第44話 魔王さまと敵の隠し手札


 自軍の要塞に辿り着いたグラードは、岩が剥き出しの廊下を、火傷した腕と顔を隠しながら走っていく。


「クソがっ、クソがァァァーーーっ!!」


 逃げ出した瞬間を思い出しては、グラードは周囲の物に当たり散らし、壊しながら進んでいく。


 敗走。

 圧倒的な力の前に、逃げ出す。


 情けない悲鳴を上げ、虫のように這いつくばって逃げるその姿は、まさに出来損ないそのものだった。

 魔王の息子が、それも自分が一番嫌いなストラにしてやられたのが、何よりもしゃくに障った。


 自分の部屋を抜け、奥にある客室を荒くノックする。

 返事がない。

 ドアノブを回すが鍵も掛かっている。

 グラードは扉を蹴飛ばし、無理矢理部屋の中に入っていく。


「おい、居ねぇのか!?」


 グラードが辺りを見渡すと、部屋の隅で体育座りになり、スンスンと泣いている……メガネのメイドが居た。


「うぅ~……ストラ様ぁ~……。どうして訓練校にも、このアマルスィをお供させて頂けないのですかぁ……。アマルスィは会いとうございますぅ……」


 ストラと消えるように別れて以来、アマルスィは帰りの馬車にも乗らず、境界線近くにあるという魔族の訓練校を探し続けていた。

 しかし場所が分からず、茫然自失でフラフラしているところをプレデラが見つけ、グラード軍が保護していた。


「アマルスィ! 喜べ! お探しのストラを見つけたぞ!」

「うぅ~……そんなワケないじゃないですかぁ……。ストラ様は、ストラ様は今頃訓練校で女の子たちと……うぅ~」

「いいから立て! ウソだと思うなら、屋上にある望遠鏡であの学校を覗いてみろ!」


 アマルスィを無理矢理立たせ、グラードは引きずるように屋上へと続く階段を昇っていく。


――かつては『牛鬼(ぎゅうき)』と呼ばれた猛者がなんて様だ。最強の手札と期待した俺がバカだったか?


 監視塔にある望遠鏡に辿り着くと、グラードはアマルスィを椅子に座らせる。


「さぁ、早く見ろ! じゃなきゃ、今すぐここから追い出すぞ!!」

「うぅ~……分かりましたよ。でも、私はこれで充分です」


 そう言うと、アマルスィは親指と人差し指で小さな輪っかを作り、望遠鏡の脇にある隙間から学校を覗き込む。


「……あら? あらら?」


 学校から見て森を抜けた所に、モンスターと人間たちがいつでも戦えるような隊列を組み、十数キロ離れた場所にあるこの拠点を睨んでいる。

 そしてその先頭には、両腕を組み、悠然とした様子でこちらを覗っているストラが立っている。


 いつでも来い、私が相手をしてやろう。

 そう言っているかのようだった。


「キャー! キャー! ストラ様ァー! ああん、格好良いィー!!」


 なぜ魔族の訓練校ではなく、人間の学校に居るのか。

 そんな小さな疑問は、ストラを見た瞬間、嬉しさで吹き飛んでいった。


「見たか!? あの裏切り野郎を!? よりにもよって人間側に付きやがった!!」

「……今、何と?」


 アマルスィの動きが、ピタリと止まる。


「いいか、アマルスィ! アイツは親父を裏切ったんだ! 見ろ、実の兄にまでこんな火傷を負わせやがった! てめぇなら、あの憎いイフリートだって簡単に蹴散らせる! 行け、アマルスィ! 裏切り者に死を! モンスターも人間も、皆殺しにしてこい!!」

「このアマルスィに、ストラ様を殺せと?」

「当たり前だ! てめぇは親父専属のメイドになったんだろ!? なら、俺の言うことを聞け!! あのクソ野郎の首を取ってこい!!」

「私は、ストラ様専属のメイドです。身も心も、全てストラ様のモノ。ストラ様を侮辱する者は……全て斬首に値します!!」


 隠していた黒い翼が、反り返った角が、血のように赤い眼が一瞬にして現れた。

 それはかつて『牛鬼』と恐れられた、アマルスィの本当の姿。


 グラードが恐怖で立ち竦む――よりも早く、火傷していない右頬に、アマルスィの拳が深くめり込んでいた。


 シンプルな右ストレート。

 だがその威力は凄まじく、監視塔の壁を突き破り、グラードはそのまま一階まで落ちていった。


「頭を弾き飛ばすつもりでしたのに……腕が鈍りましたわね」


 落ちたグラードの周りに、プレデラを含めた側近たちが慌てた様子で集まってくる。


「今よりこのアマルスィが、ここの軍団長を勤める。異議があるものは、今すぐこの部屋を訪れるがよい」


 この拠点で一番強いグラードを、たった一撃で倒したのだ。

 『牛鬼』の名を知る側近たちは、異議どころか、貴女こそが相応しいとでもいうように頭を垂れる。


「さて……プレデラ。今までご苦労様。もう監視役は充分よ。今後は副団長として、役割を果たしてちょうだい」

「はい、身に余る光栄です」

「暴君に仕えるフリをするのは、さぞかし大変だったでしょう?」

「いいえ、それよりも再びアマルスィ姉様に仕えられる喜びの方が、遥かに大きいです」


 今までの苦労を労われ、プレデラは嬉しさのあまり笑みをこぼしている。

 監視役という言葉と、アマルスィとの親密なやりとりに、他の側近たちは大きく動揺する。

 まさか事実上のナンバー2がスパイだったとは、夢にも思わなかったようだ。


 グラードは、数年前からストラの命を狙っていた。

 候補争いのため……というよりは、気にくわないから、というのが主な理由だろう。

 その事を知ったアマルスィは、監視役としてプレデラを派遣していた。


 辛うじて意識があったグラードは、未だに信じられないといった顔をしている。


「か、監視役……!? お前は、俺の部下だろ!? 尊敬してるから、ここに居るんだろ!?」


 魔王――自分の父親のように、圧倒的な力と暴力があるからこそ、部下は自分を尊敬し、付いてきているのだとグラードは信じていた。

 信じて疑わなかった。


 振り返ったプレデラの顔に笑みはなく、いつものように表情は張り付いたまま動かない。


「尊敬? ただワガママを重ね、父親に振り向いてもらおうと叫き散らす子どもを、どうやったら尊敬出来るのでしょうか? それに……部下を大事にしない人は、殺したいほど嫌いです」


 一番嫌いなストラに負け、軍団長という肩書きが消え、そして……信頼していた側近も寝返ってしまった。

 僅か数時間足らずで全てを失ったグラード。


「ちくしょう……全部ストラの所為だ。俺の……俺のどこが、アイツに劣ってるっていうんだ……?」


 うわごとのように呟きながら、ショックのあまりに気絶した。


 一段落したアマルスィは、椅子に座り直し、小さな輪っかを作ってもう一度ストラを見る。

 蔵書で本を読み漁っている時よりも、その顔は生き生きとしている。


「何があったのかは知りませんが、楽しそうで何よりです。アマルスィは、ここでストラ様をお見守り致しますよ」


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