3-3話,孤独な妖精③ 美穂side
地下アリーナ 管理室
「全く。なんですの、あの野蛮な...」
透明に輝くクリスタル。それは『封印石』と言われる魔物を捕獲するための石。
先ほど、秋田美穂が腹を引き裂き、自分の身体の状態に恐怖して暴れ回り、弱った魔物がその石に入っている。
私はそれを、堂々と豪華な椅子に座っている、普段のお姫様から離れた都会スタイルの姫美華に、封印石ごと渡す。
「秋田さんと会ったのね。ふふっ、見た目の割りに大胆よね?私が殺して良いって言ったら本当に殺そうとするなんて」
「何を呑気に笑ってるんです!魔物は貴女のやってる『お遊び』には欠かせない資金じゃないんですの?」
そう。前に姫美華になぜ魔物をわざわざ飼ってまで、マジシャンズの敗者に対して『魔物に補食されちゃう罰ゲーム』をやっているのかと聞いてみた。
その時の答えは結構意外なものだった。
『魔物の出す廃棄物は結構な魔力を秘めているの、それは五世帯くらいの家庭でまかなえる魔力が1日分。魔導自動車なら数十キロも走らせることが出来るくらいに。その廃棄物を闇市に売買して、このダークサイドマジシャンズは運営してるのよ。だから今となっては罰ゲームになっちゃってるかもしれないけど、本来は魔物の糧として彼女たちが力を貸してくれてるだけよ』
なんて身勝手すぎる理由に呆れていたけど、それなら魔物は一匹でも失うのは結構惜しいはずなのに......。
「意味がわからないです。これなら二匹とも私に任せれば良いですのに......」
「秋田さん...いえ、美穂さんは私の見込んだ魔法使いよ。だから試させていただいたわ、彼女の強さを...だから誘ったのよ魔物退治に。お陰で貴女から良い報告を受けましたわ」
「良い報告?」
姫美華は聞き返す私に笑みを崩さず、手に持ったクリスタルを側に立っていた例の仮面の人に渡す。
「あの子の勝利への執念。それは私の想像を遥かに越えているという報告よ。ああ、やはりあの子は私達と共に歩むべきだわ。最高の魔法使いに...『真の魔法少女』に!」
姫美華の『真の魔法少女』に思わず表情をしかめる。それは怒りというより呆れに近い感情。
「彼女に魔法少女をさせるんですか?私には彼女からそんな素質感じられないです。そもそも彼女は表舞台の元魔法少女。そして『落ちこぼれ』。そんな奴が到底こちらの魔法少女を出来るはずが...」
「もしかして、妬いている?」
「はあ!?別に妬いてないです!貴女の見る目がおかしいと言いたいんですよ!なんであんな奴を...」
『真の魔法少女』。それはここ、ダークサイドマジシャンズでの強き者への称号。ということだけを私は知っているし、マジシャンズプレイヤーの一部の人間にも知られている。でも、それが実際にどういったものなのかわかっていない......。
なぜならここで最強なのは、目の前にいる姫美華を除いて誰もいないからだ。
強さを競う大会も無い。強さを判定する基準も無い。
まあ実際、私たちはただ自分の欲望の為に戦っているし、もしもそういった順位を決める戦いがあるとしたら、きっと私たちはもっと緊迫な空気の中で戦うことになる......でもそれは姫美華の望んでいるマジシャンズではない。
もっと楽しく、己を忠実に。そして皆仲良く。
それが姫美華のモットーみたいな、理念みたいな。まるで学生達と行う学園祭を開くような、そんな重みがあるけど何処か軽い感覚なのかもしれない...。あくまでも彼女にとっては。
「でも、あまり秋田さんをひいきにし過ぎない方がいいです。私はともあれ他の方々が本当に妬いちゃって、仲間外れにしちゃうかもしれないですよ」
「ふふっ。そうね心がけておくわ」
私は姫美華の笑みに特に反応を示さずに振り返り、今いる豪華なソファーと赤い絨毯だけが敷かれた、部屋の明るさが眩しく感じるほど無駄に広く何もない部屋を、そのまま抜けていくように出口に向かう。
