第4話 八島貴文と犯書店員
「ここなし先生の助手をしている八島貴文です。犯書店員さん」
『いずれさん』の本名は八島らしい。いやそれよりも、『犯書店員』って? 春子は引きつった顔で握手に応じた。
「い、磯崎春子です……犯書店員って私のことですか」
八島はぐっと握手の力を強めた。目がキラキラしている。
「いつも俺が来ると逃げるのに、探していた本を丁寧に気付きやすい棚に置いていく書店員。あれは君だろう? そのあまりにプロの犯人っぽい手並みに、俺は君を『犯書店員』と呼ぶことにしたッ!」
やだこの人テンション高くて怖い。春子は必死に抵抗を試みた。
「ひ、人違いですぅ! いったい何の証拠があって……!」
「言い訳まで犯人っぽいな! それもまたグッド。よし当てて見せよう。丁度一ヶ月前、君のレジに並びに来た俺から逃げるために、君が従業員呼び出しベルに細工した時に使った道具の代金だ。ええと、タコ糸、水風船、そして近くのホームセンターで買ったバケツ。しめて――、千三百八十円」
(合ってるー! ぴったりーー!)
そういえばあの時も、春子の顔を見て「千三百八十円」とか言ってたが、あれはトリックの値段だったらしい。
驚く春子に八島は余裕たっぷりに言った。
「その顔だと当たりだね。俺は『犯行に使われた道具の値段』が分かるんだ。……昔取った杵柄で」
(どんな杵柄?!)
怒涛の勢いに口をはさむ隙もない。
ここなし心と伊口は、「あら二人は知り合いだったの~、言ってくれればよかったのに~」とほえほえしている。ツッコミ不在だった。
そんな中、突然会場が暗くなった。
シャンデリアの明かりが消え、ステージにスポットライトが当たる。
「ご来場の皆様、ただいまから作者から五千万部達成の感謝のメッセージを放映します。皆様どうぞスクリーンにご注目ください」
司会者の合図とともにプロジェクターが起動し、スクリーンにノイズが走った。
会場が緊張している。ここでアスタリスクの正体が明かされるとなれば、会場にいる人間は歴史の目撃者になれるかもしれない。興奮のため息がそこかしこから漏れていた。
しかし、春子ときたらがっかりしていた。
拗ねた口調で伊口にこっそりと恨み言を言ってみる。
「ここで正体がわかるんなら、私が頭を痛めながら調べた甲斐がないってことじゃないですかー。道理で会場を探しても見当たらないわけです。本人は録画で御登場みたいですよ」
「まぁまて、本当に本人かはまだわからないんだ。本人だったらお前の能力でわかるだろ?」
まぁそうですけど、と春子は唇を尖らせ改めてスクリーンに注目した。
スクリーンを八分割して映し出されたのは、八人の男女のだった。
八人が一斉に口パクして、そこに重なるようにボイスチェンジャーを使った、作者からのメッセージが流れる。八人のうち誰が話しているのかわからないほど、映像とメッセージがシンクロしている。
一文が終わると、また別の八人が登場し、口パクに重なるようにメッセージが流れる。その繰り返し。
客席をめぐるムーディーな紫のスポットライトがうっとうしかった。
なるほど、そういうことか。ずるいことを考える。
春子はうんざりした。
スクリーンに現れる作家たちは、全員この会場にいる。そして若手作家中心だ。その中には伊口や、ここなし心の顔もある。
おそらくこの中の誰かがアスタリスクだと喧伝することで、それぞれの作家に対する注目を底上げしようという腹だろう。
アスタリスクの知名度を掠め取る売名行為だ。
春子は入れ代わり立ち代わり現れる作家の顔全てを見ていたが、全員アスタリスクではない。春子の能力がはっきりとそれを告げている。
……下手をすると最後まで見てもアスタリスクはいないのかもしれない。
これを知っていたのかと、ちらりと伊口を見ると、なんと彼は顔を覆って泣きそうになっている。
「俺、一度朗読会に出演したんだけど、これその時の映像だ……。音声抜いて口パク動画に編集されてる。こんなことに使われるとか、勘弁してくれ……」
春子は何も言えなくなり、慰めるようにぽんぽんっと伊口の背中をたたいた。
春子は白けた気持ちでメッセージの最後まで見たが、結局一人もアスタリスクに該当する人物はいなかった。
しかし――。
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