九十九藻屑・③
中川さとえ
私を助けて。
それはどこにでもありそうで、事実どこにでもある街でほんとに起こっていたのだけれど記録にも記憶にもとどめられなかったそんな話。
私を助けて。私を助けて。
そんな声が聴こえるよ。
それがコドモらのこそこそ話。
聞いたの?て聞いたら、ううん、て、ぷるぷるぷるって首をふる。コドモらは、みんながみんな知らん顔。
でもまた自分等ダケニナッタら、
私を助けて。私を助けて。
ほら、言ってるよね。う
ん、聴こえる、聴こえるよ。
そんな話。
「…だからっ!お前ちょっと行って調べてこい!」
編集長が怒鳴ったのは三日ほど前。
「オレ、すか…?」
「そうだよ。俺はお前に言ってる。」
「なんで、オレなんすか…?」
「お前だけ、何の役にも立ってねえからだよっ。ま、今んとこだけどな。」
「……。」
「それとも何か?何か追っかけたい企画でもあんのか?」
「それは…」
「無いんだろっ、どうせさっ!」
仏頂面て見たことあるかい?この顔みたいなやつだよ、きっと。
「いいから、行ってこい。なんかありそうなんだよ。俺のカンだがな。…けど俺はこれでメシを食ってきたんだ。だから行ってこい。行ってなんか拾ってこい。」
編集長の口調が、妙に優しくなったような気がしてね、この街に来てみたんだ、ただそれだけなんだ。
出張、はハジメテだ。
貰った時間は今日と明日の二日間だけ。
どうするか、は皆目浮かんでこなくてさ、とりあえずコドモ捜そうかな、で、小学校をサーチしてね、通学路らしき道に立ってみたんだ。ヤバそうな感じは全然なかったよ。
それにさ、コドモがさ、居そうで居なくてね、学校してる時間だっただけかもしれないけどね。困ったんだ、ホント。コドモどころか誰もいない。それにさ、コドモに話しかけたりしたらさ、捕まるのオレじゃね?だよな、ばり不審者だもんな。そんなこと考えてたら、オレそこでヒラメいたんだわ。できっと会えそうなそのヒトらを待ってみたの。
来た来た。来たよちゃんと。
「すいませーん、ちょっといいですか?」
「はい?」
「あの○△テレビの※※で××、て番組なんですが、」
これまるきりウソ。
○△テレビに※※××て番組があるのはホント。ちょっとしたミステリーをね、追っかけたり検証したりしてるの。割りと面白いんだよ。
「ああ!知ってます、知ってます。」
うん、そう言って貰いたくてウソついたの。そうなの、オトナのひとに聞こうと思ったの。子連れのひとならなおいいなって、
「あのー、ここらへんのコドモたちの間でウワサになってる、て聞いて来てみたんですけど、」
「……はあ?」
お母さんらしいその人はちょっとキョトンとしてる。
ママチャリの前に乗り込むちっちゃいのもキョトンとしてる、外したか、オレ。
でも聞いてみるしかないやな、
「えっと、何か困ってる声がする、て話なんですけど、」
するとその人はさらっと言った。
「私を助けて、ですか?」
あんまりにもフツーだったから逆にオレ、まじまじ見つめてしまった気がする。
「ありますよ。てより、ありましたよ、ですかね。」
「ありました…?」
「私のコドモの頃の話ですもん、それ。」
「ええっ、そうなんですか?」
「今でもあるのかなあ、それ。」
その人は軽く流すようで、むにゃむにゃ言い出したちっちゃいのを抱き上げた。
「…その話もっと詳しく教えてもらえないですか?」
「ああ、でも私もう行かないと。」
ああ、スミマセン、引き留めちゃって。誰に聞いたらよさげですかね?
