閑話 家族の愛 #R
[#Rレオン視点]
『13人と
ヘレウェスはケンタウロス──つまり半人半馬だから店に入るのが大変だった。けど、店側としては一応受け入れてくれるらしい。この店は、13種類の
さっきからヘレウェスは超興奮してる。床の赤い絨毯だとか、魔道具のランプを見て目を輝かせている。
「面白いな! これが人間たちが泊まる宿屋か! ほうほう! こんな狭いところでよく寝れるな!」
ヘレウェスは本当に元気だ。まぁ言ってみれば熱血体育教師みたいな……。苦笑したくなるところもあるけど、うざい感じはそこまでない。いうほど押し付けがましくはないからな。
ヘレウェスは立ったまま、メアリは椅子に座っている。三人で丸いテーブルを囲んでいた。俺がメアリに話しかける。
「例えばラミアってさ、子供を食べるわけじゃん? メアリもそれはひどいと思うのか?」
ラミアはいわゆる食人鬼だ。10歳以下の人間の子供を食べるらしい。
「そのことについてはラムズと色々話したんだけどね、他の使族を食べる分には何も思わないわ」
うっ、やっぱりそうなるのか。でもヘレウェスは少し渋い顔をしている。
「オレとしてはな! 家族っていうのは大切なものだから、それを壊すラミアはあんまり許せないんだ! もちろん食べないと生きていけないから仕方ないんだけどな!」
「でもラムズが言っていたけど、子供を食べようが大人を食べようが、家族が壊れることには変わらなくないかしら?」
「たしかにそれはある! だが子供は未熟で、『家族』というものを形成する途中だろ?! つまり、『家族』を知る前に死んでしまうわけだ!」
なるほど、二人の意見も最もだな。俺は口を挟む。
「メアリはもしも自分の子供が殺されたら悲しいのか?」
「えっ? それは当たり前じゃない? 自分の子供でしょ? それなら、いくらラミアだとしても許せないし、悲しむと思うわ」
「ヘレウェスは当たり前に──」
「あぁ! もちろんだ! そんなことをしたら地の果てでも追いかけてやるぞ!」
俺の言葉を遮って、ヘレウェスは太い腕でダンッと机を叩いた。おーこわ。ケンタウロスって明るくて元気なやつらなんだけど、たまにこうやって怖いことがあるんだよな……。
家族愛とかもメアリはあるんだろうか?
「人魚も親とは仲がいいのか?」
「あんまりそうでもないかも。たしかに子供が死んだら悲しいけど、わたしたちはあんまり子供に目をかけないのよ。産んだあとは放っておくの」
「放っておくだって?!」
ヘレウェスが目をまんまるにして驚いている。さっきからうるさい。
「じゃあ、人魚は子供を育てないってことか?」
「そうね。周りの人魚の見よう見まねで生きていくのよ。誰かに世話してもらうんじゃなくて、自分の力で生きていくように頑張るっていうか」
「その過程で、魔物に襲われたらどうすんだ?! 死んでしまうぞ?!」
「その時はその時なのよ。死んでも自分のせい。自分の力が及ばなかった、助けを呼ぶとか違う方法で機転を働かせて生き残れなかった、そう考えるわ。家族が死んだ時は、別々で悲しむしね」
さ、魚ってそんな感じだったっけか……。
けどどっかの動物で、そういう風に生きる動物がいたような。自然界に生きる者として、非情にならないといけないところもあるのかもしれない。
「ヘレウェスは、もちろん家族で暮らしていくんだろ?」
「そうだ! オレたちの子供は、ケンタウロス全員の子供なんだ! だから一人でも死んだら、その子供を産んだ親だとか親じゃないとか関係なく、全員で怒るな!」
──『悲しむ』じゃないんだ。
隣でメアリも苦笑している。俺はまたメアリに尋ねてみる。
「兄弟とかは?」
「兄弟の方が仲がいいわね! 一緒に生まれたから、協力して生きていくのよ。もちろんお母さんやお父さんに助けを乞うこともあるけど、付きっきりで教えてくれるわけじゃないわ」
「そう考えるとさ、親に敬意みたいなものは持ってないのか? 親を尊敬するっていうか……」
「それはあんまりないわね。尊敬してるのは自分のことよ。尊敬って言っていいのかは分からないけど、自分に誇りを持ってるわ。家族に対してよりもね」
なかなか面白い。
例えばアメリカは家族愛も自分に対する誇りも高いっていう国民性だった気がする。でも人魚は、自分に対してだけあるわけか。逆に日本は──、家族にも自分にもないのでは……。おっと……人間やべえな、人間頑張れ。いや俺も人間だったわ。
「人間はどうなの? 家族が死んで、よく悲しんでいるわよね」
「たしかにな……。家族が死んだら悲しいくせに、あんまり親のことを尊敬してるっていう意見は聞かないなぁ」
「そうなのか?! オレたちは家族を尊敬──いや、尊敬とは違うか?! 仲間だ!」
ヘレウェスは仲間が好きだもんな。メアリが首を傾げる。さらさらっと赤い髪の毛が流れた。
「人間は親がちゃんと子供を育ててあげるのに、尊敬はしないの?」
「どうだろう? 俺の世界がそうなだけかもしれない。例えばこの世界だとさ、親が働く様子をよく知れるよな」
「…………というと?」
分かるわけないか。ヘルプミー。俺の人間観を分かってくれるやつー! とそこで、エディがやってきた。ラムズに浄化魔法を使ってもらって、かなり綺麗になったエディだ。
爽やかな笑顔に拍車がかかって眩しいくらい。エディはぱっと手を広げて俺たちに挨拶をした。
かなりちょうどいいところにやってきたな! 俺の仲間が増えたぜ。ルテミスとはいえ、さすがに昔の気持ちくらい覚えてるだろ!
