第12話 無人島

 眩しい光に目を細める。黄金きんの煌めきが大砲とその枠の隙間から漏れている。

 肩を揺すっていた手を止めて、ジウはニコリと笑った。


「見たことがない島に漂着したんだ。まぁ漂着と言うより、船長が行ってみようって言ったからなんだけど」

「……ふうん。トルティガーはいいのかしら」

「ちょっと島を見たら、すぐに出発するってさ。船を降りて、島を見に行った船員もいるよ。日が落ちる前に戻れって言ってた」


 わたしはハンモックを降りて、ジウと船倉を歩く。そして階段を上って甲板に出た。

 目がくらむような強い日差し。あともう少しで正午かしら



 船は白い砂浜に停泊していた。

 島は小さそうだ。目を凝らせば島の端も見える。木々は鬱蒼と生い茂り、互いの葉を重ねるようにして分厚い林を作っている。全然人が住んでいる雰囲気はないから、たぶん無人島。恐らく魔物はいるわね。

 それにしても、全く見たことがない島だ。わたしが知らない島なんてないはずなのに。


 ラムズは船長室の前でわたしを待っているみたいだった。わたしは彼の方へ歩いていく。

 何人かの船員は甲板の上で寝転がっているけど、ジウの言う通り半分くらいは島に行ったようだ。お宝探しってやつかしらね。



 わたしがラムズの前まで来ると、彼は話し始めた。


「俺はこれから島に入る。メアリはどうする?」

「んー、じゃあわたしも行こうかな……」


 この島のことが少し気になっていた。だって見たことがない島なんてあるはずないもの。最近できた島とか……? そもそも島ってどうやってできるのかしら。とにかく、正体不明の島、わたしも調べてみたい。


 ラムズは頷くと、船を降りるよう促した。ジウはわたしたちと一緒についてくるようだ。きっと森の中には魔物がいるけど、ジウとラムズがいるなら安心ね。




 砂浜を歩いて、林の中に入っていく。林に一歩踏み入れると、途端に太陽が消えた。


 ──暗すぎる。


 今は昼前だし外は明るい。それなら林の中だって、せいぜい"薄暗い"くらいなはず。

 でも、この林は違う。木々の隙間から光が漏れているはずなのに、それが遮断されているような感じがする。見上げると密生した枝の間に空が見える。でも、その空は暗い色だった。絶対におかしい。

 ラムズもそれに気付いたのか、一瞬足を止めた。でも、彼はそのまま歩き始める。


 奥に進めば進むほど、ますます怪しい空気になっていく。道らしいものはなく、伸び放題の魔植ましょくき分けながら進まなきゃいけない。足場も悪く、雨が降ったのか土が柔らかい。魔木まきはあちこちに散在している。

 薄気味悪い鳴き声が聞こえ始めた。たぶん魔物の声。知らない魔物があんまり出ないといいな


(陸で魔物と戦ったことは少しだけある。海で戦うのとは違ってかなりやりにくかったわ。しかもわたしは水属性と闇属性の魔法しか使えないせいで、それらに耐性のある魔物はなかなか殺すことができない。

 逆に、ファイアリザードという炎をまとっている小さな魔物がいるんだけど、それは余裕だったわね。大量に水を出したらそれだけで死んだ。本当だったらけっこう苦労するらしいんだけど……。少なくともDランクとは思えなかった)。




 あれから、わたしたちは多くの魔物と戦っていた。残念ながら知らない魔物ばっかり。

 三人しかいないし、魔法の使い手が二人だからパーティとしてはやりづらい。でもラムズは多種多様な技を使えるらしく、ジウを補助しながらも多くの魔物を殺していた。


 ドンドンと地響きがする。また魔物がやってきたのだ。ラムズはジウに向かって声を上げた。


「おい、あれは目玉だ! そこさえ潰せば死ぬ! 触っても平気だからやれ!」


 迫ってくるのは、灰色の身体を持ち、二足歩行の大きな魔物だ。わたしの身長の二倍はある。

 体のど真ん中に、充血した紫色の目玉があった。むしろそこにしか目はない。顔らしき所には真っ赤な避けた口だけがあり、頭にはぐるんと曲がった角が二本。高い奇声をあげながら、わたしたちの身体を掴もうとする。


 ジウは素早い身のこなしでわたしたちの前にくると、目玉に向かって手刀を食らわせた。魔物の目玉は、ガラスが砕けるようにして割れていく。ゴトンと大きな魔石が落ちた。


「え、その魔石って、かなり価値のあるものじゃ……」

「うん? ああ、これはCランクのロコルアイベアーだからな。目玉以外がすぐに回復するから討伐レベルが高いが、本当は簡単だ。かなり珍しい魔物だし、人間は討伐方法を知らねえんだろ」


 ──知っているラムズは何者なのよ。

 あっけなくCランクの魔物を倒していたことに、わたしは戦慄せんりつした。Cランクの魔物は、平均レベルの冒険者(つまりC級冒険者)が、最低四人は集まらないと倒すことができないくらい強い。しかもかなり頑張って、ようやく勝てるっていうくらい。

 

 ラムズはそう話しながら、近付いていたケットシーを魔法で殺した。

 たぶん闇属性の絞身こうしん魔法だと思う。手で触れなくとも、身体のどこかを絞めることができる。でもこの魔法は、かなり魔法の威力が高くないと殺すほど強くは縛れない。つまり、例えば人間だったらあんな芸当はできないってこと。



