第21話 ユニコーンの魔石

うろこ、1枚あげようか?」


 わたしもなんでこんなことを言ったのか分からない。言ったあとで顔が熱くなった。

 でもラムズはそんなわたしには気付いていないみたいで、すごい勢いでわたしの手を掴んだ。


「いいのか?!」

「……いいわよ。痛いけど、耐えるわ。次のときも守ってね」



 わたしは知らないあいだに、ガーネット号を気に入っていた。同じ船員の獣人ジューマやルテミス、もちろんジウやロミュー、ラムズのことも。

 それにこの船にいる限り、わたしはもう人魚であることを隠さなくていい。

 ──それが一番、幸せだった。

 

 でも、さっきのようなことがいつ起こるかなんて分からない。ラムズが船長室で寝ていたらわたしの鱗は本当にがされていたかも。1枚どころじゃなくて、何枚も。

 どんな目的でわたしを助けたのかは分からないけど(たぶん鱗だけどね)、ラムズのおかげでこの船にいれたのは確かだから、彼に頼むのが一番早いのだ。



「言われなくてもそうする。メアリのことは絶対に手放さねえ」

「そ、そう……」


 きっと言外げんがいに「メアリの鱗は」っていう意味が入っているんだろうなー。涙が出ちゃう。


「本当に鱗、もらっていいのか?」

「いいわよ。でも売らないでね」

「売るわけねえだろ!」

「そ、そうよね。ごめんなさい」

(なんでわたしが謝っているの?)


 ──よし、やるか。

 わたしは少し意気込んで、腕についている鱗を剥ぎ取ろうとした。


「待て。そのまま剥がすと痛いんだろ?」

「そうだけど……」


 わたしは剥がそうとしていた手を止める。ラムズはどうやら、また魔法を使うみたいだ。


「【感覚よ、消滅せよ ── Sency センシィ  Celanium チェラニウム 】」


 ラムズがさっと手を振ると、黒い霧がわたしの腕を包んだ。腕に違和感を感じたと思ったら、今度は霧が晴れていく。見た目に変化はないようだ。


「腕の感覚がなくなったはずだ」

「え? あれ、本当だ」

「俺が鱗を剥がす。長いことそのままにしておくのはあんまり良くない」

「わかったわ」


 ラムズは優しい手つきで鱗を1枚掴むと、ゆっくりとそれを剥がした。全く痛みはない。神経がなくなっちゃったみたい。

 外し終わった鱗を、ラムズは丁寧に机の上に置いた。本当、少しでも乱暴にしたら壊れちゃうのかってくらいの神経質さだ。



 そのあとラムズはわたしの方へ向き直って、かけた魔法を解除した。瞳を輝かせてわたしの方を見る。


「本当にありがとう。メアリのことは俺が命をかけて守る」

「あ、ありがとう……」


 鱗1枚でこんなに感謝されるなんて。というかさっきから、甘い台詞が多すぎない? ラムズがなにか企んでいるのかって疑っちゃうわ。


「店で売っている鱗とかは買わないの?」

「もちろんそれも集めてはいるが、店にあるのは傷がついてる。これは傷一つない俺だけの鱗だ」

「そう……」

「何か礼がしたい。あと、服はもう着ていい。風邪をひいたら困るからな」


 たしかに船の上で風邪をひくのはなかなかキツい。わたしは言われた通り服を着て、長椅子に腰をかけた。ラムズはそのあいだに、眼帯をつけ直していたみたいだ。

 わたしが椅子に座ったあと、ラムズはひどく苦しそうな顔で口を開いた。


「お、俺の……」

「俺の?」

「俺の……ほうせき」

「俺の宝石?」

「ひとつ……やる……」


 笑ってしまいそうになるくらい、必死だった。どうしても宝石はあげたくないけど、わたしにお礼をしたいのは本当みたい。


「本当に宝石が好きなのね。でもわたしは宝石にそんなに興味がないから、気にしなくていいわ。人間から守ってもらえれば十分」

「いいのか?! あ、いや、そういうわけにはいかねえな」


 ラムズの視線が宙を彷徨う。そして何かを思いついたのか、自分の机の方に戻った。机の引き出しを開けて何やらゴソゴソと探し始める。

 引き出しの中が少し見えるけど、当たり前に宝石ばかりだ。なんていうか、もう少し海賊の武器とか、地図とか、そういうのは持っていないのかしら。



 これだ、と呟く声が聞こえて、ラムズが長椅子の前まで戻ってくる。隣に座ったあと、手に持っているものをわたしに見せた。


「これ、ユニコーンの魔石」

「ゆ、ゆ、ユニコーン?! ラムズユニコーンを倒したの?!」


 ユニコーンは討伐レベルAランクの魔物よ! エルフなんかの魔法の威力が高い使族が、4~5人集まっても倒せるか分からない。普通の人間、C級冒険者くらいの人だけだったら何人集まっても無理。A級冒険者10人なら勝てるかもしれないけど、そんなにたくさんA級冒険者が集まるはずがないし。


