3-1孤独な妖精① 美穂side


 礼奉町運動公園、裏展望台

 

 

 

 ここは私にとって。そして私の親友、亜紀にとっての『いつもの場所』。

 礼奉町の居住部と自然保護部の丁度間にある、町で一番面積の広い公園。ここでは公園用のブルーム貸し出しや、キャンプ場。展望台など色々な施設があり、人々の賑わう大きな公園である。

 そんな大きさだからこそ、この公園には人気のいない、穴場なエリアがいくつかある。

 その一つがここ、裏展望台だ。

 

 裏展望台と言っても高くそびえ立つ建物が有るわけではなく、あまり手入れされていない木のベンチと、礼奉町の居住部と都市部の二つが一望できる、丘の上の休憩所みたいな所だ。

 

 

 「いくつかの属性パターンを使った結果、無属性が一番得意な属性になるのか。前はあまり属性は気にしてなかったけど、意外と知っておけば便利なものだな。よりレパートリーの幅を拡げられる......」

 

 

 私は、魔法少女という最高の称号を獲る以前と変わらず、熱心に魔法の研究をしていた。

 最初は火を出したり、水を出したり。風を操ったり、木を生やしてみたりと。様々な魔法を試してみた。

 でも人の魔法にはそれぞれ個性があり、得意な属性。苦手な属性。というのがあるから全部は上手くいかない。

 火を出すのはライター程度で、水も水道の水が出る勢いくらいだ。風なら涼むくらいなら出来る。

 って私才能ないじゃないの?なんて絶望を感じた時に、とりあえず昨日の戦いを思い出しながら、その時の感覚でやってみると、自分の得意な魔法に出会えました...。

 

 

 「無属性が得意なんて、今まで気付かなかった前の私は、どうやって魔法少女になれたんだろう...」

 

 

 と、また独り言を呟きながら、さっき生やした、私の腕くらいの小さな木を、宙に浮かせたり、回したり、立てたりして遠隔操作する魔法の練習をする。

 

 と、突然ベンチに置かれていた私のマジフォから目覚まし時計のような音がなる。朝の魔法練習兼、ランニングの終わりを告げる音だ。

 

 

 「よし。お腹すいた...朝ごはん食べてこ」 

 

 

 そう言いながら、私の着ていたマジシャンズスーツという名の地味な灰色ドレスは、ドレスと同じ灰色の普通のジャージへと切り替わる。

 そしてベンチにある音の鳴るマジフォを指に嵌めて、そのまま振り替えると、公園の出口へと向かう。

 

 

 ここで少し、昨日の出来事をまとめてみる。

 

 昨日、私はダークサイドマジシャンズという怪しい事を、怪しいお姉さん(恐らく同い年)にやらされたのだが、見事試合は勝つ事が出来た。

 しかし、問題はその後だった......。

 

 突然開いた扉から現れた巨大な手。それは私に敗れた相手をそのまま鷲掴み、そのまま闇の方へと連れていかれた。

 その奥で何が行われているのか、あまり想像はしたくないけど、少なくとも良いことではないことは分かる。

 だけど一つ結論が出た。あれは見せしめだ。もしこの戦いに負ければ、恐怖の罰ゲームが待っているという見せしめ。

 本当に罰ゲームという言葉でまとめて良いのか疑問だけど、簡単に言っちゃえばそういう事だ。私たち高校生にとって、いやもしかしたら普通のサラリーマンよりも高額のお金がかかっているんだから、それなりのリスクは当然。

 

 私はふと思い出すように、鞄から自分の通帳を取り出し中を開く。

 

 

 「一万円か......漫画何冊分だろ」

 

 

 まあ私にとってはそこまで深刻では無いし、むしろサイコー。

 思わず顔がにやける......とさすがに周りに人がいたらヤバいと思い、一瞬だけ人が周りにいないことを確認。からの安心感からさらににやけ。

 

 あ、ヤバい...私のテンションが可笑しくなってる。

 と止まらないにやけ顔を浮かべながら、思うのだった。

 

 

 

 話は戻して戦いの後。

 また再び別の扉が開き出す。今度は化け物ではなくて、ドレスを着た上品さのある女性が出迎えてくれた。

 

 

 「お疲れ様。秋田美穂さんだったよね?登録名簿を調べたら、魔法少女経験が無いという事になってるけど、貴女確か小学の時になってたよね?魔法少女」

 「えっ?...とあ、それは......その」

 

 

 すると女性は身に付けている手袋を外して、人差し指を私の唇に当てる。

 