すると突然なにもない空間から人が一人分入る位の大きさをした白い球が空中で現れその場で漂っている。しかもそれと同じものが幾つも等間隔で横一列に並び、それが姫美華のいる所へと続いていく。
マージナルフォンをより大きくした。というよりマージナルフォンの元の姿であり、比べ物にならないくらい高性能な情報魔法道具『アルケミー』だ。恐らくこの部屋全体が彼女の持っているアルケミー本体なのかもしれない。
さすがは金持ちのお嬢様はとんでもないです。なんてからかいたくなるくらいにスペックが凄そうだ。
「そうだわ夢乃葉さん。一度美穂さんと戦ってみない?」
「えっ?」
思わず後ろを振り向く。
それは予想外な質問。別に嫌というわけではない、むしろ彼女と自分の差を見せつけるには絶好なチャンスだ。
「本当にいいんですか?手加減しないですよ?」
「当然よ。手加減は許さないわ。本当の強者はどういうものか、見せつけるつもりでお願いね。対戦マッチングは私が手配しておくわ、明日の午後三時頃。わかったわね?」
その瞬間、私の中の闘志が突然燃え始める。
彼女に恨みはない。そんな深い関係でもないし、相手に強さも期待してない。つまりはただの先輩風を吹かせたい。そして久々の戦闘に、腕を慣らすには悪くない相手だ。
「ありがとうございます。明日が楽しみです......」
●●●
夢乃葉は機嫌良くして管理室を後にした。
「全く、あの子は分かりやすくて助かるわ。だからついついからかっちゃう......」
思わずにやついた卑しい笑みが溢れる。
大変な出来事が立て続くとやっぱり癒しは欲しいもので、私の一番の癒しが久々に帰ってくると凄く嬉しい。
「さて、癒された後は仕事の続きをしようかしら」
私は両手を目の前にある白い球体に手をかざし、操作を始める。
すると突然魔物捜索の者から『音通』がかかってきた。
その音通の形である、小さな丸いガラスのような球体に手をかざす。
「どう?『garou(がろう)』は見つかった?」
「そ、それが、申し訳ございません...『garou』は既に何者かに消されました」
「えっ?」
恐れていた事態が起こったかもしれない......。
まだ私は、私が率いる仮面の組織の一部と、夢乃葉と美穂の二人にしか、魔物の情報は教えていない。
つまり私達とは別の組織。例えば警察だったり、裏で動いている『白翼の使い』という連中などが魔物を消した可能性が高い。
それはつまり、私の行っている『ダークサイドマジシャンズ』が存亡の危機になる。それはどうしても防ぎたい。
「残留は残ってるの?」
「はい。こちらはすぐに回収しました。恐らく魔物を排除した相手も必死だったのかもしれません」
それを聞いて一先ず安心はする。
もし魔物を認知している組織であるのであれば、魔物の生命活動を失って姿を失い、その時に死体の代わりに残る『残留』。それが残るということは、魔物がその場にいた証拠が残るという意味だ。
「そう。一先ずはこれで......」
「ほんと、あぶなかったわね」
突然さっきまでの業務的な報告口調から変わって、馴れ馴れしくも卑しく、勘に障る喋り方。
久御屋リンだ......。
「なに?貴女と話してる暇はないわ」
「まあまあ、そんな怒らないで。折角私が奴等から魔物の残り滓(かす)を守ったのに、御礼があっても良いんじゃないかしら?」
どうやら『残留』が無事なのは久御屋が何らかの方法で守ってくれたらしい。しかし......。
「元々貴女が撒いた種よ。出来れば魔物をやった子を捕まえてきて欲しかったわ」
「あらら、怖いお姫様ね。その後死刑とか洗脳とかしちゃうのかしら?」
「それは寧ろお前じゃないの」って言いたいけど、いちいち久御屋の会話に付き合うことはないと、私は黙りこむ。
それよりも、こいつが何故捜索員と代わってまで私に話しかけてきたのか?
