第五十六話 攻略する魔法少女

 優愛をカラザに連れて帰って人質にする──パパのそんなふざけた言葉を聞いた瞬間、私の頭が怒りで沸騰した。


「────ふざけないで!」


 そして、気がつくと……地面にへたり込んでいたはずの私は、いつの間にか立ち上がっていて、パパに向かって大声で怒鳴りつけていた。

 自分が息を荒くしながら肩を震わせ、拳を生身だったら血が出ていたかもしれないぐらい固く握りしめているのにも、私は遅れて気づく。


「……みっちゃん?」

「美月……?」


 パパとクローラはいきなり怒鳴りだした私を見て驚いて、ぽかんと口を空けている。


 私は今まではカッツェの事を問い詰めたみたいに小言を言う事あっても、こんな風にパパを大声で怒鳴りつけた事が今まで一度もなかった。


 だって、それは当然だ。こんなの……普通はどんな理由があっても、娘が父親に対してしていい態度じゃない。


 けど……それでも、私は……!


「……パパ!」

「なんだい? 美月」


 私が睨みつけているのに、なんでもないような顔をして微笑むパパ。


 パパはいつもあんな風にニコニコとしていて、私やお姉さまによく冗談を言う人ではあった。

 だけど、私やお姉さまを喜ばせようとしていた事で、今のパパみたいな軽薄な笑顔とは全然違う。

 大体、私の知っているパパは人を傷つけるような命令を出しておいて、あんな風に笑うような酷い人じゃなかった。


 ましてや、私の眼の前で優愛を……大事な仲間を人質として連れて行くと言い出して、凛々花の心を傷つけるような……そんな最低な人では絶対になかった!