 

 「安心して、ここにある魔法少女は、貴女が本当に望んだ魔法少女。強さを求めることが全てよ。だから自信を持ちなさい、そして目指しなさい。貴女の求める強さを......」

 

 

 女性はそう言い残し、さっき戦っていたアリーナの方へ歩き出す。

 

 

 「皆さん!楽しんでいらっしゃいますか?代表責任者の姫美華でございます!」

 

 

 女性の言葉に、観客席のさっきまでの静かな雰囲気が突然騒がしくなった。

 

 

 「素晴らしい戦いを見せてくれた新人さんに拍手を。そして聞こえてはないと思いますが、敗れた進藤さんもまたの挑戦をお待ちしております!」

 

 

 その騒がしさは歓声の賑やかさだと分かった。

 そしてこの瞬間、すぐにこの女性の力が伝わってきた。

 上品さから伝わる大人の美しさ。私たちのような若い少女を一気にまとめ上げるカリスマ性。このダークサイドマジシャンズというものを創りあげる積極性と責任感。そして......体に直接伝わってくる禍々しいほど強い魔力。

 それは思わず服従してしまいそうな程に力の差を感じてしまう。

 

 

 「ここで大変、皆さんに申し訳無いことを連絡しなければいけません」

 

 

 その言葉に周りの声が、歓声から困惑に変わる。

 

 

 「少々問題が発生してしまい、今日のマジシャンズは先程の戦いで終了とさせていただきます...本当にごめんなさい」

 

 

 姫美華は悲しさに染まった表情で告げる。まるでさっきまでの笑顔が偽物だったかのように。

 そしてその表情が少女たちに伝わったのか、励ますような声が響いてくる。

 残念ながら何を言ってるのかわからないけど......。

 

 

 「ありがとう。皆さん」 

 

 

 こいつは聞こえているのか!?いや、雰囲気か?

 

 そう思いながらも、私はここにいる女性を、ちょっとした尊敬の眼差しで見る。

 姫美華は『皆さん』の方へ手を振り、笑顔で返す。

 

 でも一瞬姫美華の顔を見たとき、私は気付いてしまう。その笑顔は全く笑ってなかった......。

 

 全くこいつの意図がわからない。ただわかることは、この姫美華という女には何か闇のようなものを感じる。そしてなんだか......。

 

 

 「面白い人だな」

 

 

 本来ならこういう裏の顔が黒い人は、例え表向きでは人気があっても、こんな裏の世界ではこんなに慕われることは基本ない。

 つまりそれほどの力を、この人は持っているような気がした。

 

 

 「ごめんなさい美穂さん。本当はゆっくり他の子の戦いを見てみたかったと思うけど、また次の日にお願いね。別に戦わなくてもゆっくり観戦するだけ来て問題ないわ......あ、それとこれ。貴女のマジフォを出して頂戴」

 

 

 私は黙って、左手の指に嵌めたマジフォを前に出す。

 それに姫美華は自分の指に嵌めているマジフォを近づける。すると姫美華のマジフォは赤色に光りだし、次に私のマジフォも同じ色に光る。

 

 

 「ここに繋がる道を導くアプリを渡しといたわ。また来たくなったら、それに従いなさい」

 

 

 そう言って姫美華は来た道を戻っていった。

 

 

 

 話は戻り、居住部。

 

 

 

 今の時間は七時。今から朝食を済ませ、しばらくお家で漫画でも読んで、それから行こうかな。裏の戦いへ。

 

 と、前方に人が数人か集まっていた。

 その人達の目の前には車が一台あり、その車はよく見ると、ガラスが粉々に割れ、車体はまるで何かに押し潰されたように、全体的に歪んでいた。

 

 

 「誰の仕業なんだろうね」

 「トラックか何かで当て逃げでもしたんじゃない?本当酷いことするわね」

 

 

 そんな主婦たちの会話を聞きながら、私は歩き通り過ぎる。

 

 目の前で見ると、その凄まじさが伝わってくる。でもそれは明らかにトラックの仕業では無かった。なぜなら、トラックの仕業なら普通は横から潰れる形になるはず。でも車は横からというより、上から踏み潰したような感じだ。もしトラックが仕業なら空でも飛んでなければこんな風にならない。

 現代の魔法研究でも、空を飛ぶ乗り物は、飛行機や飛行挺くらいだ。もし仮にそんなのが落ちたら、多分この程度では済まない。

 

 いや、ブルームなら可能かな?でもそれなら大きな物を持ち上げる膨大な魔力が必要になるか......。

 

