閑話 エディスの何でも相談 *
[*三人称視点] IF/日常
横向きに倒された樽を机のようにして、エディス・パールは
「ロゼリィがぁ~!」
この台詞はもう10回目くらいだ。エディスは若干呆れながらも、怜苑の肩をとんとんと叩く。
「ロゼリィは難しい人なんだよ! だって彼女が他の女の子と全然違うのは、レオンだって分かってるだろ?」
「分かる、分かるよ……。けど何をやっても反応してくれねえんだもん……」
「しょうがないって。あ、次の人が来た」
「うそー。俺の時間は?!」
「レオンの話はいつも聞いてんだろ!」
エディスは笑いながら怜苑に場所を譲るよう促した。
そして新しくやってきた船員が、怜苑と同じように樽の前で座る。赤髪赤目のルテミスだ。
「はいはい、どうしたのー?」
エディスは優しく彼に声をかける。
この『エディスの何でも相談』をすることになったのは、以前メアリとエディスが
メアリがエディスに感謝していたところ、他の船員がそれを聞きつけてエディスに様々な相談を持ちかけ始めた。
元々エディスは、浮ついた話し方とは裏腹に、ガーネット号の中で兄貴分として慕われていたのだ。
そして最後に怜苑に言いくるめられて、樽を挟んでの相談コーナーを設けることになった。
樽の前に座った船員は、腹を
「なあ、昨日からお腹痛いんだけどどうしたらいいと思う? 食べ過ぎかな」
「いや、これは俺に聞くこと?! せっかくアイロスさんやノアがいるんだから、魔法で直してもらえばいいじゃん」
「あそっか。俺馬鹿だな。言ってくるわ」
彼はルテミスの中でもかなり筋肉質な方だった。もしかするとこれは脳筋というヤツなのかもしれないと、エディスは笑った。
次にやってきたのはヴァニラだ。ヴァニラは酒瓶と一緒に、どてっと樽の前に座った。
「お酒がもうすぐなくなるの……」
「本当に? それ大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないの……。どうしようなの……」
「あー。俺の荷物にちょっとだけ酒が残ってたかも。それに、ヴァニラが可愛くお願いすればみんなお酒くらい分けてくれるでしょ!」
「そうだの! その手があったの~! 行ってくるの! うふふふ……」
ヴァニラの笑みが怖いものに変わっている。エディスは失敗したかなと思いながら、ヴァニラを見送った。
今度は後ろからどんと誰かに肩を押された。エディスの上半身が前に傾く。
「エディ~」
「ジウかよ、やめろよー。首が折れる」
「折れても平気だよ」
「いやいや平気じゃないから」
エディスは笑って言う。ジウはエディスの背中から離れると、他の者と同じように樽の前に座った。
ジウはあどけない顔つきを急に真面目にして、声を潜めた。
「最近ヴァニラがうざい」
「どうしたんだよ?」
「ボクが舵を操ってんの、邪魔してくるんだよ。この前なんてボクの肩の上に飛び乗って、舵輪を回したんだよ? すぐに戻したから船はなんとかなったけどさぁ」
「ヴァニラ……」
エディスは先ほどいなくなったヴァニラを思い出して、呆れ顔をする。
ヴァニラが肩に乗ったジウの様子は、容易に想像できる。ヴァニラはジウの髪の毛なんかを引っ張っていそうだ。もしくは瓶でジウを殴るか。
エディスは苦笑しながら話す。
「どうしたもんかな~。ヴァニラはジウのこと気に入ってるだけだと思うけどね」
「ええー? それ本当? こっちは困ってるばっかりなんだけど」
「そう言ってやるなって。そういえばヴァニラが酒に困ってたよ。ジウが先に船員の酒を貰ってさ、それと交換条件で大人しくしてもらえればいんじゃない?」
「なるほどねー。冴えてるね。そうしてみる。ありがとエディ!」
「はいよー」
ジウは立ち上がると、可愛く手を振ってエディスの元を去った。
今度やってきたのはロミューだ。意外な人物にエディスは彼を二度見した。
「ろ、ロミュー? いやこれは別にサボってるわけじゃなくて……」
「分かってる分かってる。今はお前さんは休憩時間だからな。休憩時間にも他の船員の面倒を見てやっていて、こっちも助かってるよ」
「よかった。まぁ俺はこういうのけっこう慣れてるからね」
ロミューは甲板長──他の船員のまとめ役だ。
ルテミスは血気盛んで、しょっちゅう船では問題が起こる。本気で殴り掛かって喧嘩していることもしばしばだ。船長のラムズは船長室にほとんど
すると結局船の問題を解決するのは、ほとんどロミューやエディスの役目となっていた。
「ここに来るってことは、ロミューもなんかあったの?」
「うーん。そのな。まぁ別に相談というわけでもないんだが……」
「うんうん」
「最近メアリが頑張り過ぎな気がするんだ。みんなメアリが人魚だって知ってから、彼女に色々と頼みすぎてると思わないか?」
「あぁー」
エディスはメアリのことを思い出す。
船内にメアリを人魚として迫害する者がいなくなったので、最近メアリは人魚としての力を存分に発揮している。いやむしろ、周りの船員がメアリの人魚の力を当てにしていると言った方が正しいのかもしれない。
つまり──彼女は魚を釣っていた。
本来船の上で魚釣りをしても、場所や時間によって釣れる量はまちまちだ。だがメアリはいくらでも泳ぐことができるので、いつでも魚を捕まえに行くことができる。
そして実際に、彼女は船員に頼まれて魚を捕まえに行っている。食べ物が尽きないと皆喜んでいるが、実際のところメアリはどうなのだろうか。
