第20話 船長からの呼び出し
船長室に入ると、一気に薄暗い感じになる。小窓からの光が様々な宝石を照らす。その
ラムズはわたしに背を向ける。そしてまたこちらを向いた。眼帯を取ったよう。
「そこ、座れ」
ラムズの視線の先には長椅子があった。部屋のドアのすぐ左側で、背もたれは壁側にある。言わずもがな、宝石の装飾のしてある椅子だ。
座っていいのかな。この辺のダイヤとか取れちゃったら殺されそうなんだけど。この前の拷問を思い出して、鱗が
(鱗は毛じゃないわよね。でもなんとなく分かってくれるでしょう?)。
「これ……壊れたりしない?」
「ああ? 普通にすれば大丈夫だ、早く座れ」
仕方なくわたしはその長椅子に座った。いくつものダイヤが、波のようなデザインで背もたれに埋め込まれている。
背中ズルってやったら取れそう!
わたしが座ると、目の前までラムズがやってくる。何するつもりなんだろう。
「見せろ」
「……え? 何を?」
「鱗だよ。剥がされそうになってただろ」
「あ、鱗ね」
なんだか、さっき少年を殺した人とは思えない発言だわ。でも、そんなに気にしなくても大丈夫なんだけどな。鱗は
わたしは少しだけ袖をまくってみた。
わたしの鱗は全て青みがかっていて、ちょっと
さっき少年がわたしの鱗を剥がすと怒っていたけど、実はこれには嫌がらせ以外の理由もある。
わたしたち人魚の鱗は様々な病に効くらしく、完治するとは言わないけれど、かなりいい薬になるとか。だから剥がした人魚の鱗が高く売られている。
ラムズはわたしの腕を優しく掴むと
(信じられないくらい優しかったわ。あのラムズにそんな触れ方ができるだなんて、わたしも思わなかった)、
それを自分の方に引き寄せた。
……と、というか、ラムズの手がすごく冷たい。全身が凍えそう。全身は言いすぎたけど、既に掴まれた部分は冷えて来た。
ほ、本当に寒いんだけど。あなた、生きてる?
「もっと袖をまくれ」
「でも剥がされたところはその部分よ」
「……頼む」
ラムズはわたしの横に座り直して、もう一度言う。
「まくって」
「わ、わかったわよ」
あまりにも切なそうな声で言うものだから、仕方なくわたしはもう少し袖をまくった。
鱗は、手首から肩の近くまで生えている。手首は手の甲から見ると、中心が三角形の頂点になるような感じで生えている。手の甲は少ないけど、上にいくに従って少し鱗は多くなる。
「触っていいか?」
ラムズは元々わたしの手を持っていたが、そう断ると鱗に触れた。
っっ! 冷たっ!
本当、なんでこんなに冷たいの? というかラムズ、わたしの鱗が見たかっただけなの? 剥がされた鱗を心配してくれてたのかと思ってた。
──そういえばサフィアにも触れられたことがあるなあ。あの時は怪我を気にしていたみたいだったけど。サフィアはラムズとは違って、掌がもう少し柔らかくて温かかった──。
わたしははっとして、思考を外に追い出した。サフィアのことを考えるのはやめよう。やめようって決めたじゃない。
わざと、目の前のラムズをじっと見つめることにした。
ラムズはそれはもう愛おしそうに、わたしの鱗に触れている。目はなんだか溶けそうだし、唇は
「そんなに、いいの?」
「ああ」
即答された。全ての鱗をつーっとなぞられる。ちょっとくすぐったい。
ラムズの触り方は本当に優しかった。鱗のことを愛している、そう言っても過言じゃないくらい
(鱗を愛しているって、よく考えると気持ち悪いわね)。
「足ってどうなってんだ? 魚の尾はなくなったんだろ?」
「そうよ。足は人間と変わらないわ。腰についていた尾ひれも消えちゃった」
「耳についていたひれも?」
「そうよ」
「上半身は?」
「人魚の時と変わらないわ」
わたしの体は今、上半身だけ人魚という感じだ。下半身はそのまま人間の足。
本当は耳のあたりにもヒレが付いているんだけど、それは人間の足になった時になくなっていた。神様が気を使ってくれたみたい。上半身は腕の他に、胸も覆われている。
ラムズは少し考える素振りをしたあと
(そのあいだも、鱗は撫で続けていたわ)、
わたしの方を見て決心したように言った。
「なあ、やっぱり上の服も脱いでくれねえか?」
「いや、え?」
「頼む。本当に、頼む」
ラムズは本気で懇願してきた。
でも、上の服って、いや……、ねえ? こういうのって普通なのかな?