「ん~と……もしかして君は、僕が優愛君を連れていくと言ったから怒っているのかな?」


 パパがぽりぽりと頬をかきながら、そんなわかりきった事を聞いてきた──その瞬間、自分の頭の血管が切れる音を、私は初めて耳にした。


「パパ……!」


 私は右手に魔法杖オーヴァム・ロッドを出現させて、それを大剣へと変化させる。

 そして、その大剣を担ぎ、そのまま魔力で強化した足で地面を踏み砕きながら、パパに向かって一直線に走り出した。


「ちょ……美月!?」


 慌てたように、わざとらしく手をあわあわと動かしているパパを睨みつけながら、私は全身から勢いよく魔力を放出して、さらに加速する。


 私はそのまま魔力の噴射であっという間にパパの目の前まで距離を詰め────


「はああああ!」


 パパの顔面に向かって、私の全力の魔力を籠めた大剣を勢いよく振り下ろした。

 直後──大剣に籠められた魔力が一気に放出されて爆発。


 森に爆発音が響き渡り、爆風が木々を激しく揺らした。


「な!? みっちゃん!?」


 クローラ達が驚いて固まっている。


 パパがいた場所は爆発の煙で何も見えないけれど、大剣を叩きつけた地面は粉々に砕ける感触だけは確かにあった。

 今のは生身どころか、魔法少女だって喰らえば一発で概念体が消滅する威力の一撃だったけれど……


「パパ! 大丈夫!?」

「うん、大丈夫だよ。でも、びっくりしたよ~」


 やっぱりパパには命中していなかった。


 すぐ隣にいたカッツェの瞬間移動のギフトで、少し離れた位置に移動して攻撃を回避していたからだ。

 あの瞬間移動のギフト──あれがある限り、ふざけた事を言いづけるパパの顔をぶん殴ってやる事も出来ない。


「ニャハハハ! 何度やっても無駄ニャ! カッツェがいる限り、パパには指一本触れさせないニャー!」


 カッツェが耳障りな笑い声を上げながら、勝ち誇った笑みを浮かべている。


 不愉快だけどカッツェの言う通り。

 まずはパパの側で馬鹿笑いをしているコスプレ女──カッツェのギフトを攻略しないと。


 そもそも、大剣に籠めた怒りは本物だったけど、本気でパパに攻撃を当てるつもりは無かった。

 どうせさっきクローラが攻撃した時のように、カッツェのギフトで避けられるのは分かっていた。

 それでも攻撃したのは、カッツェのギフトの能力がどういうものかを再確認するためだ。


《一瞬、本当に君が実の父親に手をかけるんじゃないかと、ヒヤヒヤよ。それで弱点は見つかったかい?》

《当然。これからその弱点をついて、カッツェのギフトを攻略する》


 さっきの攻撃で、カッツェの能力の限界についておおよその予測はついた。

 私の予測が正しければ、今からやる攻撃方法でカッツェのギフトを攻略出来るはず。


 私は思いついた攻略手段を実行するため、まずはカードホルダーからの魔獣カードを取り出した。


「ニャ……?」


 カッツェの馬鹿笑いがぴたりと止まる。


 きっと、シルフィを通して『ノクスが同時に召喚出来る魔獣は最大五体』とでも聞いていたのだろう。

 たしかに前にローズとコスモスを襲った時は五枚が限界だった。

 だけど、残念──その情報は古い。

 私はあの頃からさらに多くの魔獣を封印しているし、自分自身の魔力の総量も増やしている。


 今の私なら、七体の魔獣を召喚しても余裕を持って戦える!


「けど、いくら数を増やした所で……」

「それは……そういうことか」


 強がりを言うカッツェの横で、パパの顔色が少し真剣なものに変わった。


 流石、パパ──七枚の魔獣カードを見て、これから私が何をするつもりなのか一瞬で察したんだ?


 けど、もう遅い。


「来なさい! 魔獣達!」


 私は号令と共に、魔法杖オーヴァム・ロッドを天高く掲げた。

 そして、掲げた杖の先端にある宝石からは魔力が激しい光となって放たれて、辺りを明るく照らし出していく。

 光はカッツェ達の周りにも照射され────


「ニャニャ!?」


 ケルベロス、イフリート、スプリガン、ヒポグリフ、ワイバーン、シーサーペント、ミノタウロス──いずれも私がよく戦闘に使っている、強力な魔獣達。


 それがパパとカッツェの前に一気に出現した。

 そして、魔獣達は円を描くように二人を取り囲み、唸り声を上げて威嚇を始めた。


「ニャニャ……パパ! 下がってニャ! カッツェから離れちゃ駄目ニャ!」


 召喚された魔獣達を見たカッツェは、冷や汗をかきながパパの前に出た。

 いつ攻撃が来ても瞬間移動で逃げれるように、カッツェの手はパパの腕が掴んだままだ。

 カッツェはキョロキョロと辺りを見渡し、周りの魔獣達の動きをとても警戒している。

 

 ────私の狙い通りに。


「いや、違うよ。カッツェ。美月の狙いは……」


 パパは思い違いをしているカッツェに、私の狙いが別にある事を伝えようとしている。

 だけど、もう遅い──パパもカッツェも、もう完全に詰んでいる。


《ミノタウロス!》


 私は召喚した魔獣のうちの一体──ミノタウロスに声に出さずに念話で呼びかけた。

 ミノタウロスは主人である私の意図を理解してこくりとうなずき、


「オオオォォ!!」


 雄叫びを上げながら地面を殴りつけ始めた。

 

「ニャ!? 壁が!?」


 ミノタウロスが殴った地面──ではなく、カッツェ達の周りの土があっという間に盛り上がり、地響きを立てながら巨大な壁を出来上がっていく。

 この巨大な壁は、ミノタウロスの迷宮の壁を作る能力によるものだ。


「ニャ……しまった!」


 目の前の魔獣達に意識を割きすぎていたカッツェは、突然自分の足元に出現した壁から逃れる事が出来なかった。

 瞬間移動のギフトを使う間もなく、カッツェ達は巨大な壁の中に完全に閉じ込められた。


 壁はカッツェ達を円を描いて覆っていて筒状の形になっていて、外から見るとまるで巨大な煙突かなにかのようだ。


「だったら、あそこから外に────」


 当然、唯一の出口である筒の先から飛び出して、カッツェは逃げ出そうと試みる。


「駄目。逃さない」


 けれど、それも私は予測済みだった。

 私は既にワイバーンに乗って先回りをしていて、上空から筒の先の出口を塞いでいた。


「ニャー!?」


 私に逃げ場を塞がれ、カッツェがキンキンと耳に響くような甲高い悲鳴を上げた。


 筒の真上から見下ろすと、そこには悔しそうな顔をしているカッツェと感心したような顔をしているパパの姿もあった。


「どうしたの? お得意の瞬間移動でここから出ないの?」

「ぐぬぬ……」


 そう、カッツェのギフトが本当にどこにでも瞬間移動出来る能力なら、さっさと壁の外に逃げれば済むはずなのに、なぜかわざわざ筒の先から飛び出そうとしていたし、今も私を睨みつけるだけで逃げようとしない。


