最終話 魔王さまはレベルマイナス1


 グラード軍の奇襲劇から三日が経った。


 事件の中心となってしまったパティー先生は、校長室の前に立っている。

 目を閉じたままノックをすると、すぐさま「入りなさい」と厳かな声が返ってきた。


「……失礼します」


 覚悟を決め、パティー先生は部屋の中に入る。

 つい先日、三年生と共に戻ってきたばかりのレットーレ校長が背を向けたまま立っている。

 本来なら先生に任すべき所を、少しでも現地の信頼を得るために、彼女自ら遠征に同行していた。

 少々お節介な所もあるが、学校でも、外交の面でも、彼女の信頼は厚い。


 背を向けたまま、報告書……というより、手紙を読んでいるようだ。

 パティー先生は、思わず表情を歪めた。


 自分の人生を狂わせたのは、魔族からの手紙。

 そして生徒たちを救うことが出来たのは、ストラからの――皮肉にも同じ手紙だった。

 そして今度は……。


「パティー先生、私たちが居ない間に随分と大きな騒ぎがあったようで」

「……はい」

「この手紙に書いてある事は、全て事実なのでしょうか?」


 レットーレ校長は、持っている手紙を小刻みに震わせていた。

 顔を見るまでもなく、怒り狂っているのが分かった。


――そう、今度の手紙は、自分の教師人生に終止符を打つためなのね。


「はい、間違いありません」


 パティー先生は服をギュッと握りながらも、凛とした態度で答えた。


 それだけの事をしてきたのだ。

 どのような罪でも、甘んじて受けようと決めていた。


――ごめんなさい、みんな。私は、卒業式まで一緒に居られないかも知れないわ。……ストラ君、嘘を言ってごめんなさい。


 せめて最後まで先生らしく居ようと、初めて任命された時のように、背筋をピンッと伸ばし、校長の答えを待つ。


「……素晴らしいですわ!」


 だが、振り返ったレットーレ校長の顔は、化粧が落ちてしまうほど涙でズブ濡れだ。


「さぞかし辛かったでしょうね、パティー先生。貴女の悩みに気づけなくて、本当に申し訳ないわ」

「あ、あの……?」

「何も言わなくて良いのよ。貴女は先生の鏡だって、この生徒からの手紙から良く伝わってくるもの」


 よもや褒められるとは思わず、パティー先生はただただ呆気にとられていた。


「あの……その、手紙、見せてもらっても良いでしょうか?」

「ええ、どうぞ」


 受け取った手紙は、校長の顔と同じでズブ濡れだ。


――これは、ストラ君の字?


 そこには、今回の戦争について、『ウソも偽りもない事実』だけが書かれてあった。


【間接的な手段で生徒たちを人質に捕られ、パティー先生はやむなく結界とモンスターを解放しました。ですが、モンスターたちはかつての裏切りから復讐心を懐き、人間側に寝返りました。そして私たち……いえ、一年生全員は学校を守るために立ち上がりました。人間とモンスター、両者が奮闘した甲斐あって戦争は有利に進んでいきました。ですが、高レベルである軍団長が単身で攻めてきたことにより、学校は絶体絶命に陥りました。しかし、パティー先生が最後に軍団長を仕留めたお陰で、誰一人犠牲者を出さずに済んだのです】


――確かにあの時、ストラ君は黙っているつもりはない、って言ってたけど、これじゃあまるで……。


 事件の中心であるハズの自分が、まるで勇者のように扱われている。


「ありがとう、パティー先生。貴女がここに残って居なかったら、どれだけの生徒が犠牲になった事か……!」


 感激のあまり、校長はパティー先生の手を掴み、上下にブンブンと振りまくる。


「あの、私の処分は?」

「処分だなんてとんでもない! 今すぐにでも、私から勇者の称号を与えたいくらいだわ! ……ああ、ごめんなさい。まだ心労は癒えてないでしょうから、今日は授業をせずに休んで下さいな」