わたしは今上半身は人魚と変わらないから、脱ぐのは別に嫌じゃない。だって海の中では服なんて着ていないし。
でもどうなんだろう。
実は、娼婦とかって仕事をわたしはあんまり良く分かっていない。前に襲われそうに
(あの時もこうして見たかっただけみたいだったけど)
なったときは、ノリで「娼婦」とか言っちゃったのよね。裸で“何か”をするのは知っているんだけど、その“何か”が分からない。それに娼婦がなぜ人間の中で
うーん。服を脱ぐだけでも、その“何か”をしたことになるのかしら。
──もしそうなら、わたしたち人魚の品位を
「それって、娼婦がやることじゃないの?」
「俺は知らん」
「そ、そう……。でもこの前、ジウに何か言われていたじゃない」
そうだ、あの時ジウは「船長は女に興味なんてあったの?」とか言っていた。ジウは怪訝そうな顔をしていたし、つまりあれは娼婦がされるようなことだったってこと?
「あの時も答えたが、俺は女に興味ねえの。今だってそういう目的じゃないことは分かるだろ? それなら娼婦じゃねえはずだ」
「そういう目的?」
「分かんねえのか? あーとにかく、俺が見たいのは鱗なんだ」
「そ、そうね……」
「頼む、本当にお願いだ。もう待てない。あんたがこの船に来てから、ずっと見たかったんだ」
ラムズはわたしの事をじっと見据える。ラムズは意外と整っている顔をしているし、こんなに見つめられると恥ずかしい。
わたしは早くなった心拍の音が聞こえてないか、少し不安になった。
「でも誰かが船長室に入ってきたらどうするの? 他の人にも見られるじゃない。
「わかった、待ってろ」
ラムズは椅子から立ち上がると、船長室の扉の方へ向かう。
部屋から一歩出て、彼は甲板に向かって叫んだ。
「おい! 今から俺が出るまで、船長室には入るな! 扉に魔法をかけるから、触れたら死ぬと思え」
魔法の罠までかけるの?! でも彼の声は本気だ。いつも通り冷え冷えとした声が船内に響いているよう。
しかもさっき少年を殺したばかりだから、効果はテキメンだろう。わざわざ魔法をかけるまでもない気がする。
「【扉よ、開く者に迅雷を
──
ラムズは扉を閉め魔法をかけた。扉が開かなくする魔法は闇属性の魔法ね。でもそこに罠までしかけるなんて、どうやってやるんだろう。
ドアがガチャリと音を立てる。金色に瞬いて、すぐに消えた。ラムズがこちらに戻ってくる。
「これで人は来ない。いいか?」
「え……、わ、わかったわよ」
もうその瞳に耐え切れそうになかった。まるで
なんでこんなことしているんだろ、わたし。まぁいいんだけどね。
「下は脱がなくていいのよね?」
「下は鱗ねえんだろ?」
「ええ、ないわ」
「じゃあ上だけでいい」
あくまで鱗が大事らしい。
──むしろ悲しくなってきたかも。
「え? なにこの手」
「立つだろ?」
「そ、そうね。ありがとう」
ラムズはわたしに手を差し出して、立たせようとしてくれているみたい。そんなことしなくても立てるんだけどな。
彼なりの優しさかな? 鱗を提供してくれるわたしに感謝を示してくれているのかしら。
わたしはまずサッシュベルトを取る。付けていると服が脱ぎづらいからだ。次にベストを、シャツも脱いだ。その下は胸にサラシを巻いている。男装はしていないけど、戦い中に胸が揺れると邪魔だからね。わたしはそのサラシも取った。上半身の鱗が全て見えるようになった。