 いや、逃げられないんだ。

 私の予想通りなら、カッツェのギフトははず。


「そこのコスプレ女がのは分かってるのよ、パパ」


 私は悔しがっているカッツェを指差し、彼女のギフトの限界をパパに指摘した。


「……ニャ!?」


 驚いてうめくカッツェを見て、私は自分の推測が正しかった事を確信する。


 カッツェが自分の視界の範囲内でしか瞬間移動をする事が出来ない。


 そう考えた理由は、カッツェが私やクローラの攻撃を避けた後、いつもからだ。


 どこにでも瞬間移動出来るなら、そもそも最初に世界卵の欠片を確保した時に、さっさとカラザの本拠地か何かに持って帰ればよかったはずなのに、カッツェはそうしなかった。

 

 それはつまり──カッツェが『自身の視界に入る範囲内』でしか移動出来ない証拠だと私は考え、実際その推測は当たっていた。


 だから、こうして狭い壁の中に閉じ込められた今、カッツェはどこにも瞬間移動をする事が出来ない。


「ぐぬぬ……」


 またカッツェが唸り声を上げた。

 外には私が召喚した魔獣達があちこちにひしめいていて、たとえ壁を壊した所でどこにも逃げ場はない以上、今のカッツェに出来るのはこうやって唸り声を上げながら私を睨みつける事だけ。


