第64話 仲間

ChapterIV 宗教

 Man is least himself when he talks in his own person. Give him a mask, and he will tell you the truth.


 素顔で語る時、人はもっとも本音から遠ざかるが、仮面を与えれば真実を語り出す。(オスカー・ワイルド)


────────────────


「仲間ってなんなの?」


 数十分して、わたしは恐る恐るラムズに聞いてみた。ラムズは一瞬こちらを見たあと、すぐに前を見据える。

 すぐに地面が震え始めた。子気味良い駆け音が大きくなっていく。林の奥から何かがやってくる。


「ハイヤー! ソレッ!」

「ハイヤー! ハイヤー!」


 変な掛け声だ。足音が徐々に大きくなる。何人もいるみたいだ。リズミカルな音が重なって聞こえる。この音はヒッポスの足音に似ている気がするな。


「ケンタウロス」

 

 口からコトリと落としたような声で、ラムズが言った。

 

 ケンタウロスか。

 たしかヒッポスの下半身と人間の上半身がくっついたような使族しぞくだ。妖鬼オニのリューキに教えてもらったんだっけ。火の神テネイアーグと、光の神フシューリアが創った使族だったかな。

 

 

「いやっほーい! いい天気だぜ!」

「やあやあッ! 初めましてだねッ!」

「おっ、ルテミスがいるじゃんか」

 

 ついに、わたしたちの前に三人のケンタウロスが着いた。全員大きな弓矢や剣を担いでいる。

 初めて見る容姿に、わたしは彼らを凝視してしまった。下半身がヒッポス……。でもパーンも下半身がシープルだから、そんなもんなのかな

(そうよね。わたしだって下半身が魚系の魔物みたいよね。外見で差別するのはよくなかったわ。それより、下半身が魔物みたいな使族って多いわね)。


 一人のケンタウロスがキョロキョロと目を動かす。威勢の良い声を、わたしたちの方へ飛ばした。


「俺たちを呼んだな! ええっと、なんだっけか!」

「ラムズ。ラムズ・シャーク」

「そうだった! ラムズ! よお!」


 そうラムズに声をかけたのは、一番歳上そうな男のケンタウロスだ。髪は茶色で、瞳も茶色い。しなやかな体躯たいくで、筋肉隆々ってところ。

 上半身は裸で、下半身はヒッポス。ヒッポスというのは茶色い毛皮で覆われている、四本足の魔物だ。尻尾は細く長く、先だけふさふさの毛が付いている。騎士なんかがよく移動に使う魔物。


 ラムズはそのケンタウロスに返事をした。どうやら知り合いみたいね。


「相変わらず速いな、ヘレウェス」

「そりゃな! オレたちは速さだけが売りってもんよ!」

「そうだぜッ! 僕っちはアウダー! ヘレウェスの弟子みたいなもんだと思ってほしいな!」

 

 アウダーと名乗ったケンタウロスは、たしかにヘレウェスよりも若い感じがした。髪の毛は後ろが刈り上げられていて、元気そうな印象を受ける。

 残りの一人は女で、腕を組んだまま深く頷いている。彼女だけは胸元に茶色い毛皮のようなものをつけている。腕やへそは出ていて、腹の三段に割れた腹筋が良く見える。


「アタイはフォルティってんだ。久々に違う使族と出会えて嬉しいよ。そちらさんはなんてんだい?」

「ヴァニのことは、ヴァニラって呼んでの」

「俺はロミュー。見ての通りルテミスだ」

「わたしはメアリ。えっとー……人魚、よ」

「人魚だって?!」


 フォルティという名の女のケンタウロスが、わたしの方に迫った。わたしはびくっとして後ずさる。

 ケンタウロスと人魚なんて、全然接点がないものね。わたしもケンタウロスの存在を知らなかったし。

 ケンタウロスは背も高いし、なんだか力が強そうだわ。彼女の髪は茶色で、短く切った髪が伸びっぱなしになっている。野性的な女って感じ。


「人魚かあ! 珍しいなぁ! よろしくな!」

「僕っちもよろしく~!」

「え、ええ」


 あまりにテンションの高い彼らにわたしはついていけない。ラムズは全然気にしていないみたいだ。ケンタウロスの彼らとラムズが知り合いだなんて、すごく変な感じがする。対照的に見えるもの(少なくとも今のラムズとはね)。