「それで何の用かしら?出来れば貴女とお話をしたくは無いのだけど」
「あら酷いわ。折角面白い情報を持ってきたのに」
「面白い情報ね......」
正直あまり聞く気にはなれない。けど、彼女の情報網は私よりも広く。さらに言うなら裏社会の出来事に詳しく、例えばヤクザや外国のマフィアのやり取り。政治の裏取引など、久御屋の性格らしく闇の部分に関しては詳しいのだ。
だから彼女の「面白い情報」というのは結構あてにしている。
「それはなにかしら?言っとくけどあまり薬物に興味は無いわ」
「薬物なんて、そんな物騒な物ではないわ...」
久御屋は「くくくっ」と気味の悪い笑い声を出すと、そのままの声のトーンで続ける。
「魔物の影響で、『魔法覚醒者』が現れたわ。それも白翼の連中と協力しているみたい......」
「えっ?まさか、その覚醒者が魔物を?」
『魔法覚醒者』。
本来魔法というのは魔法を発動させる為に必要な魔法道具というのが必要になる。
今現代人の誰もが持っているマジフォもその一つで、小さな魔石に入っている魔力をそのまま発動させて、通信や音通といった離れた地から情報を持ってくる、一番身近な魔法なのだ。
そして、マジシャンズで使うスーツ。それもまた戦闘に特化した魔法道具。
しかし、『魔法覚醒者』はその道具を介さず、自分の力だけで魔法を使う。まさに本物の『魔法使い』。
だから覚醒者は誰よりも強く、誰よりも優秀な人材である。ただ、今の日本を除けば......。
「なんだか、その子に悪い事しちゃったかしら」
「ふふっ、よく言うね。これっぽっちも悪いと思ってないでしょ?」
......正解。
久御屋の言うとおり。被害者の子には悪いけど、それよりもその子が覚醒したということは、『真の魔法少女』として才能を開花するに値する力を持っている事は間違いない。
それは私にとってとても都合が良くて、最高の出会いの瞬間だった。
そしてやっぱり久御屋は気に食わない。特に人の心を覗き込み。そしてその闇の部分を突いてくる。それを悦びにするように......。
「本当に貴女の事が好きになれないわ」
「でも私は好きよ。貴女の優しさの中に眠る黒い部分。それはほろ苦いチョコラテみたいな味わい。だから貴女の側から離れる事が出来ないわ......」
はぁ。誰かこのストーカーを連れて行ってくれないかしら...なんならムーンドライブカフェ(女子に流行りのカフェ)の沖縄店に就職でもしてくれないかな。チョコラテが好きみたいだし。
なんて冗談交じりに呆れながら、私は「じゃあ、切るわね」と一言告げてすぐに音通を切った。向こうからの返事を待たず一方的に。
「さて、気を取り直して通常運行といきましょう」
と一言呟いて私は再び、ご自慢の高性能アルケミーに向かって作業を始める。
●●●●●
その夜は悪夢に襲われた......。
魔物に捕まる夢。試合に負けて力なく伏している私を、まるでそこにあるお菓子でも取るかのように鷲掴まれ、ゆっくりと魔力を吸われ、ゆっくりと食べられる。そんな夢......。
自宅。
「っ!?」
悪夢に起こされた。
私の身体は枕やベッドを濡らすほど汗が流れ出て、冷水を被ったように体温が冷たい。そんな不快感に包まれながら壁に掛けられた時計を見る。
まだ夜中の二時。でももう一度眠れる気にはなれない。
「はぁ...何で今更怖がってるんだ。あの時確かに楽しんでいたのに」
人生で初めて魔物を目の前で見た。
人生で初めて魔物を自分の手で倒した。
人生で初めて命懸けの戦いをした。
人生で初めて生きた生き物を切ってしまった。
あの後静かに夢瓦と帰った。一切喋らず。
でもそこまでは良かった。問題は夢瓦と別れた後のこと......。
夢瓦の姿が見えなくなった瞬間、突然発作が起きたかのように、さっきまでの麻痺していた感覚が甦ってきた。
一歩間違えたら死んでいた恐怖。無理矢理与えられた快感。生きるために選んだ痛み。
それらが一気に身体と精神に襲ってきたような感覚。
「やめろ...」
息ができなかった...。涙と身体の震えが止まらなかった。
「やめっ...」
そして、魔物に会いたい......私を食べて欲しいという欲求がやってくる。
「やめろっ!!」
私は変身をしていない非力な拳を、近くの電柱に向かって殴りつける。
痛い。手が痛い...いたい?気持ちいい?
