第41話 妖鬼

 わたしが宿屋の様子を眺めているあいだに

(13種類の使族がいるって聞いてお客さんをよく見ていたんだけど、容姿はほとんどみんな『人間』に見えたわ。髪の色なんかはマチマチだけど、そもそも髪や瞳の色は、どんな色合いもいるしね。銀も赤も青も緑も、普通にいるのよ。色の決まりがある使族なんてエルフくらいかな?

 エルフは耳が尖っていて金髪金目だから分かりやすい。あとは白い翼の生えている者もいた。ちょっと顔が白いなーくらいの人はいたけど、見た目が違うのはそれくらいね)、

ラムズは部屋を取っていたようだ。例の黒いベストを着た店員が、わたしたちを部屋へ案内する。



 奥には螺旋らせん階段があって、そこには赤い絨毯が敷かれている。それを上っていくと、廊下にずらりと部屋が並んでいた。廊下の両側に、それぞれ10つずつはある。20部屋というと、けっこう多いわね。


 店員は、一つの部屋の前で立ち止まった。


「お部屋はこちらです。お食事とお風呂はどう致しますか?」

「まだいい」

「かしこまりました。お食事は一階に行けば、いつでも食べることができます。お風呂はまたわたくしどもにお聞きください」

「ああ」


 店員はラムズに鍵を渡すと、「ごゆっくり」と言って頭を下げ、戻っていった。


「あれ、わたしの部屋はどこなの?」

「ここだ」

「え? ラムズの部屋は?」

「ここだ」

「同じなの?」

「嫌か?」


 嫌かって聞かれると反応に困るけど……。でも普段船の中でもみんなと寝ているし、それと同じかしら。

 わたしはいつも一人で宿屋に泊まっていたから、少し違和感を感じたみたい。ロミューやレオンたちもみんなで泊まっているんだろう。


 実はこれほど人間や他の使族と仲良くしたことってないのよね。孤独だった、って感じ? 所属する海賊団も転々としていたし。

 今更だけど、陸の上で暮らす人たちの常識もちゃんと知っていこうっと(何か言った?)。呪いが解けて人魚に戻ったら、仲間への土産話も増えるしね。

 

「ごめんなさい、普通みんなで泊まるものなのね」

「……まあ、そんな感じだ」


 ラムズは少し首を傾げたあと、そう言った。そして部屋に入る。



 部屋にはベッドが一つあって、その横に少し大きな机、椅子が二つあった。小さな棚も置いてある。部屋は普通の宿屋よりは広いけど、さすがに絨毯が敷かれていることはなかった。

 ベッドが一つしかないってことは、そこに二人で寝るってことね。これも知らなかったわ。


 ロミューたちはどうするんだろう? ロミューとジウとヴァニラで泊まるらしいから、三人で一緒に寝るのかな。一つのベッドに三人なんて、なんだか狭そうね。そういえばアイロスさんたちもそうじゃない。二人でよかった。



 ラムズも荷物の整理が終わったみたいだから、わたしはさっき初めて知った言葉について、聞いてみることにした。


「店員の人が言っていた、オフロってなに?」

「風呂を知らないのか? ああ、普段は安い宿に泊まっているのか。それなら風呂はないな。風呂は熱い水の中に裸で入って、身体を洗うんだ」

「熱い水? どうして? 火傷するじゃない」

「火傷するほどの熱さじゃない。でもメアリは人魚だから、違和感を感じるかもな……」


 ラムズはわたしのてのひらを掴むと、そこに暖かい水をかけた。 

 ────ものすごく違和感。

 このくらいの温度の水の中に入るの? 人間って変なことをするのね。なんだか気持ち悪いかも……。


「こんなもんだ。あんたはいつも、どうやって身体を洗うんだ?」

「みんなが街に行ったあと、一人で海の中に入るわ。それでお終いよ」

「それで綺麗になるのか?」


 わたしは自分の髪の毛をくるくる触りながら、ラムズに返す。


「うーん。髪の毛はこれほどさらさらにはならないけど、汚れは落ちていると思うわ」

「人魚だからかな。風呂には入らない方がいいか?」

「ちょっと変な感じがするから、遠慮しておくわ。また海に行けばいいし」

「海でもいいが、さっきの魔法を全身にかけてやる」


 ラムズはそう言うと、先ほど顔にかけた魔法を、今度は身体にかけた。全身が濡れた感じがして──でも、濡れてはいない。そしてなんとなく、汗ばんでいた身体が綺麗になった気がする。身体がさらさらだ。