 ヴァニラの方は、既に女ケンタウロスのフォルティの上に乗っている。ヴァニラはあんなに小さな身体だから、ケンタウロスが走っているあいだに振り落とされそう。

 

 

 そういえばケンタウロスは三人よね。わたしはどうしたらいいのかな。ラムズはわたしの疑問に気付いたのか、こちらを向いて声を放った。

 

「メアリはヒッポスに乗ったことがねえだろ」

「ええ、そうね」

「いくらケンタウロスとはいえ、ヒッポスに一度も乗ったことがないやつだと落馬すんだ」


 ラムズはさらっと言った。彼がそう言うならそうなんだろう。わたしは頷く。


「じゃあわたしは走ればいい?」

「そんなわけねえだろ。あんたは俺と一緒に乗るんだ」

「えっ、ラムズと? えっと、でも、その……。そうよ! 二人で乗ったら重いでしょ?」

「ヘレウェスに乗ればいいさ。アイツはけっこうタフだかんね!」

「僕っちのところにはロミューが来たらいいよ」


 フォルティとアウダーが順番にそう言う。

 そんなあ。それじゃあ困るのに。──あれ。もしかして、ラムズわざと三人しか呼ばなかったのかな。



 一番年上のヘレウェスが横向きに身体を動かした。


「ほいよ!」


 ヘレウェスは膝を曲げ、体制を低くする。ラムズは彼の背に飛び乗った。

 わたしはラムズと一緒に乗るしかないみたい。ロミューはわたしの方に来て、身体を持ち上げてくれた。ラムズがわたしの腕を掴み、わたしはヘレウェスの背中、ラムズの前に乗る。

 ラムズの手がわたしの腰に回された。


「ひゃっ! さ、寒い……」

「本当だよな! ラムズは相変わらず冷たい! 背中が冷えちまう! それ何とかしたらどうだ?!」

「面倒なんだよ。ヘレウェスは体が熱いし丁度いいだろ」

「たしかに、むしろひんやりして気持ちいいな! ハッハッ」


 わたしは寒い。背中にラムズの胸が当たるし、お腹も冷えちゃう。凍えて風邪をひきそう。魔法で体温を上げて欲しいけど、なんだか頼むのも申し訳ないし、恥ずかしい感じもする。

 というか、二人で乗るとこうやって手を回されるのね。距離が近いだけじゃなくて、抱かれる必要もあるなんて……

(人魚は、抱き合うのは恋人としかしないわ。後ろからでも前からでもね。でも、ヒッポスって旅なんかによく使われるものね。陸の人は、男女でも二人乗りをするのが当たり前なのかな。それとも、うーん)。



 そんな話をしているあいだに、ロミューも若いケンタウロス、アウダーの背中に乗ったようだ。ヴァニラはフォルティの上で酒を飲んでいる。せないか心配ね。

 ヘレウェスと女ケンタウロスのフォルティ、アウダーはそれぞれ歩を進め始めた。パカパカと軽快な音が聞こえる。さっき歩いていたよりは楽ちんにも思えるけど、寒いせいか心臓がずっとバクバクしていて

(言われなくても、本当はそれだけじゃないって分かってるわよ……)、

むしろ疲れちゃいそうだ。

 

 

「ラムズにもついに夏が来たんだな!」


(ヘレウェスは「ラムズもついに恋愛をしたんだな」みたいなことを言ったのよ。夏は火の神テネイアーグが操る季節。テネイアーグは"愛"を司る神様でもあるでしょ。だから『夏が来た』というと、『恋愛をしている』のような意味になるの。