 ふと、思い当たるものが二つ頭によぎる。

 

 マジシャンズ。公式ではフィールドのみでしか魔法は使えない。けどダークの方では別。変身アプリさえあればいつでもマジシャンズの時と同じ魔法が使える。

 つまりここで魔法を使用し、それが車に当たったと考えたら納得がいく。

 

 そしてもう一つは、昨日私の対戦相手を闇へ連れていった者『魔物』。

 あの大きさの手なら、体格もかなり大きいはず。あれが車に乗れば簡単に潰れるに決まってる......。

 

 

 はぁ......さすがにそれだけは考えたくないな。魔法の力ならまだしも、魔物はさすがに怖いわ。

 

 

 と色々考えては一人で勝手に青ざめている私であった......。

 

 

 そして気づいたら自宅に着いていた。

 

 

 「まあいくら考えた所で、私には何も出来ないけどね」

 

 

 なんて答えの無い結論を出して、そのまま家の中に入る。

 

 

 「ただいま」

 「おかえり。久しぶりね、美穂が早朝に出るなんて」

 「うん。さすがに帰宅部続けたら運動不足になるから」

 

 

 私と同じ黒色の髪質と、私と違った明るい表情の大人の女性が、いつもと変わらない暖かな笑顔で出迎えてくれる。

 私の母親だ。

 

 

 「朝ごはんは鮭にしてみたけど、納豆も食べる?」

 「あーうん。お願い」

 

 

 少し迷いながらも返事をしながら、私はそのまま部屋に戻り、着替えをすぐに取って、ランニングでかいた汗を流す為にお風呂に入る。

 

 

 小学生の時や中学生前半までは、こんなスポーツマン的な過ごし方が私にとって日課だった。

 しかし、マジシャンズも辞めて。特にやることも無くなった私は段々とやる気が無くなって、朝は基本寝ている状態が続いた。

 それがなぜ急に始めるようになったか。それは当然マジシャンズだ。しかもそれは私を失望させた表舞台でのマジシャンズではなく、本物のお金と己の尊厳を掛けた、闇のマジシャンズ。それが私を本気にさせてくれる。

 

 

 お風呂上がり、朝の日課を再スタートする記念に、体重計の上に乗る。

 

 うん、やばいね...。

 

 想像以上の重量感が数字として現れると、私は思わずため息をつく。

 まあこれでより走る意味を見出だすことが出来た。とポジティブに考えればいい。なんて亜紀は言うのかもな。

 

 服を着て、すぐにキッチンに向かう。

 

 

 「なんか手伝う?」

 「うーん。お皿取ってちょうだい」

 「わかった」

 

 

 と、いつも通りの親子の会話。

 昨日まではこのやり取りが退屈で、まるで流れ作業のように抱く感情もなくただ機械のようにやっていた。

 でも今日は違う。

 昨日の非日常な出来事。それが自分の望んだ形として現れ、私に本当の大切な事を教えてくれる。

 その大切な事が具体的に何なのかわからないけど、少なくとも世間の知っているマジシャンズなんかでは学ぶことが出来ない大切な事を、厳しく教えてくれているような。そんな気がする......。

 

 そしてその気持ちが、今の普通な日常の大切さを感じさせる。

 


 母は私の顔を見ると笑いかける。それに思わず照れる。

 

 

 「なに?私なんか変?」

 「うん変よ、なんだか幸せそうな顔していて、まるで恋人でも出来たみたい!」

 

 

 母はそう言って、私が用意したお皿に香ばしく焼けた鮭を乗せていく。

 

 

 「べ、別にそんな顔してない......」

 「あら、そう?」

 

 

 と誤魔化されながら、私達は朝食の準備を進めていく。

 

 そして父も起きて、そのまま家族でテーブルを囲む。今日は父も休みらしく、久しぶりにゆっくりと家族で朝食だ。

 まさに私の幸せは絶頂期だ。大袈裟だけどね...。

 

 

 

 朝食を済ませ、そのまま部屋に戻ったと同時に、私のマジフォから、とある人気の映画のテーマソングが流れ出す。私のマジフォの着信音だ。

 

 机の上に置かれたマジフォにそのまま手をかざすと、水晶玉が現れる。そしてその水晶玉から声が聞こえてきた。

 その声の主は亜紀だ。

 

 

 「もしもし」

 「お、もしもしー。みほーおはよう!」

 

 

 相変わらず、朝から元気なやつだ。いや、少し元気が無いのか?