「俺も風呂は入らない。あの魔法で済むしな」

「たしかにね」

「食事はどうする?」

「じゃあ食べに行こうかな」


 ラムズは頷くと、わたしに部屋を出るよう促した。わたしに続いてラムズも部屋を出る。そして鍵をかけた。





 長い階段を通って、一階まで降りる。時間ももう夕方頃だからか、食べている人はけっこう多い。ラムズはしばらく見渡してから、ある席の方へ歩いていった。


 見たこともない服を着た男の人の前で、ラムズは立ち止まった。


「おい、リューキ」


 男は振り返った。20過ぎくらいに見える。髪の毛は朱色で

(わたしやルテミスの赤色よりも、ずっと黒っぽい雰囲気。暗い赤って感じかしら)

襟足が少し長い。目は切れ長で朱色、それらと同じ色の二本のつのが生えている。こんな角初めて見た。

 どことなく雰囲気はラムズに似ている気がする。頭の後ろに、何やらお面を付けているみたいだ。


 リューキと呼ばれた男はクククっと笑ったあと、足を組み直した。


「ラムズであったか。久しいな。その女子おなごは?」

「宝石の代わりだ。俺が戻るまで頼んでいいか」

「宝石とな。其方そなたが女子を連れているなぞ、珍しきこともあるものよ」


 彼はわたしの方をなんとなく見やって、流し目で片目をつぶった。さっと視線を逸らす。ラムズがリューキに言う。


「とにかく頼んだ。こいつの使族を後で聞いておけ。そうすれば頼む意味も分かる」

「あいわかった。しかして、其方は何をしにくか」

「例のクラーケンを討伐した者について、調べてこようと思う」


 リューキ──朱色の角を持つその男も、顎に手を当てて険しい顔をした。彼もクラーケンについて知っていたようだ。


 わたしもその話はすごく気になる。わたしたちは海賊だから、海に"新しいもっと強い使族"が現れた時にかなり被害をこうむる。

 それだけじゃない。もしもその人(もしくは、その人たち)がまた"新しい使族"を殺したら──。クラーケンの二段階上をいく使族なんて、考えるだけで嫌になるわ。



 リューキは薄紅の唇をゆっくり開いた。横に置いてある煙管キセルを吸っていたのか、口から僅かに煙が漏れる。甘い匂いだ。


「何か分からば、わしにも伝えたもれ」

「ああ」


 リューキがわたしの方を見て「座ったらどうじゃ」と言ったので、わたしは言われた通り空いている席に座った。

 わたしが席に座るとラムズはいなくなった。食事をすると言っていたのに、ラムズはしないのね。



 正面に座ると、リューキの独特な雰囲気の服がよく見えるようになった。黒色の生地に、花などの様々な模様が描かれている。縁だけが赤くなっている。

 一番珍しいのはその服の形だ。袖から下は四角い袋状になっている。それに服自体は全て繋がった1枚の布みたい。腰に朱色の帯を巻いていて、片方の肩だけ露出している。

 身体には、服の下で太さや色の違う紐が数本かかっている。これはネックレスみたいな装飾品かな。


 わたしがあまりにも彼の服を凝視していたからか、リューキが面白そうに笑った。


其方そなた、わしの着るような装束しょうぞくを見たことがないとな」

「ええ、まぁ」

「たしかに見ない物かもしれぬ。これは着物という。それより、其方の使族を伺っても? わしの名はリューキという」

「わたしはメアリよ。えっとー……」


 ラムズが使族を言えって言ったということは、言っても大丈夫ということよね。ラムズは用があったから、この人──リューキにわたしを頼んだってところかしら。


 リューキは、持っていたグラスを机の上で回している。伏せた目が、睫毛まゆげが長いせいかかなり色っぽい。

 わたしは意を決して、口を開いた。


「下半身が人間になっているけど、わたしは人魚なの」

「ほ、人魚とな。それはまた珍しゅうことよ。普通に生きておらば、会うことはなかったろうよ。わしは妖鬼オニという使族よ」


 リューキは、口角をきゅっと上げた。彼の笑みが深まる。

 ──妖鬼オニ

