友達、かく語りき

 はじめまして。処刑人のあなた。ぼくの新しい友達。

 ぼくは北西の大監獄の、最上階の独房で暮らしている人間です。事情があって本当の名前は名乗れず、新しい名前も名乗ることができないので、“きみ”とか“おまえ”とか、そんな風に呼んでください。

 ぼくとの文通を引き受けてくれて本当にありがとう。すごく、すごく嬉しいです。ぼくのできる限りのお礼をさせてください。この手紙をあなたに届けてくれた山羊のおじさまに取り計らってくれるようお願いしたので、どうかそっちも受け取ってください。

 この季節はひばりの声がよく聴こえます。窓から小鳥の声を聴いたり、空の色や木の色を見るのがぼくの一番楽しいことでした。こんな風に誰かに手紙を書くのは初めてで、とても胸が高鳴ります。どうかあなたも、このやりとりが楽しみになってくれたら良いと思います。

 お返事をくれるなら、どうかあなたの毎日の楽しみを教えてください。あなたの暮らす世界はどんな景色で、小鳥はどんな声で鳴くのでしょうか。あるいは、もっと素敵で美しい何かがあるのでしょうか――

 窓から入ってきた鳥の羽根で遊びながら、あなたのお返事を待っています。

 あなたの新しい友達より




 北西の大監獄といえば、数年前の革命の折捕らえられた貴族達が投獄されていると聞く。その最上階の独房となれば、相当な身分の人間に違いない。雲の上の人というのは、罪人になっても高いところから下界を見下ろしているものなのだ。

「おまえをときたか。言葉遣いといい、まだ若造なんだな。いくつだ?」

 顔こそ見えないが、声や振る舞いから見るに山羊男はまだ若者だろう。少なくとも首切り男よりは年下だ、三十か、それ以下か。山羊男はその問いを曖昧に濁した。

「ええ。わたしよりはお若い方です。できるものなら、もっと長生きしていただきたいものですが……」

「『お礼』というのは、これか?」

 三日前に山羊男が手紙と共に持ってきた金貨袋を出す。置き場に困り、金庫に放り込んでいたのだ。

「前払い、という形にさせていただきましたが。やはり不足でしたか」

「いや、いらん」

 金貨袋を無理矢理山羊男に押し付ける。

「金には困っていない。万が一、『死刑囚から金をせびった』なんて噂が立ったら困る。返事と一緒に返してこい」

「しかし……」

「礼がしたいならもっと別のものにしろ」

 話を打ち切ると、昨日買っておいた羊皮紙、ペン、インクを机の上に広げた。山羊男が息を呑む音が聴こえる。

「で、では」

「早速書いてもらうぞ。貴人への返信を」

 しかし、その作業は難航を極めた。

「すみません、もう一度おっしゃっていただけませんか」

「なんだ、これで四度目だぞ」

「口述筆記は難しいのです。もっとゆっくり、聞き取りやすくお願いできませんか」

 まず、首切り男の言葉を文に書き起こすのに一苦労。

「な、なんですその言葉遣いは! まさかそんな手紙を送ろうというのですか!」

「どんな手紙を書こうがおれの自由だろうが。そら、さっさと書け。日が暮れてしまうぞ」

「し、しかし……!」

「言っておくが、勝手に文面を変えて変えて書いたら許さんぞ。文字は読めなくとも、おまえが嘘を書いているかくらいは見破れる」

 首切り男の言い回しの乱暴さに山羊男がいちいち肝を冷やし。結局返信が書き上がったのはとっぷり夜が更けた頃だった。

「こんな手紙を……あのお方に……」

「嫌なら、やめてやってもいいがな。元々おれはこういう人間だ。お前の主人が気に入りそうな上品な言葉など使えんのだ」

 げっそりと、心身ともに疲れ果てた様子の山羊男を仮面越しにねめつける。実のところ、わざと大げさに、荒々しい言葉を使ったのも事実だった。およそ一年もこのやりとりを続けるのだ。最初だけお上品にして、それが続けられるはずもない。ならば、さっさと自分という人間の人となりを知ってもらい、その後の判断を貴人本人に委ねよう、という心づもりだった。

「いいか、間違いなくそれを届けるのだぞ。途中で手紙をすり替えようものなら、おれはこの依頼を降りる。おまえが主人と文通すればいい」

「わかっています、わかっていますとも。まったくあなたは怖いものというものがないのですね」

「おれはこの国一の首切りだからな。国王陛下も王妃殿下もおれが御首を断ったのだ。おれの首を切れるやつはいない」

 開き直る首切り男に呆れた視線を送ると、山羊男はしたためた手紙を懐に入れて首切り男の家から去った。どうせ今日は最早自分の家に帰る以外できないのに、貴人の待つ独房へ向かうことを考えるだけで足が重くなっていった。




 はじめまして。手紙をどうもありがとう、おれの新しい友達。

 知っての通り、おれは首切り男だ。遠からずあんたの首を切ることになるだろう。短い付き合いだが、よろしくしてくれ。

 おれのことも、“あんた”や“おまえ”という風に呼べばいい。なにぶん、何年も自分の名前を呼ばれないものだから、名前がなんだったかはっきり思い出せんのだ。つまらんありふれた名前だった気はする。

 おれの楽しみか。悪いが、おれ達民草にはなかなかそんなもの持てんのだ。今日の飯にありつくための、日々の仕事で精一杯。働いて、食って、寝ているだけの毎日だ。その三つでぎゅうぎゅうで、とても楽しみを持つ時間など作れん。

 おれの見る景色といったら罪人が泣き喚いたり悶え苦しむ姿だし、おれが聴く声といったら罪人があげる断末魔の悲鳴くらいのものだ。ひばりの声などとんと聴かないし、空や木の色だのも忘れてしまった。あんたの住む世界はさぞ雅なことなのだろうが、おれの住む世界といったら、神父が脅かしで語る地獄と大して変わらん。

 あんたの楽しみになるかはわからんが、この手紙のやりとりがおれのになってくれることを心から祈っている。罪人を切ったり吊るしたりしながら、あんたの返事を待っているよ。

 あんたの新しい友達より


 追伸

 山羊の使いがおれにお礼とやらをくれたが、あれはおれには間に合っている。使いに返させた。

 友達になる相手に金を送るのはどうかと思う。できるならまた今度、別の形でのお礼をしてほしい。

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