第五十四話 裏切られる魔法少女

「どうして……ここにいるの? パパ!?」


 眼の前で朗らかに笑っている、歳のわりに外見が若い眼鏡をかけた男の人──星空誠一。

 海外で大事な研究をしていて、家にもなかなか帰ってこない。私の父親パパだ。

 そのパパが、どうしてこんな所に……?


「お前は! 星空……誠一!」

「……え?」


 クローラが何故か憎々しげな表情でパパを睨みながら、パパの名前を叫んでいる。

 でも、どうして? 前の世界ではそれなりに仲も良さそうだったのに?

 

「君はクローラ──巴ちゃんか。しかし、呼び捨てとか悲しいなぁ~……昔はおじさまって呼んでくれてたのになぁ~……」


 クローラに睨まれたパパが、わざとらしい仕草で鳴き真似をしながらそんな事を口にした。 

 けど、おじさまって……それは『』の巴の呼び方のはず。

 ではパパと巴は面識はないはずなのに、どうしてその呼び方知っているの?


「星空? ……ああ! どこかで見た顔だと思ったら、こいつ! ノクスの親父──星空博士!」

 

 バレットがはっとした顔で驚いて、指を差しながらパパの名前を叫んだ。

 そういえばバレットはさっき、パパの事を知っている素振りを見せていた。

 だけど、なんで? どうしてバレットもクローラと同じように、そんなに敵意を込めた目でパパを睨んでいるの?

 それにパパの隣のあの猫のコスプレをしている魔法少女──あの子も気になる。


「パパ! その子は誰!? その子、『パパ』とか呼んでるけど、一体どういう事!? 隠し子!?」


 私が当然の疑問をパパに投げかると、なぜかパパとバレットがガクッとよろめいた。


「いや、そっちの疑問が先かよ……!」

《ノクス……君っていう奴はさぁ……》


 バレットがなぜか呆れ顔で私を見つめていて、バロンの念話からは落胆したような気持ちが伝わってくる。


「……そっちって?」


 一体どうしてみんながそんな顔をするのか、分からない。

 不思議そうな顔をしているけど、バレットだって自分の父親が知らない女の子を連れてきて、パパとか呼ばせていたら同じように問い詰めるはず。

 私は間違った質問はしていない。


「う~ん……。いや、なんていうかなぁ~……」


 私の質問に、パパは困ったような顔をしてなかなか答えない。

 けど、頬をポリポリと掻きながら目を逸らすあの仕草──あれは答えにくい事を聞かれた時のパパの癖だ!

 答えにくそうにしているという事はやっぱり、隠し子……!?

 私の中で疑惑が確信に変わり始め出していたその時、


「はいはーい!」


 突然、猫のコスプレをした少女──コスプレ女がパパの前に飛び出して、手を前に突き出し始めた。

 まるで学校で先生の質問に手を上げて答えようとする生徒みたいだけど、私は別にこいつには話を聞いてない。

 無駄に元気一杯な様子が鬱陶しいし、無視しよう。


「その質問にはカッツェが答えてあげるニャ!」

「…………」


 無視しているのに……コスプレ女はそんな事はおかまいなしに、聞いてもいないのに勝手に自分が何者なのかを喋り始めた。

 

 そして、カッツェとか名乗る頭のおかしな魔法少女は、


「パパはカッツェの『パパ』で、カッツェはパパの娘ニャ!」


 満面の笑みでそんな訳の分からない事を言い始めた。


「はぁ!?」


 パパ? 誰が誰の? まさか私のパパの事を言っているの?


「ちょっと、さっきから何なの! パパが!? パパがあなたの!? それにその格好……猫耳とか尻尾とか語尾は何!? キャラ付けのつもり!? ふざけてるの!?」

「キャラとかじゃないにゃ! カッツェは猫なのニャ! 猫に猫耳と尻尾が生えてるのは当然ニャ!」


 カッツェは自信満々にそう言い切り、ドヤ顔で胸をそらしている。

 突き出された胸は意外なほどボリュームがあった──悔しいことに結構大きい!……って、それは今はどうでもいい!