その感覚に恐怖した。
そしてすぐに理解した。私は完全に魔物に毒されているのだと。
「あらら。随分辛そうね。美穂ちゃん」
それは全く聞き覚えのない、神経を逆撫でするような卑しい声。
「だれ?...」
「私は久御屋リン。姫美華の友達よ。今助けてあげる......」
久御屋は手に持っている小さな箱から、一つの注射器を取り出すと、そのまま近づいて来て私の首筋に刺した。
痛みはなかった。むしろ心が穏やかになり、さっきの恐怖という快楽ではなくて、大切な人の手に包まれるような心地良い快楽だった......。
「さっきのが悦気による禁断症状よ。様々な記憶が突然恐怖と変わり、その恐怖から免れたい為に自ら魔物を求める。でもこうやって解毒剤を投与すれば悦気の効果は無くなるから、禁断症状は抑えられる」
それは助けてくれたというより、人体実験に付き合ってくれた被験者相手に説明するような、心無い言葉だった......。
こいつとは関わらない方がいい。
そう私の中で警告が鳴り響く。
「あの、ありがとうございます...」
「いえいえまた会いましょ。貴女の戦い楽しみにしてるわ」
つり上がった目はより不気味につり上がり、気味の悪い笑みを浮かべたまま久御屋リンはその場から去っていく。
そして私は気づいてしまった。
こいつは今まで私の後を着けてきていた。私の戦っている姿も、夢瓦との沈黙の帰り道も、悶え苦しんでいる姿も。
こいつは全て知っていたんだ......。
私は途中で考えるのを止める。もしこれ以上深く考えてしまえば、この女の闇に捕らわれてしまいそうだったから。
あ、そういえば夢瓦は?
という不安を読み取ったのか、少し離れた距離から、「あの子は大丈夫よ、ちゃんと解毒したわ」という久御屋の声が聞こえてくる。
少し不安を感じつつも、自分ではどうしようもないと諦めて、久御屋を信じることにした。
それが家路での出来事。
たった二日で私の人生最大の出来事が連続で遭遇するとは思わなかった。
やはり人生は何が起こるかわからないな。
それはそれで話は置いといて、問題は今である。
全然眠れない......。
外から流れ込む灯りに照らされた天井を眺めて、呆然とする。今日と昨日の事を考える。
正直言って怖い。これ以上マジシャンズに関わることが。
多分普通の女子高生なら、こんな出来事があるとすぐに手を引くと思う。
でも、私は......。
私は重い身体を起こし、部屋の隅にある棚の引き出しを開ける。そこには杖の形状に施されたトロフィーが横たわっていた。
そのトロフィーを取り出すと、そこに刻まれた文字を見る。
『小学の部 魔法少女 秋田美穂』
それは多くの人間が憧れた名誉。
私もこの名誉を勝ち取ったことに最高の喜びを感じていた。そして更に上を目指して魔法を磨き続けた。その結果魔法少女二連覇という快挙を成し遂げた。しかも他の選手達を寄せ付けない圧倒的な力に、『絶対女王』と呼ばれた時期もあった。しかし......。
『貴女は日本での魔法の在り方の模範なのよ。その自覚をしなさい』
『秋田さんの魔法は日本人として相応しくない』
『何度言ったらわかるの!?こんな魔法は危険なの!もうこれ以上は...』
『魔法少女なんてやめちゃえ』
私はトロフィーをすぐに仕舞った。
このトロフィーは私の辛い過去を甦らせる物だ。
その名誉は確かに尊敬され、憧れるものであるが、同時に妬まれる対象にもなり、そして自由を縛るものになった。
別に私は誰かに尊敬や憧れを抱かれたい訳ではなく、ただ魔法が好きだった。だから私にとって魔法少女はデメリットしか無い。だから私はマジシャンズを辞めた。
でも、私は居るべき場所を見つける事ができた。
