第40話 『13人と依授』
メルケルさんの店を出たところで、ラムズはじろりとわたしの方を見た。なんだか睨まれている気がする。
「クラーケンのこと、知っていたのか」
「それが、あのあと海の声を聞いたら分かったのよ」
「海の声?」
「なんていうか、意識だけ海に飛ばせるの。集中すれば海の中の様子も見えるのよ」
「そういうことは早く教えろ」
「わかったわよ」
わたしが教える義理なんてないのにね? ちょっとふざけた声で謝ってみる。ラムズはそんなわたしの声を聞いて、溜息をついた。
「次は一体どんな使族が
ラムズはやれやれといった風に頭を振った。
クラーケンやミノタウロスは、神様に操られるみたいにしてわたしたちを襲う。でもそんな彼らを討伐してはいけないのだ。こんなの常識なのに
(討伐したらいけない理由ね。ラムズが言っているように、新しい使族が創られるからよ。しかもそれはクラーケンを超える強さを持つの。
さっきの海の
討伐した人は、一体何を考えていたんだろう。
こんなことをするなんて、むしろ世界を危険に晒しているようなものだ。良かれと思ってやったのか、それともわざと混乱させるためにやったのか──。
そもそも、討伐した人は誰なんだろう?
こんな常識知らず、
「それより、なんでその男を探しているんだ」
「えっと、サフィアのこと? うーん」
言ってもいいのかな。別に隠す理由も特にないけど、殺すために探しているなんて言ったら、誰も協力してくれなそうじゃない? でも、お世話になっているしいいのかな。
わたしはしばらく
「言いたくないなら無理には聞かない」
「……ごめんなさい。いつか話すわ」
「ああ、その時は協力してやる」
ラムズはそう言うと、前を向いた。
いつか話せるかな。でももしかしたら、そう遠くない未来かもしれないわね。
わたしたちは先ほど通った広場に出た。広場には大きな噴水がある。ここの広場は、わりかし貴族や少しお高めの商人なんかが使う場所のよう。街を歩く人が、誰も彼も立派な装いだ。
ここにいると、ますますわたしの身なりが変に思えてくる
(わたしは普段こんな通りに行かないのよ。もっと古びた宿屋に泊まるし、薄暗い通りなんかで過ごすの)。
ラムズは広場を突っ切ったあと、ある道に入る。ずんずん歩いていき、また曲がった。そして右手にあった店に入った。また買い物をするのかしら
(そもそも、"店に入る"っていう行為ができる時点で高級な店なのよね。安い店は露店だからその場で買うの。ちゃんと建物がある店なんて、ほとんど入ったことないわ)。
「いらっしゃいませ」
先程よりも少し雑多な店だ。さっきは受付と小さな部屋しかなかったけど、ここは受付の他に棚や机がいくつかある。
ここは服飾店みたいで、低い机の上に一枚ずつ服が飾られている。色とりどりで、どれもかなり綺麗に染められている。チラッと見るだけで高級品なのが分かるわ。横には靴下や髪飾りなども少しあるみたい。
「ここから好きなものを選べ」
「また買うの?」
「今買わなかったら、あんたは明日までずっとその格好でいるしかないだろ。金は払うから早く選べ」
わたしはそう促されて、机の上の服を眺めた。
見たこともない服ばかりだ。デザインも多種多様で、着方が分からない服もある。こんなにたくさんあったら選べない。わたしには服のセンスなんてものもないし
(当たり前でしょ? 海の中では服なんて着ないもの。センスがある人魚なんて笑っちゃうかも)、
ラムズがどんな服を望んでいるのかもわからない。
わたしが選びあぐねていると、ラムズは溜息をついて、一つ一つ服を見ていった。
「これと、これだな。いくらだ?」
店員が答えると、ラムズはその場で支払う。
って、高すぎない? 今着ている服の5倍はしたわ。お金を貯めているわけじゃないし、勿体ないとは思わないけど……。
まぁラムズが
「今すぐ着替えろ」
ラムズはぽんと服を寄越した。店員が部屋を案内してくれる。着替えるための部屋が用意されているようだ
(こんな所も入ったことないわよ、もちろん。露店にあるわけないでしょ)。
さっき採寸してもらった時もそうだったけど、この手の部屋は靴を脱ぐみたい。わたしは長ブーツを脱いで部屋に入ると、服を着替え始める。
服を着終えて、目の前にある大きな鏡を見た。
──た、たしかにかわいいかも……。
白と水色が基調の短いワンピースで、首元は広く空いている。袖は白色で、そこには金色の十字の刺繍がいくつも散りばめられている。袖は段々広がっていき、手首のところできゅっと青のリボンで結んである。
胸から下は透き通るような青い生地で、ふんわりとそれが膝まで伸びる。水色から濃い青のグラデーションだ。
それと、同じく金の刺繍の施された白い靴下を履く。ガーターベルトも付いていて、金のそれも服とよく似合っている。
────うん、これは分かるかも。
かわいい服とか装飾品、買いたくなっちゃうかもしれない。なんだかラムズに洗脳されてきた?