 そういえば、妖鬼オニっていうのがあの紙にも書いてあったわね。


「初めて聞いた使族だわ。どんな使族なの?」

「この角が付いているということ以外は、見た目は人間と変わらぬな。《覚醒》するとき、わしらは妖鬼オニとして真の力を発揮する」

「真の力?」

「メアリは人魚であったな。妖鬼オニの魔法の威力やテクニックは、平時へいじは人魚と同等よ。しかして、《覚醒》するとそれらが二倍になるわ。筋力やスピードもじゃな」

「それって、まさかルテミスを超えるの?」


 リューキ腕を上げて顎の辺りを触った。赤色の着物が擦れる音がする。


「ルテミス……。間近まぢかく、依授いじゅされた者だったか」

「最近ってこと? そうね。わりと最近かも。赤髪赤目の化系トランシィ殊人シューマよ」

其奴そやつらか。知っておる。すると、そうよの。妖鬼オニが《覚醒》したあかつきには、彼らを超える」

「本当に?!」


 なんだか凄く変な言葉遣いだから、話しづらいわ。

 人魚の魔法の威力の二倍というと、恐らくエルフを超えるわね。しかも筋力までルテミスを超えるなんて。使族最強ってところかしら

(もちろんドラゴンの次にだけど。まぁ他の使族も全部は知らないから、本当のところは分からないけどね)。


「《覚醒》って凄すぎない?」

「面倒なことも多きよ。五回目に《覚醒》したままでおると殺欲さつよくが──。よかろう、の話をするとせん。れど其方もいたらどうじゃ」


 リューキは左手で長い袖を抑えながら、右手を挙げた。すると店員がどこからかやって来て、リューキに声をかけた。


「なんでごさいましょう?」

く物を頼め。遠慮はいらぬ」

「えっと、そうね……。何があるのかしら?」

「どんなものでもお出ししますよ」


 どんなものでも、なんて言われると逆に困っちゃうわね。わたしは思いついた食べ物をテキトウに言った。リルオークの肉とか、アプルとかそんなんだ。

 店員はそれを使って料理をしますと言って、わたしたちの机から下がる。



 店員がいなくなったので、わたしはまたリューキに話しかける。


「そういえば、その話し方や服装は妖鬼オニだとみんなそうなの?」

「ちと違うな。わしがただいておるだけよ。珍しきが好きよの。其方のような装束を着る妖鬼オニもおるわ。話し方もよ。さりとて、着物を着ていれば妖鬼オニであらん」

「なるほどね。その服は一度も見たことがないし、変わっているわね」

「それは良きかな。れど、はて。人魚もうろこまとっておるわ。それと同じことかな」

「同じ……なのかしら」


 関わっている神のせいで、こういう服を好むようになったのかもしれない。戦う時にあの服だと楽だとか?

 そういえばフェアリーの服も少し変わっていると聞いたことがある。だからそういうことなのかな。


「ラムズとはどこで知り合ったの?」

彼奴きゃつとは長い付き合いよ。いつだったか。……そうよ、いつか彼奴がユニコーンを倒したいとらしておった時、共に戦ったのが始まりじゃな」


 リューキはにこりと笑った。


「そうなの? リューキと一緒に倒したんだ……。妖鬼オニは強いみたいだし、それなら納得ね」

「他にもおったがな。彼奴きゃつは誠に身体がもろい。詮方せんかたなきがな」

「身体が脆い?」

「其方もそう感じぬか。体力がないということよ」

「そういえば、しょっちゅう魔力切れを起こしていたような感じだったわね」


 彼は朱色の瞳をすっと細めると、上品な仕草でくすくすと笑う。


「魔力切れと申すか。はっは、それは片腹かたはら痛い。彼奴きゃつは魔力切れなんぞ起こさんよ」

「えっ?! 魔力が無限ってこと?」

「聞いとらんのか。はて、怒られてしまうかの。これ以上は聞いてくれるな。彼奴きゃつに直接聞いてみなされ」


 魔力が無限……。エルフはたしか無限だった気がするわ。でもラムズはどこからどう見てもエルフじゃない。いやラムズがエルフなんて言ったら、エルフを汚しているような感じがしちゃう。

 ドラゴンも確か無限だけど、まさかドラゴンなんてことは──ないわよね?