結局私はマジシャンズをやることになったのだ。でもそれはただのマジシャンズではなくて、自由を求める事が出来る私の為のマジシャンズ。『ダークサイドマジシャンズ』。
「そうだよね...これが私の居場所。魔法少女は何処までも強くならなければ。例え人生を狂わされようと、命を狙われようとも......」
私は自分の意思を改め、覚悟の再確認をした。
するとまるで身体全身に張り付いていた緊張や興奮による力が一気に抜けたように、眠気が襲ってくる。
私はその眠気に任せるように、ベッドへと力なく倒れこむ。
その後の夢は何だったのかは憶えていない。それ程の深い眠りになんだか幸せを感じていた......。
「美穂ー!いつまで寝てるの!?」
突然の部屋のノック音と、母の声に起こされた。
「えっ......あ」
私は壁に掛けられた時計を見る、十一時半だ。
身体中が固まった感覚に不快感を感じて思いっきり背伸びする。このときに鳴る『ぱきぱきぱきっ』っという身体中の響きが堪らない。だけど、気持ちはやや落ち気味。
母がドアを開けて部屋を覗き込んできた。
「三日坊主どころか、一日だけだったね」
「あ、明日はやるから...昨日は色々と眠れなかったの」
「もしかして、今日デートで緊張してる?だったらちゃんとしなくちゃね。ほら早く起きて」
「ち、違うって。着替えるからドア閉めて」
母は何かを企むような満面な笑みを浮かべて、ゆっくりドアを閉める。まるで「ちゃんと決めてきなさい」と言っているような気がした。
「はぁ......別に男じゃないから」
呟きながら私は起き上がり、着替え始めた。
ふと机の上にある、マジフォの魔力補充をするために繋ぐ『チャージャー』という、魔方陣の書かれた黒い台の上に乗っている、マジフォを起動する。
一件のメールが来ている。
『あなたにゲームリクエストがありました。日時[7/14 15:00]に参加可能か返答をよろしくお願いいたします......』
つまり招待状いや、果たし状のようなものだ。読み進めると細かい説明がいくつか書かれている。
そのメールに私の鼓動が早くなる。
これは緊張でも恐怖でもない、期待だとわかるのにそんな時間も掛からなかった。
「相手は、ほおずき?妖精族か。もしかして昨日会った緑の選手だったり」
という更なる期待を抱いて、私は着替え始める。
カーテンの隙間から窓を覗きこむと、外は天気が崩れて空は雲に隠れている。しかし、雨が降るほど暗くはない中途半端な灰色の空。
まさに、私の変身する瞬間の光景そのものだ。
普通ならこんな光景を見てもあまりいい気分にはなれない人が多数だが、私にとってはむしろ良いコンディションだと感じた。
●●●●●
第三地下アリーナ
アリーナに一人の少女の悲痛な叫びが響き渡る。そんな叫びも虚しく、無数の触手に未知なる暗い部屋へと連れていかれた。
「まあ、所詮はお遊び程度の連中ということです」
本日の午後に戦いを組んだ秋田美穂。その戦いに向けて私は準備運動のように、他の人達と戦っていた。
しかし......。
「これじゃあ、ウォームアップにもならないです。他に強い方々はいないんですの?」
「なにチョーシのってんの?」
後方の白い壁がゆっくり開きだすと、そこには露出が多めの黒タイツ女子が立っている。
「お久しぶりですね、進藤さん。相変わらず男達と交わって搾り取ってるんですか?」
「うっせ。あたしはサキュバスじゃなくて吸血鬼だし。調子乗りすぎるとお前の羽ぶち折るからな!」
進藤翼。私の中ではマジシャンズでかなり強い部類に入る。ただ私の魔法とは相性が悪く、私の使う自然の力は、彼女の水の力を逆に吸収してしまう。もしも私と同じ自然。もしくは私が水の力だったらきっと勝負は読めない。
