四. 過去



 孤児院ではなかなかまっとうな生活を送れたと思う。

 小学校では成績優秀、運動神経も抜群、更には学級委員長と学生会長を務めた。


 生活指導の方で、やや性格に難ありとカウンセラーに言われたが、問題無く学校生活を進めていたカンナにとってはどうでもよい事だった。

 

 孤児院に-家に帰れば、院長の秋雨(あきさめ)先生が、お菓子を用意して待っていてくれた。

 秋雨先生は、毎日カンナに『本当に良い子』だと言った。それが、孤児院の名を上げるのに、『(都合の)良い子だ』ということは自身で薄々分かってはいたが。


 カンナの一日は、昔の母から譲り受けたガラス玉達を眺めることから始まる。

 周囲の子達よりも一時間ほど早起きして、ベランダに出る。ガラス玉は計30個ほどあったが、ひとつひとつ丁寧に朝日に翳して眺める。ガラス玉は、自分の存在を主張するかのように普段よりも強く輝く。


 『これが宝石だったらなあ。』


 売って、生活費の足しにでもするのだろうか。

 いや、もしこのガラス玉達が宝石であっても、私は手放さないだろう。どんな毒親だったとして、このガラス玉と宇宙図鑑は、私を苦労してこの世に落としてくれたことの証明なのだから。そしてそれは、山咲カンナという存在がこの世に存在するという証明にも近しいのだから。


 ガラス玉をまじまじと見終えた後は、わざわざ孤児院内の図書室に行き、父から貰った宇宙図鑑を眺める。


 『これは地球、土星、火星に冥王星。』


 ガラス玉の色は、この銀河内に存在する惑星に酷似していた。ひとつずつ照らし合わせ、この銀河系の順番通りに並べるのが一日のルーティーンだ。


 『よし。…そろそろ学校の時間だ。』


 そうして私は、小学校を卒業するまで、その生活を孤児院で送ったのだ。



 秋雨孤児院は、中学からの面倒は見ないという特殊なルールを持っていた。


 高校生まで面倒を見てくれるところも少なくないはずなのだが、何故かは今でもわからないが、秋雨先生は頑なに中学生以上の子の面倒を見たくない様だった。

 カンナはそれに一切の不満も持たなかったし、むしろ感謝の意も完成していた。孤児院に預けられた当時のカンナからしたら、これは一世一代の成長ともいえた。


 カンナは、中学からは思い切って東京の中学に入学することにした。この中学の名を、都立 春明(はるあけ)中学校といい、秋雨先生の友人がどうやら経営に携わっているらしい所だった。

 その伝手で、カンナは無事そこの学校に入学することができたのだった。


 中学から駅二つほど離れているところにあった小さなアパートを借りて、一人暮らしを始めた。

 もちろん、あのガラス玉達と宇宙図鑑も持っていた。この二つは唯一のカンナの私物でもあった。

 必要な電化製品などは、秋雨先生が出世払いで良いですからと、買ってくだすった。簡易冷蔵庫に、昔ながらの白熱電球、小さなアナログテレビなどだ。その他は自分でアルバイトなどをして手に入れなさいと言われた。

 

 先生に言われた通り、越してすぐアルバイトを見つけ出し、金を稼ぐことにした。とは言っても中学生に出来るアルバイトは限られており、朝四時からの新聞配達と、六時からの牛乳配達、夕方頃からの個人経営のコンビニエンスストアでの掃除などであった。しかし、さすが東京都は相場が違うと思った。三か月ほど働くと、生活し、遊ぶのにも充分すぎるほどの賃金が手に入った。


 カンナは手に入れた金銭を、本や望遠鏡、図鑑や菓子を買うのに使った。

 アルバイトがあるため、孤児院の生活のようにガラス玉や図鑑を眺める時間は無くなってしまったが、休日などは眺めて自分の時間を過ごしていた。


 そうして中学二年生の時、ミライに出会ったのだった。


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飴玉の銀河 香槻イト @kanba-ito619

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