第五十五話 怒りの魔法少女
「なるほどね~。これがステラ君を取り込んだ世界卵の欠片かぁ……」
カッツェのギフトによってノクスの側に移動した星空誠一は、そのすぐ側で宙に浮く『世界卵の欠片』を手に取り観察を始めた。
「そん……な……」
その一方、自分の父親がシルフィ達に命令を出した張本人だと知ったノクスはショックで変身が解けてしまい、膝から崩れ落ちてしまっていた。
地面に座り込んだノクス──美月の顔は青ざめていて、とてもショックを受けている様子だ。
「みっちゃん……」
だけど、それも無理もない。美月にとっての星空誠一は家族を想う優しい
私だって最初に会った時は……いや、それはもう過ぎた事だし、ただの勘違いだった。
ともかく、その優しい父親がカラザに所属し、大勢の人々を傷つけかねない命令やステラの誘拐を目論んだなんて事実は、美月にとっては信じくたくない事だったはず。
それなのに……自分の実の娘が傷ついているのに、星空誠一は少しも申し訳なさそうな顔をしていない。
「う~む……思った通り、完全覚醒しているようだけど…今日まで、何の反応も無かったのは何故なんだろう……」
それどころか美月の事は全く眼中になくて、まるで新しい玩具に夢中な子供のように世界卵の欠片を観察し続けている。
これがこの男の本性──美月や沙希さんに優しかったのは、きっとこいつのただの気まぐれに過ぎない。
研究のためなら自分が愛していた素振りを見せていた家族ですら放置し、時には
────それに……そうだ! そもそも、こいつのせいで沙希さんは! 先輩だって!
ああ、いつのまにか硬く握っていたこの拳で、奴の顔を思い切り殴ればどんなに気持ちがいいだろうか。
「────ッ」
気がつくと、私は自分の奥歯を砕け散りそうなほど思い切り噛み締めていた。
いっそこのまま走り出して、それを今すぐにでも実行してやってやろうか──そんな暴力的な衝動に私はかられ始めていた。
《待てクローラ! 冷静になれ! 闇雲に突っ込んでも、またあのカッツェとかいう魔法少女のギフトで逃げられるだけだぞ!》
そんな私にアルが念話で忠告をしてきた。
たしかに星空誠一を連れてきたあのカッツェのギフトの瞬間移動らしき能力を持つギフトを前に、怒りに任せて飛び込むのは危険だ。
そう頭では分かっているのに────
「星空誠一!」
やっぱり、私はどうしても怒りを抑えられそうにない。
奴のニヤけた顔を見ているだけで、私の怒りはどんどん膨れ上がって大きくなっていき、それが魔力へと変換されていく。
そして、その魔力はさらに電撃の魔法へと変換されて、私の手の中でバリバリと大きな音を立て始めている。
私の怒りと同じで、電撃の魔法はもう今にも爆発してしまいそうだ。
「おい! クローラ! やめとけ! イラつく気持ちは分かるけど、一旦落ち着け! 冷静になれ!」
アルと同じように、バレットも私に攻撃を止めろと訴えてきている。
けど……気持ちはわかるだって? 何も知らないバレットには、私の気持ちわかるはずがない!
星空誠一は私にとって全ての元凶であり、沙希さんの仇と言っても過言じゃない存在だ!
「欠片はまだステラ君を完全には認めていないのか? いや、だけど毒で死にかけたステラ君を取り込んで保護しているとも考えられるし……」
その元凶が……いま! 目の間で楽しげに世界卵の欠片を観察している!