 ともかく、カッツェの猫耳と尻尾はどう見ても魔法少女としての衣装でしかなくて、実際に生えてるわけじゃない。

 はっきり言ってただのコスプレにしかみえない。そういういかがわしいお店とかの。

 それに『ニャ』とか語尾につけながら、両手を丸めて猫のような仕草しているのも──すごく腹が立つ!


「何が猫なの!? やっぱり、ふざけてるでしょ! それに、本当にパパの娘なの!? まさかとは思うけど、そういうプレイ……」

「ええ!?」


 私がそう言うと、パパはものすごく驚いていた。

 そうだ、隠し子とかならまだいい……いや、よくないけど!

 ともかく! パパが私と同い年ぐらいの女の子に、お金を払って『パパ』とか言わせるプレイをしてるとしたら、最悪すぎる……!

 

《ノクス、そういうのを耳年増って言うんだよ? 知ってる?》

《うるさい!》


 頭の中でバロンがなんだか失礼な事を言っていて腹が立つけど、それ以上に目の前のコスプレ女に腹が立つ!

 睨んでいる私を見て首をかしげながら、「ニャ?」とか言ってるのがもう最高に腹立たしい!

 それ、自分で可愛らしいとか思っているの? ……まあたしかに外見は可愛らしいけど、それはそれとしてやっぱり苛つく!


「ちょっと! どうなの、パパ!」


 私は湧き上がる怒りを抑えきれず、パパをさらに問い詰める。

 するとパパはさらにしどろもどろになっていて、やっぱりこれは……怪しい!


「ち、ちが……というか、どこでそんな言葉を覚えたんだい!? ちょっと、父親としては────」

「────あの! ちょっと……いい、ですか?」


 その時、変身が解けたローズ──凛々花が大声を出して、私達の会話に割り込んできた。 

 まだ毒ガスの影響が残っているのに……。凛々花はフラフラになりながらも立ち上がり、不安そうな顔でパパを見つめている。


《ほら! ノクス! こんな時にふざけた事を聞いてる場合じゃないでしょ?》


 別にふざけている場合じゃないけど……でも、たしかに今はバロンの言う通りこんな質問をしている場合じゃなかった。

 もちろん、あのコスプレ女が本当にパパの娘かどうかも重要だけど、まずはパパがなんでここにいるのかを聞かなければいけなかった。


 たとえそれが──カッツェの事よりも聞くのが怖いのだとしても……。


「…………」


 ふと気付くと、いつの間にか私がパパを問い詰めていた時に緩んでいた空気は消え去っていた。

 重苦しい沈黙が辺りを包み込み、この場にいる全員の視線が凛々花とパパに集中している。

 そんな重苦しい空気の中、凛々花が疲労で額に汗を浮かべながら口を開いた。


「聞きたい事が……あるんです」

「ん? 君はたしか~……ローズ──凛々花君だっけ? 何?」

「は、はい。あなたはノクスの──美月のお父さんなんですよね? あなはアタシ達の敵なんですか? それとも味方なんですか?」

「敵? 違うよ~。まあ、味方でもないけど」


 凛々花の質問にとぼけた顔をしたまま、ふざけてはぐらかすような事を口にするパパ。

 あのパパのわざとらしいとぼけ方は、私やお姉様をからかう時によくしていた記憶がある。

 

「パパ……?」


 でも……何かがおかしい。

 たしかに記憶にはあるし、パパはよくふざける人だけど、それでもこんな真剣な空気でふざけた態度をする人じゃなかったはず。

 私の記憶通りのとぼけ方で、凛々花の真剣な質問を笑ってはぐらかすパパが少し……怖い。


 まるで、目の前のパパが姿や仕草を真似しているだけの別人のようだ。

 

