雨天執行

 久しぶりだ、おれの友達。返事が遅くなって悪かった。

 最近は雨が多いな。雨が降ると仕事が面倒になる。雨は視界を遮るし、手足が滑って手元が狂ってやりづらいったらない。何度もしくじっちまうから、何時間も降られっぱなしでやらなくちゃならんし、そのうち風邪をひいてしまうかもしれん。

 雨の日は家に一日中こもっていたいくらいなのだが、判事達、あいつらが自分らの仕事をさっさと終わらせようと、次から次へと罪人を連れてくる。自分らは屋根の下に居ながら、さっさと切って終わらせろと怒鳴るのだ。あいつらが処刑されるときは大雨の日になってくれることを祈りたいよ。

 愚痴が続いてしまったな、すまん。

 雨のこともあるが、最近は仕事が多い。返事が遅れたのもそのせいなのだ。たぶんひと月もすれば落ち着くだろうが、それまでは手紙を読む時間もあまり取れそうにない。迷惑をかけるが、少し待ってもらえんだろうか。

 おまえさんのにもよろしく言っておいてくれ。ああ、今まさに言っているわけだが――最近、待ちぼうけばかりさせているからな。おまえさんからも、労ってやってはくれないか。

 おまえさんも窓を開けすぎて、雨に濡れて体を冷やさんようにな。

 おまえさんの友達より




 今日も窓の外はしとどに雨が降っていた。

「あの人は、今日も仕事なのかしら」

 今読んだばかりの手紙を思い返しながら窓の外を見る。監獄の窓からは処刑場は見えない。ただただ雨に揺れる木々の枝が見えるだけである。

「手紙を読んだり書いたりする時間もない程忙しいなんて」

「連日、何人もの処刑が続いているようですからね。家に帰る頃には疲れ切り、寝床に入る以外の体力をなくしてしまっているようです。返信もできるなら安息日に届けてくれ、とのことでした」

 濡れ鼠となった山羊面の男が困ったように言った。手紙のやりとりが滞ると貴人が悲しむ。しかし、多忙な首切り男に返信を強要させるわけにもいかない。ここ最近の首切り男のは山羊男にとっても悩みの種だった。

「それにしても、なんでそんなに仕事が多いのだろうね? 雨も続いているのだし、毎日少しずつ行うわけにはいかないのかしら。一日に沢山やらなきゃいけないほど、罪人が多くなってしまったの?」

「それは……」

 山羊男が何かを言いかけ、すぐに口を閉ざした。代わりに、誤魔化すように早口で告げた。

「最近、政府の執政に不満を感じている国民が増えているようですからね。小規模な武装蜂起、反乱が各地で頻発しているようなのです」

「……大変なのだね。政府も、国民も。どちらもより良い国を、より良い暮らしを望んでいるだけなのに、どうしてうまくいかないのだろう」

 布仮面の下から憂い気な瞳を覗かせる貴人に、山羊男は沈黙する。

「せめて、あの人に首を切られた人達が、安らかに天のお国にいけたらいいのだけど」

「ええ、祈りましょう」

 雨の中で斬首刀を振るっているであろう首切り男と、彼に命を絶たれる罪人達のことを想いながら、貴人は羽根ペンを手に取った。




 まるで薪でも割っているかのようだ。切っても切っても、すぐに次が持ってこられる。

「次だ! 早く連れてこい!」

 骸となった罪人を刑吏達に引き渡し、雨粒と汗でぐっしょり濡れた頬を拭いながら叫ぶ。今日中に始末をつけねばならぬ死刑囚はまだまだ列をなして山のようにいるのだ。日が沈む前に片付けてしまわねば。荒くなった息を無理矢理整え、首切り男は剣を構えた。

 罪人が、あまりにも多い。

 判事が長々と罪状を読み上げるのを聞く限り、今度のもさっきまでの罪人と大差ない経緯でお縄についたらしい。理不尽なお上に憤り、剣を取って戦おうとしたが、結果はこの通りだ。特段哀れにも思わない。この手の輩はいちいち同情していたらキリがないほど次から次へと湧いてくる。夏になったら日が照るとか、冬になったら雪が降るとか、そういう自然現象だと割り切ることにした。

 それにしてもここ最近は特にひどい。何ゆえ皆してお上に逆らおうとするのか……心当たりにはすぐに思い当たった。ああ、確かあの日も、こんな風にしとどに雨が降っていたのだったか。

 七年前の晩春。王宮が落とされ、国王、王妃、王女が捕縛され――すなわち革命と相成ったのも、このくらいの時期であったか。

 もちろん、民草の大半はそこまで考えてはいまい。夏だろうが冬だろうが、やると決めたらいつでも武器を取るだろう。だが、それを煽り指示する輩達はそんな縁起にちなもうとしてもおかしくない。一度ひっくり返った国が再び落ち着くまで時間はかなりかかる。反乱分子は隙を虎視眈々と狙い続けているのだ。

(またお上の首がすり替わったとして、おれの仕事は変わらんだろうがな)

 差し出された罪人の首筋を見ながら思う。新しい王だか政府だか元首だかも、自分達の土台を安定させるために反乱分子の首を次々と切るだろう。そうなると処刑人は欠かせない。人間と国がある限り、首切り男の商売が干上がることはないのだ。

(お上がさっさとすり替わってくれるなら、あいつの首を切らずに済むのかもしれんが)

 政府の方針が変われば、現政府の反乱分子として投獄されている貴族達の待遇も変わってくるだろう。死刑は撤回されるだろうし、運が良ければ釈放の目もあるかもしれない。そうなれば、死刑が決まっているという文通相手もきっと、監獄から出て自由の身になれるかもしれない。

 そんな淡い期待をひっそりと胸の中に抱きながら、首切り男は再び剣を振り下ろした。

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