「誰でも大丈夫だと思いますよ、みんな知ってます、たぶん。」
その人はホントににこにこして、抱いてみたちっちゃいのをまた自転車に戻し、自分もひらりまたがってさ、軽やかに行ってしまいそうになったので、あわてて
「あなたは聞いたんですか、その声?」
て、叫んでみたんだけど、
返してくれたその声はとてもとても軽やかでただただ唄うようで、聞いたか聞いてないかはわからなかった。
みんな知ってる?なんだよそれ。それになーんかアカルイよなあ?そんなもんなんかな。でもテレビの※※××は正解だったかな。この感じでオトナに聞いていってみよう。なんか記事かける程度は集めないとなあ。
「うん、知ってるよ?」
そう言ったのはバスを待ってるらしいおばあさん。
「私のコドモの頃の話だよ。」
えっそんな前からあるんてすか?
でも、そのときバスが来てしまって、それがまたデイサービスのお迎えバスで一緒に乗り込めなくて、またまた話はそこまでになった。
そんなまえからある?もうミステリーでもなんでもない話なんじゃないかしら。
私を助けて。私を助けて。オレを助けてくれないかな。助けてくれないか。そらそうだわな。
やっぱりコドモに聞きたいな。居ないかな。居ないよなあ。
通学路、てくてくしてたら、小学校に着いてしまった。ま、当たり前ちゃ、当たり前なんだけど。
学校終わるまで待ってみるかなあ。
小学校てこんなに静かだったかな。コドモそんなに減ったんかなあ。
小学校はそびえるように立ち上がっているのに、雪の降る日のような静かさだ。
…おかしくないか?
小学校て、もっとざわざわしてなかったか?オレのカンちがいか?
「なにかご用ですか?」
後ろからの声に飛び上がった。みると、上着を脱いだスーツのおじさん。毛糸のチョッキなんかきて、典型な学校の先生の感じ。
あ、すいません、実はてすね、とまたテレビ局のADに成り済ましてみる。
「ほう?それはまた奇妙な話ですね、」
「先生はご存じないですか?」
「申し訳ない、初耳です。」
そうですか。
「それに、誠に申し訳ないですが、コドモたちに取材されて
は困りますのでお止め願えませんか?」
あ、やっぱりそうですか。
「はい、保護者の皆様が心配されるでしょうから。」
そうですか。そうですよね、
しょうがない。小学校から離れることにした。先生が見送ってるのが背中でわかる。送ったのか、見張ってるのか、たぶんどっちもなんだろう。
学校の放課を待つしかないか。夕方かなあ。あとどれくらいあるかしら。
…ここからがさ、やっぱヘンだわこの街、なんだ。
待ったんだオレ。夕方をさ。来たよちゃんと。おひさんが黄色くなってさ、辺りがオレンジぽくなってさ、やがて暗くなってく。
当たり前だろ?当たり前だよね。当たり前じゃないのは、コドモが出てこないんた、ひとりも。もっとも小学校の前にはいられなかったからさ、ほんとはわらわら出てきてたのかもしれないけど、とにかくただの1人とも会わなかったんだ。
ヘンだろ?やっぱヘンだ、ここ。
けどもう今日は日がくれるから、宿を取ったビジネスに戻ることにしたんだ。
晩飯がてらに食堂とかあって、地元のオトナに会えたら話聞けるかな、聞けたらいいな、とか思ってた。
けど食堂とか居酒屋とかがない。ラーメン屋もうどん屋もない。ないのか?ウソだろ、て。でもウソじゃなかった。
しょうがないからコンビニでなんか食い物を、て。それがな、コンビニもないんだ。そんな田舎じゃないのに。そら出張になるくらいだから、都心からは遠いよ。でもどうみても街なんだ。田んぼとか畑とかないし、山とか川とかも見えない。工場地帯でもない。
ただただ住宅地なんだ。
戸建てとかそんな大きくないマンションとか。小さめの公園とかね。
住んでる人たちがいるんだから、ラーメン屋とかありそうじゃん?コンビニだってフツーあるだろ?
