第29話:決戦②
アイラは焦っていた。
(もう、あのバカっ! 泣いてる暇なんてあるわけないでしょっ!)
ワームホールを生み出すのにいつもより時間がかかっている。
それは、焦りによる遅れだった。
(捕まってたら承知しないんだから……!)
アイラは魔族の侵入を防ぐため一度その手でワームホールを閉じたのだが、こうなることが分かっていたならやめておけばよかった、と内心自分の判断を悔いていた。
魔族がワームホールに侵入したら大変なことになるのは分かりきっていた。つながる先は街にほど近い雑木林の中なのだ。魔力の濃度が比較的高いため昴や氷月の回復が早くなるということで決定した場所だったのだが、もっと人里から遠く離れた地にすればよかったのかもしれない。
しかし、そんなのは結果論に過ぎないわけで。
とにかく今は集中してワームホールを生み出すのが最優先だ。
集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中集中!
ポワーン。
自らの両手の先に、ついに青緑色の大穴が開けた。
「やった!」
喜々としてそれに潜り込む。
瞬くうちに、眼前には暗い雲に覆われた野原が広がった。刺激臭が鼻を衝く。
きょろきょろと目を光らせて啓太を探すと、すぐに見つかった。
彼は剣を構えていて、その剣先には魔族が……四匹……?
――まさか、戦うつもりっ⁉
「バカッ! やめなさいっ! 死にたいのっ⁉」
腹の底から絶叫するも、彼の耳には届かなかったようだ。
啓太は返事の代わりに、地面を蹴って魔族のもとへ飛び込んだ。
「……え」
信じられないことが起こった。
啓太が、勇者が、群れで攻める魔族を圧倒している。
次々に繰り出される突進を身を翻して躱し、わずかな隙をついて剣閃を走らせる。
動きがとにかく速い。身体を目で追うのだけで精いっぱいだ。剣先はもはや視覚にとらえることすら叶わなかった。
ここまで洗練された動きは、今まで見たことがない。
猛スピードで連続して巻き起こる攻防の中で、啓太は確かに押していた。
そして。
数十秒だったかもしれない。あるいは、数秒だったかもしれない。
呆気にとられて棒立ちしているうちに、彼の周りから魔族はいなくなっていた。
◇◆◇
どうやら、倒しきった……みたいだな。
辺りに転がった黒い物体を一瞥し、肩から力を抜く。
これまた黒く染まってしまったロングソードを鞘に納めると、達成感がひしひしと全身に充溢し始めた。
「けいちゃんっ!」
無理をしてこっちに歩み寄ってくる影が一つ。
「おい、動くなって」
急いでこちらから駆け寄り、彼女の手を取った。
それと同時に、ワームホールが開かれていることを確認する。
よし、今度こそ開いてるな。
その隣ではアイラが「早くっ!」と手をメガホン代わりにして叫んでいた。
さて、あそこまで唯をどう運んだものかな。
……まあ、おんぶするしかないよな。
「背中乗れるか?」
「うん、それくらいなら」
背中を向けて前かがみになり、手でひょいひょいと促す。
しかし、なかなか乗ってこない。
「お、おい、早く」
「……うん。でもその前に、言いたいことがあって」
今言わなかったら、もう一生言えなくなっちゃうような気がするから。
「なんだ?」
背筋を伸ばして振り返ると、そこにはいつか見た彼女のもじもじする姿があった。
そういえば、あの時は急にトイレに行っちゃったんだっけな。
まさか、またトイレに行きたくなったのか? やれやれ。
まあどっちにしろ運んでやるから、という意味で再び背中を向ける。
しかし、その背中に投げかけられた言葉は、俺の想像とは百八十度違っていた。
「……私はずっと、けいちゃんのことが好きでした」
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