第55話 おかしな関係 #R

[#Rレオン視点]


 ヴァニラの酒の話を聞いて、俺は大きな溜息を吐いた。

 ここの世界の人達って、やっぱりおかしくねえ? 酒がなくなっただけで暴れるってどういうことだよ。

 そもそも、ヴァニラってやっぱり見た目通り幼女なのか? でもあの胸の大きさはおかしいよな。幼女であんなの、二次元にしかいないはずだ。

 ということは顔に反して意外とお歳を召しているのか。でも性格はまだまだ子供だっていうことか?



「ヴァニのお酒、まだかのー?」

「ラムズって案外苦労性だったんだな」


 今ヴァニラのために酒を探しに行っているラムズのことを考えると、同情してしまう。


 ヴァニラは噴水の石段の上に座っている。隣にはミティ。ジウは立ったままで、俺もそのジウの横に立ち二人を見ていた。

 俺はロリコンじゃない。だからどちらかというとミティの方がタイプ。でもあの不思議系の服装はなんとかならないかな……。ならねえよな。うん。



 俺はなんとはなしに呟く。


「それにしても、ヴァンピールってちょっと憧れるよな。血を吸うとか格好よくね?」


 ジウがぎょっとした顔で俺のことを見た。そのあとミティのことを見て、怪訝そうな顔をする。どうやらミティが苦手みたいだ。


「変わってるね……。ボクは怖くて無理。レオン、誰かの血を吸ってみればいいじゃん」

「やめた方がいいヨォ~。ヴァンピール以外の使族しぞくが血を飲むと、吐き気しか感じないと思うヨ。気持悪くて倒れちゃう~」

「そりゃそうだよな。もちろんしねえよ」


 ジウはなんてことを言うんだ。さすがに俺だってそれくらいの常識はある。いや、もはや常識外れの人達ってこいつらだよな。あ、でも、この考え方はこの世界じゃ通用しないんだ。

 色んなところで常識の行き違いが発生してるっていうか、どの使族にも常識があって、それが所々ズレてるんだよな。


 俺は、ミティと同じく足をブラブラさせて座るヴァニラに声をかける。


「そういえばヴァニラはさ、なんでそんなに酒を飲むのが好きなわけ?」

「お酒が好きなのに理由なんてないの。ただヴァニはお酒が好き。お酒がないと生きていけないの」

「ただのアルコール中毒じゃねえか……」

「ボクもそう思う」


 ジウの言葉に、ヴァニラが眼をきっとさせた。ジウは平然とした顔でヴァニラから視線を逸らす。ヴァニラとジウが戦ったらどっちが勝つんだろ……。気になる。




 俺たちがそんな感じで駄弁だべっていたら、話に聞いていた通りラムズがやってきた。気怠げな感じで歩いていて、かなり疲れていそうだ。


「払えるのか、これ」


 ラムズは服の内ポケットから羊皮紙を取り出した。それをヴァニラに渡す。

 ヴァニラは紙を受け取って目を通したが、途中からふるふると瞳を瞬き始めた。


「む、無理なの……どうしたらいいの。こんなの無理なの。高すぎるの」

「いきなり頼んだから仕方ない。トルティガーなら入ってくる酒の量も多いし、ラム酒ばかりだから安いけどな。ここはアゴールだ。だから付いてくるなと言ったのに」

「でもこれくらいないと足りないの。お願いなの。お金貸してなの……」

「嫌だ」

「ラムズひどいの!」


 酷くないだろ。

 俺はちらっとヴァニラの持っている紙を盗み見た。書いてある値段に目玉が飛び出しそうになる。こ、こんなの誰がどうやって払うんだ? 


「ラムズはこれくらいのお金を持ってるのか?」

「ああ」

「え、いや、まじ? 全財産がこれくらい?」

「そんなわけないだろ」


 ──そんなわけない? むしろこれだけあったらしばらく何もしなくても普通に暮らせるよな? これ以上に持ってんのか?

 ヴァニラはけらけら笑って言った。


「ラムズはの~、貴族なの~」

「は? 貴族?」

「おいヴァニラ。余計なことを言うな」


 ラムズがヴァニラを睨んでいる。ヴァニラは全く意に介していない。よくあんな怖い目で見られて何も思わずにいられるな。ヴァニラって案外凄いやつなのか?

 ──いや、違うな。たぶん鈍感なだけだ。危険を察知するセンサーとかが壊れちゃってんだろう。それこそアルコール中毒なせいで……。



 それより、ラムズが貴族だって?

 ミティが眠そうな目をなんとかこじ開けながら、ふわふわとした声で呟く。


「海賊なのに貴族なんて、お洒落だネェ~」


 ラムズは一瞬ミティを見たが、視線を外してヴァニラに言った。


「ヴァニラ、ペラペラ人の話をするな。もう一生助けてやらない」

「ごめんなさいなの! ごめんなのー! 許してなの」


 ヴァニラは駄々っ子のように身体を揺らす。座ったままバタバタと足を動かした。俺はラムズに尋ねる。


「ラムズが貴族ってどういうことだ? 本当に貴族なのか?」

「ハァ。お前のせいで……。俺は名誉貴族として、貴族の称号を貰っただけだ。貴族の中では一番地位が低い」

「なんで貰うことになったんだ?」

「それはの、ラムズがの」


 ラムズはヴァニラの口に手を重ねた。ヴァニラは怒ってラムズの手をどかす。


「何なの! ラムズ!」

「そうやって喋るなって言ってんだろ!」

「なんでなの! 少しくらい教えたっていいの!」

「これだからお前は……。年上の言うことは聞け。まだ子供のくせに」

「子供じゃないもん! これでもたくさん生きてるもん!」

「嘘つけ。とにかく言う通りにしろ!」 

「ひどいの~。ラムズがひどいの!」


 ヴァニラってめちゃくちゃ子どもっぽいな。本当に。顔だけ見れば6歳くらいに見えるし、実際もそのくらいの歳ってことかな。でもその胸はどうしたんだよ……。6歳でどうやるとこんな育つんだよ。


 その時ジウが恐る恐るという風に、ラムズに声をかけた。


「ねえ、船長……。本当に貴族なの?」

「ん、あー。気にするな。貴族という称号があると何かと便利だからな。だから貰っただけだ。大したことはしてない」

「ふうん……」


 ジウはまだ腑に落ちていないような顔つきだ。一度地面を見たあと、ちらちらラムズに視線を送っている。貴族に恨みでもあるんだろうか。ヴァニラは石段から立ち上がり、ラムズに抱きついた。


「ラームズ! ヴァニのお酒をなんとかしないといけないの。ラムズお金貸してなの!」

「嫌だ」

「ラムズうぅぅ」


 ラムズはしかめっ面でヴァニラを見ている。彼女の熱い視線には全くこたえていないようだ。

 いくら6歳の見た目とはいえ、あんなかわいい子に抱きしめられて(と言ってもラムズの腰の辺りを抱えているだけだが)全く表情を変えないなんて。俺だったら──いや、そもそも金がないからな。


 ヴァニラはぷいっと顔を背けると、今度はジウの方に駆ける。甘ったるい声で頼んだ。


「ジウ~! おねがいなの~!」

「ボクこんなにお金持ってない」


 今度は瞳をうるうるさせて俺の方を見た。


「レオン……?」

「俺が持ってるわけないだろ」

「み、ミティ……」

「今日知り合ったやつにも聞くのかよ! ミティ、あるとしても貸さなくていいからな!」


 俺はそうミティに声をかけた。ミティはこくりと首を傾けたあと、「う〜ん」と考え込む。


「僕もやっぱりないカナ~。ゴメンネ、ヴァニラちゃん」

「そんななのぉ……」

「体でも売って稼げ」


 しれっとラムズがそう言うので、俺はちょっと強い口調で返した。


「ラムズ! 女の子に向かってなんてこと言うんだよ!」

「女? こいつにそんな扱い必要あるか?」


 ラムズは見下したような目でわらった。さすがにひどい。ヴァニラはそこそこ女の子らしい──だろ? たしかに年齢とか胸とかおかしいけどさ。酒とか、酒中毒とかもおかしいけど。あれ、やっぱりヴァニラって普通の女の子らしくない……?


 ヴァニラはラムズに舌をベーっと出した。ラムズは溜息を吐く。


「それにお前──」


 ラムズはジウにくっついていたヴァニラを引き剥がし、少し離れたところまで連れていった。二人で何やら話している。

 「無理なのー」とか「いやなのー」とかっていうヴァニラの声がたまに聞こえる。ラムズ、何やらせようとしてんだ?


 それにしても、二人って案外旧知の仲なのかな。たしかにメアリを助けたのはヴァニラらしいしな。ヴァニラがエルフのノアを呼んだって聞いた。



 しばらくしてヴァニラとラムズが戻ってくる。ヴァニラはまだ不満そうな顔をしているけど、どうやら解決したみたいだ。

 俺はヴァニラに話しかけた。


「おい……本当に体を売るってわけじゃないよな?」

「ヴァニラちゃんならたんまり稼げそうだネ~」


 俺は思わずミティを二度見した。今度は女の子が何言ってんだ?

 ラムズはミティに視線を移し、彼女の赤い瞳に目を止める。


獣人ジューマかと思ったが、ヴァンピールか」

「ソウソウ~」

「いやそんなことより、ミティ……」

「エ~?」


 隣にいるジウも少し顔が引きつっている。これは俺の仲間ってこと──だよな? 俺はジウにちょんと小突こづいて、小声で言った。


「おかしくないか? ミティは体を売るのを推奨してんのか?」

「ボクも分かんない。ヴァンピールも変だからね。気にしない方がいいよ。こういうのって、気にしたら負けだから」


 ジウは含みがちにそう言って、さり気なくラムズを見た。──俺は理解した。ミティに突っ込むのはやめておこう。



 それより、本当にヴァニラは体を売ることにしたんだろうか。ヴァニラと目があって、彼女は怪しい目付きで笑った。妖艶な笑みってやつだ。全く容姿に似合っていないのに、何故かさまになっている。ぞくりと背筋に悪寒が走った。


 ラムズがヴァニラの腕を引っ張る。ヴァニラの視線から外れて、俺はほっと息を吐いた。なんだか心臓ごと鷲掴みにされたような気がしたぜ。

 ラムズは淡々とした声で言う。


「体を売らせてはいない」

「嘘なの……。ラムズは……ヴァニを……」


 ヴァニラはわざとらしく嗚咽を漏らして、嘘泣きを始めた。といっても涙さえ流していないが。バレバレだ。

 ジウはじとっとした目付きで彼女を見ている。


「どうせヴァニラは嘘ついてるんでしょ。もう慣れた」

「ふーんなの。本当のことなの。ラムズがお金を払ってくれればよかったのにの」


 ヴァニラはラムズに「ていっ」と言って蹴っている。ラムズは完全に無視だ。俺たちの顔を順番に見たあと、溜息混じりに言う。


「用が済んだなら、俺はもう行く。ヴァニラは小さいことで俺を呼び出すな」

「この前助けたのは誰だっけの~?」


 ラムズはあからさまに嫌な顔をして、彼女に背を向けた。そのまま去っていく。案外ラムズはヴァニラに刃向かえないのか? 意外と面白い関係だな。





 そのあとジウとヴァニラは自分たちの宿屋に戻っていった。ジウはなんだかんだヴァニラに優しくしてやっているように見える。彼女のお守役なんだな。ヴァニラも懐いているみたいだ。


 俺は隣に並ぶミティを見た。

 こんなに眠そうな顔つきの女の子が、体を売る話に積極的──? いやいや、何かの勘違いなんだろう。

 ミティは俺の視線を感じたのか、眠そうな声で言った。


「どうかしたノ~?」

「いや、気にしないでくれ。大丈夫だ」


 まぁこれもいつか分かるだろう。俺たちも帰路についた。

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