3-2話,孤独な妖精② 美穂side


 

 礼奉町居住部。自宅より徒歩十分くらいの公園。

 

 

 遅い......。可笑しい、なんで来ないの?

 

 

 昨日姫美華から貰ったアプリ。そのアプリには地図を出す機能があり、その地図にマジシャンズが開催されている場所が記されている。

 私はその地図の通り、よく近所の子供たちが遊んでいる小さな公園の、屋根付きベンチで待っている......。

 

 はずなのに......なんで来ないの?

 

 

 「はぁ......」

 「お姉ちゃん?どうしたの?お友達と喧嘩したの?」

 

 

 と、突然の純粋な女の子からの慰め言葉に悲しみが混み上がってくる。

 

 

 「うん。おねえちゃんね約束をやぶられておちこんでいるんだよ」

 

 

 若干棒読みで女の子に答える。

 

 

 「あら?貴女もしかして、秋田さん?」

 「ん?」

 

 

 女の子の背後から、見覚えのある女性が声をかけてくる。容姿からこの女の子とあまり似てない為、母親ではないことは分かる。

 しかし、それが誰かまったくわからない......。

 

 

 「私よ。姫美華よ」

 

 

 その名前を聞いた瞬間。私の脳内がフル回転し始める。

 きみかってだれ?って疑問から、昨日の最後に出てきたカリスマお嬢様であることまで答えを導くことに時間を費やしてしまう。

 

 なぜなら目の前にいるのは、貴族のお姫様ではなくて、都会でよく見かけるようなおしゃれに服を着こなす綺麗なお姉さんだからだ。

 

 

 「あらら?驚いたかしら?一応お外では目立たない格好をして紛れておりますの。まあ仕事とプライベートでは使い分けはしたいので、こんな感じですわ」

 

 

 昨日は異質な美しさを持っていたが、今の姫美華は身近にある美しさだけに、思わず憧れを抱いてしまう。そして今私の目の前にいる女の子もまた、この綺麗なお姉さんに目を奪われているのだ。

 

 

 「わあ。お姫様だ...」

 「ふふっ、そうよ私は不思議な国のお姫様。今から王子様と結婚式をするための準備をするのよ。お嬢さんを連れてはいけないけれど、応援してね。さあ行きましょ美穂さん。お手伝いをお任せしたいわ」

 「うん!お姫様もお姉ちゃんも、頑張ってね!」

 

 

 女の子は頬を赤らめて、目を輝かせているなか、姫美華は私の手を取り、私達は公園を後にする。

 

 

 

 「子供ってスゴいわね。私の事すぐに見破っちゃうなんて。まあ、本物のお姫様ではないけれど......」

 

 

 公園を離れてちょっとした所にコンビニがある。姫美華がそこで立ち止まると、穏やかな笑顔で話す。

 

 そんな、まるで前から友人だったような接し方に私は思わず躊躇ってしまう。

 

 

 「あ、えっと......姫美華さん?」

 「そんな堅苦しくならなくていいわよ。貴女はもう私の友人ですもの」

 

 

 恐らく私の事を気を遣ってそう言ったのかもしれない。でも昨日の出来事。圧倒的力の差を見せつけられてから、こんな言葉をかけられても、余計に気が引けるような感じがする......。

 

 

 「それよりも、今日はごめんなさい。貴女に大事なものを渡すのを忘れていたわ」

 

 

 そして昨日と同じように、姫美華は自分のマジフォを私のマジフォに近づける。そしてそのまま二つとも光りだす。

 光が止むと、私はそのまま姫美華から送られたものを確認する。一つのアドレスだ。

 

 

 「それに自分のアドレスを登録しておいてほしいの。これでいち早くマジシャンズの情報が知れるわ」

 

 

 私はすぐに登録をする。

 

 

 「昨日は色々と忙しくて、うっかり忘れていたわ。だから貴女を探していたの。本当にごめんなさい」

 「あ、いえ。わざわざありがとうございます。大変だったですよね?」

 

 

 私が恐る恐る質問すると、姫美華は妖しげな笑みを浮かべる。

 何かを企んでいるのか?

 

 

 「ふふっ、全然大変じゃなかったわ。というより分かりやすくて逆に面白かった」

 

 

 分かりやすいって?私のこと?