「前にちょっとな。さすがに俺一人じゃ無理だ」

「そうよね、さすがにね」


 見せられたユニコーンの魔石は、金細工の加工がしてあり、ネックレスになっていた。魔石自体はよくある魔石とは違う形をしている。強い魔物ともいうべき、レアな魔石ってこと

(魔力が集まって自然発生している魔物は、自身の魔力の濃さなんかで強さが変わる。魔力が濃ければ濃いほど、強い魔物だ。そして、その魔物が死んだ時に落ちる魔石──言ってみれば心臓みたいなもの?──は、魔物が強いほど綺麗な形、色をしているってわけ)。


 ランクの低い魔物──つまり弱い魔物の魔石は、楕円だえん形でゴツゴツしていて、見た目も綺麗とは言えない。

 でもユニコーンの魔石はまるで水晶のようで、なめらかな球体だ。親指の先くらいの大きさかな。ユニコーンを示す文字が、掘られているのではなく、水晶の中で浮かび上がっているように見える。


 わたしはユニコーンの魔石にちょんと指で触れてみる。


「もしかしてただこれが欲しくて倒したの?」

「ああ」

「た、確かに宝石に見えなくはないけど……」

「綺麗だから欲しかったんだ。だが一応宝石じゃねえだろ。それにあんたの鱗よりは価値は低い。だからこれは手放す」


 

 

 

 

 


 素直に喜んでいいのか分からない……。

 こんな宝石狂いに好かれても意味なんてないのかな……。


 魔石の使い道は色々あるけど、魔石に魔法を組み込んで、攻撃したり防御したりできるらしい。使ったことがないから、わたしはよく分からない。

 あとは武器に魔石を埋め込んで何か────とにかく、やって、その武器が強くなるなんて話も聞いたことがある

(察して。この辺は詳しくないのよ)。


 ユニコーンなどの強い魔物の魔石は、組み込める魔法の数がかなり多いらしい。だからとっても高価なものだ。

 ──少なくとも、わたしの鱗よりは

(あ、たしかにそうね。鱗は病に効くものね。でもその時は鱗を削って使うらしいの。ラムズがそんなことをするわけがないから、結局鱗の方が価値は低いのよ、トホホ)。



 ラムズは渡すといいながら、どうやらまた魔法をかけているようだった。詠唱をぶつぶつつぶやく声が聞こえる。彼の手の上で、何度も違う色の光やら霧が発生している。

 そして、ついに魔法をかけ終わったみたいだ。ラムズは横を向いてわたしに魔石を渡した。


「これに魔法を組み込んだ。もし俺がいないところで人間に襲われたら、この魔石に自分の血をつけろ。通信テレパシー魔法ならよかったんだが、俺は使えねえからな」

通信テレパシー魔法? 光属性を使えるのに? 回復魔法とか電撃魔法とか使っていたじゃない」

「うん? あー。だが電撃は風属性だぞ?」


 わたしはぽかんと口を開けたあと、何事もなかった風を装って返事をした。


「あら…………そう……?」

「風の神は雷も起こすだろ。そう考えれば電撃は風属性だって予測がつくと思うんだが」

「はい……。そうよね……」


(うるさいわよ! 外野は黙ってて! 私だってたまには間違えるんだから!

 これからはわたしの言うことなんて信じなくていいですよーだ!)