「あ、ありがと……」
ありがとう?! そんな言葉がラムズから出る日が来るなんて……。文字通り、一肌脱いだ
わたしは立ったままだけど、ラムズの方が背が高いから見るのに少し苦労している気がした。たぶんそんなこと何も考えていない顔だけど。
ラムズはわたしの鱗を見て顔を輝かせていた。というより、興奮している、って感じ? 感動しているみたい。瞳が
「なあ、触っていいか?」
「いいわよ」
ラムズはわたしの腕を手に取って、隅々まで鱗を
いやほんとに、ど、どれだけ好きなの……? もう呆れるわ。というか、宝石と鱗って違うはずなんだけどな。
「鱗って宝石じゃないけど、いいの?」
「ああ。俺が宝石みたいだと思えばいいんだ。しかもメアリのはとても綺麗だ。本当にこれが好きなんだ」
そ、それは言われなくても伝わってくるわ……
(もう誤解しないのかって? しないわよ。どう見ても鱗にしか興味がないじゃない! あの時人魚が好きって言ったのも、鱗が好きだからそう言ったんでしょ)。
「そうなの……。人魚なら誰でもいいってわけでもないの?」
「そりゃ人魚はみんな綺麗だし、どの鱗も美しいと思う。けど俺は今まで見た中で、メアリのが一番好きだ」
「あ、ありがと……。照れるわ……」
なんだか本当に照れてきた。でもわたしがそう言うと、ラムズははっとした顔でわたしの方を見た。
ラムズは腰を上げて、普通に立った。わたしを見下ろす。
「照れるのか?」
「そ、そりゃ一応わたしの鱗だし……。
「なるほど、わかった」
何がなるほどなの?! 一体何を確認したの? ラムズって本当、分かんないわ。まるで人間みたい。わたしの最も行動基準の分からない使族は人間だからね
(人間の創造に関わる神は、地、風、水、火、光、闇の神様。つまり時の神以外の全ての神が関わっているの。そのせいか人間は多種多様な性格を持っているし、人間以外の使族には理解できない感情や行動も多いのよ)。
ラムズはまた鱗へ視線が戻っている。
「俺、サファイアの宝石が一番好きなんだ」
「そういえば胸元のネックレスも、サファイアだったわね。……っえ、ひゃっ」
ラムズがわたしの脇の鱗をすーっと撫でるから、変な声が出た。本当冷たいんだけど!
「悪い。俺の手冷たいよな」
「ええ、まぁ……。ちょっと驚いたの。どうかしたの? それ」
「別に。病気みたいなもんだ。とにかく、サファイアが一番好きだから、メアリの鱗はすごく好きなんだ」
「わたしの鱗、どちらかというとオパールっぽいと思うんだけど」
「たしかにな。でも角度を変えるとサファイアにも見える。でもサファイアとは少し違う。だがそこがいいんだ。本当に綺麗だ」
ラムズの息が胸元に当たる。い、息も冷たい。なんだか風邪ひいちゃいそう。
そんなこと考えていたら、本当にくしゃみをしてしまった。まぁ凍えるような手で身体中触られてたら、さすがにくしゃみくらいするわよね。
「寒かったか。もう、やめるよ」
目に見えて落ち込んでいた。さっきまで輝いていた瞳は、いつも通り死んだ魚の目みたいになっているし、肩もがくりと落としている。
そんなに落ち込まなくても……。
ラムズの顔見ていると、なんだか同情したくなっちゃう。どうしよう。
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