 まだそんなに会ってない人に見透かされることに、不思議さや恥ずかしさが込み上げてくる。

 一応はこれでも感情をあまり表に出さないようにしているからね......。

 

 

 「どうしてって顔をしてるわね。そんなの簡単だわ。だって昨日の貴女、他の子達よりも凄く生き生きしていたんだもの。絶対に貴女はまた来ると思っていたわ。まあ一発で公園を当てることが出来たのはラッキーだったけどね」

 「あ、そういうことね......」

 

 

 姫美華の言葉に思わず納得してしまう。いや、気持ちは凄く複雑だけど...これが色々な経験の差だと思うと、納得せざる負えない感じだ。

 

 

 「それともう一つ、今日のマジシャンズは出来なくなったわ。本当にごめんなさい...本当ならそのアドレスから貴女の元に情報が行くはずなんだけど......」

 「あ、いえ。何となくそんな気がしてたので...むしろ知らせに来てくれて本当にありがとうございます」

 

 

 私の言葉に姫美華は微笑んで返すと、時間を気に出すように、マジフォに表示される時計を眺める。

 

 

 「さて、本当はもっと貴女とお話したいのだけれども、そんなこともしてられないわ。まったく...足を引っ張る同僚を持つとロクなことがありません......」

 

 

 珍しく姫美華が愚痴を溢した。

 やはりあんな大きな規模の、闇の遊びをしていると、色々と面倒な事が起こるらしい。

 あまり法律とかよく分かってないけど、違法な事や、警察沙汰。もしくは別の何らかの組織や、内部からの裏切り。そんな困難も承知で。しかもかなり若いうちに仕切っているのだから、その大変さは想像が出来ない......。

 

 

 「あの......もし、私に手伝えることがあるなら言ってください」

 

 

 それにあんな楽しい事をやらせて貰ってるんだから、せめて何か手伝いたい。

 

 

 「えっ、あ、ありがとう......そんな事を言ってもらえるなんて。助かるわ」

 

 

 姫美華は、昨日見せてくれた皆に振り撒く偽物の笑顔とは全く別の、純粋な笑顔で微笑んでくれた。

 

 

 「そうね。それじゃ一つお願いがあるわ」

 

 

 姫美華はマジフォを起動して、その中にある二枚の写真を見せた。

 一枚目に写っているのは、まるで狼がそのまま巨大化したような白い毛の獣。

 そして二枚目には、肌が緑色で全体的に筋肉質のある人型の化け物。

 

 

 「この犬みたいなものが牙の王。魔獣ウルフ『garou』と、もう一枚のほうは、悪夢の使者トロルの『tohch(トーチ)』よ。まあここは分かりやすくウルフとトロルにしましょう」

 

 

 私はその二枚の写真に思わず鳥肌がたってしまう。

 理解してしまった...今日の朝、いつもの場所で魔法練習した帰り、その時に見た上から潰されて無残な姿をした車の犯人を。

 つまりは恐らく、この写真のうちの誰かが犯人という可能性があるということ。

 

 そして、こいつらが私の家の近くにいるということ......。

 

 

 「随分顔色が悪いわね。何か心当たりでもあるのかしら?」

 

 

 私は正直に、今日あった事を話した......。

 

 

 

 「なるほどね。それは有力な情報だわ、ありがとう......貴女も気をつけてね、危険と思ったらすぐに逃げなさい。そしてすぐに知らせること。マジシャンズとは違って一歩間違えたら命に関わるから無理はしないように......さっきのアドレスと一緒に私の番号も送っておいたわ、何かあったらそこに連絡頂戴ね」

 

 

 まるで避難訓練の時の先生のように説明すると、姫美華はそのまま振り向いてここから去っていく。

 

 ふと小さく振り返り呟く......。

 

 

 「あ、でも、もしやむを得ない場合は、殺しても構わないわ。もしかしたら貴女の実力なら倒せちゃうかもしれないわね...」

 「えっ!?」

 

 

 私は思わず聞き返してしまう。聞こえなかった訳ではない。ただ耳を疑ってしまった。

 さっきまで穏やかに話していた優しいお姉さんから、今までに聞いたこともないほど冷酷な言葉が出てきたから。それがあまりにも恐ろしすぎて、現実逃避してしまった。

 

 そして何より恐ろしいのは、その言葉を無かったかのように振る舞うような、手を振りながら見せる笑顔だった......。

 

 

 この時私は改めて気づいてしまう。私は恐ろしい世界に足を踏み込んでしまった。

 