「メアリって意外と阿呆だよな」

「はっ?! 阿呆じゃないわよ! それにわたしは風属性が使えないんだし、仕方ないじゃない」

「まあそうか。元人魚だったし、地上の常識を知らねえのも当たり前か」

「そうよ。陸に来てまだ二年しか経っていないのよ」

「だが、高潔な人魚が阿呆ってのはどこか違和感を覚える。阿呆なのに高潔な人魚なんて、可哀想だな」

「そう言うなら阿呆って言わないでよ……」

「ああ、そっか。悪い」


 ラムズはほとんど悪いと思っていない顔で、そう零した。全く失礼しちゃう。

 人魚はよく高潔だって言われる。水の神ポシーファルが“高潔”をつかさどるからかな。他に水の神は“同情”なんかでも有名だったっけ。

 といっても、わたしは人魚が高潔かどうかなんて分からない。だってこれが普通だもの。でも他者からすると、そういう意見らしい(あなたもそう思う?)。


 ラムズは視線を落として、ネックレスの方を見た。


「それで、魔石には闇属性の魔法を組み込んで、俺が気付けるようにした。他にも色々入れたから、危険な時以外は使うなよ」

「すごいわね……。ありがとう、助かるわ。でも、闇属性の魔法でどうやってラムズが気付くの?」

「あんたが血を付けると俺に頭痛が走る」


 な、なるほど……。とても闇属性っぽいわね……。なかなか自己犠牲を強いられる魔法だわ。

 それにしても、魔石に複数の魔法を組み込むのは、なかなか難しい芸当げいとうなはず。ラムズの使族、一体何なんだろう。

 

「どうもありがとう」

「ああ。かけておけ」


 わたしはラムズから受け取ると、それを首にかけた。服の下に魔石が隠れるから、盗まれる心配はなさそうだ。


 ──盗まれると言えば。ラムズに話しかける。


「そういえばこの前の拷問、なんであの獣人ジューマが犯人だって分かったの?」

「あー。他言たごんすんなよ」

「もちろんよ、海に誓うわ」

「じゃあ、まずあの拷問の意味は分かるか?」

「うーん、分からないわ」

「全員を俺やジウが拷問するのは時間がかかる。だから半分ずつやらせる。拷問している側に人間の犯人がいるなら、されている奴らを見て怖くなるんだ。自白しなくてもその態度で分かることもある」

「怖く?」

「ああ。自分のせいで大勢が悲鳴を上げてるわけだ。人間は、ちょっとした出来心で盗んだ奴ならすぐ音を上げる。罪悪感ってやつらしい。自白せずとも、それに苦しむ表情をするんだ。普段から盗んでいる奴なら涼しい顔をしてる。面倒臭そうな顔をしてるのは犯人じゃなく、拷問に慣れてるやつだ」

「それを見分けているなんて……」

「今回拷問は、人間同士、ルテミス同士、獣人ジューマ同士で行った。だから拷問されてる側の痛みは変わらねえはずだ。人間とルテミスの力は違うし、痛みの耐性も違う。だがルテミス同士ならちょうどいいだろ?」

「たしかにそうね」

「拷問してる側の話だが、ルテミスは基本自分のせいで誰かが苦しんでいても罪悪感は生まれない。だが、まず彼らはさほど宝石に興味がねえんだ。俺と付き合いも長いしな」

「それで?」

「次に獣人ジューマだ。あいつらには罪悪感はない。拷問してる側の犯人は涼しい顔をしている。少なくとも自分が拷問をしてる間はバレないと思って余裕ぶっているだろう。犯人でないなら、面倒臭そうな顔をするか、関係ない自分も次に拷問されるかもしれないっていう理由で、苛立ちか恐怖を感じてるはずだ」

「拷問っていうのはただの見せかけなのね」

「まあそうだな。あのコボルトの獣人は、かなり余裕の表情をしてた。次にくる拷問に恐れるわけでも、関係ないことに巻き込まれて面倒くさそうにするでもねえ。だからあいつだと思った」

「そう……。犯人を間違えたりしないの?」

「しねえな。これをする時、俺の勘はかなり冴えているから。だから表情も見分けられる」

「宝石を盗まれてるんだもんね」

「そういうことだ」


 使族の特徴を使った、上手い方法だと思った。わたしには絶対思いつかないわ。

 でも、人魚の嘘を見分けるのは簡単ね。海に誓えるか聞くだけでいいんだもの。他の使族の場合はどうなんだろう。いつかまた聞いてみよっと。


「そうだ。でも、ルドは違ったわよね? ルドも拷問しているのに余裕のある感じだったわ」

「ああ。俺もそう思った。だが……、違ったんだ」

「そうなの」


 変なの。ルドってどこか、変なのよね。


 ラムズはふと何かを思いついたように、わたしに尋ねた。


「あんたは、自分がなんで依授いじゅされたか知ってんのか?」

「そんなの知るわけないじゃない。いつも神様がすることでしょ」

「じゃあ足は? 依授とは関係ないよな?」

「それは………知らないわ、ごめんなさい」


 ラムズはそれ以上聞かなかった。

 わたしは椅子から立ち上がると、そのままドアの方に向かった。もう用は済んだし、帰っていいわよね。



「待て!」



 ラムズの声が聞こえたけど、わたしはもうドアノブに触れてしまっていた。目が焼けるくらいの閃光を見た気がして、──そこでわたしの意識は途絶えた。

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