 

 

 「美穂ごめん。昨日借りてた漫画返すの忘れてたー。今日空いてる?」

 「ううん。別に返すのはゆっくりでいいけど、今日は無理かな」

 

 

 あ、そういえば貸していたっけ。一度見た漫画は読み返さないから、貸していた事を完全に忘れていた。それに一冊読みきりの奴だし。

 

 

 「そっかー私も明日は無理だから来週返すね」

 「うん。よろしく」

 

 

 どちみち、今日も明日も『戦い』が私を呼んでいるから暇はないけどね。とりあえず学校で返してもらうと助かるかな。

 まあ返しても多分読むことはないけど。

 

 と、普段通りの友達との会話。一番信頼できる友人。だから私の心は浮かれたままだった......。

 

 

 「ねえ、みほ。昨日さ、漫画返したかったから、あの後美穂の行った本屋さん行ったんだよね」

 

 

 だから亜紀のそんな台詞が出てきた瞬間。私はまるで不意にバケツの冷水を浴びさせられたように、一気に私の思考が固まった。

 

 うそ......あの時亜紀はついてきた?いや、あいつならあんな所に行く私を止めようとしたに違いないし、仮面の変な男と会うまで一切人の気配がしなかった。

 それとも本当はつけてきた?

 そしてあの仮面の奴等に捕まり、何かされたのか?洗脳とかされたりとか......。

 

 

 「ああ。ちょっと言いたくないかな......」

 

 

 考えても、何を言うのが正解かわからず、とにかく逃げてみる。とその瞬間。

 

 

 「どうして!どうして言いたくないの!?」

 

 

 亜紀は怒鳴った。それは久しぶりに聞いた亜紀の怒鳴り声だった。

 

 亜紀は優しすぎる所がある。他人が苦しんでいる所を助け、時にはお節介な所もあり。でも必ず誰かに笑顔を届けようと努力するのが亜紀の性格。

 そんな亜紀だから、怒鳴る亜紀がどんな心境なのか、なんとなくわかったような気がした。

 

 

 「あ、怒鳴ってごめん。私...」

 

 

 そんな亜紀だからこそ、こっちの世界に来てはいけないんだ。それに知られてしまったら、私を必死で止めようとするに決まっている。

 だから私は必死で言い訳を探す。

 

 

 「あ、ううん。ただ言うのが恥ずかしいだけだから」

 

 

 とりあえず必死で自分の昨日の出来事を頭の中でねじ曲げて、ありもしない思い出を作り出す。

 

 

 「あーえっと...猫がいてさ」

 「ねこ?」

 「うん。路地裏に...か、可愛かったからつい」

 

 

 なんで猫なんだよーー。もっとなんか言い訳なかったのかー。近道とか、冒険心やら......。絶対来週この話題で弄られるでしょ!

 

 と今後の事を考えずに言ってしまった、自分の無能さに腹をたたせる。

 

 

 「な、なんだー、ねこかー。いやー実は美穂が裏路地入っていくのを見て凄く不安だったんだよねーー。美穂にもそんな可愛い所あったんだねー」

 「うるさい。だから言いたくなかった...もう切るよ」

 

 

 と思わず八つ当たり。いや、ある意味こいつが主に弄る張本人だから、むしろ妥当。

 

  

 「あ、ごめんね。でも良かった何もなくて」

 


 それは偽りのない、純粋に私の事を心配してくれている安心感が、伝わってくる。それがなんだか余計に罪悪感を感じさせる。

 この「何もなくて」という言葉に、なんと言ったらいいのかわからない。やっぱり正直に言って、事情を話してわかってもらうのか......。それとも言ってしまったらもう友達としていられなくなるのか。私自身が亜紀に酷いことを言ってしまうのではないか。

 そんな様々な考えが巡っていく。でも、やっぱり。

 

 

 「うん。別に何もないよ。じゃ切るね」

 「うん!じゃあまたらいしゅー!」



 そのまま亜紀との通信は切れて、マジフォから亜紀の声が聞こえなくなる。


 言う必要なんてない。裏のマジシャンズのことは一切、学校で触れることはしないようにしよう。きっとそれがお互いの為なんだから。

 

 そう自分に言い聞かせ、私はマジフォを指に嵌める。

 そして気持ちを切り替えて、私は支度し始める。これからの戦いの為に......。

 

 

 

 ●●●●●

 

 

 礼奉町。居住部の一角

 