 でもそこにある感情は、恐怖ではなかった...それは、今まで味わうことが出来なかった興奮。その興奮が私の身体を震わせた。

 

 

 

 

 礼奉町運動公園、裏展望台

 

 

 ということで、興奮はより虚しさを強めて、居てもたってもいられない私は、また再びいつもの場所へとやってきた......。

 

 

 「はぁ......もういっそ魔物でも現れてくれないかな......」

 

 

 そう一人言を呟きながら、私は変身する為にマジフォを開く。

 というか今になって言うのもだけど、変身するためにマジフォってのも可笑しい話...まあ現代人に合わせてくれてる親切心かもね。

 

 

 いつもの灰色の世界。絵画にするなら『無の世界』か『空虚』と題名が合いそうなこの寂しい世界も、三回目には慣れてしまうものだ。

 

 

 「へんし...っ!いや、やめとこ」

 

 

 なんか思わず「変身」なんて言いそうになったけど、自分の黒歴史が展開されそうになったので止めた。

 

 しばらくしてその灰色の世界は糸になって、私が纏うドレスとなる。

 

 

 「とりあえず、研究の続きかな」

 

 

 幼い頃にやってみたかった魔法がある。それは誰もが憧れる魔法で、出来る人が限られる魔法。

 大袈裟だけど、歴代の魔法少女でさえ使えるのは五人に一人。言い換えれば五年に一人いるかいないかと言われている魔法。

 

 

 「まずは魔法名から付けてのスタートかな。.....かぜ?エアなんとか?......うーん」

 

 

 魔法名は、魔法の力を最大限に発揮するために名付ける事が多いけど、さらに魔法を出しやすくなるというメリットもある。

 だから私はいつも初めて使う魔法には名前を付けることにしている。

 ただし、ネーミングセンスに自信は無いので、もしダサイ名前や中二病くさい名前になる場合は出来るだけその名を言わずにいこう。

 

 

 「とりあえず『エアウィング』にしよ。そっちがイメージ付きやすいし」

 

 

 そう呟いて私は練習を再開する。

 

 

 

 ここ、裏展望台は公園の中で穴場の中の穴場と言ってもいい場所で、何ヵ所かあるランニングコースの中で最も人の少ない林道コースと呼ばれる木々を潜り抜けるつくりのコース。その途中にある獣道のような場所から入っていくと、ここにたどり着く。

 だからここは静かだし、近くには野外トイレとか水道とかもあったりするけど、あまり使われてない。ここを利用するのは私と亜紀くらいだ。

 

 

 練習をある程度終えて、そのまま休憩することにする。

 野外トイレ横にある、切り株の形をした石のような物に蛇口を付けた公園の水道で顔を洗い、持ってきたタオルを濡らして上着を脱いで下着を着たまま身体を拭く。

 

 この行為も、人が全く来ないここだから出来ることだ。そういえば小学生の頃は裸になって亜紀と水浴びをした時もあったな......あの時タオルが無くて風邪引いちゃったけど。

 

 

 「うーん......あともう少しだけど......」

 

 

 誰もが簡単に得ることが出来ない魔法。その名の通り、私でも全く取得することが出来ない。

 そして暑い。もうそろそろ夏に入る頃だけど、温暖化の影響なのか完全に真夏並の暑さだ。

 テレビでは、人々が自然にある地球の魔力を利用しすぎて太陽から発する熱が制御出来ないとか、神から与えられた魔法の力を無作法に道具として利用したことによる神から怒りとか。色々言われている。

 文明の進化って怖い......。

 

 SF映画みたいに機械を利用して文明を発展させることが出来たら、温暖化は防げたのかな。

 なんて一人で色々と考えていたら、突然ここから見える街の上をブルームで飛んで行く数人の若い男たちを見かける。

 

 

 「やばっ!」

 

 

 私は急いで上着を着る。その瞬間、濡れた身体の上から着る張り付くような冷たい感覚に思わずため息をつく。

 

 

 「はぁ。油断をしたらすぐこれだ......ほんと、文明の進化って怖いわ」

 

  

 でもそのお陰でさっきまでの暑さが無くなり、涼しくなっていく......。

 いや、待って。涼しさを通り越して寒くなっていく......。どういうこと?

