第13話 メイドの淹れる紅茶

「旦那様、紅茶をお淹れしました」

 私はいつも通り、角型の銀のトレーでティーセットを運び、温室の椅子でのんびりくつろいで小説を読んでいる旦那様に、紅茶を届けに近づきました。

 今日は冬の晴れ間。温室の天井から降り注ぐ太陽の光は、優しくも力強く温室を暖めてくれています。


 私は、この家に仕えるメイド。炊事・洗濯・掃除、なんでもできる『メイド・オブ・オールワーク』をやっています。今は午後のティータイムなので、紅茶を淹れて旦那様にご提供している所です。

 温室には冬の季節にそぐわない、色鮮やかな花々が咲いています。赤・黄色・紫。その名前すらわかりませんが、日々のお世話を旦那様と一緒にしています。


「ああ、いつもありがとう。テーブルに置いておいてもらえるかな?」

「はい、かしこまりました」

 旦那様が座っている椅子のすぐそばには、小さめの丸い天板のテーブルが置かれていまして、そこで紅茶を注ぐのが日常となっています。


 ティーポットから注がれる琥珀色の紅茶。それをティーカップが受け止めて、ゆったりとした香りがその場所に波紋のように漂ってきました。

 それを敏感に察知した旦那様。本を閉じてテーブルに置き、私の方に顔を向けてこうおたずねになりました。

「ほう。今日の紅茶はいつもと違うね?」


 私はびっくりして、少し緊張してしまいました。

「えっ? どうしてご存知なんですか?」

 それを聞いた旦那様。微笑みながら私に語りかけてくれます。

「それは当然だろう。いつもの紅茶と香りが違うんだ。それくらいはわかるよ」

 香りだけで紅茶の違いがわかるなんて、素人の私には驚きです。


 とりあえず紅茶の用意をして、一礼をして少し下がると、旦那様はおもむろにティーカップをソーサーごと取り上げ、ハンドルをつまんでカップを鼻の下に持って行きました。

 それから少し口をつけて紅茶を召し上がり、ティーカップをテーブルに戻しました。

「ふぅむ。どうしたものか……。とりあえずこの業者とは、今後の取引は無しだな」

 旦那様はそんな独り言をポロッと漏らします。私は慌てて言葉を重ねます。

「えっ……。何か、紅茶を淹れるので不手際が御座いましたか?」


 そんな私の一言を聞いて、旦那様は顎に手を当てて少し考えて、言葉を口にします。

「……ふむそうか。うん、いい機会だ。ちょっと淹れてみようか」


 旦那様はそうおっしゃるや否や、椅子からすっくと立ち上がり、どこかに向かって歩き出しました。

「あの、どちらに?」

 後をついて行く私の問いに旦那様は、すぐに答えてくれます。

「もちろんキッチンだよ。紅茶を淹れる場所と言えば、そこしかないだろう?」

 紅茶を淹れる? いつも紅茶を淹れるのはメイドの役割で、私も先輩メイドから淹れ方を教わりました。

 ですが今回は、旦那様みずからがお淹れになると。どうしてでしょう。

「僕はこう見えて、色々と紅茶に対して一家言いっかげんある人間なんだ。自分の好みじゃない紅茶を淹れてもらっても、嬉しくはないからね」


 そうおっしゃりながらズンズンと進み、キッチンまで来てしまいました。本来なら、キッチンに旦那様が入る事はまず無いのに。

「さてじゃあ、久しぶりに紅茶を淹れてみるかな。ティーポットを四つと、茶こしをふたつ、用意してもらえるかな?」

「は、はい!」

 旦那様のあまりに早い行動に追いつくのがやっとで、私は慌ててティーポットたちを用意しました。でも四つは多すぎでは?


「お湯は沸いてるね。では始めようか。まずはキミが淹れた紅茶がこちら。そして私が普段飲んでいる紅茶がこれ。ふたつを同時に淹れてみよう。きっと面白い結果が待っているよ」

 紅茶葉が入っている缶は、両方とも同じもの。ラベルもほとんど同じです。書かれている文言もんごんに、ちょっとした違いがあるくらいです。


 なんだか嬉しそうにオモチャをいじる子供みたいに、旦那様はウキウキしながら紅茶を淹れ始めました。


 それぞれのティーポットにお湯を注ぎ、まずは冷えたティーポットを温めます。これは私もやっています。

 それからティーポットふたつだけを、その中のお湯を別のティーポットに移して空っぽにします。そこに、ひとつは今回私が淹れた紅茶の茶葉を、もうひとつはいつも旦那様が飲んでいる茶葉を、紅茶葉をすくう茶さじでニ杯すくって入れます。