私の大事な
「……っ! 星空誠一!」
「おい! やめろクローラ!」
《クローラ!》
私はバレットとアルの声を無視して飛び出し、世界卵の欠片を観察し続けている星空誠一に電撃の魔法の狙いを定めた。
「ニャ!」
それを見たカッツェは、私の攻撃を避けるために星空誠一の腕を掴んだ。
その時────
「え?」
奴の手の中にある世界卵の欠片に突然、異変が起こった。
先輩を取り込んだ時のようにまた輝きを増し始め、どくん、どくんと音を立てて鼓動し始めている。
「なに……?」
今まで何があっても平然としていた星空誠一がこの時、初めて驚きの声を上げた。
あの人を苛つかせる笑みも消えていて、とても真剣な眼差しで世界卵の欠片を見つめている。
「この音は一体……?」
世界卵の欠片の異変に意表を突かれた私も、ひとまず電撃の魔法を一旦消して立ち止まった。
まだ星空誠一への怒りが消えたわけじゃないけど、今は『情報』のギフトで異変を起こし始めた世界卵の欠片を分析する事のほうが重要だと判断したからだ。
「え!? これは……まさか!?」
そして、その結果──世界卵の欠片の中で魔力が急速に増大していて、中から何かが出現しようとしている事が分かった。
でも、一体何が──まさか、また天使が出現する!?
そんな最悪の事態を頭をよぎった私は、急いで
バレットも私が剣を構えたの見て、すぐに二丁の拳銃の銃口を世界卵の欠片に向けている。
「む……」
一方、星空誠一は眩しそうに目を細めながら、訝しむような顔で世界卵の欠片を観察し続けている。
奴の左手の中にある世界卵の欠片は、もう目を開けていられない程に輝きを増していて、鼓動音もさらに大きくなってきている。
魔力もさらに増大していて、『情報』のギフトを持つ私にも次に何が起こるのか全く予想がつかない。
「パパ! なんだか危ないニャ! 手を放したほうがいいニャ!」
明らかに異常な現象が起きているのを見て、流石にあのふざけた格好のカッツェも不安になったようだ。
カッツェは青ざめた顔で必死に星空誠一の肩を揺さぶり、世界卵の欠片を手放すように忠告をしている。
「この変化は……? なんだ? 一体、何が起こっているんだ?」
「パパ!」
だけど、星空誠一は必死に忠告をするカッツェを無視し、世界卵の欠片の観察を続けていた。
星空誠一は様々な角度から世界卵の欠片を観察し、空いた右手をゆっくりとと伸ばしていく。
そして、星空誠一が世界卵の欠片に触れようとしたその瞬間……。
ぱりん、と何かが割れるような音が響き────
「────触らないで~!!」
世界卵の欠片の中から、
「え!?」
「なんだァ!?」
その白い猫を見て、私とバレットが思わず驚きの声を上げた。
白い猫の正体は言うまでもなく、
「ヒカリちゃん!?」
そう、
「でも……なんでヒカリちゃんだけが?」
魔法少女と妖精は常に一緒にいるはず。
妖精が一人だけいるなんて事は通常、まずあり得ない。
だから私は辺りを見渡して先輩の姿を探したけど、どこにも先輩の姿は無かった。
「なんで……」
一体、どうして世界卵の欠片の中から、ヒカリちゃんだけが現れたのかは分からない。
ただ、ヒカリちゃんが現れた事が関係しているのか、いつの間にか世界卵の欠片の輝きと鼓動音も収まり、魔力の増大も止まっていた。
「君は……」
突然出現したヒカリちゃんを見て、さすがの星空誠一も困惑して固まっていた。
「えいっ!」
ヒカリちゃんはそんな星空誠一に向かって飛びかかり、世界卵の欠片を持っていた奴の左手を思い切り爪で引っ掻いた。
「……いっ!」
ヒカリのちゃんの爪に引っかかれて痛みに顔を歪ませる星空誠一。
奴は引っかかれた左手を咄嗟に右手で抑え、手に持っていた世界卵の欠片を地面に落とした。
「ああ! パパ! 大丈夫ニャ!?」
「いまだよ~!」
側にいたカッツェが引っかかれた星空誠一の怪我の具合を確認している隙に、ヒカリちゃんは地面に落ちた世界卵の欠片へと駆け寄ると、
