望みと悔いと

 こんにちは、おれの友達。

 近ごろ、通り道のあちこちにが立っていて、歩いていると足元からさくさく、しもが割れる音が聞こえてくる。おまえにも見せてやりたいが、しもはとけてしまうから手紙には入れられない。むずかしいものだ。

 このあいだは、本当にありがとう。おまえがひみつにしていたのは、たしかにおれを思ってのことだったのだな。少しでも、おまえをうたがってしまった自分がはずかしい。そして、こんなことをおれに明かしてくれたおまえのことを、心からそんけいする。おまえが望むならばどんな方法ででも、このそんけいをしめそう。

 おれは首切り男だ、どのような事情があれ、切れと言われた首を切る。たとえ、つみがまったくない、むくな人であろうとも。おまえがどんな人間であると知っても、それは絶対に変わらない。

 おまえは、それでいいのだな?




 首切り男にとって、子供の処刑ほど嫌な仕事はなかった。

 そもそも、子供を刑に処するのは難しい。法律で、十四歳以下の子供を処するときは吊るし首にする決まりになっているのだが、これが十つにも満たないような子供だと体重が軽くて上手く首が絞まらないのだ。特にここ最近は、痩せ細って食うに困った末に罪人となった子供ばかりがやってくる。なかなか死ぬことができず、宙ぶらりんで苦しそうに手足をばたつかせる子供の姿は何度見ても心苦しいものだった。

 子供がすべて善良であるとは思わない。首切り男も幼い頃は両親の手を焼かせた悪たれ坊だった。それより厄介な、毎日大人も青ざめるような犯罪に手を染めている小悪漢もいるだろう。しかし――ならば殺していいかと聞かれれば、頷くことはできない。

 まして、何の罪もなく投獄されただけの子供ならば。

 あの日、すべての事情を話し、首を刎ねるよう求めてきた山羊面の男に対し、首切り男は断った。

「おれを誰だと思っている。いくら頼まれたとて、死刑囚以外の首を切るわけにはいかん。それに、そんなことをしたら、誰があいつに手紙を届けてくれるのだ?」

 そして貴人への返信を書きつけた手紙を持たせ、その日はそのまま帰らせた。山羊男がその日持ってきていたらしい手紙が置いてあることに気づいたのはその後のことだった。


 ――ぼくの存在が世の中に知れれば、この国は再び乱れるでしょう。

   多くの民が武器を手にし、傷つけ合い、巷には血の雨と肉の雹が降るようなことになるかもしれません。

   それが、ぼくにとっては一番恐ろしいことなのです。


 手紙にはそんな風に書かれていた。なるほど、前国王の息子、すなわち王子が生きていると知れれば大変な騒ぎになるだろう。特に、息を潜めて反撃の機会を窺っている王党派などは喜び勇んで王政復古の御輿みこしにしよう。そうなれば、貴人の命は助かるかもしれないが……きっと七年前のような、いやそれ以上の凄惨な争いが起きてしまうに違いない。そんなことを貴人が望んでいるはずがないのだ。

 では、ならば、どうすればいいのだろう。

 相手が子供であろうが、友達であろうが、そんなことは仕事をしない理由にはならない。かつて親身になってくれていた人の首を刎ねたり、貴人よりずっと幼い子供を吊るしたことは数え切れないほどある。自分自身の意思がどうであれ、お上から命じられた仕事は絶対にこなすのが今までの首切り男だった。

 既に処刑日は定められており、本人もそれを受け入れている。首切り男にできることは、最早彼の首を刎ねることだけなのだ。

(だのにどうして、あいつを殺さないで済む方法を考えてしまうのだ)

 瞼を下ろすたび、そこに焼き付いた貴人の姿が浮かんでくる。鉄格子から首を伸ばし、こちらを見下ろしている小さな小さな影。首切り男の些細でありふれた世間話を大袈裟なくらいに褒め、続きをせがんでくれた子供。思えば、なんと残酷なことをしてしまったのか。人生の半分を牢獄に閉ざされ、花や霜柱すら見れないような生活をしているのだ。望みを持たせてしまうようなことを書くべきではなかった――いや、もっと面白いことを書いてもっと楽しませるべきだったのだ――思い返すほどに次々と悔いがあぶくのように浮かんでくる。

 自分とはなんとつまらない人間だろう。貴人の友達になるのならば、もっと良いものであった方が良かったのだ。


 「やはり――あなたに明かすことができて良かった」


 そしてふいに、去り際に山羊男が言った言葉を思い出した。


 「あの方の友達になってくれたあなたにこそ、ちゃんと知ってもらうべきだった。あの方の、本当の姿を」

 「言い分がさっきとまるで違うぞ。目論見がすっかり台無しになって、やけになったか」

 「かもしれない。どの道、わたしにできることはあの方の最後の望みを叶えることだけだ。大切な友と、末期まつごの日まで共に語り合える時間を」


 「生まれて今まで、友を得ることができなかった。それが人生で唯一の悔いなのだと、あの春にそう望まれたのだ」


 もっと望みはあったはずだ。外に出たいとか、どうせ死ぬのなら楽しく贅沢に暮らしたいだとか。山羊男とて、何度もそう言い含めたはずなのだ。なのに、そんなことしか願わなかったのか。そのあまりにも慎ましやかな願いを、あの男はどんな気持ちで聞いたのだろう。

 首切り男は初めて、英雄と呼ばれた男の内心について思いを馳せた。

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