 沸騰した熱湯が入ったケトルを傾けて、勢い良くお湯をふたつのティーポットに注ぎます。そしてフタをしてティーコゼーをかぶせて保温します。ここまでは私も習いました。


 待つ事2分30秒。お湯で温めていた別のティーポットの、中のお湯を捨てて茶こしを置き、出来上がった紅茶をそちらの空いたティーポットにこしながら注ぎます。

 こうして二種類の紅茶が出来上がりました。

 フタは開いたままですから、湯気が立っているのが見えます。ここで旦那様は私に指示をします。

「さて、ふたつの紅茶。香りを聞いてみて。なんでも言って大丈夫だから、感想を聞かせて欲しい」

 そううながされて、私はフタの開いたティーポットに鼻を近づけました。すると、明確に違いがある事がわかりました。

「あっ! 違う。ひとつは華やかで青い香りなのに、もうひとつは強い印象が無いです」


 旦那様は「うんうん」とうなずき、さらにティーカップをふたつ、棚から取り出してキッチンテーブルに置き、ティーポットの中の紅茶を注ぎました。

 ティーカップに注いだ紅茶を見ても、その色が違うのです。私が旦那様に淹れた紅茶は、赤褐色せきかっしょく。旦那様が普段飲んでいる紅茶は、レモンイエローなのです。


「さて味見だ。ふたつを飲み比べて、感想を言ってみなさい」

 旦那様にすすめられ、ふたつの紅茶を味見してみました。すると、まったく味わいが違うのです。

 旦那様が普段飲んでいる紅茶は、渋みはクッキリとあり、でもそれはイヤな渋みではなく、ほんの少し甘さも感じられました。

 もう片方は、味わいはぼやけていて、渋みもコクもちょっとしか感じられませんでした。

 紅茶とひと口に言っても、ここまで違いが明確に感じられるなんて。とても驚きです。

「旦那様! これは本当に同じ紅茶なんですか? ぜんぜん味わいが違います」


 私の疑問に、旦那様は真摯に答えて下さいます。

「紅茶と言うモノは、その産地や栽培方法で、ガラッと風味が変わってしまうんだ。キミが飲んだ紅茶たちも、ひとくくりにすれば紅茶だけど、味わいは別物になるんだ」

 さらに旦那様は続けます。

「特にお茶というモノは、産地偽装がしやすい品物なんだ。パッケージにだまされても、これは仕方ないね」

 ギクッ!

 それはまるで私の事です。

「おおかた、その業者の人間から「こちらの方が美味しいですよ」と言われて、なんとなく仕入れてしまったんだろうね」

 ギクッ!

 なぜそこまでお見通しなんですか? 本当にそういう状況でした。


「本当に申し訳ございません。このようなミスをして、私はメイド失格です」

 私は頭を深々と下げ、旦那様に謝罪の言葉を伝えました。それを受けた旦那様は怒るかとも思いきや、意外にも冷静に言葉を返して下さいました。

「誰にだって間違いをする時はある。それに今回の事は、私の監督不行き届きでもあるんだ。反省するのはむしろ私もだよ」

 冷静に、かつ優しい言葉を選んで私に返答をして下さって、私はさらに反省をするばかりでした。頭を上げられません。


「もう頭を上げなさい。これから紅茶について、私もキミに教える必要が出てきたんだから。そうしていては指導もできないだろう?」

 そんな優しい言葉を添えられてしまっては、私も頭を上げざるを得ません。背筋を伸ばして、いつもの立ち姿勢に戻ります。

「旦那様……。まだ私は、紅茶の係として置いて下さいますか?」

 返答はすぐでした。

「もちろん!」

 力強い返答でした。


「さて、まずは座学から始めないとな。紅茶と言っても、産地や製法など、色々とあるからね。キミもついてこれるよう、指導するよ」

 旦那様の眼差しは、優しくも厳しい印象を与えました。これから改めて紅茶の勉強です。

「は、はいっ!」

 私は嬉しさと緊張で、少しどもりながら返事を返しました。


 こうして、私の紅茶の勉強は、改めて始まったのでした。






 さてここで、旦那様が普段飲んでいる紅茶と、今回メイドさんが淹れた紅茶。明確な違いを描きましたが、どちらがどのような紅茶なのか、産地や製法がおわかりになるでしょうか?

 なんとなくわかったあなた、ツウですね。





※なお、こちらの文章については、2024年1月に開催される『森の館のメイド展2nd』での『朗読会』にて朗読されます。そちらで読まれる事については許可を出しておりますので、お間違いの無いよう宜しくお願い致します。

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所作 皇 将 @koutya-snowview

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