 ヴァンピールって無限なのかしら。でもリューキはこれ以上話してくれなそうだし。ラムズって、自分のこと隠しているのかな。



 わたしはリューキにまた話しかける。


「じゃあ、ラムズの知り合いのヴァニラとか知ってる?」

「ヴァニラ……。あぁ、あの酒を女子おなごじゃな。よくみ交わしたものよ。共に酔うことがないからの、もはや酌み交わすとも言えぬか。妖鬼オニは酒に酔わぬのよ」

「ふうん。わたしはお酒をたくさん飲んでいたら、気絶しちゃったわ」

「人魚が酒とな。それはまた面白きよ。そうじゃ、メアリはなぜ足が人間とな?」


 やっぱり聞かれるわよね。こんなの変だし。でも人間に恋をした人魚だなんて恥晒はじさらしだから、あんまり言いたくない。人間が嫌いなわけじゃないけど、呪いがあるのに恋をするなんておかしいもの。ましてやわたしたちを嫌っている人間を好きになるなんて。


 いつの間にか握っていた拳が、少し汗ばんでいた。わたしはふっと力を抜く。

 そういえば、サフィアのことを聞いていなかったわ。なんだか物知りそうだし、聞いてみる価値はあるかも。


「それは今は言えないわ。あんまり言いたくないの」

「よいよい。話したくないことなど誰にでもある」

「ありがとう。それはそうと、サフィアという名前の男を知らない?」

「サフィアとな……。知らぬな、すまぬ」


 リューキも知らないか。

 どうしてこんなに知られていないんだろう。二年も探しているのに。

 もしかして、やっぱり貴族なのかな。今まで聞いてきた人はこうやって町中で出会った人ばかりだ。サフィアがもしも貴族なら、貴族間でしか知られていない可能性もある。

 貴族だとしたらどうやって探せばいいんだろう。わたしに貴族の知り合いなんていないし、知り合うことができるとも思えないわ。



 その時、店員が料理を運んできた。わたしたちの机の上に三品の料理を載せる。どれもとっても美味しそうだ。


「かたじけない」

「いえいえ、ごゆっくりお過ごしください」


 店員がいなくなる。わたしはなるべく行儀よく、料理を食べはじめた。こういう所で食べるのは初めてだ。

 食べながら、他の使族のことを思い出した。知らない名前がたくさんあったはずだ。えっと、ラミアと、ケンタウロスと……あとはなんだっけ。


「リューキ、ここの『13人と依授』の中にいた使族をそれぞれ教えてくれない?」

「よいぞ。れど多いな。簡単にでよければ話さん」

「それでいいわ。そうね……、えっと、そもそも何がいたかしら」

「アークエンジェルなどは知っておるか」

「知らないわ!」

彼処あしこにおるのがアークエンジェルじゃ」


 リューキが手で指した先には

(彼の爪は長くて、これも朱色だったわ。もしかしてこれは妖鬼オニの特徴かしら)、

真っ白の翼を持つ女の人がいた。かなり綺麗な人で、ロゼリィにも負けていない(胸の大きさもね)。翼は大きくて、そのまますっぽり身体を包めそうなくらいだ。


「彼らは金儲けが好きでの、持ち前の戦闘に関する知識などを売っとるわ」

「へえ、戦いの。あんまり見た目には合わないのね。しかもお金儲けが好きだなんて」


 彼女の雰囲気はとてもおしとやかで、彼女もまるで聖女のようだ。あの人がお金儲けをしているのは想像ができない。


「あとはラミア食人鬼は知っておるか?」

「いいえ」

「彼らは人間の子として生まれるわ。れど、15を過ぎると髪が銀に染まり、18で人間の子供を食い始める。自身の治癒能力が高かったか」


 ラミアもヴァンピールと同じく、治癒能力を持っているのね。


「人間の子として生まれるの? 変な使族ね。でも子供を食べ始めるんじゃ、人間には嫌われていそう」

「うぬ。たちまちに、子の髪が銀に染まり始めたらあやめる親が多いと聞く」

「子供を殺さなきゃいけないのは少し辛い話ね。仕方ないんだろうけど。あとは……ケンタウロスってなんなの?」

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