第63話 ダークヒーロー*

[*三人称視点]


 メアリとラムズは、冒険者ギルドでジウたちに伝言を残しておいた。彼らは居酒屋や宿屋など様々な所へ聞き込みに行ったが、やはりルテミスのことは誰も知らなかった。



 結局何の収穫も得られないまま約束の時間になる。もうじきロミューとヴァニラがやってくるだろう。待ち合わせの小広場の噴水の石段に、メアリたちは座っていた。

 

「やっぱりダメだったわね。もうどこか遠くに行っちゃったのかな」

「そうかもしれないな。力になれなくてごめんな」


 メアリはラムズの言葉に一瞬戸惑った。だが、ラムズはジウたちのことは全く気にしていないのだ。これはヴァンピールの性格なのだから仕方ない──メアリはそう割り切ることに決めた。

 そして先程からずっとラムズの話し方が穏やかで、むしろそっちの方に気が向いていた。


「ラムズ、これからもずっとそうやって話すの?」

「え? なんか変?」

「なんていうか、いつもより優しいというか……」

「んん、たしかにそうかな。嫌だった?」

「分からないけど、なんだか戸惑っちゃうんだもの。本当はそうやって話すの?」

「メアリには、好きだから優しくした方がいいかなと思っただけ。話し方にこだわりなんてないよ。どんな話し方もできるしな」

「どんな話し方も?」

「一応な。たまに思考が混ざるけど」


 思考が混ざる? メアリは首をかしげた。

 そもそも、何のために色んな話し方ができるようにしているのだろうか。ふつうに生きていく上では必要のない技術のはずだ。

 さらに今は話し方に合わせているのか、表情も柔らかい。一緒にいて寒い感じもあまりしない。話し方だけではなく、まるで顔つきも操っているかのように思える。


 初めからこうだったのかと錯覚するほど、ラムズは優しい雰囲気をただよわせていた。だがそこに違和感はない。違和感がないことに、違和感を覚えるくらいだ。


「5000年生きてきて、ずっと変えてたの?」

「そうだな。しょっちゅう変えてた」

「変える意味、あるの?」


 ラムズはわざとらしく頭を傾けて笑った。一瞬、奇妙な子供のような怪しい笑みを見た気がして、メアリは首筋に鳥肌が立った。だがもうラムズの表情は戻っている。

 ──ただの見間違いだろうか。


 ラムズは今まで通り優しく笑いかける。


「前みたいに話そうか?」

「前……。でも、最近口調が硬くて怒られてるみたいな感じがしたのよね」

「それは……アゴールに来て、貴族として振る舞っていたからかもしれないな。口調が荒い方がいい?」

「硬いよりはね。だって海賊ってみんな口調が荒いもの」

 

 メアリはラムズをじっと見た。今の優しい雰囲気を持つラムズも、これまで自分を導き様々な常識を教えてくれたラムズも、どちらもラムズのように見える。

 ──だが、どちらも違うようにも見える。

 

「……本当のラムズが、分からないわ」

「本当の俺?」

「優しいのも、硬い雰囲気なのも、それがラムズだと言われればそう思うわ。でも、なんだか変なの」

 

 ラムズが悩ましげな顔をする。メアリは慌てて言った。

 

「変なこと言ってごめんなさい。ラムズはラムズよね」

「いや、ちょっと驚いただけ。見破られるとは思わなかった」


 苦笑気味に言うラムズを見て、メアリは瞠目どうもくした。


「見破られる?! わたし、何か見破ったの?」

「そうだな、意外と勘が鋭いじゃん」


 ラムズは笑って、メアリの額につんと人差し指で触れる。コホンと一つ咳をした。


「優しいのはたしかに"俺"じゃないかもな。硬い雰囲気なのは貴族の時はそうしてるから。本当の俺は──、わりと冷たいかな」

「体温みたいに?」

「分かってんじゃん」

 

 ラムズは悪戯っぽく笑う。メアリはドキリとして彼を二度見した。ラムズは小首を傾げ、笑みをおとす。


「じゃあ、なるべく俺らしくするな」


 ラムズがそう言った途端、眼帯を付けていない右目が陰った。さっきまでまとっていた穏和な空気が急に冷えていく。メアリはごくりと唾を飲んだ。

 『本当のラムズが見たい』と言ったのは、間違っていたかもしれない。優しい雰囲気の方が、案外過ごしやすかったのかもしれない。


「どうかしたか?」

「いや、その、変わるんだなって思って」

「これが俺だからな」

「そ、そっか……」

「たまに優しくしてやるよ」


 ラムズは不敵にわらった。彼の声がメアリの背筋をつうっと撫でる。触れられているわけでもないのに、メアリは身体が凍ったように感じた。




 ◆◆◆




 ロミュー、ヴァニラ、メアリとラムズは、内陸側の街門がいもんからアゴールを出た。馬車やヒッポスに乗る者の通る街道がなんとなく出来ている。道の両脇は軽い林のようになっているが、魔木まきの数は少ない。そして道から離れるに従って林は厚くなっている。



 人の多かった街門から離れ、彼らはしばらくその街道を歩いていた。何度か馬車が通り過ぎた。

 ラムズはずっと黙って考え込んでいた。すると、隣にいたメアリにひじをつつかれる。ラムズは面倒臭そうに顔を上げて、彼女に言う。


「なんだよ」

「何をそんなに考えてるの?」

「別に、なんでもいいだろ」

「教えてよ」

「めんどくさい」


 メアリは溜息をついた。話を聞き出すのを諦めたのか、後ろで歩くロミューへ話しかけに行った。

 ラムズは左を見る。ヴァニラが酒瓶を一つだけ持って、ちょこちょこ歩いている。

 