「い、いえ、あの……!」


 パティー先生は弁解する間も与えられず、グイグイと背中を押されて校長室を出された。


「……ストラ君、これも全て貴方の思惑通りなの……?」


 またしてもストラに救われたという事実に、パティー先生は思わず艶っぽいため息を漏らす。


「困ったわ……。先生と生徒の関係を、越えたくなっちゃうなんて……」



 ◇----------------◇



 今回の功績が認められ、モンスターたちを解放しようという話が持ち上がったが、ストラはそれを断った。


 モンスター主義者たちの言うように、彼らが自由を得るにはまだレベルが足りていない。

 だから、人間と同じようにコロシアムで訓練を積ませる必要がある。

 そして何よりも、彼らがこの学校に留まることを望んだのが最大の理由だ。


 元々良かった待遇が更に改善され、地下入り口前までは部屋を自由に歩けるようになった。

 更に、ストラか先生一人が同伴すれば、コロシアムを使っても良い事にもなった。

 パラミドーネにその事を伝えると、なんとも複雑な表情を浮かべた。


≪やれやれ。ここまで良くしてもらえると、逆にむず痒くなるねぇ。……なぁ、ストラの旦那。アンタ、アタシらの長になる気はないかい?≫

≪ふぅむ、申し訳ないが辞退するよ。私は、魔王の玉座以外に興味はないのでな≫

≪そうかい、それは残念だ。でも、長の席は空けておくよ。アタシはまだ、代理の方が似合ってるからねぇ。……あぁ、そうだ。一つだけ、個人的に欲しいモノがあるんだけど、いいかい?≫

≪希望に添うよう努力しよう≫

≪ヨッシャ、じゃあさっそく……≫


 唐突にストラを抱き寄せ、パラミドーネは甘い声でささやく。


≪アタシに、長の『種』をくれよ≫



 ワラのベッドに連れ込まれそうになるが、ストラは拘束を振り切って逃げ出した。

 かつてないほど全力で。



 ◇----------------◇



 次の日の授業では、多くの戦闘を経験し、更には沢山の敵を倒したという事で、異例のレベル測定が行われることとなった。


≪人間は自分の数字を知るのが好きですね、ストラ様≫


 レアルタはまた眷属に意識を宿し、前と同じように髪の中に隠れていた。

 文字通りの『側近』というワケだ。


「今回の戦争では、いずれの学年も体験したことがないような、濃密な経験を得られたと思います。きっとそれは、レベルにも影響していると先生は信じています」


 もう二度と教壇には立てないと覚悟していたパティー先生は、嬉しそうに『レベル計測器』の精霊を呼び出す。


 パティー先生の言うとおり、ほとんどの生徒たちが一気に3レベルもアップしていた。

 コンパンもレベル4になり、「この調子で器用貧乏脱出だ!」と嬉しそうにはしゃいでいる。


 教室を一際賑わせたのは、やはりトップ2の二人だ。

 アルクワートも同じく一気に3レベルも上がり、レベル8という二年生の上位に並ぶ驚異的な数字となった。

 そしてリンチェは、なんと4レベルもあがり、アルクワートに並ぶレベル8となった。


「やるじゃない、リンチェ」

「これでようやく対等な立場になれましたね、アルクワート」


 笑い合う二人。

 大活躍した二人に、自然と拍手が送られていた。


「さぁ、ストラ君。今度は貴方の番よ」


 パティー先生は感慨深そうに呼んだ。

 ストラが立ち上がると、クラスメイトたちは喋るのを止め、興味深そうにその背中を見つめる。


「一つも空席が出なかったのは、全て貴方のお陰ね。私を、含め」


 戦いが終わった後、称賛を浴びるべきなのはストラだと声を大にして言ったのは、他でもないアルクワートだった。

 作戦を考えたのも全てストラだとバラしてしまったのだ。


 そう、つまり一番活躍したのは……ストラ。

 他の誰よりも興味を集めている理由は、ただ一つ。


 それなら、いったいどれだけレベルが上がったんだろうか?


「……あら?」


 パティー先生は、思わず素っ頓狂な声を上げた。

 反応が気になったクラスメイト全員が教卓に集まり、砂の文字を凝視する。


 結果は……レベルマイナス1のまま。


 前とは逆の意味で、教室内にざわめきが起こった。

 どうしてこのままなんだ、と。

 やはり特別な存在だからレベルが上がりにくいのだろうか、と。

 パティー先生ですら、「何かの呪いかも知れないわね」と言い出す始末だった。


 皆が真剣な顔で悩み始めた時、アルクワートが思い付いたように手を叩く。


「……ねぇ、ストラ。もしかしてなんだけど、指示して戦わせるだけで、案外自分は戦っていなかったりして……?」

「当然だ。それが私の役目であり、導き出した『最強』の形なのだから。アルクワートよ、『モンスター使い』とはそういうものなのだろう?」

「じゃあまさか……ストラは永遠にレベルマイナス1のまま……?」


 アルクワートの言葉に、またしても教室内は爆笑の渦に包まれた。


――どうやら魔王になれるのは、まだまだ先のようだな。


 ストラは、大きなため息をはく。

 呆れ返りながらも、どこか嬉しそうに。




>完

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魔王さまはレベルマイナス1の最強戦術家 奇村 亮介 @rathi

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