第65話 ケンタウロス

 夜になって、わたしたちは林に入ったところで野宿をしていた。まばらに生えた魔木まきの中、少し開けた空間があったのだ。


 月は出ているけど、林は闇に塗られている。魔物の鳴き声が遠くから聞こえる。黄色や赤色の瞳が、じっとこちらを見ている。さわさわと枝が揺れた。たまに魔木がわたしたちの横で歩いていた。でもこっちに攻撃することはなさそうだ。


 わたしたちが野営しているところは、既に結界を張っていた。例の、魔物が近寄れなくするための結界だ

(結界魔法は、その威力が高ければ高いほど、より強い魔物が入って来られなくなる。範囲や威力は、魔法陣ペンタクルを書くことでさらに上がるわ。でもこんな話聞いてどうするつもり? あなたの世界の魔法とは違うでしょ? こんなのどうだっていいわよ)。


 真ん中で火を炊いているから、わたしたちの周りだけはぼうっと明るくなっていた。みんなの顔が赤色だ。パチパチと薪が燃える音がする。一本の煙が空の方へ線になって高く上がっていく。

 

 

 地面に簡単な布を引いて、わたしはその上に座っている。リルベアーという魔物をさっき倒したから、それを焼いて食べることになっていた

(リルベアーは獣系の魔物で、黒い毛皮が生えている。わたしよりも一回り大きい。さっきまで毛皮をカトラスで剥ぎ取っていたんだけど、かなり大変だったのよ)。


 毛皮が剥がれて、肉と骨の塊だけになったものが地面に置いてある。あとはこれを焼くだけだ。血抜きをしたはいいけど、ちょっとグロテスクな見た目ね。


 ヘレウェスがヒッポスの足でちょいちょいと肉の方を指した。


「ラムズ、肉を焼くのは頼んでいいか!」

「ああ」


 ラムズは肉の方に手をかざして、それを魔法で浮かせた。そして手から炎を出し、一気に丸焼きにする。香ばしい匂いが漂ってくる。


 それにしても、どうしてラムズは火の属性の魔法が使えるんだろう。それに浮遊魔法は地の属性と風の属性を持っていないと使えないはず。

 ヴァンピールが特化している魔法の属性は、地、風、水、火の内の一つと、闇と時の属性の三つだけでしょ。鍛錬して、火の属性と地の属性も使えるようにしたのかしら。



 ラムズはこんがりと焼けた肉に向かって、風属性の刃風魔法を放った。白い風の刃が肉を切断する

(ラムズの魔法の使い方にはたまに驚く。魔力量に余裕がない人だったらこんな使い方しないもの。便利に使いすぎでしょ。けどたしかに楽そうね。やってみたいな。テクニックが高くないとこんなこと出来ないと思うけど)。


 肉は、空中で六つの塊に分かれる。一つの塊が、ちょうどわたしの両手くらいの大きさだ。

 ラムズはロミューとヴァニラの方へ、肉を宙で移動させた。


「ヴァニはいいの」

「食べないと大きくならないぞ?」


 ロミューはそう言って、ヴァニラの分も受け取った。ああだこうだ言いながら、なんとかヴァニラに食べさせている

(ヴァニラの頭の上の花は、もうラムズが取ってあげていたわ。「似合っているのにな」とか言って、嫌そうにしていたけどね)。

 ラムズはケンタウロスの三人にも、魔法でそこまで飛ばして渡していた。



「ほらよ」


(この前までのラムズなら絶対に「ほらよ」なんて言わなかった気がする。本当に話し方を完璧に変えられるのかしら。こんな何気ない言葉まで?)


「ありがと」


 宙に浮いている肉を取って、わたしも食べ始める。ちゃんと料理されてないから味は薄いけど、美味しい。船での食事よりマシね。船じゃ肉なんてほとんど食べられないもの。



 ラムズはやっぱり食べないみたいで、全員に配り終わるとわたしの隣に手ぶらで座った。


「ラムズ、火の属性と地の属性を使えるように練習したの?」

「うん? あー、そうそう」

「よくそんなに属性を増やしたわね……。水の属性も使えるの?」

「まあな」

「ラムズは魔法が得意だからな!」


 ヘレウェスがそう言って、そばまでやって来た。豪快に肉にかじり付く。そういえばヘレウェスを含めて、ケンタウロスはさっきから魔法を使ってない。


「ケンタウロスは魔法が使えないの?」

「そんなことはない! だがあまり得意じゃないのさ! テクニックや威力、魔力量も高くないんだ!」

「そうだったのね……」

「メアリはケンタウロスのこともあまり知らなかったのか」


 ロミューが向こうから声を掛けてくれる。彼はそのまま話した。


「ケンタウロスは力が強いんだ。足も速い。弓矢も得意だし、聴覚もいいだったかな? 魔法のトップはエルフだが、体術で言えばケンタウロスがトップだ。ドラゴンを除いてな」


