卵を産まぬあだ花

 こんにちは、おれの友達。きれいな羽根をありがとう。道に落ちてるのを見たことあるが、しじゅうからの羽根だったのだな。今度鳴き声が聴こえないか耳をすませてみるよ。

 仕事なんて、そんなに立派なものではない。自分の親父か、そのまた親父が始めた仕事を、他にしようがないからやっているだけなのだ。みんな、他に飯にありつく方法を知らんのだ。お国のため、なんて考えてる奴は、それこそ革命軍とか政府の奴らしかいないだろうさ。

 ああ、この話はやめるか。おまえさんのお付きのが睨んできて鬱陶しい。愚痴はいかん、おまえさんを楽しませる話にしろだとさ。

 もうじき、春の節の祭りが始まるらしい。おれはほとんど行ったことがないが、菓子や玩具が入った卵やら、芸人の出し物やら、毎年子供がはしゃいでるのをよく見かける。今年は少しだけ行ってみようかと思う。おまえさんへの話の種や、おまえさんが面白がるようなものが見つかるかもしれん。何か気になることがあれば教えてくれ。

 おればかりもらうのもなんだから、この間摘んだ花を押し花にして一緒に入れておく。青くて綺麗だと思うが、名前は思い出せん。普段から空ばかり見ているのだし、土に咲いてる花を見るのもたまにはいいものだろう。

 おまえさんの友達より




 拝啓、ぼくの友達。

 この頃は窓から花の香りが入ってきてとても心地が良いです。春は素敵な季節ですね。大地にも、人の心にも、鮮やかな色が咲き芽吹きます。あなたの心にも、美しい花が咲いているのでしょう。

 もう、復活節の時期なのですね。ぼくも小さな頃に一度だけ忍んだことがあります。目に映るすべての色が眩しくて、歩いているだけで心が弾んでぽかぽかする、まさに春そのもののお祭りでした。特にあの、飾り卵を探す遊びが大好きで、日が暮れて真っ暗になって、お母さまやばあやに怒られるまで探し歩いてしまいました。もしできるのであれば、飾り卵を一つ、送ってきてはくれませんか。そうしたらきっと、ぼくは春のうさぎよりずっと騒がしく跳ねてしまうでしょう。

 押し花も見せていただきました。勿忘草わすれなぐさの花ですね! まるで青空の色をそのまま映したようで、ぼくも大好きな花です。お母さまもこの花が好きで、散歩しているときによく摘んで小さな花束や花冠を作ってくれました。あなたのおかげで、素敵な思い出を思い出すことができました。ぜひ、大切に飾りますね。

 復活節は、ぼくの分まで楽しんできてくださいね。

 あなたの友達より



「それで、こんなに卵を持ってきてしまったのですか」

「うるさい」

 呆れた様子の山羊男に、首切り男は照れ隠しに彼を睨みつけた。テーブルの上には送りきれないほどの飾り卵が並んでいる。

「どうせなら、いっとう綺麗な卵を送ってやろうと思ったのだ。だが、探しているうちにどれが一番綺麗なのだかわからなくなってしまった」

「これをすべて持っていくわけにはいきませんよ。わたしの懐には入りきりませんし、看守にも咎められてしまうでしょう」

「おまえさんが選べ。主人の好みくらい知っているだろう」

 小言が鬱陶しくなり、投げやりに言って首切り男は本棚に向かった。読み書きができない彼にとって本棚も書籍も無用の長物だったが、ここのところは意外な形で使い道が生まれていた。

「あなたのような人が、まさか押し花を嗜まれているとは」

「悪いか」

 を探しに探した末、野に咲いた花であれば貴人を少しは喜ばせられるのではないか、と考えた首切り男は、仕事のない日や早朝の自己修練のとき、綺麗な野花を探しては摘むようにしていた。そのままではきっと届く前に枯れてしまうので、押し花にして羊皮紙や木綿や麻に挟んで手紙に同封することにしたのだ。

「……おふくろがよく作っていたのを見たのだ」

 じいっと探ってくる山羊男の視線に耐え兼ね、首切り男は漏らした。

「あなたに、お母様が」

「木の股から生まれてきたと思ったか。まあ、変わった女だったんだろうよ。首切りの家に嫁いできて、毎日飽きもせず微笑んでいた。あの親父がどうやってあんな女を捕まえてきたのか、とんと想像もつかん」

「あなたは、結婚されないのですか?」

 嫌味で言っているのだろうか。せっかく出来た押し花をうっかり押し潰してしまった。

「このつらで女が寄ってくると思うか?」

「そ、そういう意味では……」

「たとえ寄ってきても、しないだろうがな」

「なぜです?」

 ようやく満足するものを見つけられたらしい、いくつか卵を選り分けながら山羊男が訊ねた。

「おれには多分、子供を育てることはできん。どうすれば首切り男を自分の運命と受け入れられるように育てられるのか、わからんのだ」

「家業を、継がせられないと?」

「親父はどうだったか知らんが、おれは、この家に生まれてきていくつも後悔した。首を切るのは仕方がない。だが、同い年の子供には避けられ、見ず知らずの大人には睨まれたり唾を吐かれたり、町にもろくろく出入りもできん、そんな思いをきっとおれの子供もするのだろう。どうすればそんな目に遭わせずにすむのかわからん。子供だけじゃない。俺の家内になる女も同じだ」

 今更首切り男をやめようとは思わない。やめたところで他に行く当てもないし、飯にありつけるだけの稼ぎの当てもない。だが、子供を作るということは、自分の仕事を継がせる相手を作るということだ。

「まあ、所詮もてない醜男ぶおとこの負け惜しみだがな。どうせ商売女にも相手にされないような奴の戯言だ、笑ってくれ」

「……いいえ。あなたは……とても不器用な方なのですね」

「なんだと?」

 また押し花を潰してしまった。あとはもう不出来なものしか残っていない。今回は押し花を送るのは諦めたほうが良さそうだ。

「不器用で悪かったな。それならばおまえが作ればいいのだ。ほら、作ってみろ」

「そういう意味ではありません! そんなにどたどた歩かないでください、ああ、卵まで割れてしまう」

 祭りの帰りで面を珍しく外していた首切り男の顔は、山羊男が思っていた通りにいかめしく、しかしどこか穏やかな顔立ちだった。

 人並みに恥ずかしがり、怒り、笑い、寂しがるこの男が、いつかあの方の命を無慈悲な刃で断つのだ。山羊男の胸には悲しみでも憤りでもない、奇妙でぬかるんだ感情が生まれていた。

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