「勇……ステラも世界卵の欠片も、絶対に渡さないよ~!」
それを守るように両手(両脚?)を左右に広げて、星空誠一の前に立ち塞った。
「……お前! パパに何をするニャ!」
星空誠一を傷つけれて怒ったカッツェは唸り声を上げながら地面に手をおいた。
まるで威嚇する猫のように腰を上げてヒカリちゃんを睨みつけている。
「そっちこそ、世界卵の欠片から離れてよ~!」
そんなカッツェをヒカリちゃんは逆に睨み返し、同じように地面に前足を置いて猫のような唸り声を上げ始めた。
「……ウゥ~!」
「ニャー!」
二人──もとい二匹の猫の唸り声が重なる。
多分真剣に睨み合っているのだとは思うのだけど……なんというかこれは……。
「なんだか、気が抜けちまうなこれ……」
「ええ……」
一応、カッツェに銃口を向けたままではあるけれど、バレットの顔は完全に白けきっていた。
傍から見ると、猫とそれを相手に四つん這いになっている猫のコスプレの少女にしか見えないのだから、真剣になれというのが難しいかもしれない。
《おお……猫が二匹。お、恐ろしい……》
一方、念話から聞こえてきたアルの声は恐怖で震えていた。
姿を消しているのに、肩を両手で抱いてガタガタと震える
……ていうかカッツェのコスプレも猫認定なんだ……。
「この……どけニャ!」
「ああっ!」
睨み合っていた二匹の均衡が崩れ始めた。
小さな体のヒカリちゃんが、あっけなくカッツェの猫の手のようなグローブで押し退けられてしまった。
「これは返して貰うニャ!」
邪魔者を退けたカッツェは世界卵の欠片に触れようと手を伸ばす。
あのまま世界卵の欠片に触れたら、また瞬間移動で距離を取って逃げられてしまう。
────だけど、そうはさせない!
「星空誠一!」
私は走り出しながらまず奴の名前を大声で叫び、カッツェの気を引いた。
「ニャ!?」
そして、私は世界卵の卵に近寄ろうとするカッツェにではなく、
「ニャ!?……パパ!」
私の電撃を見たカッツェはビクッと体を震わせ、すぐに姿を消した。
そして、私の電撃が命中するよりも早く星空誠一の元へと一瞬で現れ、奴を抱えてまたどこかに消えてしまった。
「よし……」
また攻撃は空振りに終わったけど、今回はこれでいい。
最初から命中するとは微塵も思っていなかったし、カッツェが星空誠一を助けに向かわせる事が狙いだったからだ。
「ヒカリちゃん!」
私はカッツェが星空誠一を連れて移動したその隙に、ヒカリちゃんと世界卵の欠片の元へと辿り着く事が出来た。
間に合った──駆け寄った私はヒカリちゃんと世界卵の欠片をすぐに拾い上げ、ぎゅっと抱きしめた。
「クローラ~!」
抱き上げた私に、ヒカリちゃんはほっと安心したような顔をこちらに向けてくれた。
「あ……」
だけど、その顔は私が一緒に抱きしめた世界卵の欠片を見て、すぐに悲しそうな表情へと変わってしまった。
「……ごめんなさい。ステラが……ステラが~!」
ヒカリちゃんはポロポロと涙を流しながら、私にとても申し訳なさそうに謝ってきた。
「分かってる。大丈夫、大丈夫だよ、ヒカリちゃん……」
私はヒカリちゃんの頭を撫でながら、自分自身にも言い聞かせるように『大丈夫』と何度も呟いた。
────そうだ……きっと先輩は大丈夫なはず。
これはただの希望的観測なんかじゃない。
基本的に妖精は魔法少女の心の一部から生まれたいわば分身のような存在で、妖精は魔法少女がいなければ存在が出来ない。
例外はとある理由から一時的に
だからヒカリちゃんがこうして無事に存在するという事は、先輩もまた卵の中で生きているとい証拠だ。
「なるほど……あれがステラ君の妖精、ヒカリ君か。彼女がこうして存在するという事は、ステラ君も世界卵の欠片の中でまだ無事に存在しているというわけか……」
私の腕の中にいるヒカリちゃんを見ながら星空誠一は何かに納得するように頷き、そんな独り言を口にした。
