間違いの裁き

 ――おまえは、おれのことをどう思っている?


 ある日の手紙で、ふとそんなことを聞いてみた。


 ――おれは処刑人だ。多分、この国の誰よりも人を殺している。

 王だろうが貴族だろうが、仲良くしていた隣人だろうが、お上にやれと言われたら首を刎ねる。町の奴らは皆おれを疎んでいる。血と死の臭いが鼻につく、と逃げていく。いくら水浴びをしようと臭いは一向に落ちない。

 第一、おれはおまえを殺すのだ。

 おまえ達の話では、おまえは次の春にはおれに首を刎ねられる定めなのだろう。おまえがいくらおれと仲良くしたとて、その定めは変わらんはずだ。おれは情けなどかけん。きっと迷いなくおまえの首を刎ねる。

 何故おまえはおれを友達と呼ぶ? おまえは、おれのことが恐ろしくないのか。


 対して、こんな返事が返ってきた。


 ――死刑を判じるのはあなたではありません。

 その罪の重さを量るのは判事の人達だし、その基準を定めるのは議会や政府です。司法や裁きを畏れるならまだしも、それに正しく従っているだけのあなたを恐れるのはおかしい。

 ぼくはあなたを尊敬しているのです。なくてはならないのに、誰もが避ける仕事を当たり前にやっている。あなたは、とても凄い人だと思うのです。


 そんなことはないのだ、と首切り男は思う。彼が処刑人をしているのは、単にそれが先祖代々の仕事だからというだけに過ぎないのだ。

 そもそも、自分が本当に正しいことをしているのかなどわからぬ。お上は本当に正しく罪人を裁いているのか。単に自分達にとって都合の悪い人間を始末しているだけではないのか、と口には出さぬだけでずっと疑い、しかし自分の立場を守るために沈黙しているだけなのだ。

 たとい、本当に正しいことだったにしても。

「――この人殺し!」

 こんな風に、人々から石を投げられ睨まれることには変わりない。

「何やってんだい、この子ったら……!」

「だって、だって、あいつが兄ちゃんを!」

 まだ十つかそこらの子供である。母親の制止を振り払わんばかりに首切り男を睨みつけている。

「兄ちゃんは間違ったことなんてしてないんだ! みんなのために頑張ったんだ! なのに……なのに!」

「およしったら!」

 まだ近くに衛兵や刑吏がいるのを見、母親は慌てて子供の口を塞ぐ。国家への反逆にでも問われたらそれこその二の舞になりかねない。

「そうか。おまえの兄貴はそれほど素晴らしいひとだったのか」

「そうだ!」

「ならば、おまえが兄貴の志を継げ。おれはいつでも待っている。おまえ達のような身の程知らずの向こう見ずの首を刎ねるのもおれの仕事なのだからな」

「おまえ……!」

「おやめと言ってるじゃないか! さあ、行くよ!」

 母親に引きずられながら子供は精一杯首切り男を睨みつけていた。あれは将来、何になるのだろう。兄貴のようにお上を変えようとして処刑場に送られるのだろうか。きっと、そのときも自分が首を刎ねるのだろうと思う。

 やっと処刑場を去ろうとして、また足元に小石が転がってきたのに気づく。母子が去った後も首切り男を取り巻く嫌悪の視線は消えていなかった。

(何さ、偉そうに)

(人殺しのくせにいばりくさってやがる)

(所詮はお上にへつらってるだけのくせにさ)

(それで飯が食えなくなったらおれ達の首を刎ねるんだろうさ)

「うるさいぞ! 見世物は終わりだ、帰れ!」

 怒鳴りつけると、処刑を見物していた民衆達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。大半の人間はこんな風に、世間やお上に疑問を持っていても逆らわず、裏でこそこそと愚痴るだけしかできないのだ。首切り男と同様に。

 わかっているのだ。自分は所詮、給料がもらえるだけの人殺しである。偉くも、立派でもないことは自分自身がよくわかっているのだ。

 正しいというなら、あの子供が言うのように自分達家族や村の為にお上に逆らおうとする方が余程正しいのだと思う。お上にとっては都合の悪いことでも、自分の意志を貫こうとしたのだから立派である。一方自分は単に、上から言われるがままに仕事をしているだけだ。間違っているかもしれないとわかっていても、仕事、飯の種惜しさに逆らおうともしない愚かな臆病者なのだ。


 ――おれより立派な人間は世の中に沢山いる。そういう奴らのことも殺す俺の仕事が本当に正しいのか、おれにはわからんのだ。


 ――誰かがやらねばいけないことなのです。正しいとか、悪いとか、そういうことなのではなく、国が成り立つうえで絶対に必要な事なのだと、ぼくは思います。


 ――本当にそうなのだろうか。国にとって邪魔な人間は絶対に殺さなくてはいけないのか。牢に入れられるべき極悪人にしろ、何も殺さなきゃいけないようなやつなんてそうそういないんじゃないのか。

 罪人といっても、そんな奴らは本当に一握りだけなのだ。それに、革命のときの貴族だってそうだ。あれらは確かに浪費したり民を踏みにじったり酷いことをしたのかもしれんが、それは首を刎ねねばならないほどのことだったのか。


 ――なあ、おれの友達。おまえはどうして、首を刎ねられる羽目になったんだ?


 手紙のやりとりが続いても、その問いに対する答えだけはいつまで経ってもはぐらかされた。

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