第57話 それぞれの言い分

「信じらんねえよ! 自分の仲間まで売るのかよ! それも海賊だって言うのか?! 今まで一緒に航海してきた仲間じゃねえのかよ! そんな簡単に、手放すもんなのかよ。ラムズって……、ラムズってやっぱり酷いやつだったんだな。俺ももう船には乗らない。ここまで連れて来てくれたことには感謝してるけど、もうラムズみたいなやつに世話になりたくねえ」

「あのさ……一体どうしたの? わたしにも分かるように誰か説明してくれない?」


 レオンは息を切らせながら、わたしの方を見た。もはやジウよりも怒っているくらいだ。彼はわたしの腕を掴んで引き寄せる。


「メアリも、ラムズなんかと一緒にいるな。メアリがおかしくなるよ」

「どうしたのよ? 奴隷って何?」

「ラムズに聞けよ!」


 レオンは教える気がないらしい。

 後ろの方で聞いていたヴァニラが、面倒臭そうな顔で酒を口に含んだ。一歩前に出てくると、わたしとラムズに話し始める。


「みんな怒りすぎなのー。仕方ないからヴァニが教えてあげるの。えっとの、ヴァニの宿に商人の男が来たの。そいつがヴァニに、『ラムズ・シャークがガーネット号の船員のルテミスを、奴隷商人に宝石と交換で売った』って教えてくれたの。ジウやロミューも他の人から聞いたの。冒険者ギルドで、冒険者に話しかけられたらしいの。それでみんな集まって怒ってるの。ルテミスはみんな、捕まらないように逃げたの。ジウたちだけが文句を言いに行くって言って、ここに来たの」


 なるほどね。ヴァニラは全然気にしてないみたいだ。いや、むしろそれが普通だと思うんだけど。ルテミスの話なんだから……。わたしはチラリと横のレオンを見た。

 ラムズは「助かる」と礼を言ったあと、ヴァニラに尋ねる。


「ルテミスは全員いなくなったのか?」

「そうなの。今アゴールにいるのはジウとロミューだけなんじゃないかの」

「どういうことだ……? 一体誰がこんなことを? 何が起こっている?」

「何言ってんだよ! 自分が招いたことだろ! 大体何がしたいんだよ。ルテミスがいなくなったら船は動かせねえだろ!」


 わたしの腕を握っていたレオンの手が、かなり強くなっている。レオンが売られたわけじゃないのに、どうしてここまで怒るんだろう。人間の特徴かな。

 いや、今は人間の特徴についてなんて考えている場合じゃなかった。ラムズって本当にルテミスを売ったのかしら? 宝石と交換で? でもレオンの言う通り、そんなことをする意味はないはず。いくら宝石と交換でも、船員がいなくなるじゃない。


 わたしは掴まれていたレオンの手を払った。そしてラムズに話しかける。


「ラムズ、彼らの言っていること、本当なの?」

「本当なわけないだろ? なぜ俺が船員を売るんだ。それこそ船が動かせない……」

「嘘つかないでよ! ボク、本当に見損なった。やっぱり船長も貴族とおんなじなんだね。見た目だけかと思っていたけど、お金には目がないってことかな」

「ジウ……」


 ロミューがジウの肩を優しく触った。ジウはぱっと払い除ける。


「なんだよ! ロミューもそう思うでしょ?! それとも、やっぱりラムズに付いていくって言うつもり?!」

「俺はそのつもりだ……。仮に売られるとしても、それでもいいと思っている。今までよくしてくれた分、な」

「そんなの違うでしょ!」


 ジウは声を張り上げた。でもその勢いよりも、彼の雫の零れそうな瞳にわたしは釘付けになった。目が離せない。

 ──悲しいんだ、ラムズに裏切られて。


 ロミューは片手でジウの身体を抑えながら、ジウが暴れるのを止めている。今にもジウはラムズに殴りかかって来そうだ。

 ラムズは困惑した表情で、視線を彷徨さまよわせている。本当に何を言っているのか分からないらしい。

 誰が本当のことを言っているんだろう。ジウたちはラムズがルテミスを売ったって完全に信じ込んでいるけど、ラムズが嘘をついているようにも見えない。


 でもそんなことよりも、ジウが可哀想だ。泣いているもの。本当か嘘かはこの際。まずはジウを慰めてあげなきゃ……。

 わたしがジウに話しかけようとしたら、先にラムズが口を開いた。


「俺はルテミスを売る気なんてない。お前たちのことを売る気もない。そもそもそんな話誰ともしていない」

「嘘ばっかりつかないで! ヴァニラは知らないけど、ロゼリィだって怒ってるよ? アイロスのお爺さんもおかしいって言ってた。もう、どうして、だよ!」


 ジウは地団駄を踏んだ。怒っているというよりは、辛くて悲しんでいるようだった。必死に涙声を抑えている。わたしまで苦しくなってきた──。ラムズは真剣な声でジウに返す。


