エピローグ

第30話:だだっ広い公園で

 夏休み明けの休日、とある昼下がりのこと。

 ちょうど予定ががら空きだということで、俺を含む六人は集まって例の工場に囲まれただだっ広い公園にやってきていた。

 本日も暑苦しいぐらいに快晴で、スポーツマンに言わしめれば絶好の運動日和なのだろう。でも俺は運動しない。笑われるだけだから。

 というわけで、俺はアイラとともに、昴、琥太郎、氷月、唯の四人が丸くなってトスラリーをしているのをベンチに腰掛けて眺めていた。

 なぜアイラまでトスラリーを抜けているのか疑問に思うかもしれないが、簡単なことだ。この女、力が強すぎて制御ができないのである。それも、トスのつもりがすべてスパイクになるという鬼畜ぶり。どういう鍛え方をすればそうなるのか逆に教えてほしい。

「…………平和だ」

「…………そうね」

 独りごちたつもりだったのだが、隣から相槌を打たれた。アイラも同じことを思っていたらしい。やっと社畜のごときレベリング生活から脱却したんだから、まあそう思うよな。

 再会したときはボロボロの身体だった唯も、今ではすっかり元気になっていた。両親と感動の再会を果たし、狂う前の人生を延長したような毎日を送っている。

 それは昴にも言えることで、彼は彼なりに日々を楽しんでいるようだ。以前は「唯を異世界に取り残して僕だけが元の世界に帰るわけにはいかない」ということで異世界に残留していたのだが、その理由も消え失せたので、唯とともに日常に復帰した。

 夏休みが明け、落ち着いてから二人とも徳明高校に通いだしたのだが、俺とは別のクラス。それについては少し残念だった。まあ、住んでる世界が違うよりは全然いいよな。

 そして氷月だが、彼女はやはりと言うかなんというか唯にべったりだった。でも、そのおかげで時折薄くではあるが笑顔を見せるようになったのはいい変化だと思う。氷の女王の異名が使われなくなる日もそう遠くはないだろう。女王様バンザイ!

 琥太郎は……特筆するところがない。強いて言うなら相変わらずバカだ。以上。

「……はぁ。トスってどうすればふわんってなるのかしら」

 珍しい悩みを抱えて隣でため息をつくアイラは、ある一つの決心をしていた。

それは、リインハート家に戻ることだ。家族なのだから当然と言いたいところだが、彼女の場合は日本に真の親がいるのだ。その人を見つけるまで、またしばらくお世話になるということらしい。一応気まずくなったら俺の家に避難しろとは言ってある。

 では通学はどうするのかというと、ワームホールを経由して続けるらしい。俺の家までワープして、それから学校まで徒歩通というわけ。ちなみに、それに伴って異世界で通っていたという魔法学校は辞めることにしたそうだ。よっぽど日本の学校が気に入ったみたいだな。俺は全然気に入らないけど。

 そして、この場にはいないがニクラスお兄さんはというと、アイラと同じように家出をやめてすごすごとリインハート家に帰ったらしい。もともとは異世界人養成計画の失敗に負い目を感じて家に帰ることができなかったそうだが、勇気を振り絞った模様。アイラから近況を聞かされるたびに母に叱られているけれど、もう家出しないでほしいです。

 さて、それで俺はというと。

 大した変化がない。

 というのも、相変わらず朝はだるいし授業はだるいしで、やっぱり日常は面倒なことだらけであるという真理にたどり着いてしまったのだ。

 変わったことと言えば、唯のおかげで起床が以前に比べればだいぶ楽になったということと、その代わりになぜか柚葉の暴力を受ける回数が増えたということぐらいだろうか。なんだこれ全く改善されてない。

 ……まあそれでも、多少は楽しいことが増えたのも事実だ。

「やっぱりイメージは完璧だわ。さあ、今度こそトスるわよ。ほら、アンタも早く」

 くいくいと腕を引っ張られる。やっぱり力が強い。これじゃ一生無理だろ。

「なんで俺まで」

「いいから。一人だけ下手だと浮いちゃうでしょ」

 理由が最高に最低だった。

 結局俺は異世界でも現実の世界でも、アイラに振り回されっぱなしってわけか。

 ま、それでもいいさ。空虚な生活を送るよりはまだマシだ。

 自分の中で適当に折り合いをつけて立ち上がると、ふと何かを思い出したようにアイラの動きが止まった。

「……ねえケイタ、あの時ユイになんて言われたのよ」

 あの時? 

 曖昧な表現に対してしばし考え込むが、範囲が広すぎて見当もつかない。 

「ほら、あのときよ、アンタが魔族を倒したとき」

「……ああ、もしかして、ワームホールで魔族から逃げようって時の話か?」

「そうよ。なんか言われてたでしょ?」

「まあそれはそうだが、今更掘り起こす理由がわからん」

 これ見よがしに眉をひそめる。しかし食い下がるアイラ。

「だって、あれからアンタ、ちょっと変わったような気がするから」

「変わった……? どこが?」

 自分自身、何かが取り立てて変わったような自覚は特にないのだが。

「変わったわよ。ちょっと元気になったっていうか、ボンクラからネクラにレベルアップしたって感じね」

「それレベルアップしてないだろ……」

 あと地味に韻を踏むな。

「とーにーかーく、なんて言われたのか教えなさい」

 アイラは恐らく好奇心の赴くままに、俺の過去を掘り起こそうとしているのだろう。

 だがしかし。

「すまんな、それは教えられないんだ」

 唯の気持ちは心の中に大事にしまっておくことにした。そして俺の気持ちも、今は胸の内にしまってある。言ってしまえば、保留しているということだ。

 だから、口外はできない。

 ぶーぶー文句を垂れだしたアイラをよそ目に、俺はトスラリー集団のもとへと歩き出した。なんだかんだ言ってアイラも後についてくる。

 

 ――この世界は、日常は、案外もろく崩れやすいものだ。

 もしあの時こうしていれば、もし生まれ落ちた場所が少しでも違っていたら。

そんな想像が尽きない限り、その事実は突き動かせない。

だから日常というのは、当たり前すぎてその価値には気付きにくいけれど、本当に大切でかけがえのないものなんだと思う。たとえ面倒なことだらけでも、守るべきものだ。

 そして、大切なものを守ろうとする気持ちがあれば、きっと誰もが勇者になれる。

『日常』を取り戻すために、異世界まで行って盗賊や魔物と戦ったり、武器や防具の組み合わせで頭を悩ませたりするかもしれない。あるいは、魔族に苦戦を強いられるかもしれない。

 誰にでもその可能性はあるのだ。

 この夏、俺自身がそうであったように。

 世界はまだまだ謎に包まれているのだから。

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リインハートの勇者 白羽スギ @shirowasugi

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