《ねえ、バロン。パパはシルフィにも話しかけていたし、処分がどうとか──パパは……》


 私は思わず不安を口にするけど、バロンは何も言ってくれない。

 わざわざ僕が言わなくても、もう答えは薄々分かっているだろう?──私はバロンがそう思っているような気がした。


「パパ……」

「ん~? なんだい美月? カッツェの事以外でも何か僕に聞きたい事があるのかな?」


 そもそも私がカッツェの事を先に聞いたのも自分では自覚がなかっただけで、パパにどうしてここにいるのかを聞くのが怖かったからかもしれない。

 だって……だって、もしパパがシルフィの仲間だとしたら、ステラやローズ達を傷つけた奴の仲間だという事になってしまう。

 パパの口からシルフィの仲間──カラザとかいう組織の一員だと聞かされたら、私は……。


《ノクス……》

《……大丈夫。ちゃんと聞くから》


 心配して声をかけてきたバロンに私はそう言った後、まずは自分の気持ちを落ちかせるために目を瞑り、思い切り深呼吸をした。

 そして、ゆっくりと目を開き、勇気を振り絞って口を開き、


「パパ……私からも改めて聞くけど、なんでここにいるの? 大事な研究で海外にいたんじゃないの?」


 パパにどうしてここにいるのかを聞いた。


「おい、ノクス。お前の父親は……その……」


 何か事情を知っている様子のバレットは何かを言いかけたけど、私を見つめて気まずそうに目を伏せて黙ってしまった。

 同じく事情を知っている素振りを見せていたクローラもずっと黙ったまま、まるで親の仇でも見ているかのような、憎しみに満ちた目でパパを見つめている。

 ……もう答えを聞くまでも無いかもしれない。二人の反応はパパがなぜここにいるのか──その答えをもう口にしているようなものだ。


 だけど……わかりきった答えが返ってくると分かっていても、パパの娘である私にはちゃんと話を聞いて確かめる義務がある。


 たとえ望まない答えだったとしても……もしかすると二人の態度は何かの間違い、勘違いであってほしいと願いながら、私はパパの返答を待った。

 

「うん。大事な研究で海外にいたのは本当だよ~。『カラザ』っていう組織で世界卵について研究してたんだ」

「────っ!」


 心臓の鼓動がどくんと早くなった。

 何かの間違いあってほしい、違うと言ってほしいと思う私の期待をパパはあっさり裏切り、なんでもないような事のようにその答えを口にした。


《うそ……パパがカラザで研究をしていた? じゃあ、やっぱりパパはステラ達を傷つけた組織の仲間……》


 信じられない……信じたくない。

 予想していた答えなのに、思った以上にショックが大きかった。

 私の心臓の鼓動はどんどん早くなって、足元もおぼつかなくなってきた。

 

《ノクス……》


 めまいがして今にも倒れそうな私を、バロンが心配してくれている。


「星空誠一! お前は!」


 クローラも傷ついた私を見て、さらに怒りに満ちた顔でパパを睨みつけて拳を震わせて、今にも殴りかかりそうな程怒っている。

 こんなクローラは──巴は見たことがない。

 心の底からパパを軽蔑し、憎悪しているような──そんな目をしている。 


「おおっと、怖いなぁ~。そんなに睨まないでよ~」


 クローラにそんな目を向けられても尚、パパはわざとらしい仕草で驚いてふざけていた。

 本当に信じられない──これが本当にあのパパなの!?

 こんな無責任で、幼稚な態度を取っている人が!?


「ふざけるな! お前が……お前のせいで沙希さんは!」

「へえ? ……それは、の事かな?」

 

 !? パパが口にした言葉に私は強い衝撃を受けた。

 だって、あの口ぶりからするとパパは────


「パパ!? もしかしてお姉様の事を覚えているの!?」


 魔法少女でもないパパが、どうして前の世界にしか存在しないお姉様の事を覚えている!?

 でも、どうして!? 私もバロンに出会って、魔法少女になった後にようやく思い出したのに!


「さあ、どうだろうね~?」


 パパは笑いながら、はぐらかすような事しか言ってくれない。

 でもあの態度からすると、やっぱりパパはお姉さまの事を覚えている!

