おまえという者
こんにちは、おれの友だち。
あきがはじまったらしいな。ついこのあいだまでいやになるほどあつかったのに、いつのまにか上着がないとはだざむくてたまらん。おまえも、まどの外ばかり見ていて、からだをひやしてなければいいんだが。
気にかかるといえば、おまえのことだ。きんじられていたり、言いたくないりゆうがあって、おまえにとってはふつごうなのだろうが、やはり気になってしかたがない。
おまえはなにものだ? いったい、なんのつみでさばかれているんだ?
貴人からの例の手紙が届いて以来、首切り男の中に疑念と奇妙な感情が生まれていた。
貴人とは何者なのか――以前から感じていた幼さがあの手紙によって確信に変わった。十年前に母や侍従達の目を盗んで家を抜け出すような子供だったのなら、今だってせいぜい二十かそこらの若造だろう。そんな若者が、いったい何の罪で処刑されるというのか。いくら貴族に厳しい新政府とて、家を継いでもいない若者を処刑台に送るほど暇でもあるまい。革命後の数年は、贅沢をしていたからとか、王族の血を引いているからとか、わけのわからない罪状で首を刎ねられた者もいたが……今ではそこまで極端なことはなくなった。処刑しなければならないほど新政府にとって不都合な人物であるのなら、さっさと処刑すればいいものをわざわざ来年の春と期日を定めているのも妙であった。
いいや、今までだって気になってはいたのだ。処刑人が罪人の人生を考えても詮無きことだと目を背けていただけである。だのに――だというのにあの若者は、自分を殺す張本人である首切り男を尊敬しているという。夢とか未来があったはずの若者が、処刑人に殺されることができて幸せだという。なんだというのだ。どうして自分の半分くらいしか生きていないような若者に、そんなことが言えてしまうのだ。
降ろしたはずの背荷物が、肩に食い込んでみしみしと痛む。
それに、山羊面の男の様子もおかしい。あの手紙を読んで以来、めっきり口数が少なくなった。もう首切り男は充分に読み書きができるから、と貴人の手紙を読むのもやめてしまった。こちらから話しかけてもほとんど返さず、首切り男に手紙を渡し、返信を受け取ってそそくさと帰っていく。まるで郵便屋だ。別に世間話をしたいわけじゃないのだし、構いはしないのだが。
いったい何者なのだろうか。貴人と、その従者の山羊男は。訊いたところで答えてはくれないのだろうと思いながら、首切り男は手紙に問いをしたためずにはいられなかった。
「南部に親戚の、同業者の爺さんがいる。この間話をしてみたら、ちょうど末の息子の職探しに困ってたと喜ばれたよ。一通りのことはできるから、あとは引継ぎさえしてくれれば大丈夫だろうとさ」
「そうか」
若い役人はいかにも早く首切り男から縁を切りたそうな顔で頷いた。こちらの若者はまるで可愛げがないな、と首切り男も内心で舌打ちする。
そもそも、ここは首切り男の家である。後釜の都合はついたのか、と役人のほうから催促しにやってきたのだ。手紙を書いたところで読みづらいだの見苦しいだの文句をつけられるだろうな、となかなか書かずにいた首切り男も悪いのだが。
「とにかく、これで今後の問題はないだろう。紹介状だのが必要なら、あとで用意しておく。もうおまえさんに足労していただく必要はない」
嫌味を込めて言う。しかし、役人からの返答はなかった。てっきり、鼻で笑って何か言い返して来るかと思ったのだが。
「なんだ、下賎な処刑人とは口を利くのも面倒か」
「ああ、そうだな……」
役人はかぶりを振る。先程までの上の空をそれで振り払ったか、またいつも通りの当てこすりを言った。
「まったく、そこまでして今更首切りをやめようとは。やめたところで、他に仕事などあるまいに」
次の仕事。確かにそれは、頭が痛くなる問題だった。顔を隠しているとはいえ、首切り男の素性を知る人間などいくらでもいる。少なくとも、この土地での再就職は困難だろう。
「……なんとでもするさ。今すぐ飯が食えなくなるわけじゃない」
「ふん、母親を真似て花売りにでもなるか? あえぐようになってから頼って来ても面倒は見れんぞ」
「余計なお世話だ」
と言って――首切り男ははたと気づいた。
「……おまえ」
「なんだ? 今になってやっと後悔しているのか」
「何故知っている? おれのおふくろの仕事を」
「――――――」
首切り男の身の上を知る者はごくわずかだ。誰も処刑人の過去や家族になど興味を持たないし、首切り男もわざわざ言いふらすような真似はしない。だから知っている者がいるとすれば、それこそ首切り男の両親か――貴人に宛てた手紙を読んだ人物しかいないはずなのだ。そんな人間は、この世でたった二人しかいない。
「答えろ。どうしておまえがそれを知っている? おまえは何者だ? おまえは――どちらなのだ」
首切り男の問いに、役人は言葉を詰まらせて立ち尽くした。その背姿は山羊面の男とよく似ていた。
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