 ヘレウェスは肉を食べながら、満足そうに頷いている。いかにも食べることが幸せって感じの顔だ。わたしはヘレウェスに尋ねる。


「角笛はなんだったの? ラムズが吹いたらヘレウェスたちが来たわよね」

「あれはな! 仲良くなった者にケンタウロスが渡すんだ! オレたちの仲間になったという証拠さ! 森の近くであれを鳴らしてくれれば、オレたちがやってくるってわけだ! 音の長さで、何人欲しいかも伝わるんだ!」

「そうだったのね。ラムズが呼んだってことも分かったの?」

「そうさ! それぞれ笛の音は違う! それにそんなに角笛を持っている者はいないんだぞ! ラムズはオレの親友だ!」


 ラムズと親友?! わたしはぎょっとしてラムズの方を見た。哀愁を漂わせたような瞳で、どこか遠くを見ている。視線に気付いたのか、目が合ってラムズは少しだけ首を傾げた。


「なんだ?」

「ラムズって友達なんて作るの……?」

「作らねえよ」

「ヘレウェス、友達じゃないって言われているわよ?」

「こいつはそういう奴だ! ハハハッ! 照れ屋なのさ!」


 ──全然照れているようには見えないけど。

 でも、ここで思いっきり否定するのも可哀想だものね。もしかしたら彼らの中にも、何かしらの繋がりってものがあるのかもしれない。わたしはラムズに言う。


「ケンタウロスはどんな使族なの? 火の神が関わっているし、戦いの得意そうな使族って感じはするけど」


 ラムズは何も言わない。沈黙に気付いたのか、はっとしてわたしの方を見た。


「俺に聞いてんのか?」

「まぁ、たぶん。教えてくれるなら誰でもいいけど」

「俺は面倒くさい」


 ──は? そんなに面倒かしら? ケンタウロスのヘレウェスは笑って、わたしに返事をする。


「オレたちはそうだなぁー! 熱い奴らって言われるな! 体の温度とか、性格とかな!」

「たしかに……それはそう思うわ……」

「ハッハッ! 元気なのはいいことだろ! ラムズはいつでも冷たい! 身体も心も!」


 言っちゃうんだ、それ……。実際心も冷たい感じがするけどさ。いや、でもどうなのかな? わたしの言うことを聞いて一緒にジウたちのことを探してくれた。それに本当に冷たかったら、わたしのことを……好き、になんてならないはず。


 ヘレウェスはそれ以上は何も話そうとしない。自分の使族のことって、案外自分じゃ分からないものね。

 わたしはラムズをじっと見た。ラムズが鬱陶しそうにこちらへ視線を向ける。


「なんだよ」

「他にもいろいろ知ってるんでしょ?」

「まあ」

「教えて?」

「なんで? めんどくさい」

「そんなに?! この前シーフのことは教えてくれたじゃない」


 ラムズは顔を背けて、考える素振りをする。肩をすくめて言った。


「あの時は俺もどうかしてたんだな。あとは、シーフはお前らが知らねえともっと面倒なことになる。光神カオス教のことも。だから説明した」

「ケンタウロスは?」


 ラムズは溜息を吐いて、ヘレウェスの方を見上げた。


「はいはい。説明すりゃあいんだろ。ケンタウロスは光の神フシューリアが創造に関わってる。だから正義感に溢れるって感じ。あと光の神のせいで、こいつらは酒飲み。リューキもそうだったろ」