 

 そして違和感はやがて、悪寒へと変わり、気付くと身体が震えていた。

 

 

 おかしい...これはただの寒さじゃない。何か、いる......後ろに何かが。

 

 

 そこは丁度、私のいる展望台に出る獣道の方から感じる悪寒。こっちを見ているのか、ただそこに潜んでいるだけなのか。

 どっちにしてもこの状況はやばい。

 

 私はそっとマジフォを開き、スーツに変身するアプリを起動する。

 

 例の灰色世界なんて感じる余裕はない。とにかく後ろにいる『何か』が迫ってくるまでに、早く対処法を考える。

 

 

 まずはその『何か』が一体何者なのか。

 

 出来るなら裏のマジシャンズ参加者であってほしい。それかただ私の下着姿を見に来た普通の男の子なら尚更問題はない。怒れば済む話だから。

 でもそんな簡単な話な訳が無い。そんなの嫌でも分かる。

 

 あいつだ......。姫美華が見せた画像に写っていたもの。『魔物』だ。

 

 

 全く......今日の朝、魔物が荒らしたかもしれない痕跡を見つけ、そして謎深い女性に魔物には気をつけるように言われたと思ったら、まさかのバッタリ遭遇。なんだかまるで漫画の主人公みたいだ。

 

 いや、まだバトル漫画の主人公になるには早い。確かに漫画の主人公はどことなく刺激があって楽しいとは思うけど、こういうのは大抵、酷い目にあったり、殺されかけたりする。さすがの私もそこまで刺激は求めない。

 とにかくここでやり過ごそう。気配を消す魔法で極力奴に気付かれず......。私はただの石ころ。魔力も心も持たないただの......。

 

 目を瞑り深呼吸。自然と一体化する意識をして自分に魔法をかける。徐々に......。

 

 すると突然後ろから地響きが聞こえる。

 最初は気づかれたと思ったが、その響きは遠くなっていき、最後は聞こえなくなる。

 

 

 「はぁーー」

 

 

 安心からか、思わずため息をつく。

 と思ったら再び奴が戻ってくる!なんてそんな事があった場合も想定して私は気配を消す魔法を解かずにやり過ごす。

 流石は漫画脳の私。こういうのも警戒は怠らずだ。

 

 私は魔法を維持したままベンチの方へ向かう。とにかく一刻も早く姫美華に伝えたかった。

 音通アプリを起動させて、姫美華の番号を探し出す。早くあの化け物を退治してもらう為に、しかし......。

 

 

 「きゃあああああ!」

 

 

 突然女の叫び声が聞こえた。

 私は思わず反射的に振り向いて、林の中へと走り出す。

 

 何をやってるんだ。私は......。

 

 ふと一瞬、亜紀の事を思い出す。

 

 

 『私さ、正義のヒロインになりたいんだよね。あ、別に戦って悪い人達をやっつける訳じゃないよ。たださ、悲しんでいる人達に優しく言葉をかけてさ、相談にのったり、苦しんでいる人達を助けたりしてさ。そんな事出来たら凄くカッコいいよね!』

 

 

 カッコいい......か。簡単に言っちゃって、正義のヒロインみたいなことするって凄く怖いんだって、子供ん時のあいつに言いたい。あと、あの時頷いていた私にも。

 

 気づいたら人がたまに通る林道コースの方へたどり着く。

 

 

 そこには写真で見るよりも、醜さを強調された、ボロボロの布切れを着た、体格が自分より二回り大きく、緑色に変色した皮膚の二足歩行の生き物の後ろ姿が現れる。

 

 

 「ははっ。やばい...帰りた....っ!?」

 

 

 今から戦おうとしている相手の姿に思わず苦笑しながら立ち尽くしていた。しかし、その魔物の目線の先に私の目線も下ろすと、思わず固まってしまった。

 

 

 そこには、さらさらとした長い黒髪に、少し尖った耳のザ・清楚系。夢瓦が清楚なイメージを崩されるように、恐怖の表情を浮かべて腰を抜かしながら座り込んでいた。

 

 

 「夢瓦ああっ!!」

 

 

 思わず叫んでしまう。私の久しぶりの本気の叫び。その声に私自身も驚いてしまうがそんな暇はなくて、すぐに走り出す。

 走りながらイメージをする。夢瓦の目の前に立つ巨体を退かせる方法。一撃で怯ませる魔法を......。

 

 私は右手を広げる。すると手の平で握っても少し余るくらいに太い棒が生えてくる。そしてその先端には私の顔より倍くらいの大きさをした黒い鉄の塊が二つ付いていた。

 

 

 これは、ハンマー?