そんな彼女だが、性格は正直言って良いとは言えない。マジシャンズ始めたばかりの新人をいたぶり、自分より弱いプレイヤーから金を巻き上げたりなど、まさに序盤に出てくる悪役にピッタリなサキュバスもとい吸血鬼である。
「言っとくけど、今すごいイライラしてんだよね。あの秋田美穂って奴のせいで」
「秋田?」
まさかの運命なのか?と思えるような名前が飛び込んでくる。
進藤が最近になって久々に負けたという話は姫美華からさりげなく聞かされた。しかし相手が誰かは分からず、そんな強者は一体誰なのだとずっと考えていた。
しかし予想以上に早く出会うことができるとは...。
「なに笑ってんの?とりあえず一回死んでみるか!?」
期待のあまり思わず顔に出てしまったみたいだ。
「ふふっ......貴女を倒せば、秋田美穂との距離感を掴めるかもと思った次第です」
「くっ!さっさとしねえ!」
進藤は怒りを露にしながらも、熟練者の意地を見せつけるような、魔力の質を濃く練り上げた水玉をものの数秒程度で作り上げ、放つまでの状態を完成させてそのまま私に放つ。
そんな一連の流れに見とれるほどスムーズな流れ。そんな芸当は私には出来ない。だけどあくまでこれはマジシャンズ。魔法生成競争なら私が劣っていても、総合的に強いほうが勝つ。それがこの競技のルールだ。
「『緑園の砦(りょくえんのとりで)』。既に装備済みです」
木の根がいくつか絡まって作り上げた小さな盾。その雑に織り込まれているようなその模様は、よく見ると綺麗な対称的な形に型どって一つの芸術品のようだった。
すでに肩に身につけていたその盾を前に掲げる。
そして、進藤の放ったサッカーボール程の水玉が勢いよく向かって来るが、当たることは無く、作った盾に吸い込まれるように、水玉はまるで蒸発したように消え、その煙が盾の中心へと吸い込まれる。
「やはり何度やっても同じです」
「は?いくら私でも学習くらいするんだよ!」
進藤は私に向けて開いた手の平を掲げる。再び水玉を放つつもりなのか......しかしその判断は間違いだった。
突然足首に感じた冷たい物。それは捕まえた獲物を逃さないように固く巻き付き、抵抗しようも動かせない。
よく見ると床全体が浸水して、巻き付かれた膝まで水が浸かっている。
「水玉をおとりに使って、フィールド全体に水を敷く。そして大きな水溜まりの完成!つまり、この場は私の完全なホームフィールドだ!」
「へえ。さすが進藤さんです。下手に責めればやられるわけですね」
少し棒読みな返答。
別に下等な評価をしている訳ではない。ただ、こんな魔法を見せられても私の勝利であることに変わりないと感じたから。素直に驚いたり、動揺することが出来ない。
「随分余裕そうだけど、ここ全部私の陣地なんだよ。だからあんたが私に勝つことは無いんだよ!」
進藤の周りにある水は渦を巻いて、進藤の身体を包み込むように浮き上がり、水の竜巻を作り上げる。
「私の本気の魔法。『水竜の猛攻』!」
竜巻は更に勢いを強めてこちらに近づいてくる。恐らく巻き込まれれば私の服が全て消し去り、醜態を晒した格好で地に伏せることになる。
更にこの竜巻は緑園の砦で全てを吸い込むことは出来ない。
つまり万事休す......。
なんてきっと考えているかもしれないですね。
「進藤さん。確かに貴女は強いです。私と戦った者よりも遥かに...でもやはり属性の相性というのはかなり大きいですよ」
私は一本の槍を出す。
輝く緑の棒と先端に付いた刃。その刃に刻まれた模様と埋め込まれた緑の光る真珠。
そんな少し派手な槍を数回振り回し、刃とは反対の先端を地面に刺す。
「貴女がこんな壮大な魔法を覚えたように、私もそれなりの魔法を覚えているんですよ。属性の差なんて埋まるわけないじゃないですか」
「てめえが何をしてもこいつから逃げれな...っ!」