「おい」

 

 ヴァニラは顔を上げてラムズを見た。ラムズは目線で、メアリたちから少し距離を開けるよう合図する。ヴァニラはラムズの腕を掴んで、上目遣いに見た。

 

「ヴァニ様への相談。酒瓶五本」

 

 ヴァニラは小さなてのひらをぱっと広げて見せた。ラムズは溜息混じりに頷く。ヴァニラはそれを見てパアアっと顔を輝かせ、「どうしたの」とにじり寄った。

 

「俺ってさ、やっぱヒーローじゃねえよな」

「いきなりなんなの。王子様プリンスの次はヒーローになるの?」

「知らん。いや、けどそうだったかもしれねえな」


 ヴァニラは『海賊の王子様プリンス』と呼ばれていることを野次やじったのだ。彼女はふっくらとした唇を尖らせて、考える素振りをする。そしてふんふんと頷いた。

 

「たしかに、最近ラムズは頑張っていたかもしれないの。サフィアのこと探したり、レオンたちにシーフの話をしたりの。あとレオンに変な話してたの。じゅがどうとか」

「あれか。言われてみればそうだな。俺しか気付いてねえみたいだから、背中を押してやったんだ」

「気付いてない?」

「あいつが依授された理由」

 

 ヴァニラは少し頭を捻ったが、全く思い浮かばなかった。おそらく自分には関係ないことなので、一旦話を流す。

 

「それで?」

「ちと俺は頑張りすぎてたな。メアリのせいか色んなことに敏感になりすぎてたのかもしれねえ」

「クラーケンのこととかかの? スワトのこととか?」

「そう」

「ヒーローになるっていうのは何なの?」

「あいつらの背中を押したり、知らない話を教えてやったり、まるで俺が奴らの保護者みたいだったろ」

「保護者、嫌なの?」

「メアリに似合わねえって言われた」


 ヴァニラは酒を一口飲んでから、精一杯難しいことを考えている、という顔をした。だが頭の中では大して何も考えられていない。

 

「メアリはメアリの物語を生きてるだろ。あいつはその主人公だ。じゃああいつから見て俺は何であればいい?」

「ヴァニは知らないの。でも、ラムズにヒーローが似合わないのはたしかなの。どう頑張っても、変なの。それに、実際なれないの。ラムズが主人公の物語だとしたって、ラムズは正義の味方 ヒーロー なんかじゃないの」

「ああ。俺もそう思う。もうヒーローはやめだ。俺は常にあいつの悪役でいよう」

「悪役? それでいいの?」

「いいさ。好きかどうかは関係ねえ。所詮悪の英雄ダークヒーローにしかなれねえんだ。最大限にしてやるよ。知ってるだろ」


 ラムズはヴァニラを見て、くまのある眼を尖らせた。


「嘘の塊より、本物の真実より、真実と虚構の混ざったが一番本当らしく見えるってな」

 

 意味不明だと思ったが、ヴァニラはとりあえず頷いておいた。これだけで酒瓶が五本貰えるならば安いものだ。

 話せる人が誰もいないので、誰かに聞いて欲しかっただけなのかもしれない。もしくは自分の言動に酔っているか。ラムズは独りでに何かを決意したようだった。

 

 

 ヴァニラは既に体が疲れていることに気付いた。いくら大好きなお酒を飲んでいても、疲れには抗えない。

 

「ラムズぅ、このままずうっと歩き続けるのー?」

「いーや。そろそろいっか」


 ラムズは立ち止まって、後ろにいるロミューたちの方を見た。彼らもすぐに追いつき、隣に並んだ。

 

 街門からはわりと離れていたため、魔木は多くなってきていた。といっても、魔物が頻繁に出てきているわけではない。何回か空を飛んでいる魔物がいたが、遠いせいか襲っては来なかった。



 ラムズは懐から角笛つのぶえのようなものを出した。そしてそれを吹く。ブオーと心に沈むような音が辺りに木霊こだましていった。木が大きな音に反応するように、ゆさゆさと体を揺らす。


「しばらく待とう」

「何を待つんだ?」

 

 ロミューはメアリやヴァニラ、ラムズの荷物をほとんど持っている。だが重そうにしている様子はない。メアリはロミューと同じく、ラムズが何をしたのか分かっていないようだった。

 ヴァニラだけはほっと安心して、道の端に寄ってちょこんと腰を下ろした。あの音の正体は知っている。


「お酒が美味しいの!」


 ヴァニラの発言には無視を決め込み、ラムズはロミューに返す。

 

「呼んだんだよ。俺のをな」

 

 ラムズはおよそ『仲間』という単語を使ったとは思えないくらい、冷ややかに笑った。ヴァニラはいぶかしげにそれを見る。ロミューやメアリは顔に疑問符を浮かべたまま、固唾かたずを飲んでを待った。


────────────────

ChapterⅢ 愛 fin.

 Most people are other people. Their thoughts are someone else’s opinions, their lives a mimicry, their passions a quotation.


 人間の多くは他人なのだ。思考は誰かの意見、人生は模倣、そして情熱は引用である。(オスカー・ワイルド)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る