わたしは部屋を出ようとして、気付いた。靴が全然似合わない。でもどうしようもないし、とりあえずそれを履く。
そして部屋を出た。
ラムズの方まで行くと、彼はかなり微妙な顔をしている。ダメだったかな、こんなにかわいい服なのに。ラムズの採点って意外と厳しいのね。
「あー。まず、そうだな。靴を買おう。とりあえず外に出るぞ」
ラムズは扉を開けて外に出た。ありがとうございました、と店員の声が聞こえる。わたしはまた小さく会釈をして、店を出た。
わたしが外に出たところで、ラムズはわたしに話しかけた。
「綺麗にする魔法、知っているか?」
「綺麗に?」
「知らなそうだな。俺がやる」
ラムズはそういうと、手から水を出した。わたしに向かって大量の水が飛んでくる
(わたしは人魚だから、水の中で息ができるの。だから水を飲んで咳き込む、なんで阿呆らしいことは起こらないわよ)。
水はかかったけど、全く体は濡れていないみたいだった。何が変わったんだろう?
「これでいい」
ラムズがそのまま歩き出そうとするから、わたしは彼の袖を掴んだ。
「何が変わったの?」
「髪の毛と顔」
「え?」
わたしは髪を触った。指がするりと髪の毛を通り抜ける。──あ、治った。
陸に上がってから、髪の毛がかなり傷んでいたのだ。髪が硬くなって、
海の中で泳いでいた頃は、髪の毛は本当にさらさらだったから
(自分で言うのも変だけどね。でも人魚でさらさらじゃない髪の毛ってイメージ壊れない? 大丈夫。ちゃんと、みんなさらさらよ)、
その頃に戻ったみたいで嬉しい。
顔はどう変わったのかは知らないけど、たしかに泥とか付いていたのかな。そんなに汚くしていたっけ。
「ありがとう」
「ああ」
ラムズは今度こそ歩き始めた。
帽子で隠れていて分からなかったけど、たしかにラムズの髪の毛も綺麗だった。銀の髪が光に反射して、それこそ宝石みたいに輝いている。
そういえば眼帯は取らないのかしら。海賊らしくなっちゃうし、取っていた方が無難だと思うんだけどな
(眼帯を付けていると、暗闇でも目が利くようになるらしいわ。本当に効果があるかは知らないけどね)。
そのあと、わたしたちは靴も買った。ヒールのある白い短ブーツで、折り返してある。折り返した縁にも金色の刺繍が少しあって、今着ている服とよく合っていた。
ラムズは装飾店にも立ち寄って、青色のブレスレットを買っていた。本当にアクセサリーが好きなのね。
わたしたちが最後に辿り着いたのは、貴族なんかが使いそうな宿だった。このために綺麗な服を集めていたのかもしれない。たしかに、ここで泊まるのにあの服だったらおかしい。
宿屋の名前は『13人と
宿に入ると、かなり綺麗な内装が視界に映った
(わたしが普段から泊まっている宿とは大違いよ)。
机や椅子は全て塗装されていて、赤い絨毯なんかも敷かれている。宿の広さも格段に違う。
奥の方にカウンターがあって、その向こうには厨房らしきものも見えるけど、あまりそこは広くない。バーのような感じだ。お酒がたくさん置いてある。
わたしたちが立っていると、店員と思われる男がやってきた。白いシャツに黒のベストを着ている。そしてわたしたちそれぞれに羊皮紙を渡してきた。
「ようこそ『13人と依授』へ。そちらの紙に書いてある通り、以下の
「ああ」
ここでも"シャーク様"! ラムズってけっこう顔が広いのね。しかもこんな店で知られているなんて……。
わたしは一応、手渡された紙を見た。
…………………………
ご来店ありがとうございます。以下の使族、神力持ちの皆様を、当宿屋『13人と
一見者様の場合は、厳しく審査をさせていただきます。以下の使族に忌避感を持つお客様は、どうかご利用をご遠慮ください。
また、ラミアのお客様もいらっしゃるため、10歳以下のお子様のご利用もご遠慮させていただいております。
【使族】
・アークエンジェル
・ヴァンピール
・エルフ
・妖鬼
・ケンタウロス
・ドラゴン
・ナイトメア
・人魚
・人間
・ニンフ
・フェアリー
・ペガサス
・ラミア
【神力持ち】
・
・
・
・
…………………………
わお、何これ。わたしの知らない使族が何種類もいる。えっと……、アークエンジェル、妖鬼、ケンタウロス、ナイトメア、ラミア? この辺は知らないな。あ、ヴァンピールが入っているわ、人魚も。
ドラゴンなんかはこんな宿利用するわけないじゃない。店に入らないのに……。でも、これくらい差別をしないということが言いたいのだろうか?
(『13人』は13種類の使族のことね。『依授』は、依授された神力持ちも受け入れるってことが言いたいみたい)。
ラムズはちらりと紙を見たあと、店員に戻した。わたしも同じく店員に返す。
「シャーク様のご紹介でしたら、貴女もこのままどうぞ。『13人と
店員はそう言って、深く頭を下げた。
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