 

 

 走りながらイメージした物だけに、やや作りが雑だけど、相手を吹っ飛ばすには十分なハンマーが私の手に握られた。

 そのハンマーをすぐさま両手に持ち直し、その大きな塊を身体全身を使い野球のバットを振るイメージで横に振りかざす。

 

 

 「ふきとべぇぇぇ!」

 

 

 私のハンマーは魔物の身体に直撃し、鈍い音をたてながらその巨体を浮かせると、そのまま振った方へと吹き飛んだ。

 

 

 『ぐぅえああああ!』

 「っ!」

 

 

 その巨体から発せられる奇声に、思わず怯んでしまったけど、立ち止まらずすぐに夢瓦の方へ走る。

 

 

 「夢瓦。怪我は?動ける?」

 

 

 夢瓦の側によると、私は直ぐにハンマーを構えようとした。

 しかし持ち上げるには凄く重かった。多分、さっきは勢いに任せて振り回したから何とかぶつける事が出来たかもしれない。しかし、持ち上げて構えるのは結構しんどい......。

 持ち上げるのを諦めてハンマーを捨てると直ぐに別の武器を構える。

 

 やっぱり日本人ならこれだよね。

 

 漫画で学んだ知識を使い、自分なりの日本刀をイメージし、それを手の平の上に形にしていく。

 

 

 「あ、あれ?たてな...」

 

 

 その間座り込んでいる夢瓦は、立ち上がろうと試みるけど、その場で動くことが出来ない。多分恐怖で足がすくんでいるかもしれない。

 無理もない。もし私が夢瓦のように力を持ってない立場の人なら間違いなく同じように立ち上がれないに決まってるからだ。

 

 私は決意を手に込めて、完成した日本刀を握り締めた。

 

 

 「やってやる」

 

 

 きっと剣道の選手なら見苦しく見えるだろうと感じる程、私の刀は震えていた。

 

 

 「秋田さん...震えて......」

 「大丈夫」

 

 

 いや、何も大丈夫じゃない。

 怖いものは怖い。でもそう言わなければ、夢瓦により不安を感じさせるかもしれない。

 それに元々私はこういった危険な事も覚悟で裏のマジシャンズに手を出したんじゃないか。

 


 だからあの時笑ったんだ...。これが闇の世界で、私の退屈を紛らわす最高のスパイスなんだって......。

 進藤翼が魔物に連れ去られていく光景。それは別に進藤が捕まって泣き叫ぶ姿を悦んで眺めていた訳じゃない。

 あまりの出来事に頭がおかしくなった訳ではない。

 

 あれは、私が望んでいた形。私が欲しかった刺激と興奮。そして危険を伴う自由......。

 

 今更怖気づいてしまうなんてもったいない。だから今戦う事に怯えるな、負けたら終わりだ......。



 「ねえ夢瓦。ここでさ、私が君を助けることができたらさ。亜紀は羨ましがるかな?」

 「えっ?」


 

 きっと恐怖で頭がおかしくなったと思われたに違いない。そう思われるのが妥当だ。だってこんな状況で笑っている私なんて、だれが見ても正常じゃないから......。



 「あいつさ、子供の頃の夢は、困っている人を助ける正義のヒロインなんだって。なんか可愛いね。そんな夢を今私が成し遂げて、それを報告しちゃったら、きっと羨ましがって、私も魔法を教えて!ってなるのかな?」

 「秋田さん?なにを言ってるの?」



 本当、何を言ってるんだろう。でもいいよね、友達の羨ましがる顔を見るために友達を助けるなんて、最高のモチベーションだよ。

私は一呼吸ついて、再度口を開く。



 「来い、デブ野郎。元魔法少女を相手にしたことを後悔しないでよ」



 私の震える刀の震えは止まり、私の意識や魔力の流れが刀に伝わっていくことを感じる。


 立ち上がるトロルの形をした魔物は、ゆっくり立ち上がるとこっちを睨めつけてくる。怒っているのか、それとも私を品定めしているのだろうか。

 とにかく私は集中して魔物がどんな動きで迫ってくるのかを考え、観察する。

 自分の鼓動がはっきりと伝わってくる。それほどまでに神経を研ぎ澄まされていた。

 これほどの集中力は世間的に知られている表側のマジシャンズで、魔法少女の称号をかけた最終決戦の時以来だ。そしてその集中の中で生まれてくる緊迫とした空気。ある意味これは決勝よりも緊張する重い空気だ。


 魔物は全く動く気配が無い。相手もこっちを観察している?ってことはそれくらいの知性はあるのだろうか?