 そこはまるでおとぎ話に出てくるような、閑静な住宅街に不釣り合いの広い豪邸。その豪邸には誰かが住んでいるような気配が無く、近所の住民はここが空き家だと思っていた。

 しかし、その屋敷からは時々バイオリンのような音が聞こえてきたり、少女らしき影を窓越し見掛けるという人が相次ぎ、やがてそこは幽霊屋敷だと言われるようになった。

 

 

 「まったく幽霊屋敷なんて、バカらしいです。勝手に人を居ない者にしないでほしいです」

 

 

 偶然通りかかった、主婦お二方の話し声が聞こえたとき、丁度その屋敷の噂が聞こえてきた。

 でも所詮は噂。真実は案外簡単なこと。

 

 

 私は丁度噂にあった屋敷の前にたどり着く。『鬼灯』という表札が掛かった門は、やや外装が汚れており、庭は草の長さが整われておらず、所々伸びきっている。

 

 

 「まあ、こんな状況だから仕方ないです。しばらく日本から離れればこうなるのは当然です......」

 

 

 そう呟きながら私は汚れた門を開ける。

 

 

 私。『鬼灯夢乃葉(ほおずきゆのは)』は昨日まで国外で、父親の仕事のため一年間ほど住んでいた。

 しかし、日本育ちの私にとって外国に住むには言葉の壁や環境の違いがあまりにも大きすぎた。そこの学校のクラスメートには馴染めず、誰かと話していた訳でもない。だから私は一人でここに帰ってくることにした。

 

 

 「帰ってきて早々ですけど、庭は先に済ますことにしますです」

 

 

 外国帰りと、普段から会話しない為に苦手になった日本語で一人言を呟く。

 そして玄関前までたどり着くと、向こうでお世話になった大きな荷物を、まるで振動が庭に響いてきそうな勢いで、地面に置く。

 すると、指にはめていたマジフォを前にかざし、一つのアプリを開く。

 


 突然、立っていた庭や屋敷が消え去り、どこにあるのかわからない、森の中を裸で立っている。

 周りの木々がざわめくと、木々からはえているツルがゆっくりと近づいてきて、身体の隅々まで巻きついてくる。

 そのツルがやがて布となり、服となり、そして胸や腕部分の鎧となる。

 

 そしてそれは自分の魔法を引き出すための戦闘服へと変わった。

 

 

 「さてと、ちゃっちゃと済ませるです」

 


そんな変身した自分の姿に特に驚く事はなく、いつものように振る舞う。

 そして、まるで伴奏の指揮者のように指を踊らせて、その指から光る粉を降らせる。

 するとその粉は、生え散らかった芝生に降りかかると、まるで早送りされる映像を見るように伸びきっている草が縮んでいき、やがて均等に芝生は整えられて綺麗な草原になる。

 次に光る粉は屋敷の外壁に掛かると、壁に張り付いていたコケやツタは枯れてそのまま落ちていく。

 気づけばさっきまで幽霊屋敷と化していた屋敷は一気に、貴族の住む立派な豪邸へと変貌する。

 

 

 知っている人なら、ここまで見てもらえば分かると思うけど、私は魔法使いもとい『マジシャンズプレイヤー』。しかも表向きではなく、裏の方である。

 そうじゃなければ、こんな一瞬で片付けることは出来ない......。

 

 

 「あらら?日本運営の姫美華さんからメッセージ来てるです」


 

 ふと現れるマジフォのお知らせ欄に、「ダークサイドマジシャンズ運営からの緊急知らせ」という題名が目にはいる。

 そこに手をかざすと、一つの吹き出しが出てくる。

 

 「ダークサイドマジシャンズをご利用していただき有り難うございます。緊急なお知らせを大変失礼致します。また、緊急の内容については極秘な案件であり、詳しい内容につきましてもお伝えする事が出来ない事を深くお詫びします。昨日起こった緊急事態の発令はまだ解除されず、未だに調査は継続のため、本日のダークサイドマジシャンズは中止をさせて頂きます。またのご利用よろしくお願い致します」

 

 

 私は、そんなどこかの企業の堅苦しい文章と、私の知っている裏の顔にある和気あいあいとした雰囲気のギャップに、思わず笑いそうになる。

 

 一応は闇社会の一部として都市伝説で騒がれて、恐れられているけど。実際には和気あいあいとした感じで、戦う時は皆真剣にぶつかりあうけど、敵同士ではない時はあそこでマジシャンズの事から、好きな男子の事や最近出来たカフェの話などをしていたりと、完全に交流の場と化している。

 

 

 まあこれも誰かさんのおかげですけどね。

 