「なんで光の神が関わると酒飲みになるの?」

「……少しは自分で考えろ」


 まぁ、正論か……。

 酒飲みか。‎そうだ、光の神って無秩序っていう言葉をつかさどっていたわよね。無秩序っていうとお酒を飲みそうな感じがするわ。


「光の神が"無秩序"を司るから?」

「せいかーい」


 ほとんど棒読みで、わたしにそう返す。馬鹿にされてる気がする。うん、実際そうなんだろうな。


「光の神が関わると絶対に酒飲みになるの?」

「必ずしもそうとは言えねえな。だがアークエンジェル、パーンも酒飲み。ヴァンピールも酒が強い方ではある。フェアリーは全く関係ない」

「ふうん。そうなの。ケンタウロスの特徴は他にもある?」

「あー、あとはー」


 ラムズは溜息交じりに続ける。


「こいつらは仲間意識が強い」

「うーん……。火の神テネイアーグの"愛"からかしら。仲間の愛みたいな?」

「そう、そういうこと」


 ヘレウェスは納得したような顔をしている。改めて指摘されて、再発見したという感じなのかしら。自分のことは気付きづらいのかもしれない。

 ラムズの頭をバシンと叩いて、ヘレウェスが軽快な声で言った。


「ラムズはオレたちの仲間だ! ケンタウロスは昔、真実の森トゥルーストにいたんだ! でも隣のニュクス王国のやつらがオレたちにしょっちゅうちょっかいを出してきてなあ。それで、ラムズが乙女の森ガーリェストまで連れてきてくれたんだ!」


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(ニュクス王国は、北大陸の東側にある国よ。真実の森トゥルーストと呼ばれる森がその近くにある。その森の中にニュクス王国の首都や王様のお城があるんだって。真実の森トゥルーストは暗くて、よく遭難するって言われているわ。

 乙女の森ガーリェストは、逆に南大陸にある森よ。ハイマー王国より北西にある。ちなみに今いる林は乙女の森ガーリェストじゃないわ。ヘレウェスたちはすぐにわたしたちの所へ来たし、乙女の森ガーリェストにずっといるってわけじゃないみたいね)


「え? その……どうやって?」

「あの船だ」


 ラムズは胸のポケットをトントンと叩いた。赤いガーネット号が入った小瓶のことを言っているらしい。


「ガーネット号にケンタウロスを乗せたの? その頃から海賊だったの?」

「その時はまだ違う。海賊になったのは二年半くらい前」

「船だけ持っていたの?」

「ああ」


 ヘレウェスは一度瞼を閉じたあと、しみじみと言う。


「あの時は楽しかったぜ! 海なんて遠くから見ることしかなかったからなあ!」

「たしかに相当イメージには合わないわね……」

乙女の森ガーリェストに移ってから、オレたちは角笛をラムズに託したのさ! いつでも呼んでくれってな!」

「それで仲間になったのね」

「そうさ!」「ああ」

「面倒臭がりなのに、そんなの助けてあげたの?」

「宝石のために決まってんだろ?」


 ラムズは投げやりに答えた。まぁ、そっか。ラムズは宝石にしか興味ないんだものね。


 冷たい風が身体をさらりと撫でた。わたしはクシュンとくしゃみをする。

 今はラムズに貰った服ではなく、元々持っていたチュニックを着ている。青色のやつだ。あんまり薄手でもないのにな。ラムズに抱き締められていたせいで、風邪を引いたのかな。


「おうい! ラムズのせいで、メアリが風邪を引いているじゃないか!」

「俺のせいか?」

「たぶんそうよ。ラムズ冷たいんだもの……」

「ようし! オレが暖めてやろう!」


 ヘレウェスはそう言うと、四本の足の膝を曲げて、しゃがむような感じで座った。ヒッポスが座るところ、初めて見た。正確にはヒッポスじゃないけど。

 