 世界卵の研究をしていたって言ってたけど、その事が何か関係しているの!?

 そもそも世界卵を研究して、何をどうするのが目的なの!?


 そんなたくさんの疑問が次々に浮かんできて、私はパパにどれから問いただしたらいいのか分からなくななってしまい、かえって何も言えなくなってしまった。


 その時────

 

「────お前が……沙希さんの名前を口に出すな!」


 パパがお姉さまの名前を口に出した事が引き金になったのか、ずっとパパを睨み続けたクローラがとうとう怒りを爆発させた。

 クローラは手に魔法の電撃をバリバリと激しい音を立てて纏わせながら、パパにまっすぐ突っ込んでいく。


「クローラ!?」


 きっと、あの電撃でパパを攻撃するつもりだ!

 でも、そんな事をすれば生身のパパは無事じゃ済まない!


「駄目! クローラ! 待って!」


 私はクローラを止めようと慌てて駆け出した。

 だけどその瞬間、


「なっ……!?」


 私達の眼の前から、パパとカッツェの姿が消えた。

 突然現れた時のように何の脈絡もなく──まるで映画のフィルムの間を突然切り取ったみたいに、カッツェとパパは忽然と姿を消してしまった。

 ギフトを使う予備動作や魔力の動きは全く感じ取れなかったのに……。


「ノクス! 後ろだ!」

「え!?」

 

 バレットに言われて後ろを振り向くと、二人はいつの間にか私の側にいた。


「あ~あ……。これじゃゆっくり話は出来そうにないな~。ご苦労さま、カッツェ」

「ニャ! もっと褒めてニャ!」


 正確には私のすぐ側にある世界卵の欠片の眼の前に移動していて、パパはカッツェの喉元をくすぐって遊んでいた。


《これは……瞬間移動!?》

《……かもね。けど、あのカッツェとかいう魔法少女──君のパパを連れて瞬間移動のギフトを使う予兆が全く感じられなかった》


 バロンの言う通り、カッツェは私達が気づかないほどの一瞬で移動していた。

 ふざけた格好と言動だけど、実力は本物のようだ。

 だけど、今はそんな事より……


「パパ! カラザがどういう組織か知ってるの!?」


 私は魔法杖オーヴァム・ロッドをカッツェに向けながら、クローラの攻撃で中断された話の続きをパパに促した。


「ん~? 知ってるって、何をだい?」


 私の問いかけに首をかしげるパパ。

 その仕草を見て、私はパパがカラザがどういう組織かをあまり理解していないんじゃないかと思った。

 いや、期待したと言ったほうがいいのかもしれない。だって……そうじゃなければ、パパはあんな風に平然とした顔でいられないはず。

 パパは研究が大好きな人だったけど、人を傷つけるような事をする人じゃなかったのだから!


「カラザっていう組織はとても悪い組織なの! 大勢の人の前で魔獣や天使を呼び出したり、ステラを誘拐しようとしたり……ローズなんて殺されそうになったんだよ!? その事をパパは知っているの!?」


 私の知っているパパなら、ちゃんと説明して説得すればきっと分かってくれるはず。

 きっとパパは騙されていて、カラザがどういう組織か知らずに、世界卵の研究をしているに違いない。

 それにパパはステラ達の誘拐に関与したとは一言も言っていないかった。

 クローラが睨んでいたけど、やっぱりきっと何かの勘違いだ。


 ────そうに違いない…どうかそうであって欲しい。


「ねえ! パパ! どうなの!? 答えてよ!」


 私はそう願いながら、精一杯声を張り上げてパパに問いかけた。


 けれど────



「ああ。もちろん、知ってるよ~。ていうか魔獣と天使を大勢の人の前で呼び出させたのも、ステラ君を連れてきてって、風歌君達に命令したのも全部僕だし」


 けれどパパは、そんな私の淡い期待をまた裏切り……平然と微笑みながら、そんな最悪の答えを口にした。




 口にして、しまった────

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