「エディ! ちょうどいいところに来たな!」
「あれ? ほんと?」
「おう。エディはさ、ルテミスじゃなかった時は親のこと尊敬してたか?」
「そうだね、してたと思うよ。頼りにしてたし、俺も親父たちみたいに兄弟を守ってあげようって思ってたなあ」
エディはしみじみと何かを思い出しながら言った。メアリは不思議そうな顔で見ている。
俺はエディをちらっと見たあと、ヘレウェスとメアリに言った。
「俺が思うに──。この世界じゃ親のしている『仕事』が、かなり目に見えるだろ。しかも、親の仕事がそのまま子供の仕事になることも多い」
「そうだね、たしかにそうだよ。貴族の子供は貴族だし、商人の子供は商人だ」
エディがそう相槌を打った。俺は続ける。
「だから、親のことを尊敬しやすいと思うんだ。今まで親がやってきたことがよく分かるからな。『こんな大変な思いをして自分を育ててくれたんだなぁ』みたいな?」
「でもレオンの世界ではそうじゃなかったの?」
「おう。俺の世界はもっと……、自由だったんだ」
少しだけ言葉尻が震えた。
それが正しかったのかは俺には分からない。けど『自由』だったせいで、親への尊敬の気持ちも減ったのかもしれない。
でもそうなるとアメリカはなんなんだろう。日本は尊敬してる子供が少ないけど、アメリカは多い。しかもアメリカは『自由』の国だ。そこの違いはなんだ? 愛情表現をきちんとするかどうかってところだろうか。
俺はとりあえず、メアリに地球のことを説明してみる。
「親の生き方を子供が真似する必要がないんだ。むしろ親がレールを敷くのを嫌がる子供がいるくらいだ」
「ケンタウロスとは違うな?! オレたちはわりと、子供に生き方を教えていくぞ! それに、なんとなくレオンの言う『尊敬』という気持ちが分かった! たしかにオレも、オレに色んなことを教えてくれたケンタウロスたちを尊敬している!」
メアリはきょとんとした顔で曖昧に頷いている。エディが口を挟んだ。
「大事なのは、親が『生き方』を教えてくれたかどうかじゃないかな。レオンの言う仕事ってものも、ある種『生き方』の一つだろ。ヘレウェスが言ってるのもそれのことだ」
それはすごく納得できるかも。アメリカはもしかしたら、子供に自分の『生き方』を説明してるのかもしれない。仕事以外の部分で。でも日本はちょっと口下手な人が多いから──あんまり伝わってないとか?
メアリが青い目を細めてくすくすと笑った。
「人間は面白いわね」
「なんでだ?」
俺が尋ねる。メアリは少し目を泳がせたあと、口を開いた。
「だって、愛情表現も人それぞれなんでしょ。家族で抱きしめ合うかどうかとか、『愛してる』と伝える人もいれば、そうじゃない人もいる」
「た、たしかに……。ヘレウェスは?」
「オレはもちろん伝えるさ! 抱きしめることだってよくある!」
エディも笑いながら言った。
「俺はけっこう愛情表現はするタイプだなー。言わないと分からないからね。この世界の人は、愛情表現をする人が多いような気もするよ。特に色んな使族と関わってる人はね」
「なんでだ?」
「分かんないからだよ! 口にしないと、誰も相手の考えてることが分からないんだ。例えばメアリちゃんは、尊敬してる人に積極的にそう言うかい? 好きな相手にでもいいけど……」
メアリはぱっと顔を赤くしたあと、恐る恐るという風に呟く。
「あんまり言わないかもしれないわね……。たまに愛を確かめ合うだけっていうか。お互い分かってるのよ、自分たちが口に出さないだけだってことを」
「ほらね? 逆にケンタウロスはさ、みんなで悲しむことある?」
エディがヘレウェスに話を振る。ヘレウェスは頭を振って、苦々しい顔で言った。
「そこのところ、オレたちはあんまり共有しないんだよ! だから同じケンタウロスが悲しんでいるところは、そこまで見ないなあ!
