出会い

「王子、いくら出来るようになったからって今から出かけようとするのは駄目です!」


王子の股間は女物のパンツに包まれ、男らしい膨らみはなくなっていた。


「もう、10日は外に出てないんだぜ? お出かけさせてくださいませ!」


「口調がおかしくなってます!!」


 いくら女好きで有名な王子の住む城でも、下着姿のお姫様が飛び出してきたりすれば国民も動揺してしまう。説得をして引き止める。


続けてマリーが言う。


「私としてはまだ、男であることがバレてしまうのが不安なのです」


 マリーは心配そうな表情で言う。


「いくら、女性らしさを手に入れられても、王子は王子なのです。難しいところではあるのですけど」


「何を言っているんだ? 確かに女装に、……女性物の服に以前よりも興味が出てきて、通り掛かる人の服装を気にするようになったりはしたかもしれないが」


「そこですよ。私も王様に言われてはいます。だけど、ここまでとは自分でも思っていませんでした」


 メアリーは王子の胸へと手を当てる。


「私の昔からの夢、女性に、女性らしく」


 詰めていたものをブラジャーから取り出す。


「でも、……いや、考えないようにしていたところもあるかも知れません」


 王子へ取り出した女性らしい詰め物をつきつける。


「男は男という事を」



 メアリーは女装中について、決まりを約束させた。


 それは服を脱ぐような機会を起こさせないこと。そしてその状況を知った人以外の人に見られないこと。


 これはお姫様が、国民に淫らに肌を魅せるような機会を作ることは良くないため。言ってしまえば、男であった頃に王子として守ったことのない。一度も自重なんてしたことのない約束。いや、守ろうとしたことのない約束であった。



「マスカラって覆うって意味なんですよ」


 メアリーが王子のメイクをしている時に唐突に言う。続けて、


「マスクと同じで、隠したいって言うのが語源としてあるのです」


 その言動から何か言いたそうに王子は感じた。


「話の意図としてよく分からないのだが……」


 メアリーがマスク。目元を隠す仮面を手渡す。


「王様から聞いているかもしれませんが、この国で仮面舞踏会があります」


 受け取ったマスクは白く、王族が付けるものにしては質素に見えるものであった。


「王子が参加している。と言うだけでも多くの人が来ていただけるでしょう」


 王子もメアリーの意図が分かってくる。


「「つまり」」


 偶然ではあったが声が重なってしまう。とっさのことに少し戸惑ってしまう。


 しかし、クスっ、と笑い合うと


「「お姫様として仮面舞踏会に出席する」」


 また声が重なった。 



「着きましたよ。お姫様」


 しっかりとメイクをした王子はメアリーに手を差し出され、馬車から降りる。


 そのとき、


「あっ!」


 ふっ、とよろけてしまう。咄嗟に大股を開く形でこらえる。


「大丈夫ですか」


 転びはしなかったものの、女性らしからぬ姿を声を掛けてくれた男性に見られたことにお姫様として恥ずかしさを感じた。


「ありがとうございます」


 さっ、と開いた足を閉じ、オトコの方を見る。自分と同じ、質素な仮面を着けていた。オトコはお姫様に話しかける。


「あなたも舞踏会に参加されるのですね」


「は、はい。お友達にお誘いいただきましたの」


 仮面がズレていないかと気にしながらお姫様は答える。


「そうでしたか。私はこっそりと参加するものでね。……あまり高い身分とは言えないんです」


 オトコがうつむきながら言う。オトコもまた、仮面がズレていないか気にするように、微かなズレを直す。


「仮面舞踏会ですわ。身分はあってないようなモノではなくって?」


 オトコがお姫様を見つめる。目があった瞬間に、仮面の奥の瞳に互いにドキッ、とする。


「たしかに、そうですね。では、私はお先に参らせていただきます」


 オトコがお姫様から顔をそらす。二人の見つめる瞳はどこか名残惜しそうにもメアリーには見えた。いつまでもオトコの後ろ姿を見つめるお姫様にメアリーは


「……、こほん」


「あ、ああ!」


 お姫様がメアリーに気づく。しかし何か気にしている様子のお姫様にメアリーは


「決まりは覚えていらっしゃいますね」


 釘を差した。



 仮面舞踏会はお姫様にとってもとても刺激的であった。機会があれば、と多くの男性がお姫様を誘う。それはとても喜ばしいことだった。すぐにでも「はい」と答えたいと思った。


 しかし


「今日は私のものですよ」


 後ろから肩をひかれる。メアリーであった。


「少しなら良いのではなくて?」


 不満そうにお姫様が言う。


「私だけでは、お嬢さんはご不満でしょうか?」


 メアリーの手が肩からゆっくりと胸の方へと降りていく。詰めたものを引っ張り出すようにつままれる。


「きゃっ、おやめになってっ!」


 胸を抑え、身をよじる。誘った男性はメアリーの離そうとしない執念と、ただならぬ関係を感じ取り、誘うものを寄せ付けなかった。


 その状況にしびれを切らしたお姫様はメアリーから離れる。


「どこにいくのですか!?」


「レディが男性に何も言わずにどこかへ行こうとしているのです。お察しくださいませ!!」


 カツン、カツンとヒールを鳴らし、足早にお手洗いの方へと向かっていくお姫様を見て、メアリーが肩を落とす。



 


「まったく、メアリーは」


 怒りを感じながらお手洗いに入る。その時、そこには欲しいものを手に入れられないときの昔の王子が居た。並ぶ小便器を通り抜け、個室へと入る。


「……ん? あれ? カギがかからないっ?」


 カチャ、と小さく音を立て、なんとかカギをかける。


「……ふぅ」


 用事をすませ、立ち上がる。男であれば気にするほどでもない行為だが、オンナとしては苦労があった。


「こういうときだけ、女性は不便だと思いますわ」


 パンツを履こうにも長めのドレスの裾がそれを邪魔する。むっ、としたお姫様はドレスの裾を口に咥え、落ちないようにする。メアリーが見たのならば、はしたない。と言うであろう。


(これなら、履きやすいですわ)


 スッ、とパンツを引き上げ始める。


 そのとき、


 カチャ、とカギが勝手に開いた。ドアが外側へと開いていき、あのオトコと目があった。


 突然のことで固まってしまうお姫様。ゆっくりとオトコの目線が下へと降りていき、股間を見られた。メアリーに教えてもらっていなければ、バレていた。先ほどまでのメアリーへの怒りが失せていった。


「きゃ、きゃぁあああああ!!」


 悲鳴をあげる。たくしあげられていたドレスはふわり、と重力で落ちる。加速度は、みられまいと抑えるお姫様の手で上がった。


 我に返った様子のオトコが後ろを向く。


「す、すまない」


 乱暴にパンツを履き終えたお姫様が口を開く。


「な、なぜオトコのあなたがここに」


 オトコが困ったように出口の方を指差す。


 お姫様が辿っていくその先には小便器があった。


「ここは男性用なんだ」


 お姫様の顔が青くなっていく。


「こ、これは、し、失礼しましたっ」


 慌て始めるお姫様に、ぷっ、とオトコが笑う。


「そんなに急いでいたのですね」


「えっ、あ、はい。お恥ずかしいところを見られてしまいましたわ」


 お姫様が頬を赤くする。それをみたオトコは


「これは誰にも見られたくないところを見られてしまった。という事ですね」


 オトコの声色が変わったのが分かった。


「どうでしょうか。この仮面舞踏会、明日も行われるのです。明日、私と踊って頂けませんか」



 次の日、お姫様はこっそりと仮面舞踏会へと参加した。急いでいたためか、女性、としての準備をせず、城を出た。急いでいるのはあの失態をメアリーたちに知られたくないため。そう自分に言い聞かせる。そして、男性と、自らが女性としてお誘いを受けた事による喜びで足が早くなっていく。


 オトコはお姫様が会場に入ってくるのを見つけると、こちらに向かってきた。


「ちゃんと来てくれたんだね」


「ああ言われては行かないわけには行きませんわ」


 反抗をみせるようにお姫様が言う。


 ぷっ、とどちらともなく、笑いあった。


 掛かる曲に合わせ、二人は踊り始める。くるり、くるり、ワルツを踊る。目が回るような気分になる。オトコはお姫様をエスコートするように踊っていく。またくるり、と踊る。酔いしれるお姫様は高ぶり、オトコを引っ張っていく。曲が終わるまで、何度も回った。


 それは2曲目、3曲目と続いた。ついに、踊り疲れた時、オトコが話し始める。


「ひと目見た時から、ステキだと思っていた。一度踊ってみたいと。それだけで良いと思った」


 ふらつく足で、三拍子を刻み始める。合わせるようにお姫様が続く。


「仮面。仮面で隠しているのだから言わないでおこうと思っていた」


 ふっ、とオトコがよろける。それをお姫様がかばう。それにオトコが笑う。


「ボクは、いや、ワタクシは王女なんです」


 オトコがそう言う。続けて話し始める。


「隣の国では、色々と気にすべきことが多くて……、こっそりと参加していたのです。だましてごめ、んっ?」


 お姫様が王女の口元に手をあて、話し始める。


「私も隠していることがあるんです。私もオトコなのですわ」


 王女の手を引き、会場から人気のない場所へ行く。


 お手洗いの、あの日のようにお姫様として、ドレスの裾をたくし上げる。


 そこにはパンツに男としての膨らみがあった。


「私も王子なのです」


 その告白に王女が


「あの女たらしで有名な」


「それは昔の話ですわ! 今はそうでもないです」


「それは嘘です」


 何故?そう言おうとする。しかし、言えなかった。


 チュ、と唇が触れ合う。


「私が落とされてしまいました」


「単純、ですわね」


 互いに相手の仮面を外す。初めて会ったときの瞳があった。


「ワルツを踊ったのです。それでです」


 もう一度、と唇が重なる。くるり、くるり、と回る。唇は目が回るまで、ずっと続いた。

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女装王子 むきめい @mukimei94

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