 季節はね、春、冬、夏、うろという季節がある。一年は全部で七か月。二ヶ月ずつ春、冬、夏ときて、最後の虚だけ一ヶ月よ。そういえば、今はちょうど夏ね)


「待って! そのっ! これは違うの……!」

「違う!? メアリとラムズは恋人なんだろう!? じゃなきゃこんなことしないだろう! おめでたいことだ!」

「ヘレウェス、違うの。恋人じゃないの……」

「あれっ、そうなのか?! 誤解しちまった! すまんすまん! じゃあ凄く仲が良いということか!」

「そういうことかな……。ラムズ、なんとか言ってよ」


 わたしの口から「ラムズがわたしのことを好き」なんて絶対に言えない。そもそも自分でそんなことを言うものじゃないでしょ……。

 ラムズの声が頭の上から降ってくる。わらっている。


「へえー、また好きだっつってほしいのか」

「はっ? そんな、違うわよ! そうじゃなくて……」

「なるほど! ラムズがメアリのことを好きなんだな! いいじゃないか! どんどんやるといいぞ!」


 前でヘルウェスがそう叫ぶ。やるって何をやるのよ! でも改めて公言されると恥ずかしくなってきた

(そっか。隠せばよかったんだ……。わざわざ説明することなかったじゃない)。

 ヘレウェスの声を聞いたのか、ヴァニラの乗ったフォルティが近づいてきた。ヴァニラは大きな瞳をパチパチと瞬いている。


「ヘレウェスが言ったの、ほんとなの? そんなの信じられないの。ラムズはとっても冷たいのに。ラムズおかしくなったの!」

「黙れ酒狂いの年齢詐称痴女」

「酷いの! 年齢詐称じゃないの! 痴女はなんなの?」

「たしかに年齢と脳みそは完璧に一致してんな」

「怒ったの! 許さないの! ラムズだってメアリを好きになるなんて年齢差を考えた方がいいの!」


 ヴァニラはフォルティの上に乗ったまま魔法を繰り出そうとした。慌ててフォルティと横にいるロミューがそれを止める。

 けどヴァニラに言われた通り、たしかに年齢差が酷いことになっているわ。5010歳と17歳よ。いやでも、そうだった。ドラゴンだったらこんなの普通だものね

(人魚はそんなに年齢差のある人と付き合わない。前にレオンとヴァニラだったらおかしいなんて言ったけど、人のことを言えなくなってきたわ)。


 ロミューも向こうから声を出した。


「だがラムズは本当にメアリが好きになったのか? 鱗が好きなんじゃなくて?」

「そうなの! メアリは騙されているの!」


 ヴァニラがわたしに向かって叫んだ。ラムズは鬱陶しそうな顔で、ちょいちょいと手を動かす。するとヴァニラの頭の上にポンと黄色い花が咲いた。

 ──いや、花が咲いたじゃないでしょう……。まるで魔植ましょくそのものだ。あの花の名前は知らないけど。


「うわーん! なんかついちゃったの! 取れないのー」


 ヴァニラは魔法を使って直そうとしているみたいだけど、どうやらダメみたい。

 そもそも花を咲かせる魔法なんて初めて見た。たしかに地属性ならツタを使うし、それと同じと言えば同じか。でもこんな魔法一体いつ使うっていうの?

(あそっか。こういう時ね、なるほど)



 ヴァニラは頭の花を引っぱりながら、こちらにまた話しかけた。


「むうー。でもメアリ! ラムズはおかしいの! 気にしちゃダメなの! 騙されてるの!」

「そんな、まさか。でもそうなのかな……」

「うるせえな、勝手に言ってろ」


 ラムズはそうヴァニラに言葉を放ったあと、わたしの耳元で言葉を囁いた。


 ──ま、まって! 何言ってるの!