「たしかに最近メアリちゃん頑張りすぎだよね。みんな頼みすぎでしょ」
と言いながら自分も頼んでいる。エディスは悪戯っぽく笑みを零した。ロミューは神妙な顔で頷いている。
「どうしたものか」
「けど、メアリちゃんは前よりも生き生きしてるし、楽しそうだよ。人魚として船にいられることが嬉しいんじゃないかなあ。前まではさすがに魚を
「たしかにそうだな。メアリは望んでやっていることなのか?」
「本人に聞いてみた?」
「『大丈夫よ。これくらい平気』って言ってたな」
「言いそう」
ロミューとエディスは顔を見合わせて笑った。エディスは言葉を返す。
「というか、メアリちゃんなら嫌なら嫌って言うでしょ。何も言ってない以上大丈夫だって。俺からも聞いておくけどさ」
「そう言われてみると、たしかにメアリなら自分で言うか」
「うん、大丈夫だよ」
「よし分かった。ありがとな」
「いえいえ~」
ロミューはのそりと立ち上がる。見るとちょうど甲板で喧嘩をしているルテミスたちがいる。ヴァニラが何か言ったらしい。ロミューは一度溜息を吐いたあと、彼らを叱りに行った。
今度はフェンリルの
「グレンどうかしたの?」
「なあ、俺ってやっぱさ、チキン?」
「チキン?」
「レオンに言われたんだって。『それでもオオカミかよ!』ってな」
「オオカミ?」
「おう。よく知らねえけど、フェンリルのことをレオンはオオカミって言ってる」
「へえ。それで? チキンは何?」
「なよなよしたヤツのことらしい」
エディスは吹き出した。
なぜチキンがなよなよしたことを意味するのかは分からないが、既に正確にグレンの性格を言い当てている怜苑に笑ってしまったのだ。グレンを可哀想に思いながらも、エディスは緩む顔を抑えきれない。
「やっぱりエディもそう思ってんのかよ!」
「いや、えっと、ごめん! けどそこがグレンのいいところだから!」
「どういうことだ?」
「ほら、フェンリルの
「ギャップ?」
「これもレオンに教えてもらったんだけどな、第一印象と実際の性格がちょっと違うのは、好感度を上げるらしい」
「へえ。俺は見た目は怖いけど、実際はへなちょこってことか?」
「へなちょことは言ってないでしょ」
冗談でそう言うグレンに、エディスは笑って返す。エディスは言葉を続けた。
「俺もよく言われんだよね。見た目爽やかそうでいい人なのに、なんだかちゃらんぽらんだよね、とか。特にメアリちゃんに……」
「メアリは意外とズケズケ言ってくるからな……」
「そうなんだよね……。って、とにかく。だからそういうの? やっぱ予想を裏切られるってのは色んな意味で衝撃があるし、グレンはこのままでいいと思うよ! レオンだってむしろグレンのことを気に入ってるからそう言ってんだよ」
「そうなのかぁ? 分かった、じゃあそう信じるぜ。俺はこのままでいいってな!」
「いいよいいよ」
グレンは立ち上がった。
とそこに、ちょうど魚を捕まえてきたメアリがやってきた。海から上がったばかりのか、彼女は身体が水浸しだ。彼女は普段見ることのない、歪な見た目の魚を持っている。
グレンは目を見開いて後ずさった。
「おい! 近付けんなよ!」
「近付けてないわよ。それにそんなに怖くないでしょ、これ」
「
言ったそばから"チキン"丸出しのグレンに、エディスがまた笑う。グレンはむっとエディスの方を睨む。だがグレンが怯えているせいか全然怖くない。
グレンはメアリと距離を取るように歩いて、甲板の向こうへ駆けていった。
メアリは近くにいた船員に魚を押し付けると、エディスの方にやってきた。メアリは自分の赤髪の水を絞りながら、エディスに話しかける。
「エディそんな所で座って何をやってるの?」
「相談所?」
「相談を受けてくれるってこと?」
「うんうん。なんかある?」
「そうね……。うーん」
メアリは腕を組んで目を
「ないわ! 何も思いつかない!」
「メアリちゃんはあんまり悩むことがなさそうだもんね……」
「そうかしら?」
「そんな感じするよ? じゃあ俺もそろそろ仕事に戻るかなー」
エディスは立ち上がると、横に倒していた樽を元通り縦向きに置いた。ポンと樽を叩く。
メアリがエディスに話しかける。
「エディって面倒見がいいのね」
「まぁ兄弟がいたからかな」
「もうその兄弟たちとは会わないの?」
「あー。会えたらいいなぁ、いつか。もうルテミスのことも嫌ってない……といいな」
「大丈夫よ。人魚よりはマシだわ」
メアリは青い瞳を細めて笑った。皮肉めいた台詞だったが、メアリの笑顔は優しい。
メアリの不器用な生き方に、エディスはもう慣れていた。彼女はズケズケ物を言うが、どれもこれも悪気があって言っているわけではないのだ。彼女が本当に疑問に思ったことを口にしているだけだった。
エディスは船内をなんとなく見渡す。皆いつも通り仕事をしている。家族とは離れたが、こうしてガーネット号でやっていくのも楽しかった。
──俺たちはただの海賊。でも、この船は俺たちだけの
エディスは隣のメアリを見下ろす。いつも通り、エディスはおちゃらけた声でメアリに話しかけた。
「メアリちゃん、頑張りすぎはよくないよ。俺がやってあげるからちゃんと言うんだよ? メアリちゃんはこの船の
「プリンセス? 何言ってるの? エディ」
エディスはわざとらしく笑ったあと、コテっとメアリを小突く。彼は顔を上げて、船尾楼甲板に立つ我が船長、
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