初期投資

躯螺都幽冥牢彦(くらつ・ゆめろうひこ)

初期投資

 人類が長年、様々な形でイメージして来た宇宙人が、複数回の交信の後、遂に地球に訪れた。

 地球側はまず各国挙げての歓迎をと考えていたが、こちらはこちらで人類同士の長年の腹の探り合いが続いていたので、大国でも早々予算を出す訳には行かない。そこで民間にやらせてみる事にした。企業や富豪にも声をかけたのである。

 新たな経済戦略が生まれるかもしれない。不況の国が豊かになったら、ゆくゆくは大国側が面倒を見てやればいい。そう各国の政府の人間は考え、どんな規模の企業でも参加は自由にした。

 いい宣伝になると思ったのか、たちまち応募が殺到した。




 そして来訪当日。指定の場所へ、彼らは大きな宇宙船で現れた。互いの言葉は通じる様になっている。宇宙からの来訪を歓迎する各方面の広告とみやげ物が彼らを待ち構えていた。

 彼らは富豪や企業の代表らが笑顔で迎える中、ふと片隅に、どこかやるせなさそうな、しかし、背筋を伸ばし、穏やかな笑顔で自社の名前と思われる看板を掲げている中年男性を確認した。事前に地球側から聞いていた話が正しいなら、彼も地球側の企業の一員なのだろう。代表であるらしいネームプレートも、それだと確認出来た。

 宇宙からの来訪者は、彼にだけ伝わる様に通信を投げかけてみた。

(初めまして、地球の企業の方ですね? 大丈夫、これは私達の星での通信機器で、あなたの脳に直接語りかけているのであって、別にあなたの脳を乗っ取ったとか、そういう事ではありません。

 そのまま心の中でお返事してみて下さい)

 戸惑った様な色が男性の表情に浮かんだが、現場で鍛え抜かれたと思しき苦労を滲ませるその外見は、やがて混乱を抑え込んだものになった。

(お声をかけて頂けるとは大変恐縮です。我が社を代表してこの催しに参加させて頂いた者です……)

 歓迎パレードの声に応える様にして彼らはゆっくりと群衆の前を通り過ぎつつ、男と会話を続ける。

(多数の企業や富豪の参加式典だとのお話は伺っております。あなたの会社はどんなお仕事を?)

(弊社は……)


 男の話から、彼らは男が、極小規模の需要に日々懸命に応えているが、税金対策や出資者の事で頭を悩ませている事、幸運にも男の会社は最新の通信業界での宣伝やトラブル対応も出来るスキルを持つ構成メンバーに恵まれたが、この日は男が代表として来るのが精一杯だった事、この星ではどれほど身を粉にしても成功は一握りで、その陰では多数の自殺者や行方不明者が出ている事などを見抜いた。


 彼らは男にひとつ、提案を持ちかけた。いくつかのやり取りの後、宇宙からの来訪者は、数日の滞在の後、地球を後にする時に、男とその会社のメンバー、そして家族をこっそり連れて行った。




 はるか遠くに消える地球を見ながら、宇宙側の今回の代表者は、男とその会社のメンバーを会議室に呼び寄せ、何故彼らを選んだのかを明かした。

「相手の星の社会を知るには、その縁の下の力持ち的な立場の方々を知るのが最も手っ取り早いのです」

「なるほど」

 頷く男とそのメンバー達。

「今回、あまりにも地球の宣伝による情報量が多かった為、危うくあなた達を見落とす所でしたが、見つけられて良かった。こちらの作戦としては大成功です」

 大成功。残る不安を払拭すべく、地球側のメンバーの中で最も若手と思われる青年が、恐る恐る訊ねた。

「我々はあなた達の星で何をさせられるのですか?」

「そのまま、私達の星で、これまでの仕事をして頂く予定です。こちら側の人間を入社させたいので、その人選と教育もお願いしたいと思います。

 私達の星にはない業種ですが、それがまた大切な事なのです。地球側での進化をした企業の、貴重なデータを取れる最初のメンバー。お住まいや会社の立地場所、資金やご家族の教育や立場なども全力でケアさせて頂きます」

「つまり、我々はこれまでの仕事を続けて、弊社を発展させればいいと?」

「そういう事です。惑星間の超長距離移動は我々も初めてで、いわば決死隊でもあったのですが、地球との全てのやり取りは今回で終わりです。地球はそのまま、独自に発展して行くでしょう。

 私達はあなた達から地球の事を学べますから、全く問題だとは思っていません。これからは持ちつ持たれつでどうぞよろしくお願いします」

「その様子ですと、現場に知ったかぶりをして訪れる上司への苦労も、既にお察しの様子ですな」

「勿論。あらゆる不安分子はお互いに相談して取り除いて行きましょう」


 地球側の面々にそこでホッとした雰囲気が広がった。地球に戻れないのは少し寂しい気がしたが、まさか自分達が地球人類の代表として、新たな文明とのかけはし、そして、売り出しに成功するとは思ってもみなかった。

  一企業としても想定外の実績。

 宇宙側代表の男性と思われる男と、地球側の全ての企業の代表となった男は、そこで握手を交わした。

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