「嘘じゃない、本当に知らないんだ。それにいつもならそんな態度を取らないよな? ルテミスを売るより一緒にいた方が意味があると思っていることくらい、お前たちだって知っているだろ?」


 ジウは首を振って、投げやりに答えた。


「うるさい! 許せないよ! ボクたちのこと、お金としか思ってなかったんでしょ。もういいよ。いつまでもずっと嘘をついていればいい。ボクはもう行くから」


 ジウはそう言って、ロミューの手を振り切った。そして駆けてその場を去っていく。


「待って! ジウ!」


 わたしは彼を追いかけようとして、一歩踏み出した。でもルテミスだから足が速い。瞬く間にジウの後ろ姿は小さくなっていく。

 追いつかないから、今は諦めるしかないのかな……。でも、どうしても彼のことが気にかかる。あとで探しに行かなきゃ……。なんとかしないと。

 


 ラムズも、どうやら立ち上がって引き留めようとしていたみたいだ。ロミューはゆっくりと近付いて、ラムズの肩に手を載せる。


「船長は何か考えがあってそうしたんだよな……。でも、ジウには耐えられなかったらしいんだ。ほら、あいつはさ」

「分かっている! だが俺は売ろうとなんてしていないんだ。何が起こってるんだ? どうしてお前たちは俺の言うことを信じない?」

「信じられるわけねえだろ! 今嘘を付いているのはラムズだろ!」


 レオンはガッと足を踏み込んだ。ラムズの胸元を掴む。唾を飛ばすようにして、声を放った。


「メアリを襲った男とかさ、敵の船の奴らとか、それならまだ理解出来たし、しようと思ってた。でも仲間を売るってのは違うだろ?! どうしてそんなことしたんだよ!」

「本当にしていないんだ。なぜそんなに頑なにその話を信じる? 話をした冒険者たちの名前は?」

「誰だっていいだろ?! ラムズがルテミスを売った、これが真実じゃねえか!」

「レオン、ちょっと!」


 わたしはレオンの腕を掴んで、ラムズから引き剥がした。レオンは肩で息をしたまま、ラムズをじっと睨みつけている。

 何がどうなってるの? ラムズは憔悴しょうすいしているし、多分落ち込んでる。だって船員がいなくなったんだもの。落ち込まないはずがない。彼の言い分を信じれば、ラムズは奴隷にするつもりなんてなかったみたいだから。



 ロゼリィがゆっくりとラムズの方にやってきた。そして、パチンと彼の頬をぶった。


「信じていましたのに……。貴方と船員のあいだには、密かに愛があったことを。貴方みたいな者でも、友情くらいは育めるのだと思っていましたのに。それなのに貴方は、壊してしまったんですね」

「だから違うんだって。ロゼリィも信じてくれないのか?」

「わたしも聞いたのです。貴族と名乗る男が説明してくれました。宝石が大切なのは分かっています、分かっていましたけど……」


 ロゼリィはわっと顔を手で覆った。レオンはロゼリィの背中を、ゆっくり撫でた。レオンは口を開く。


「俺はもうラムズと一緒に行くのはやめた。ここで降りる」

「申し訳ないんじゃが、わしも船からは降りさせてもらうな。さすがに今回お主のやったことは、わしも分からんかった。宝石と交換したそうじゃが、長い目で見れば、ルテミスを味方につけていた方がよかったと思うぞ。お主が嫌いになった訳ではない。使族しぞくとしての理由などがあったのかもしれんしな。じゃが、わしはこの青二才の坊主にまだ魔法を教え切れておらんからな。ここでちょいと失礼するよ」


 アイロスさんは、たしかにラムズに怒っている風ではなかった。ただ残念そうな顔はしている。同じ人間でも、考えることは少しずつ違うみたいね。

 ラムズはまだ頭がついて行かないようで、溜息混じりに軽く返事をしただけだった。


 レオンはヴァニラの隣にいたエルフのノアに視線を移した。ノアはさっきから黙って聞いているばかりで、一度も話し合いには参加していない。まぁそりゃそうね。エルフだもの。おそらく今回付いてきたのも、ヴァニラか誰かに言われて来たからだろう。

 というか、まさかレオンは──。


「レオン、もしかして……」

「ノアはどうするんだ? ラムズじゃなくて、俺たちと一緒に来てくれないか?」


 わたしが止める前に、レオンはそう聞いてしまった。あーあ、やっちゃった……。なんで誰も説明してないのよ、もう。

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