冬夜に誘う

 こんにちは、ぼくの友達。

 本当に寒くなりましたね――――




 首切り男への返信をようやく思いついたときには、既に日が沈み始めていた。少し前まではまだ明るい時間だったはずなのに、太陽も寒さが嫌で早々に引っ込んでしまうらしい。

「そろそろ、冬用の寝具を用意してもらおうと思っています――」

 夕焼けを灯りにペンを走らせていると、窓を何かが叩く音がした。聞き覚えがある音だ、しかしまさか。ペンを放り出し、慌てて窓に向かうと、眼下には夕焼けに顔を赤く染めた『彼』がいた。

「どうして……」

 再び会えた嬉しさに顔をほころばせながらも、その理由に胸騒ぎがする。何かあったのだろうか? あんまり手紙が遅いから、催促しにきたのかしら……戸惑う貴人をよそに、首切り男が小石に手紙をくくりつけて投げてきた。


『おれと一緒に逃げないか』


 その一言に絶句し、再度窓の外を見下ろす貴人。少しずつ広がる薄暗がり色に染まっていく首切り男は、思いつめたように唇を噛み締めていた。




 首切り男は胸の中で暴れる心臓をおさえつけながら辛抱強く貴人を待った。

 考えに考えた末に出した結論だった。首切り男には権力も伝手もない。貴人の命を救うにはこれ以外にないのだ。

 夜風が首切り男の体を撫でていく。外套を着ていてもやはり肌寒い。焚き火でもしようかと思ったが、あまり目立つことをすると夜警に見つかってしまうかもしれない。貴人が返事をくれるまでは、たとえ夜が明けようともここで待っているつもりだが、いくら待てども貴人が返事をくれる様子はない。荷車を繋いだ馬が不安げに頭を揺らし、蹄で地面をひっかいている。

 首切り男は荷車に積んでいた荷物から、家で書いてきていた手紙を引っ張り出すと、いくつか文を書き加えてから再び貴人の独房に向かって投げた。こつん、と石がぶつかる音が夜の静寂に奇妙に響く。




 突然押しかけてきて悪かった。用件は、あの通りだ。

 とどのつまりから話してしまうと、おれは、おまえに死んでほしくないのだ。

 おまえを殺したくないのだ。

 今まで散々人を殺して、おまえとも約束までしたのに、何を今さらと思っているだろう。泣き言だ。おれ自身、自分がこんなことを言う日が来るなんて考えたこともなかった。

 この一年、おまえとの手紙のやりとりはとても楽しかった。その日あったでとりとめもない話をしたり、昔の話とか、自分の気持ちのことを言い合ったりすることが、こんなに心躍ることだとは知らなかった。毎日毎夜、おまえからの手紙が届かないか楽しみでたまらない。仕事を終えた帰り道、おまえへの手紙に何を書くか考えるだけで足取りが軽くなる。

 できることならずっとこうしていたい。

 しかし、おまえの処刑日までもう残りわずかだ。あと百日もありはしない。おまえの首を刎ねてしまった後、それからおれはどうやって過ごせばいいのだろう。それを考えるのが、このごろ一番恐ろしい。こんなことを言っても信じてもらえないかもしれないが、おまえと出会うまで、おれは一体何を楽しみに生きていたのかわからない。思い出せないのだ。一年前の自分がまるで見ず知らずの他人のように思える。おれははたして、元の自分に戻れるだろうか。たぶん、ずっとおまえの手紙のことを考えているだろう。おまえへの手紙のことを考えて、もう手紙は出せないし、おまえから届くこともないことを思い出して……耐えられない。考えたくもない。

 おまえを失うことが恐ろしい。

 そう考えていると、おまえを殺すのは、やはり正しくないことだと思えて仕方がないのだ。確かにおまえは今の国にとっては不都合な存在だろう。だけれど、それがなんなのだ。おまえにはまったく罪の一かけらもないではないか。おれが殺すのは罪人だけだ。おまえに殺される道理がないように、おれにもおまえを殺す道理はない。国とか法とか、そんなことは関係ない。絶対に間違っている。

 だから、どうか、おれと一緒に逃げてはくれないか。処刑日が来る前に、とっととこの国から出て行ってしまうのだ。こんな牢獄も、つまらない国も、おまえには似合わない。法も身分も及ばないところに行こう。そうすればおまえは死なずに済むし、おれ達はずっと友達でいられる。そうして、もっと楽しいものがあるところに行こう。小鳥や花より素敵で面白いものを探しに行こう。

 おまえがうんと言ってくれるなら、おれは今すぐに縄梯子をかけてお前のところまで登っていこう。鉄格子がなんだ。鍵がなんだ。そんなもの壊してしまえばいい。どんな手を使ってでもおまえを自由の身にしよう。

 だから、聞かせてくれ。もしもおまえの心の中にいっぺんでも、おまえ自身の定めに疑いがあるのなら、ほんの少しでも恐ろしさや嫌な気持ちがあるのなら、どうかありのままに教えてほしい。おれの気持ちは、この手紙に書いたことがすべてだ。おまえにも、王子とか法とか国とか関係ない、おまえ自身の気持ちを語ってほしい。

 気持ちを教えてくれる気になったら、返事を出してくれ。おれはここで待っている。

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