異世界転生の民俗学
久佐馬野景
インタビュー抜粋
――始めに、先生の来歴を教えていただけますか。
話すようなことないんですけどね(笑)大学で民俗学の研究はしてたんですけど、ある時提出したレポートで教授を激怒させてしまいまして。それで早い話が破門というか、追放されたんです。私としても「こんなとここっちから願い下げだ!」って普通に就職して、ずっと民俗学のことなんか忘れてたんですけど、ある時知り合いの編集者から「なにか書いてくれませんか?」と頼まれて。無名よりも悪名というやつですね。
――それがあのWEBコラムへと繋がるんですね。
WEBではまだアカデミックな話は生まれにくいし、やりにくいので、じゃあ自分が一番乗りだと思って。民俗学的なアプローチは面白いということを知ってもらえたらいいな程度に思っていたんですが、まさかこんなに反響があるとは思いませんでした。
――異世界転生というマニアックなジャンルに民俗学からアプローチをかけたのは特に話題になりました。
あ、みんな異世界転生好きなんだと笑ってしまいましたね。コラムに書いた通り、現代の私達の常識や文化や風俗は、絶対に後世の研究資料になるんですよ。たとえばソーシャルゲームがサービス停止すると、そのゲームを実際にプレイして得られる資料が全く残らないというのは以前から問題視されています。インターネット全体でも、その情報保存は完全ではない。サルベージしようにもできないデータは山のようにありますからね。情報だけではなく、文化が途絶してしまうという危惧をしっかり意識しないといけません。
――それで異世界転生というWEB文化を?
たとえば現代の私達の想像する地獄は、過去の絵画や説話の影響が大きいですよね。でも、それが当時の人達に本当に信じられていたかは確かめようがないんです(笑)誰も信じてなかったとしても、こうして残ってるからみんなのイメージになっちゃう。
――同じことが異世界転生でも?
その可能性はあると思います。今ここにあるものがどんな形で後世に残るのかなんて、誰にもわかりませんからね。国が気合いを入れて保全していこうと意気込む文化はきちんと残るのかもしれませんが、特にこうしたサブカルチャーは日々変容しますし、私達はあって当然だと気軽に享受していますが、その当然という意識が実は危険なんです。ネットスラングでも、元ネタを調べようとしても辿り着けない場合が結構あるでしょう? 今の文化がポシャって残った文面を見た後世の人達が、全く意味を読み取れないという可能性は多分にあると思うんです。それで「昔の日本人は死ぬと異世界に転生すると信じていた」という研究がなされるかもしれない。
――先生がコラムで書かれたのは、日本人の死生観と異世界転生の関連でした。
後世の人がやるかもしれないことを、先にやってしまおうと(笑)でも、やるなら今ここの民俗学からのアプローチでというテーマは大事にしました。死というのは「ケ」ですが、これが異世界転生ではほとんどプラスの形――「ハレ」の扱いになっているんですね。ただこの世界自体が穢れた世界、死んで清廉な世界へと生まれ変わるという認識は伝統的にもあって、厭離穢土・欣求浄土という言葉ですね。それが厭離現実・欣求異世界になっている。その考えは何もおかしなことではないよ、日本人の伝統的な思想の発展形なんだよ、と示せたらいいんじゃないかと。
――ほかにも「マレビト」や「境界」など、民俗学ならではのアプローチもありました。
異世界に転生した日本人というのは、それ自体が異人ということですからね。彼らは異世界に簡単に受け入れられるんですが、それを自然に書くことができるのは、日本人が来訪する自分達とは異なるモノに対しての受け入れ方を自然と意識できているからだと思うんです。現実から異世界に移動する前に神が出てくる空間というのも、現世と異界の「境界」をはっきりと書いているということですし、三途の川や煉獄のメタファーでもあるんです。
――なるほど。民俗学というと難しいイメージを持っている人が多いですが、先生のおかげでイメージが変わったという声も多く聞きます。
嬉しい話ですね。民俗学が研究しているのは、昔は当たり前にあったものなんです。今の当たり前だっていつかは貴重なものになるかもしれないということを意識してくれる人が増えてくれれば、未来の民俗学者は楽ができますからね(笑)
――本当にそうですね。本日はありがとうございました。
異世界転生の民俗学 久佐馬野景 @nokagekusaba
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