 そんなカッツェの悔しそうな顔を見ていると、私の怒りも鬱憤も、少し晴れてきた。


「……無様ね」

「ニャ!? 降りてこいニャ! それかそこからどくニャ!」


 何も出来ずに、無様にキーキーと喚くカッツェ。

 そんな彼女を、こうして上から見下ろすのは正直、すごく気分がいい。

 自然と笑みが溢れた。


「フフ……」

《ノクス……なんだか君のほうが悪役みたいだから、その笑い方はやめておいたほうがいいよ?》


 ……うるさい。


 ともかくこれで、パパとカッツェは捕まえる事が出来た。

 後はカッツェをボコボコにして弱らせた後、空白ブランクカードを投げつけて魔法少女の力を奪えば、それで終わり。


「さあ、パパ。諦めて私達と一緒に来て。優愛を連れていくのも諦めて」


 私はパパに叱りつけるようにそう言った。

 けれど、パパは私の言葉に何も答えてくれない。

 俯いて黙り込んでいて、ここからだと今どんな表情をしているのかも分からない。


 ……表情を見れたとしても、今のパパが本当は何を考えているのかは分からないかもしれないけれど。


《ノクス……。今の君の父親には……》


 バロンが何を言いたいのか、最後まで聞かなくても分かる。

 今のこの場でパパを説得するよりも、問答無用で無理矢理捕まえてしまったほうがいい、とバロンは言いたいのだと思う。

 私だってすぐにそうすべきなのは分かってるけど、それでも……それでもパパには私の言うことを聞いて欲しかった。


 私に無理矢理捕まえられるんじゃくて、ちゃんと自分の意思でカラザを辞めて、そして罪を償って欲しい。


 そう願いを籠めて、私はさらに説得を続けた。


「ねえ、お願いパパ! もうカラザなんて辞めて! パパがどんなに悪い事をしていても、私が一緒に償うから! だから……」


 だから、私の所に帰ってきて──そう私は続けようとしたけど、それは虫のいい願いだったのかもしれない。


 だって、前の世界ではともかく、この世界での私はお姉さまの記憶を取り戻してからずっと、巴の時と同じようにパパとの会話を避けて過ごしてきた。

 そうしたのは、お姉さまの記憶がないパパと話すのが辛かったからだけど、そんな事はこの世界のパパには関係ない。


 お姉さまの記憶が無いのは、この世界のパパにどうしようもない事なのに……。

 私はお姉さまの事を知らないパパに苛立って、巴の時のように八つ当たりをしてしまっていた。


 ────だから、きっとバチが当たったんだと思う。


 ほとんど家にも帰らずに魔獣と魔法少女を狩り続け、この世界のパパと話すのを避けてきたバチが。


「くっ……」


 ワイバーンに乗っている私の真下──その筒状の壁の中でパパが顔を手で覆い、俯いたまま肩を震わせた。

 そして、


「くくっ……はは……はははは!」


 手で抑えた口から、パパは笑い声を漏らしていた。


「……パパ?」


 なぜ笑うの? 意味が分からない。


 またふざけているの──と一瞬考えたけれど、それにしてはパパの様子がおかしい。

 笑ってはいるけど、ふざけているのとも違っていて、なにか違和感がある。


「ははは……あははは!」


 そうだ、笑い声だ。


 笑っているような仕草をしているけど、声がちっとも愉快そうじゃない。

 おかしくも何ともない事を無理に笑い飛ばそうとしているような……そんな感じの乾いた笑い声に聞こえる。


「はぁ~……おかしいよ、ほんと。悪い事だとか、償うだとか……ほんとに馬鹿馬鹿しくて笑えるよ、美月」


 そう言うとパパは、俯いたまま頭を右手でボリボリとかき始めた。

 そのかきかたは髪の毛がぐしゃぐしゃになるほど乱暴で、どういうわけかパパはかなり苛立っている様子だ。


「な!? 馬鹿馬鹿しい!?」


 だけど、苛立っているのは、私だって同じだ。


 馬鹿馬鹿しい? 今のパパには償う気持ちどころか、悪い事をした自覚すらないの!?


 そう思うと、またすごく腹が立ってきた。


「まず、そもそも僕は自分が悪い事をしたなんて思ってない」

「何言ってるの!? したじゃない! 天使と魔獣を大勢の人々がいる場所で出現させて、ステラを誘拐しようとして傷つけて、今度は人質に優愛を連れて行こうとしてる! それが悪い事じゃなくて、一体何だと言うの!」


 勝手な事を言い続けるパパに、私はそう早口に捲し立てた。

 けれど、私がここまで言ってもパパはうんざりしたような顔をするばかりで、反省する様子が全くない。

 それどころか、まるで私がわがままを言ってるとでも言いたいような顔で私を見つめいる。


「……いいかい? 全てはね、世界卵の研究のためなんだよ。美月。僕がカラザに所属しているのも、君が『悪い事』と言った一連の出来事を引き起こしたのも、全部その為にした事なんだ」


 そして、悪びれもせずにまだこんなふざけた事を言いだした。


「そんなことのために!? そんなに世界卵の研究とやらが大事なの!? 他の人達を大勢傷つけるほどに!」


 また私の怒りが膨らんでいく。

 これが最後だ。これだけ言っても、まだ研究が大事だと言うのなら。

 その時、私は……。


「…………」


 パパは私が視線を真っ直ぐ受け止め、一呼吸置いた後、


「────ああ、大事さ。他の何よりもね」


 私にそう言い切ってしまった。


「……パパ!」


 私の頭が怒りでかあっと熱くなった。


 もう無理……今度こそ、もう絶対にパパを許せそうにない!


 出来るならパパには自分の意思でカラザを辞めて欲しかったけど、仕方がない。

 このまま筒の中に閉じ込めたままカッツェを攻撃して、それから────


 まだ完全に二人を捕まえてもいないのに、冷静さを失ったそんな皮算用を始めてしまった。


 ────それがまずかったのか。



「……ッ!? この……魔力は!?」



 それとも、突然増大し始めたヴェノムの魔力の異変に一瞬気を取られたのがまずかったのか。




「だからね……悪いけど、ここで捕まるわけにはいかないんだよ。美月」



 そう言ってパパが顔を上げ、私に視線を向けてきた時にはもう全てが遅かった。

 



「え……?」

 



 パパの暗く沈んだ目と視線が合ったその瞬間、激しい光が私の視界を埋め尽くし、そして────




 私はワイバーンごと、突然起きた爆発に飲み込まれて吹き飛ばされてしまった。

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【改稿中】マジカル・ステラ ─魔法少女と卵と俺─ 林太郎 @rintaroumi

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