 お互いに動く気配が無いことに、私の中で不安が生まれる。

 そしてその不安は現実のものになることを理解するのは、そんなに時間はかからなかった。



 「はぁ......あっ......!?」



 突然頭と顔が熱くなる。体から力が抜けて宙に浮いている気分になる。気持ちが高まってゆく。

 一言で言うなら「気持ちいい」という感覚。

 まるで目の前にいる魔物が私好みの男性になって、耳元で甘い言葉をかけられるような。いや、それを言うなら甘い罠。かな......。


 

 「なに、これ?」



 力が全然入らない。戦う気が失っていく。今近づいてくるこのトロルに、全てを捧げたい......。


 いや、待って。これは......。


 思い出した。よく魔物の生態をリポートするドキュメンタリー番組で言っていたこと。

 「魔物には『悦気(えっき)』と呼ばれる成分が体液に含まれており、それを獲物にかけたり体内に直接注入したり、霧状にして撒き散らしたりします。それとこの『悦気』は人にも有効で、男性は体内に摂取しなければ効果はありませんが、女性は皮膚に触れたり、霧状のものを吸い込んだりすると、『悦気酔い』が起こるとされてます」



 つまり目の前にいる魔物は、周囲に悦気を撒き散らして私にそれを嗅がした。しかも自分が風上に立っていると理解した上でこの手段を使っている。こんなの化け物が使う手段じゃないわ。



 「はぁ......。ゆめっ...がわら、ごめん。わらひ、らめかも」

 「はぁ...はぁ。あきたしゃん」


 うわ、完全に呂律が回ってない。なんか自分で言うのもだけど、エロいなあ。まあでも諦めても良いかな、なんて。

 ほら、夢瓦だって凄く色気があって、多分私が男なら最後に抱きたくなるような感じだわ。

 完全に奴の術中にはまったわけだ。全く利口だよお前は。だから汚い歯をむき出しにして笑うな。近づくな。


 そんな心の中での抵抗も虚しく、私は自分の変身を解いた。しかしそれでも手に持っている日本刀は右手から納めない。それが唯一の抵抗だった。

 そしてその刀を魔物に向ける。しかし抵抗をしないとわかっている為、余裕を見せながら私にゆっくり近づいてくる。



 「はぁ、来て。私を......」



 そして魔物はそのまま私を掴みかけようとした時。

 私は最後の抵抗に残した力を振り絞って日本刀を握りしめると、その日本刀をそのまま魔物にではなく、自分の、自分自身の手の平に思いっきり突き刺した。



 「ぎっ!...いったああああああああああ!」



 ヤバい。想像より遥かに痛い。赤い液体が流れ出ていく......。さっきまでの気持ち良さは一気に吹き飛んだ。

 やっぱりマジシャンズスーツを着用している時のダメージなんて比ではない痛さが熱として伝わってくる。けど、これも生きていく為だと感じると、全然苦ではなかった。



 私は思いっきり叫んだと思ったら、すぐに気持ちを切り替えて、使えなくなった手とは逆の手で刀を握り締め、すぐに魔物に切りかかる。

 魔物はそんな予想外な出来事に対応できず立ちすくんでいた。

 まあこれも自分の力を頼りにしすぎたお前の責任だ。なんてちょっと冷たい事を考えながら私はそのまま刀を振り下ろす......。


 数秒。遅れたようなちょっとした時間差で魔物の胴体が切り開いていく。

 

 

 『がぅあああああ!?』



 それはまるで歴戦の武士が相手を一瞬で斬り落とし、斬られたことを一瞬感じさせないような、それほど見とれる刀裁きを、私はやってみせた。

きっと私の侍になりきるイメージが刀に宿って、無意識に技術強化魔法が自分に発動したのかもしれない...。


 魔物はなにが起こったかわからずに混乱しているような叫びをあげて、突然体を揺らし始める。その揺れる反動で、傷が一気に広がっていき、大量の血液となにか見たくもない赤黒く染まった物を撒き散らしていく。