「上! 来てるぞ!」


 わたしはハッとして頭上に氷柱つらら魔法を打った。大木の間から、リルワイバーンが急降下している

(リルワイバーンは手がドラゴンのような羽になっていて、空を飛ぶ魔物よ。ドラゴンよりも小柄だけど、足の鉤爪は鋭い。一度でも背中を刺されたら死んでしまうわ)。


 数十本のクリスタルガラスのような氷柱がリルワイバーンに迫った。でもリルワイバーンは華麗にそれを避け、そのままこちらに突っ込んでくる。


「【水よ、包め ── Aqueアキュー Covlare コヴェラーエ 】!」


 わたしは青い水泡を出すと、リルワイバーンを包んだ。咄嗟とっさに無詠唱で暗闇魔法を使い、水泡の表面を闇で覆う。水泡がどす黒く染まっていく。

 リルワイバーンは水泡の中で溺れ、また目が見えないことに混乱し始めた。それを見て、ジウは跳んでリルワイバーンに蹴りを食らわせた。リルワイバーンは幹に身体が打ち付けられ、ぐったりと首が折れて倒れた。



「もう少し戦いの練習をしたらどうだ? 無駄が多い」

「仕方ないでしょ! そんなに陸の魔物と戦ったことなんてないんだから」

「まあまあ、二人のおかげでボクは助かってるし」


 ジウはこう言ってくれるけど、魔物はほとんどラムズが倒していた。彼が電撃を放つと、一瞬にして魔物が焦げて死ぬ。そこに有利属性不利属性なんてものはない。電撃の威力が高すぎるのだ。


 本当はラムズ一人でも戦えるんだと思う。魔法の威力を見る限り、彼はどう考えても人間じゃない。

 人間という使族しぞくは、他の使族より圧倒的に、魔法の威力、魔力量が低い。唯一テクニックは並以上だけど、それにしてもラムズはおかしい

(こんな予想を立てなくても、無詠唱が時点で人間じゃなかったわ。何やってるんだろう、わたし)。

 


 急に腕を何かに掴まれたと思ったら、魔木まきだった

(魔木はかなり面倒なの。ほとんどの魔木はあまり凶暴性がなく、ただその場所に生えているだけのことが多いわ。でも中には魔法を放ったり、幹を伸ばして捕まえようとする木もある。根を足のようにして追いかける魔木も。

 その辺に生えている草花なんかもそう。何もしてこない魔植ましょくは無視できるけど、ここの林はそうじゃないものが多いわね。

 草花と魔植は同じ意味よ。魔木と木も同じ意味。ただ面倒で"魔"を付けるか付けないかっていうだけ)。


 わたしの腕にぐるぐると細い枝が巻き付く。


「【命よ、腐れ ── Animalenアニマレンタt Sductisスドゥーキス】!」


 植物を腐らせる闇属性の魔法。黒いもやが枝を覆う。効き目は全然ない。一瞬巻き付く力が弱まった気がしたけど、むしろ怒らせたかも。

 肩までとぐろを巻いた枝が、わたしの腕を思い切り締め付けた。


った!」

 

 ラムズが振り返って、さっと枝を触った。

 枝が急に変色して、ボロボロと崩れていく。変色は幹の方まで伝わり、そのまま大きな魔木が倒れた。地響きがして、辺りの木々がゆさゆさと揺れる。地面にある落ち葉がふわっと浮いた。


「ありがと……」

「ああ。ぼやっとすんなよ」

「はい……」


 ──というか! 信じられない!

 あの魔木もCランクくらいなんじゃないの? それをあんな簡単に倒すって、ラムズはエルフってこと? ラムズがエルフなら強さも納得ね。魔力量、魔法の威力、テクニックは全ての使族の中でもかなり高い方(ドラゴンは異常な強さだけどね)。人間の倍はある。

 でもラムズは絶対にエルフじゃない。エルフなら金髪金目を持ち、耳が尖っているはずだ。ラムズは欠片もその特徴が被っていない。


 そもそも、触っただけで腐っていくほどの威力ってどれほどなの? たぶんわたしがやろうとしたのと全く同じ魔法を使ったはず。馬鹿にされている気がする……。

 わたしは薄目で彼のことを見た。ラムズはそんなわたしには気付かず、飄々ひょうひょうとした顔で魔物を倒し続けている。



 ここは林というより、山みたいな感じがした。島自体が山、という感じだ。上り坂であるせいで疲れが溜まる。

 そういえば道は分かっているんだろうか。ラムズの後ろについて歩いているだけで、わたしは全く確認していなかったわ。



「う、うわあ! なんだこ──」


 近くで声がして、わたしたちは周りを見渡した。すると魔木(この木は暴れないやつよ)を何本か挟んで、先に島に行っていた船員達が戦っているのが見えた。木が邪魔なせいで、何と戦っているかまでは分からない。

 


 わたしたちは木々のあいだを擦り抜けて、彼らの近くまで駆けた。生い茂る魔植の隙間から見えたのは、ロコルケットシーとフェンリルの獣人ジューマ、ルテミスが一人と、人間が三人、そして歪な見た目の魔物と……。


 ──石化した二人の死体が倒れていた。

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