恐らく本人は何も気づくことが出来なかっただろう。そんな一瞬の出来事。
でもそれは不幸中の幸いというもの。
負ける苦しみも悔しさも無い、罰を受ける恐怖も無い。
私を本気にさせた貴女へのご褒美です。
●●●●●
あの時、哀れむ気持ちで私に声をかけてきた女の子と、都会に溶け込んだ美しさを引き立てる衣装を纏った姫美華と出会った小さな公園。
また再びここに来たとき、明らかに昨日と様子がおかしかった。
天気が良くて気持ちの良いお昼前、こんな遊び頃真っ盛りな時間帯に子供が一人もいない......。
そして初めて闇のマジシャンズと出会ったあの路地裏で感じた『何かに呼ばれている』感覚。
その感覚がする方へ。昨日の女の子が声をかけてきた屋根付きベンチの方へ。
丁度屋根の下へ入った境で、一気に周りの風景が変わり、目が眩む程の日の明かりが突然消え、暗闇に包まれた......。
「遅かったですね、秋田さん。あまりに遅かったので数人程やっちゃったですよ」
どこかで聞いたことのあるような上品さと幼さが混じった声。
そんな声に私は立ち止まって、暗闇の中にいるであろう見えない声の人物を凝視する。
と、その瞬間左耳のすぐ近くで何かが迫まる気配を感じる。それは耳の皮に触れるほんの僅かな距離で止まり、少し首を傾けただけで触れそうだ。
そして目が暗闇に慣れてくる......と同時に私は青ざめる。
「甘いですよ。暗闇の中から突然襲われることだってあるのですから」
私の耳元にあるのは、一瞬で私の耳と首を簡単に落とせることが出来る槍の刃だった......。
「鬼灯様!こんな所での戦闘行為はやめてください!あと変身していない相手への攻撃は殺人行為と同等で、警察への身柄を」
「わかってるです。別に本気で殺そうとは思ってないですよ......」
鬼灯夢乃葉の行為を、例の仮面の者が止めようとしたものの、その本人は私に向けた槍を仕舞い、そのまま後ろへと振り向いて歩いていった。
「もう勝負は始まってるですよ。相手を攻撃していいのは試合が始まってからだけど、それ以外は何をやってもいいの。進藤さんから教わったですよね?」
鬼灯は勝ち誇ったような笑みで忠告する。
念のため、自分に何らかの魔法が掛けられたのか確認するために解析魔法で体を調べてみた...。
特に何も反応は無い。
体の異常も感じられない。
つまりあの笑みは、私の様子を見て、自分の方が強いと確証した気持ちの表れだ。
「ようは下に見られているってことね......」
相手に聞こえない程小さな声で呟く。
だけど不思議と怒りは沸かなかった。むしろこうやって油断してくれた方がやり易い。
そして期待されない程、勝ったときの周りのどよめきは格別。そんな快感を味わうことが出来る。
しかし私の期待とは裏腹に、夢乃葉は真剣な表情を浮かべながら、まるで見せつけるように一つの窓の前に立って振り返り、私を見る。
恐らくその窓はマジシャンズを観戦できる戦闘フィールドに繋がる窓だ。しかし他の窓と比べて様子がおかしい......。
「別に油断はしてないですよ。私はいつでも本気で戦いに挑むです。むしろ貴女はこれを見て、意気消沈しないでくださいです」
窓の向こう側は無機質な白い壁と床とは程遠い、緑色が全体的に広がり、今にも動物たちの鳴き声が聴こえてきそうな程様々な植物が生い茂っている。
きっと初めて見る人なら、「こういうものだ」と考えてしまうが、私はすぐにわかった。
これこそ彼女の力。鬼灯夢乃葉という少女の強さなのだ。
「さあ、掛かってきなさい......貴女たちのやってる事がお遊びということを教えてあげるです」
空虚と正義の魔法少女 @ko-ri
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