 「あまり暴れるなよおデブちゃん。血がお気に入りの服についたら、どうすんのよ?」



 なんか私、悪者っぽいな。絶対に歴戦の武士が言うような言葉ではないな。いや意外といたりするのかな......。

 なんてくだらない事を考えながら再び戦闘用のスーツに変身しなおす。



 「ごめんだけど、君はここで終わり......」



 私は止めを刺そうと魔物の首を刀で切り落とそうとした瞬間。

 緑と銀色に装飾を施された模様の棒とその先端に刃を付けた槍のような物が、私の刀を防いだ。



 「ちょっと!?勝手に人の所有物を殺すなです!」



 幼さの残る、少し生意気そうな高さが特徴の声が目の前から聞こえてくる。



 「全く、随分派手にやってくれましたです。どう落とし前をつけてくれるですか?」

 「え?いや、別に殺しても構わないって......」



 その声は怒っているような印象で、思わず情けなさを感じる程小さいトーンで言い返す。



 「それは、あくまでも最後の手段です!」



 私はその言葉に気おされ、思わず槍を弾いてすぐに後ろに退いた。

 そして槍の持ち主の姿を離れて全体的に見る。

 夢瓦にも負けないほどさらさらとした長い翠色の髪に、エメラルドを埋め込んだような輝く瞳。そして小柄な体格。

 それはまるで一つのおとぎ話に出てくる妖精さん。そのものだった。



 「姫美華の言葉には色々裏があるのです。それを踏まえてあいつの言葉を受け取る必要があるのですよ。まああのペテン師が何を考えているのか想像ができませんですけどね」

 「ペテン......」



 恐らく姫美華と深い関わりの人のようだ。つまり魔物退治をさせた意図がこいつにはわかるのだろうか?



 「とりあえずこの魔物は私が回収します。でも手柄を横取りするつもりは無いので安心してくださいです。貴女のこともしっかり報告しますので」

 「えっ?あ、あ?」


 その妖精はまさに妖精の如く現れ、ゲームや漫画で出てきそうなクリスタルみたいな物に弱っている魔物を吸い込んで回収する、そしてすぐにその場から立ち去って行った。

 私はそんな一瞬の出来事にただ茫然と立ち尽くすしか無かった。

 

 そんなゲーム・漫画あるあるシチュエーションに、さっきまでの恐怖や緊張や動揺なんて一気に吹き飛び、思わずにやけてしまった。



 「秋田さんって、変わってる人だなって思ったけど、ここまで重度な変人とは思わなかったよ」



 夢瓦がいつのまにか立ち上がって近づいてきた。



 「へ、変人......。あ、夢瓦は怪我してない?だいじょ...いっ!」

 「なにも大丈夫じゃないわ!まったく酷い怪我をして......」


 夢瓦は突然、さっき自分で刀を刺した手を掴み取り、自分の顔の前に近づける。

 そしてしばらく眺めると、黙ったまま肩に掛けてあるポーチを探って一つの小さな箱を取り出す。その箱の中には何粒かの飴玉のようなものがあり、それを一粒取り出すと夢瓦は口に含む。そして私の怪我した手に顔を近づけると「ふぅー」と息を吹きかける。

 その息からは白い霧のようなものが現れて、それが怪我した部分へと吸い込まれていく。そして吸い込んでいく度に痛みが引いていく。

 恐らくさっきの飴玉が夢瓦の魔力を補助してくれて、それで治癒魔法を私に使ったのかもしれない。



 「自分で自分を刺すなんて、女子高生がやったら駄目よ......でも、ありがとう。本当に、ありがとう......」



 夢瓦は泣き出した。きっと恐怖から逃れることが出来た安心感で感極まったのかもしれない。私も凄く嬉しい。

 ただ、私の喜びは夢瓦の安心感みたいな純粋なものではなく、どちらかと言えば「ひゃほーい。なんだこの漫画の主人公になった気分は最高だぜ」なんて邪(よこしま)な思いがあったりするわけだ。どうだ羨ましいだろ夢見る男子どもめ。


 まあ本当に嬉しいのはそこじゃないけどね。

 私はただ新たな刺激を感じることが出来た、本当の命のやり取りを。おかげで新たな魔法を生み出すことが出来るかもしれない。そう考えただけで胸が躍っていた。



 「私もありがとう。夢瓦......」


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