死こそ終の幸いよ

 こんにちは、ぼくの友達。

 今日の手紙は、あなたにどうしても伝えたいことがあるので、少し長くなるかもしれません。うんざりしてしまうかもしれませんが、どうか読んでください。ぼくの心からの気持ちを知ってほしいのです。

 ぼくがあなたのことを知ったのは、もう十年も前になるでしょうか。あなたはあのときも、首切りのお仕事をされていましたね。

 その日、ぼくはお母さまや乳母のばあやに内緒で家を抜け出して、街を見に行っていました。下界は危ないってばあやに耳にができるほど言われたけど、もう長いこと家の外に出たことがなかったから、出たくて出たくて仕方がありませんでした。お家がいやになったわけではないけれど、外の世界には歌や詩とかのお勉強よりもっと素敵なものがあるに違いないと思ったのです。

 お話好きの召使いを捕まえて、外の世界がどんなものかをよく聞きました。だから、外の世界には怖い大人がいて、一人で歩くのはとても危ないこと、きれいな格好をしている人は少なくて、そういう身なりをしていると疑われたり、ひどいと追い剝ぎに遭ってしまうことも知っていました。召使いは、それを聞いたぼくが震えあがって家で大人しくしていることを望んだのでしょうが、ぼくはもっとわくわくして、まるで騎士物語の勇敢な戦士になったような気分で家出の計画を練りました。

 持っている服の中で一番質素なものを目いっぱい汚して、家を出入りする使いの馬車に忍び込んで、ぼくは初めてひとりで外の世界に出ました。それはもう、言葉にできないほど驚きましたとも。話に聞いていた以上に臭くて、汚くて、歩いている人たちの顔は悲しそうでおっかなくて……ぼくはちっとも勇者なんかじゃなくって、すぐに帰りたくなってしまいました。けれど、馬車はどんどん家から離れていくから、ぼくは馬車から降りて、歩いて家を戻ろうとしたのです。

 そのときに通りがかった広場で、あなたが処刑を行っていたのです。

 処刑なんて見るのは初めてでした。処刑というものがあることすら、その日まで知りませんでした。ただ、お父さまやお母さまから、世の中には悪いことをした人がいて、神様が定めてくださった決まりとか、他の良い人たちを守るために、そういう罪深い人を罰する法があるのだ、ということは教わっていたので、あなたの行っていることがそれだというのはわかりました。

 ぼくは、そのとき見た光景のことを絶対に忘れないでしょう。

 剣を構えたあなたの姿はとても神秘的で、ぼくは恐ろしさも忘れてあなたに見惚れてしましました。あなたは嘘だとお思いになるのでしょうが、そのときのぼくは、この世で一番尊いものはあなただと感じたのです。

 罪人を容赦なく、そして慈悲深く一太刀で斬る業は、聖者の為した奇跡であるように見えました。いいえ、きっと神の御心そのものでした。重い罪を背負っていながら、死の間際に呻き声や悲鳴一つ上げることなく安らかに首を断たれた罪人は、きっとその赦しによって主の御許に導かれただろうとぼくは確信しています。

 ぼくはその年の前の年、ぼくのおばあさまがひどい痘の病気で亡くなるのを見ました。そのときのおばあさまはまるで悪魔に呪われていたようでした。痛みに苦しみ、腫れや膿によって顔は醜くなり、恐ろしさと悲しみと嘆きで泣きながら床に臥せることが“死”だと思っていたのです。けれど、あなたのもたらした死はそれとはまったくかけ離れ、安らかで厳かなものでした。そのことがどれだけ信じられなく、素晴らしいことであったか、どうすればあなたに伝えられるでしょう。

 もしも、ぼくが死なねばならないときが来て、あなたに殺されることができたならどれだけ幸いなのだろう――ぼくはあのときからずっと思っていて、そして今も思い続けているのです。

 ぼくにとって、あなたに首を切られることが人生最期の幸いで、あなたと友達になれたことが人生で一番の喜びなのです。世の中の人は、あなたのことを認めてくれなかったかもしれません。けれど、少なくともぼくはあなたという人がいてくれたことを心から嬉しいと思うのです。

 ぼくの伝えたいことは伝わったでしょうか。もしかしたら長ったらしいばかりでちっとも伝わらず、あなたをうんざりさせてしまっただけでしょうか。言葉はいくらでも浮かんでくるのに、全然、あなたに伝えられた気がしないのです。や、や、が落としていった羽根をいっぱいに封筒の中に詰め込んでしまいたいくらい、あなたのことを思っているのに! せめて、ぼくひとりだけでもあなたの素晴らしさを知っている人間がいるのだとわかってくれれば、それだけ充分に嬉しいのですが。

 だから、今までのあなたの働きに、国中の人間があなたに言わなかった分だけ、ありがとうと言わせてください。あなたの苦悩と、忍耐と正義を、きっと主が見ていてくださっていることをぼくは何よりも祈っています。

 あなたの友達より


 追伸

 山羊のおじさまもきっとこれを読むだろうので、おじさま宛てに書いておきます。

 以上のことは、あなたを驚かせたり、悲しませたりしないように秘密にしていました。あなたはぼくのことを哀れんでくれるのでしょうが、ぼくは全然、苦しい思いや辛い気持ちなんて感じずに次の春を待っているのです。

 あなたはたくさん、何よりもぼくを思いやってくださるし、ぼくは自分の定めを受け入れています。だからどうか、ぼくのことであまり思い悩まないでください。

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