────まずい……どうやら奴もまた私と同じ結論に達したみたいだ。
となれば、先輩の無事を確信した星空誠一はまた世界卵の欠片を奪おうとしてくるはず。
「先輩とヒカリちゃんは絶対に渡さない……!」
私は世界卵の卵とヒカリちゃんを強く抱きしめ、星空誠一を睨みつけた。
こちらの魔法少女は四人──だけど美月はまだ戦意を失って座り込んでいるし、凛々花ちゃんも戦える状態にはない。
戦えるのは私とバレットだけだ。けど、奴らの方もヴェノムも未だに頭をかきながら発狂していて、戦える状態じゃない。
戦えるのはヴェノムの方を見ながらオロオロとしているシルフィと、星空誠一にぴったりとくっついているカッツェの二人だけだ。
つまり、数の上では互角だ。
「駄目ニャ! 世界卵の欠片は絶対に渡してもらうニャ! ね? パパ?」
私に不敵な笑みを返しながらカッツェは、星空誠一にそう同意を求めた。
「う〜ん……」
だが、星空誠一はそんなカッツェをまたも無視。
顎に手を当てて何かを考え込んでいた。
「……パパ?」
「うん……うん……そういうことか……」
カッツェがまた呼びかけるが星空誠一は無視し、独り言をブツブツとつぶやいている。
「よし……それなら……」
そして、星空誠一は何かにうなずくように何度も頭を揺らし、
「……決めた! 今日は帰ろう、カッツェ!」
「なっ!?」
────突然、そんな事を言いだした。
「ニャ!?」
「ハァ!?」
バレットとカッツェの驚く声が重なった。
二人が驚くの当然だ。そもそも星空誠一の目的は
それなのに帰る? 奴はどうして世界卵の欠片を奪い返そうとしない?
一体……星空誠一は何を確信したの?
「博士!? よろしいのですか!? ステラと世界卵の欠片を回収するのではないのですか!?」
星空誠一にそう問いかけたのは、シルフィだ。
シルフィも星空誠一が唐突に帰ると言い出した事が納得出来ないようで、とても困惑した表情をしている。
「命令? ああ、そんな命令を出してたっけ~……。でも、もういいよ。今日は帰ろう」
「そう……ですか……」
星空誠一にそうあっさりと言い放れたシルフィは表情を曇らせ、歯切れの悪く返事をした。
自分とヴェノムが今まで任務のためにしてきた事は一体なんだったのかと──その表情からは、そう言いたげなのが見てとれた。
「ああ、ところで……」
星空誠一はそんなシルフィの表情を見てもとくに気にした様子もなく、ゴソゴソと白衣のポケットの中を漁り、
「はい。
注射器のようなものを取り出し、それをシルフィに差し出した。
「早くそれをヴェノムに届けてあげなよ」
「はい……」
星空誠一に言われるがまま、シルフィは暗い顔で注射器のようなものを受け取った。
そして、奴に言われた通りヴェノムの元へと近寄っていく。
あの薬──あれは今のヴェノムの異常な様子に何か関係があるんだろうか?
「うぅ……シルフィ……?」
シルフィが近寄っていくと、頭をかきむしっていたヴェノムがゆっくりと顔を上げた。
相変わらずぼんやりとした表情のままだけど、目には僅かに光を戻っているような気がする。
シルフィはそんなヴェノムの目を見つめて微笑み、
「そうだよ……シルフィだよ。もう大丈夫……ヴェノム。落ち着いて……」
ゆっくりと彼女の頭を撫でながら、優しい声でそう囁いた。
「うん……」
小さな声でシルフィに返事をするヴェノム。
シルフィに頭を撫でられている今のヴェノムには、もうさっきまでの冷徹で残忍な態度はもう影も形も無い。
まるで母親に甘える子供のようにシルフィに抱きついて、とても安らいだような表情をしている。
「なんだ、ありゃ……。本当にあれがヴェノムか?」
今までとは全く違う二人の様子に、バレットが気味悪そうにつぶやいた。
正直、私も二人の関係の変化に戸惑いが隠せない。
あの残忍で容赦なく毒の攻撃を繰り出してきていたヴェノムが……まさかあんな子供のようにシルフィに甘えているなんて……。
一体、この二人はどういう関係なの?