 わたしはカアっと顔が熱くなる。ラムズの腕を掴んで、なんとか離れようとした。


「おい、やめろって。落ちるぜ?」

「ら、ら、ラムズのせいでしょ!」

「メアリが照れてるのー!」

「一体何を言われたんだ?」

「俺の上で愛が生まれているとは、なかなか感慨深いものがあるな!」


 ヘレウェスは感心したように頷いているばかりだ。目の前にいるんだからなんとか助けてくれてもいいのに!

 わたしはロミューに、何を言われたか答えようとした。でも口に出そうとすると、ドキドキしちゃって無理だ。

 ラムズの腕をパンと叩いた。


「そ、そういうこと! 簡単に言わないでよ!」

「別に簡単じゃねえけど?」

 

 愉悦の混じったような声でラムズに返される。一体どんな顔をしてあんなこと言ったんだろう。本当嫌んなっちゃう!

(だからラムズは……その……。「俺が本当に好きか心配なら」、えっとそのあと……。ダメ! やっぱり言えない!)



「わたしヒッポスに乗る練習をするわ……」

「いいのか?」

「え?」

「ヒッポスに乗って旅をするっつうのは、人間のすることだろ」

「ハッ! たしかに! でもそれなら、ヘレウェスに乗ることだって」

「それは問題ねえな。ケンタウロスに乗る人間なんていねえだろ」

「そっかあ……。じゃあいいのかな」


 ラムズに言われた通り、たしかにヒッポスによく乗っているのは人間というイメージだわ。例えばエルフだったら、普段は《風》なせいか、走るのが早くて乗り物に乗る必要はないもの

(風のように早く走る、という言葉はエルフの話から来たのよ)。

 他の使族は知らないけど、とにかく一番よく見るのは人間。あと馬車を使っているのもね。でもケンタウロスに乗る人間は、たしかにいなそうな感じがするわね……。


 ケンタウロスに一人で乗れるようにするためにはヒッポスで練習する必要もあるわけで、そうすると人魚としてはあんまり嬉しいことじゃない。ますます人魚から遠ざかっちゃう。なるべく人間がやるようなことはしたくないわ。

 ──うん、それなら仕方ない。多少ラムズと乗っているのが恥ずかしくても、なんとか我慢しなきゃ。




 先頭を歩いていた、フォルティに乗っているヴァニラが叫んだ。


「もっと早く行こうなのー!」

「これ以上早くしたら、お前さんは瓶を落とすんじゃないのか?」


 そうたしなめたのはロミューだ。ヴァニラは慌てて自分の体の前に瓶を置いた。あれでも大丈夫だとは思えないけど。


「僕っちももう少し早く走りたいな! これじゃあ遅すぎるよッ!」

「あたいはどっちでもいいよ」

「ラムズ、早く走ってもいいか?!」


 ケンタウロスの三人が口々にそう話している。ラムズはわたしの腰に回している腕を、さらにきつくした。ラムズはわたしの頭の上に顎を置いて、ヘレウェスに返事をする。


「こっちはいいぜ」

「あいよ! ハイヤー! ハイヤー!」


 ヘレウェスがそう叫んだかと思うと、風が勢いよく顔に吹き付けた。信じられないくらいの速さだ。周りの情景が目まぐるしく変わっていく。ビュービューと耳元で風が騒ぎ、髪の毛があおられる。


「きゃっ!」


 どこからかやってきた木の葉がわたしの顔を叩いた。腰に回されている腕が強くなり、ラムズの方に引き寄せられる。


「大丈夫か?」


 彼の冷たい吐息が耳に触れる。耳の近くで囁かれるとくすぐったい。冷たいのに耳が熱くなる。わたしはコクコクと頷いた。ここで声を出しても、風の音で聞こえないと思ったのだ(たしかに違う理由もあるけどさ)。


 ラムズの冷たい身体とか声とか気になることはあるけど、今はそれどころじゃなくなった。

 このスピードで走っていたら、落ちた時には確実に死ぬ気がする。乗ったことはないけど、絶対にこれは馬車よりも速い。わたしはラムズの腕をぎゅっと掴んだ。

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