 と思いながらその『誰かさん』へと直接連絡することにする。

 マジフォの連絡帳に『姫美華』と書かれており、その名前の部分を優しくタッチする。

 すると水晶玉が浮かびあがり、空中を浮遊している。

 その間に私は置いてある荷物を持ち上げそのまま玄関に入る。

 

 

 「もしもし。ごきげんよう」

 「もしもし、ごきげんようです」

 

 相変わらずなお嬢様キャラである。まさに女性の中のラスボス。同じ大金持ちのご令嬢でも、ここまで装う自信は無いです......。まあ私も姫美華がどんな人物なのかよく分かってないけど。

 

 

 「さっき緊急のメッセージが入っていたです。なんかあったんです?」

 「そうですね...あれ?夢乃葉さん、さらに日本語が下手になっていませんか?まるで日本語を頑張って覚えた外国人のようでございますよ」

 「うるさいです!あんただってお嬢様気取りのエセ貴族じゃないかです!」

 

 

 私達はこう見ると凄く仲のいい友人に見える。現に仲が良いと言われれば仲が良いのは間違いないのだ。

 でも姫美華は私だけではなく、他の人達にもこうやってからかったり、誉めたり、くだらないことで笑ったりと。まるでクラスメート全員を引っ張るクラス委員長みたいな存在だ。

 

 

 「ふふっ。やっぱり貴女のツッコミにはキレがあって、からかいがいがありますわ」

 「別にそんなものは求めなくていいです!それよりも、さっきのメッセージは何だったんです?」

 

 

 と話を戻し、今はとりあえず状況を聞かなくては。

 

 

 「ああ。緊急の事ですね......そうですね。貴女には教えておくべきね。一番信頼できる貴女に」

 

 

 一番信頼できる貴女に。

 その言葉が出てくるというのは、何か面倒な事が起こったということと、その原因は組織の内部によるもの。

 例えば、例の気味の悪い仮面の人間たちや、『魔法少女』のこと......。

 

 

 「何があったんですか?」

 「そうですね。率直に言いますと、私達の飼っている魔物達が逃げ出しました。それも四匹......」

 「えっ?それって結構ヤバくないです?飼育係とか何してるんですか?......もしかして、裏切りですか?」

 

 

 つまりさっき言った通り、内部の人間が何らかの形で魔物を逃がしたというのが一番有力な推測である。

 なぜなら姫美華が率いる仮面の軍団『ヴァーゴ』という組織は仕事に関してきっちりとこなす有能な軍団。それが魔物を逃がすなんてへまはあまり無いし、それを姫美華は許さない。

 

 

 「で、どうするんです?早く対策しなければ、死人が出る可能性もあるですよ」

 「ええ。だから早急に対策は練っているのよ。しかしどこかの悪い魔法少女さんが邪魔をするせいで、仕事がはかどらないわ。ってことで私からお願いがあるのよ。聞いてくれるかしら?」

 

 

 なるほど。つまりその『悪い魔法少女さん』が裏切り者ってことね。もう既に犯人が特定出来たってことは、私へのお願いは一つ......。

 

 

 「魔物退治でしょ?私に任せ......」

 「私の疲れを癒す為に、魔法の粉をかけてくれない?」

 

 

 ......あれ?こいつなんて言いやがったです...?魔法の粉?

 

 

 「いやあもう、わたくし。色々な問題が立て込んできてもう疲れちゃったの。だから、夢乃葉さんに癒してほしいですわ」

 

 

 この小悪魔ペテンプリンセスダーク変態お姫様もどきがっ!!

 

 

 「とりあえずあんたには私の拳をぶっかけてやるから、今すぐ出てきなさい!」

 「ふふふっ、相変わらず面白いわね夢乃葉ちゃん。でもありがとう。とりあえず魔物が現れたらお知らせをお願いね。それじゃごきげんよう」

 

 

 そして音通はきれる......。

 

 まったく、この怒りやマジシャンズへの闘志をどこにやったらいいのやら......。

 その答えは自然と一つにたどり着く。

 

 

 「魔物め。絶対見つけてやるです......」


 そう呟きながら、自分の部屋に入ってすぐ横にある鏡を何気なく見る。

 そこにはお出掛け用として着ている夏用のスカートとシャツを身につけた、さらさらとした長い翠色の髪に、母親譲りのエメラルドを埋め込んだような輝く瞳。そしてコンプレックスを抱く小柄な体格の少女が、闘志を抱くような、怒った表情で写っていた。

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