「これはいつものお薬だよ。分かるよね?」
「────っ!?」
シルフィが星空誠一から受け取った注射器を取り出すと、ヴェノムは首を「いやいや」をするように振った。
「ヴェノム……痛いのが嫌なのは分かるけど、このままだとずっと気持ち悪いのが続くよー? そんなの嫌だよね?」
シルフィはそんなヴェノムに母親のような態度で言い聞かせ、とても優しげな声で注射を受け入れるように諭している。
「…………」
やがて、ヴェノムは黙ったままこくりと頷いて目を瞑った。
シルフィはそんなヴェノムを見て微笑み、
「ちょっとだけちくっとするけど、我慢してね」
そう言って、注射器の針をヴェノムの腕にゆっくりと突き刺した。
「────っ!」
注射器が刺さる痛みに、ヴェノムが体を一瞬震わせた。
しかし、それ以上は動く事なく、目を瞑ったまま拳をぎゅっと固く握って痛みに耐えていた。
「えらいね、ヴェノム……。すぐに薬が効いてよくなるから……」
シルフィはそう言うとまたヴェノムの頭をゆっくりと撫でながら、注射器の針をヴェノムの腕から引き抜いた。
「ぅ……」
針が引き抜かれた痛みに、また体をびくっと震わせるヴェノム。
だけど、注射器に含まれていた薬の効果なのか……ヴェノムの瞼が徐々に閉じていき、彼女はシルフィの腕の中ですやすやと眠り始めた。
「…………」
そんな一連の様子を私とバレットは黙って見ていた。
あの薬がヴェノムを正常に戻すものかもしれない以上、本当なら私達はシルフィを妨害して注射をやめさせないといけなかったかもしれない。
だけど、私達はシルフィとヴェノムの異常な様子に呆気にとられてしまい、結局最後まで手出しをする事ができなかった。
「お、おい。ローズ!」
その時、満身創痍のはずの凛々花ちゃんがよろよろと立ち上がり始めた。
そして、凛々花ちゃんは眠っているヴェノムを睨みつけながら、
「……もう、いいでしょ! 優愛を……返して!」
シルフィにそう訴えた。
「それは────」
シルフィは言葉に詰まり、どうでも良さそうに明後日の方向を見ていた星空誠一へと視線を泳がせた。
「シルフィ……」
私の願望かもしれないけど、星空誠一を見つめるシルフィの目は優愛ちゃんを見逃して欲しいと訴えているように見えた気がした。
「ふむ……」
そんな縋る様な目で訴えかけているシルフィを見た星空誠一は、顎に手を当てて少し考え込むような素振りを見せたけれど……
「いいや、駄目だね。優愛君は連れて帰るよ、シルフィ君」
「な!?」
結局、そんな無慈悲な命令を口にした。
「そんな……どう……して……」
「ローズ!?」
星空誠一の答えを聞いた瞬間、凛々花ちゃんはまた倒れ込んでしまった。
もともと体力の限界を超えていたところに、やつの一言がトドメとなってしまったのだろう。
「ローズ!? おい! 大丈夫か!? おい!」
すぐ側にいたバレットが呼びかけているけど、凛々花ちゃんから返事はない。
今度こそ凛々花ちゃんは完全に気を失ってしまったようだ。
「ど、どうしてですか!? 我々の狙いはステラだったはず! 優愛ちゃ……コスモスを連れ帰る事に一体、なんのメリットがあるのですか!?」
「メリットなんて無いよ? でも。このまま手ぶらで帰るのもなんだしさ~。それに彼女を人質にすれば、あとでやっぱりステラ君が欲しくなった時、巴ちゃん達と交渉するのにも使えるじゃないか」
こいつ……ただの気まぐれで優愛ちゃんをさらうつもりか!
「そんな……」
部下のシルフィですら星空誠一に絶句している。
人質にするだとかもっともらしい理由を口にしていたけど、それもどこまで本気かわかったものじゃない。
いや、きっと本気じゃない! 奴はただ私達を馬鹿にして楽しんでいるに違いない!
《おい! クローラ! 冷静になれと言ってるだろう! クローラ!》
アルがまた私に忠告しているけど、もう駄目だ……。
私はどんどん膨れ上がっていく星空誠一への怒りを、今度こそ抑えられそうにない!
「ふざけ……」
私がまた星空誠一への怒りを募らせ、怒鳴りつけようとしたその時────
「……ふざけないで!」
私の声に覆いかぶさるように、美月の──再変身したノクスの怒声が森に響き渡った。
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