でもないものはない。困り果てた頃ビジネスに着いた。
「お帰りなさい。」
フロントはお姉さんでなくて、お兄さんだ。ま、それはどっちでもいいんだけど。オレはちょっと困った、を洩らしてしまった。
「そうですね、この街案外お店が少ないんですよ。」
その代わり、というかコンビニじゃないんだけど、て店の場所を教えてくれる。
「昔ならよろず屋さん、ですかね、コンビニみたいたかんじです。」
簡単なお弁当もあって、いまならまだ開いてるはず、とお兄さんがいうので、部屋に行く前に、そこにいってみることにした。
店はすぐわかった。
コンビニじゃない、だけど大手チェーン店でない、だけなかんじで、オレには十分コンビニだった。
缶ビール、お茶、弁当、そこらを持ってレジに行く。
「いらっしゃいませ。」
ピッピッピを見ながら聞いてみた。私を助けて、て知ってます?
「レジ袋はどうされますか?」
あ、ください、
「1583円です。」
スマホのペイでいけますか?
「だいじょぶてすよ。」
レジのひとは私を助けてについては答えてくれなかった。ただふふふ、て笑った。
2回目のお帰りなさい、に迎えられてホテルに戻る。明日は朝起こして貰うことにした。分かりました、とお兄さんはにこやかだった。
弁当を食べながら、編集長に連絡するかなあと考えた。けど、まだなんも報告できることがない。
朝だな、朝に賭けよう、
とにかくコドモ見つけないと。そんなことおもいながら眠りに着いた。
私を助けて。私を助けて。
けれど、それは声ではなくて電話の呼び出し音だ。
「おはようございます、お時間です。」
ずっと考えてたせいか、あたまんなか、私を助けてが響いてたらしい。やれやれ。今日は帰らないといけないので、チェックアウトしてもらう。
外はまだ薄暗い。
小学校のほうに向かってみる。朝練とかしないかしら。小学校じゃ無理か。
そうだ、中学生はどうだろう?スマホを探ってみる。中学校は小学校の反対方向だ。でもいってみようかな。コドモには違いないし。何かわかるかも知れない。
いた!朝練しに来た中学生だ!ジャージのふたり。
ごめん、ちょっといいかなあ?
「あ、テレビのひとだ、」
え?
「うわ、やっばー、ホントにきてる。」
あ、いやまだ本格的じゃないんだ、カメラとか来てないし、あわててごまかす。
でもなんてハヤミミなんだろう。
なあんだ映ってないんか、とコドモたちが笑う。
フツーだ、フツーの中学生だ。なんかウレシい。
私を助けて、教えてくれない?
「なんもないよ。」
けらけら笑う。え?そうなの?そんなことないんじゃないの?
なんもない、なんもない、もういかなきゃ、そうそう朝練に遅れる、
けらけらと中学生たちが通りすぎてゆく。オレが置いていかれる。
待って、ねえ、待って。
するとひとりが振り向いた
「もうじき会えるよ」
……え?
けらけらけらと行ってしまった。行ってしまった。
私を助けて。私を助けて。
自分で呟きながら通学路らしき道を歩く。コドモはダレモいない。
会える。会えるって言った。聴こえるよ、じゃなくて会えるよだった。
私を助けて。私を助けて。
いま話したのは…?オレじゃない。
オレは振り向いた。
何もない、ダレモいない。
…なんか落ちてる?
なんだ?お菓子のグミみたいな、なんだろう。
しゃがんでみた。
道に誰かがばら蒔いたように点在してる。色とりどりなグミみたいなもの。
通るときは気が付かなかったなあ。やっぱりコドモが通るんだろうか?通ったのかなあ。
「私を助けて。」
聴こえた。
グミたちがするするすると集まって、色が消え、グニュグニュとつながりたちあがり、小さくて色のないコドモになった。
「私を助けて。」
コドモはニタリとわらう。
ああ、
ママチャリのお母さん、バス待ってたおばあちゃん、
中学生のキミタチも、
みんなみんな、
あれを見たの?
それとも…
みんな、アレだったの。
九十九藻屑・③ 中川さとえ @tiara33
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