「どう? 分かった? こんな感じ。みんな違うから、人間が歩み寄るしかないんだ。もちろんメアリやヘレウェスが、そういう部分を変えることはできるよ。でも人間が心を開いた方がずっと楽なんだ」
エディの言葉に、俺はゆっくり頷く。腕を組んで賢そうに語ってみた。
「だから人間は、自分の気持ちをちゃんと伝えた方がいいってことか……。けどそう考えると、ロゼリィの言ってた『愛』は存在しないのかなあ」
エディが首を傾げる。メアリたちも知らないらしい。俺は説明することにした。
「ロゼリィはな、『自分を変えることは愛じゃない』って言ったんだ。相手のために自分を変えていたら、『ありのまま』を愛してもらったことにならないからって」
メアリは少し顔を歪めた。エディも黙っている。
「どっちが愛なんだろうな。相手を思いやって自分を変えること、ありのままの相手を受け入れ、ありのままの自分で過ごせること──」
「……妥協じゃ、ダメなのかなあ」
ぽつりとエディが呟いた。ヘレウェスが返す。
「オレたちには、妥協できないところもあるんだ! 三人も知っての通り、仲間への思いとかがそうだな!」
「わたしもそうよ。自分が人魚でいたいという気持ちは、捨てたくないわ。それを捨てて愛を伝えたとして──」
俺はメアリの言葉を引き継いだ。
「それは本物の愛だって言えるんだろうか?」
沈黙。
分からない。みんなも分からないのかもしれない。ロゼリィの愛はすごく崇高に見える。人間のあいだじゃ絶対に起こらない『愛』なんじゃないだろうか。
「そんな『愛』が本当にあったら、すごく幸せだろうね。でもきっとないのかもしれない。自分を変えて『愛』が生まれても、それはそれでいいことなのかもしれないけどね」
エディは優しく微笑みながらそう言った。明るい声でもう一度俺に言葉を投げる。話を変えるらしい。
「レオンはけっこういい性格してると思うよ! 相手──他の使族と理解し合うっていう意味でね。怒ったり落ち込んだり笑ったり、そうやって分かりやすく反応してくれるから、みんな分かるんだ」
「分かる?」
俺の疑問符に、メアリがぱっと声を上げる。
「それは思ったわ。前に人殺しについてレオンが怒ってくれたでしょ。ああやって言ってくれなかったら、わたしは分からなかったもの」
「あぁー、あれかぁ。簡単に人を殺すなんて酷いって言ったやつだよな」
「そうそう。ジウたちルテミスが奴隷化されたことで怒った時も、レオンが意見をちゃんと言ったから、他の使族に対する理解が深まったんじゃない?」
メアリがちょっと含みがちに笑った。たまに悪戯っぽい目付きになるメアリはかわいい。少しぞくっとすんだよな。
「たしかにそうかもしれないな。じゃあ俺は、これからも分からないことはどんどん聞いていくことにするよ!」
「いいことだ!」
ヘレウェスはガッハッハと笑って、机にあったエールを一飲みする。
メアリは机に肘をついて、物憂げな声で言った。
「話を戻すけど、どの使族も子供に対する愛は一応あるのかもしれないわね。自分の子供が死んだら嫌だっていう思い」
「たしかにそうだな。子供に対する愛がない使族は、いない?」
俺の発言に、エディが淡々と返した。
「子供が作れない使族は、分からないだろうね」
「例えばなんの使族が作れないの?」
メアリが尋ねて、ヘレウェスとエディはむむっと顔を顰める。ヘレウェスが先に口を開いた。
「オーガはたしかいたはずだ!」
「オーガって人を食う使族だっけ?」
「そうよ」
「ナイトメアはどうだろう……」
エディは悩んでいるままだ。みんなそれについては知らないらしい。メアリが声を上げた。
「ニンフも子供はいないわ。エルフもね」
「悪魔もいないんじゃないか?!」
ヘレウェスが言った。あとはもちろん、ラミアもそうだ。エディが付け足す。
「たぶん、ペガサスは子供がいたような気がするよ。ヴァンピールももちろん子供が死んだら悲しむね。感情のスイッチをオフにしてなければ。フェアリーも子供はいたはずだ」
「フェアリーは何を考えているか分からないけど、子供がいるなら悲しみそうね」
「なんで何を考えてるか分からないんだ?」
俺の発言に一同がぱっとこちらを見た。そんなにおかしなこと言ったか? 俺。またこれもこの世界の常識?
「メアリ、そろそろ帰るぜ」
後ろから声が聞こえたかと思ったら、ラムズだった。どうやらここでお開きらしい。メアリは「またね」と言ってヘレウェスと一緒に宿屋を出て行った。
残った俺はエディに聞く。
「さっきのなんだったんだ?」
「フェアリーね、あれはね────」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます