第11話 拷問 ※

 ラムズはルドから視線を外した。そしてなんと、ラムズは違うと判断したらしい。その根拠はわたしには全く分からない

(さっき獣人ジューマを犯人と見極めた理由も分からなかったけどね)。


「──たしかに、お前は違うみたいだな」

「はい!」


 ジウも少しいぶかしげに見ていたけど、ルドがジウの方を見るとなんとなく理解したようだった。ラムズが間違えるとはあんまり思えないし、やっぱり違ったのかしら。



 ラムズはまた、宝石を盗んだ獣人ジューマに向き直っていた。

 獣人は文字通りガタガタ震えている。耳はしなびて、生気が吸い取られちゃっているよう。ちびっていてもおかしくない。──何をとは言わないけど。

 獣人は何かを呟いている。掠れ声だし震えているし、何を言っているのか分からない。勘弁してください、とかかな。

 なんだか可哀想になってきた。いやでも盗んだのが悪いか。


「おい、お前ら見てろ。俺の宝石を盗んだやつの末路をな」


 ラムズは不敵に笑った。その不気味な笑みが、さらに目の前の獣人を震え上がらせた

(尻尾に電撃が走ったように、ブルンと毛が波打ったから分かったの)。


 まださっきの拷問の痛みに苦しんでいた船員たちだったけど、ラムズの声にそちらを見ないわけにはいかなくなったようだ。

 それくらい、ラムズの声には強制力がある。さらに今回の声はほとんど殺気がこもっていて、刃物で背中をつうっと撫でられたような気がした

(わたしも含めてね。慣れないあなたなら声だけで死んじゃうかも。そろそろ)。




 彼の不気味な笑みは、まるで毒虫系の魔物なんかが辺りを取り囲み、わたしたちを押しつぶそうとしているように錯覚する。それくらい、ラムズの顔は恐ろしかった。神経を震え上がらせるには、その笑みと声だけでも十分だ。


「いいか、拷問ってのはな──」


 ラムズは冷笑を浮かべたままカトラスを取り出すと、


「──こうするんだ」


 ものの一瞬でを切り取った。


「いあぁあぁぁぁああぁぁああ゛!」


 男とは思えない甲高い叫び声が響いた。獣人ジューマは甲板に倒れると、気が狂ったかのように床で転げ回る

(何が起こっているか知りたい? 本当に? やめておいた方がいいわよ)。


「おい、こっち見ろよ」


 転がる被虐者 ジューマ を足で踏み付け、嗜虐者 ラムズ は楽しそうに嗤う。


 獣人の目玉は今にも飛び出しそうだ。顔全体が血で汚れて、それが恐怖に震える顔を更に引き立てる

(この雰囲気にコボルトの耳の話って合わないわね。希望する人がいるから話すけど。尻尾はまだ無事だけど、耳は血塗れよ。茶色い毛が血と混じって凝り固まっているわ)。

 周りの船員も、凄惨(せいさん)な光景に顔が引きつっていた。



 ラムズは倒れている獣人の身体を引っ張り、無理やり立たせる。嘲笑の載った声で、わざとらしいほどゆっくり言った。


「口、開けろ?」


 ラムズの声に、獣人は為す術もなく口を開けた。まるで操り人形のようだ。抵抗する気力は、彼にはもうないみたい。

 ラムズは獣人の口におもむろに手を突っ込んで、一気に舌を引き抜いた。途端に血飛沫がほとばしる。ラムズは舌を床に投げ捨てると、続けざまにカトラスを口に差し込み、それをぐいと真横に引いた。


 男の口が裂けた。

 声にならない叫びが船内に響いた。


 そのあと、ラムズは捨てた舌を獣人ジューマの目の前で食べた。わざと音をたててそれを噛み砕き、吐き出す。そして、それを獣人の口の中に突っ込んだ。

 獣人は目を白黒させながら、ラムズの方に焦点を合わせた。ラムズは小首を傾げて、わらった。


「飲み込め」


 獣人の口は酷い有様だ。舌もないし、飲み込めるとは思えない。だがラムズの視線が怖いのか、必死に喉に通そうとしている。その度に口の中から血が吹き出す。

 さっきの傷はかなり痛いはずだ。でも、獣人はもう叫ぶのを忘れている。痛みが麻痺してしまったのかもね

(尻尾ね。尻尾も麻痺していそうよ。さっきから動いてないもの。せっかく可愛かったのにね。尻尾の神経、切れちゃったのかな?)。

 でも、ラムズはまだやめない。



「おい、カトラス寄越せ。一番びているやつだ」

「はあい」


 この状況下で、普通でいられるジウも相当おかしいと思う。わたしはこれでも足の震えが止まらない。立っているのも辛いくらいだ。

 さっきから冷や汗はずっと流れているし、閉じた口の中で歯をカタカタと鳴らしている。気持ち的には冷静だけど、身体が怯えているの。


 ラムズは錆びたカトラスを受け取ると、あの冷えた笑いと共に獣人ジューマへ視線を突き刺す。


「何をするか分かるか?」


 獣人は頭を振ろうとしていたが、当たり前にそれは無理だった。でも震えているから、振っているように見えなくもないかも

(尻尾を振っているわけないでしょ)。


 ラムズはカトラスを手に取って、思い切り獣人の心臓の辺りに突き刺した。赤錆色の刃は、ドスっという音を立て彼の身体に突き刺さった。


 でも、さすがは錆びたカトラス。全然刃先は埋まっていない。獣人は痛みに耐えかねて体を動かそうとしているが、がっちりラムズに捕まえられている。

 声はもう枯れてしまったか、声があるってことを忘れてしまったみたいだ(尻尾と耳の存在もね)。


 ラムズはそのまま、刃先をぐりぐりと体へ差し込んでいった。あくまで心臓の近くであって、心臓に刺した訳ではない。そのせいで獣人はまだ死ねていなかった。でも、もう気絶寸前だ。

 気絶する前にやってしまおうかと思ったのか、ラムズは刺したカトラスを一旦抜くと、普通のカトラス(切れ味がいいやつ)に持ち替えた。



 ラムズはギラギラした眼で獣人ジューマを見た。体に空いた穴にカトラスをずぶりと差し込むと、そのまま思いっきり縦にカトラスを振った。カトラスの鋭い刃先が皮膚を内側から引き割いて、体の中の内臓が飛び散った。


 顔は血だらけ、体は見るに耐えないほどグロテスクだった。

 濁った血液がだらだらと男の体から流れて、服や髪の毛を染めている。飛び出た内臓は気味の悪いピンク色で、奇妙なみずみずしさをもってあちこちに散らばっていた。

 獣人は、もう死んでいた。



「片付けとけ」


 ラムズは自分のカトラスを懐にしまうと、ジウに向かって言った。ジウはいつも通り楽しそうに歩きながら男の死体を始末した。

 周りの船員は、まだ固まったままだった。




 ◆◆◆




 日が暮れて、もう夜になっていた。外の海は落ち着いていて、雨が降ったり強風が吹いたりすることはなさそう。ひんやりとした風がわたしの頬を撫でる。ぶるりと肩を震わせた。


 空を見上げると満天の星空が広がっている。幾億もの星が、その輝きを競うようにして懸命に瞬いている。わたしは夜の空も好きだった。小さなダイヤモンドを、黒い布にわっと散らばせたみたいだ。

 星や月のおかげで、海面もキラキラ輝いている。まるで揺れる鏡のよう。月明かりがちょうど海を照らすところは、深い青の海がぼうっと浮かび上がって見えた。


 産まれてからずっと海を見ているわたしは、こんなに綺麗な景色でも何かが違うと気付いた。別に嵐が来るってわけじゃない。でも、少しだけいつもと違う気がするのだ。いつもより海面が透き通っている──わたしが気付いた違和感は、ここまでだった。



 あの拷問のあと、船内は若干雰囲気を悪くしていた。といっても、悪くなっているのは一部だけ。ルテミスの切り替えは早いし、獣人ジューマも同じようなもん。初めてラムズの拷問を見たらしい人間だけが、なんだか話し込んでいたのを見た。

 わたしが近付いて話しかけようとしたら避けられた。一人だけ拷問されなかったから、恨まれているのかもしれないわね。


 ラムズはあれからずっと船長室を出てきていない。特に用事もないものね。

 そんな感じで船は進み、そして夜が深まり、段々と空は朝焼けの準備を始めていた。


 


 朝日が上り始めた頃、わたしは他の船員と仕事を交代した。今度はわたしが寝る番だ。

 格子こうし状のハッチカバーを開けて、地下への階段を下りる。朝日の薄明かりだけじゃ、とてもじゃないけど地下までは照らせない。船倉は暗くて、わたしは手探りで歩いた。

 大砲のそばを進んで、奥まで行く。わたしは女だからってことで、優先的にハンモックで寝かせてもらえている。二本の大砲のあいだにハンモックがかけられていて、そこで寝るのだ。


 船員は三時間くらいずつ交代で寝る。三時間でも全然寝れないよりはいい。わたしはハンモックに寝転がった。船の揺れと一緒に、ハンモックも揺れる。ちょっと揺りかごみたいね。それじゃあ、おやすみなさい。




 ◆◆◆




「メアリ、起きて!」 


 わたしはぱちぱちと目を瞬く。わざわざ操舵手そうだしゅのジウに起こされるなんて、船に何かあったってこと?

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