 ヘレウェスは手をひらひらと動かして、こっちに来いと言っている。わたしは言われた通り近づく。


「オレの腹の辺りで座っているといい! 背もたれにしていいぞ!」

「え、あ、ありがとう……」


 言われた通り、わたしはヘレウェスの下半身の方のお腹にもたれかかってみた

(つまり、人間の体のお腹じゃないってことよ。ケンタウロスのお腹は二つあるから、説明が面倒ね)。


 ──温かい。ラムズも言っていたけど、たしかにケンタウロスは体温が高いみたい。愛や仲間に対する気持ちも強いみたいだし、ケンタウロスは文字通り熱い使族なのね。



 わたしは少し離れたところにいるラムズに話しかけた。


「そういえばラムズはどうして海賊になったの? 二年半前からなのよね? いきなり船長になったんでしょ?」

「宝石を手っ取り早く集めるためだ。ルテミスが現れたからな」

「ルテミスと一緒なら、負けないからってこと?」

「そう」

「ロミューもラムズに引き入れられたの?」

「そうなんだ。実は俺はな、これでも兵士だったんだ。家族もいたんだけどな……」


 話し始めたのはロミューだ。なんとなく昔話をしたくなったのかな。

 アウダーやヴァニラ、女ケンタウロスのフォルティも耳を傾けている。フォルティもヘレウェスと同じようにしゃがんでいた。そのお腹に、ヴァニラが背中を預けている

(ご察しの通り、ラムズはロミューの話にも無関心よ)。


 ロミューは話を続けた。


「娘が三人いたんだ。妻もいた。けどほら、俺はルテミスになっちまっただろ。それで村から追い出されたんだ」

「ルテミスもわりと差別されているものね」

「あぁ、怖がられたんだ。力も強いし、性格も変わったなんて言われてな」

「ルテミス便利なのに人間は馬鹿なの」


 ヴァニラの言葉に隣のフォルティがぎょっとしている。ロミューは苦笑気味だ。気を取り直して、フォルティが相槌を打つ。


「人間は酷いもんさ。今まで家族だったのに、裏切っちまうなんて!」


 険しい顔をしながら、ハスキーな声でそう言った。アウダーはムシャムシャと肉を噛みちぎりながら話を聞いている。ロミューがまた話した。


「それで、俺は仕方なく仕事を探していたんだが、なかなか誰も雇ってくれなくてな。なんなら奴隷商人に狙われたことだってあるくらいだ。仕方ないから、冒険者になることにした。それで何度かギルドに通っていたところ、ギルドの掲示板にラムズが依頼したクエストがあったんだよ」


(クエストの依頼は、お金さえギルドに渡せば基本的には誰でもできるわ。でも信用のない人は無理かもね。もしかしたら級位きゅういによる制限もあったかも)


「簡単なクエストだったんだが、ルテミスのみと書いてあってな。報酬も良かったから参加したんだ。それで、船員になってくれと頼まれたってわけだ」

「ロミューは海賊っていうイメージがあんましねえなッ。盗みなんてしなそうだぜッ」


 声を上げたのはアウダーだ。ロミューはポリポリとこめかみを掻いた。


「最初はもちろん嫌だったさ。だけど生きていくために仕方がなかったからなあ。冒険者としても、まだまだその頃は居心地が悪かったんだよ。魔物と戦うのもそんなに得意じゃなかったしな」

「みんなもそうやって集められたのね」

「ラムズは熱い男だ! 色んな人を助けているんだな!」


 ヘレウェスはさっきと真逆なことを言っている。しかも少なくとも熱い男なんかじゃないわよね。

 ラムズが自分で言っていたけど、絶対に勝てる船にするためにルテミスを集めたらしいもの。結果的にロミューたちは感謝しているから、それでいいのかもしれないけどね。



「明日も早いから、そろそろ寝るんだよ」

「ええ、そうしようかな」


 わたしはフォルティに返事をする。

 フォルティは「オマエもな」と言って、ヴァニラの頭を撫でた。ヴァニラはえへへと笑って、またお酒を飲んでいる。

 ヴァニラの酒瓶、誰が持ってるんだろう。ロミューかな。重いわよね。可哀想。


「メアリはこのまま寝ていいぞ! オレはこのままの体勢でいるからな!」

「そう? ありがとう。見張りはどうする?」

「俺とヴァニラでやるから、ずっと寝てていい」

「ラムズは分かるけど、ヴァニラも?」


 わたしがそう言うと、ヴァニラがぷくっと頬を膨らませた。


「ヴァニ見張りなんて嫌なのー。レディの睡眠の時間を奪うなんて……。ラムズひどいの!」


 ラムズはヴァニラに手を払う素振りをする。


「何がレディだよ。酒ばっかり飲んでんだからいいだろ。ロミューに全部持たせてるし」

「ラムズだって宝石ばっかり見てるの。ロミューは優しいの。ありがとなの!」

「いいさ。ヴァニラはまだまだ小さいからな。だが、本当にヴァニラに頼んでいいのか? 俺もやるぞ」

「ヴァニは寝たいの~!」

「黙れ。俺と交代だ。ロミューは寝ていい」


 ラムズは深い溜息を吐いて、彼らから顔を背けた。

 ヴァニラってやっぱり見た目通り6歳くらいなのかしら? それにしては胸のあたりの成長がおかしいと思うけど……。ラムズも年齢詐称とか言ってたわね。

 


 ロミューは麻布の上に寝転がった。もう寝るみたいだ。見張りのことはラムズたちに任せていいのかな。温かいヘレウェスのお腹を枕にするようにして、わたしも眠りについた。




 ◆◆◆




 しばらくして、夢が始まった。

 わたしはサフィアに、海の水を操ってヒッポスやドルフィードを作って見せた。サフィアもそれを真似して作ってくれる。本当はこんなことしたことない。でも、幸せだった。

 サフィアの金色の髪に雫がつく。それはダイヤモンドみたいにキラキラ光って、彼の笑顔をもっと素敵にした。サフィアは笑いながらわたしに水をぶつけて──それで────。

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