背負わされた十字架
こんにちは、ぼくの友達。
山羊のおじさまから話を聞きました。処刑人の仕事をやめてしまうそうですね。
とても驚きました。ぼくはてっきり、あなたがぼくを殺した後も首切りのお仕事を続けるものだと思っていました。
もしかして、ぼくの手紙であなたの気に障ってしまったことがあるのでしょうか。
そうなのであれば謝らせてください。決して、あなたの仕事を馬鹿にするような気はなかったのです。本当にすごいことだと思っているし、あなたのことを尊敬しています。
だから、ぼくはあなたに首を切ってほしいのです。
何か理由があるのなら、考え直してください。気の迷いであるのなら、それが晴れてくれることを祈りましょう。
きっと今ほどあなたからのお返事が待ち遠しい日はありません。次のお返事で、あなたがわけを話してくれることを願っています。
あなたの友達より
こんにちわ。おれの友だち。
きようわ、おれがじぶんで手がみおかいてみた。おまえのおじさまのおかげで、よおやくもじらしいもじがかけるようになつたのだ。どおしてもよみづらかつたなら、おじさまにかかせたほうもあるから、そつちおよむといい。
りゆうか。べつに、おまえのせいというわけではないのだ。むしろ、おまえのおかげで、いろいろかんがえることができた。おれがいったい、どうしたいきもちであるのかお。
子どものころわ、たくさんゆめがあつた。おふくろみたいにはなうりになつたり、へいたいになつて王さまのおみやではたらこうとかおもつていた。
だけど、おやじのあとおつぐしかなかつた。そおいうものなのだ。すくなくともいままでわ、そおおもつていた。しごとというのわ、王さまとか、てんのかみさまとか、そんなえらいひとたちが、あまりやふそくがないようにきめて、すべてのたみにわりふつているものだと。くびきりのいえにうまれたからにわ、くびきりになるしかないのだと。にんげんわうまれつき、そういうきまりの十じかをせおわされているのだと。
だけど、ほんとうのところわどうだ。王さまわあつけなくべつのやつにとつてかわられて、ほうもきまりもかわつてしまつた。おれのところにはこびこまれるやつらわ日に日にふえて、しかも、そのうちなんにんがほんとうにわるいやつなのか、おれにわわからない。おれがまじめにしごとおしたとて、だれもよろこばん。ひとごろしはなによりいけないことなのだと、だれもかれもがいつている。くびきりなんてほんらい、ないほうがいいことなのだ。
そうおもつたら、こんな十じか、いつまでもせおつているひつようはないときづいたのだ。
じつさい、おろせるかどうかわわからん。お上がゆるしてくれなくて、けつきよくつづけるしかないかもしれん。どちらにしろ、おまえのくびわまちがいなくおれがきるだろう。それだけわぜつたいにちかおう。
おまえの手がみのおかげでおれわずいぶんすくわれた。そんけいしているなんていわれたのわうまれてはじめてだ。だから、おれのことでしんぱいわするな。ぜんぶ、おれがきめたことなのだから。
この手がみで、おまえがあんしんしてくれることおねがつている。
おまえの友だちより
貴人からの返信はなかなか届かなかった。
もしや自分の手紙のせいで貴人が傷ついてしまったのではないか、と首切り男がやきもきしてきたところに来客は訪れた。
「おまえが処刑人で間違いないか」
首切り男はひどく落胆した。山羊面の男ではない。上等な服、おそらく議員だろう若者。革命政府の人間だ。いかにも利発そうな整った顔の美丈夫だ。なるほど上に立つ人間は見てくれからして違うものだ、と首切り男は内心で毒づいた。
「いかにもだが、何用だ? 処刑人風情の家に、政府の役人が」
「我々に用などあるものか。きさまが送ってきたんだろう、こんなものを」
役人は切れ長の目を歪ませて忌々しげに言うと、卓に手紙を置いた。先日首切り男が送った嘆願書だ。「汚い字だ、読むのに二日はかかったぞ」と役人が吐き捨てる。
「そうだったな。足労、どうもありがとう。あいにくおれには学がないものでな。えらいお役人が、おれのような下々の人間の書いた手紙を読み、返信を送り届けるのがどれほど大変な事なのか、まったく想像がつかなかった」
「まったくだ。学がないのであれば大人しく上に従えばよいものを、小賢しく浅知恵ばかり巡らせる」
役人の顔を見ていると理不尽なほどに腹が立ってきて、不必要に口を滑らせてしまう。きっと役人も首切り男のことを軽蔑しているのだろう、悪罵寸前の返事が返ってくる。
「処刑人をやめたいだと? 勝手にすればいいのだ」
そう言って役人はもう一通手紙を出した。立派な封印とサインが入れられた、政府からの手紙だ。小難しい言い回しばかりでまだ文字を習いたての首切り男には理解できない箇所が多くあったが、どうやら『処刑人の退職を許す』というようなことが書いてあるらしい。
「……許しが下りた、ということか」
「これで満足か? ならばあと半年、精々仕事に励むといい。きさまの退職後の後釜の推薦もさっさと送ってくることだ」
よほど首切り男のことが嫌いと見え、役人は彼のことを睨みつけるように一瞥して足早に出て行った。首切り男はなんとも言えない気分のまま、手紙を握りしめて立ち尽くした。
ほら、降ろしてしまったとて、別にどうってことはないのだ。誰も困らないし、誰も咎めようとしない。首切りの仕事なんて、所詮その程度のものなのだ。
自分の背荷物のあまりの軽さに、首切り男は惨めに笑った。
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