第22話 船員の活躍 *
[*三人称視点]
「めあ、り…………?」
メアリは雷魔法の罠を
そんなメアリの身体をぼうっと見ていたラムズであったが、彼女が倒れたという事実を徐々に理解し始める。
そしてがぐんと
「あ、ああ。めあり」
声にもならない声で、小さく
「ああ……ああ、ああ。鱗が……、鱗が。俺の宝石が……」
メアリの予想通り、ラムズは彼女に宝石としての価値しか見出していなかった。といっても、彼にとって宝石の価値は最上級のものである。そしてラムズは、メアリの鱗を他の宝石の中でも特に気に入っていた。彼女を守るという発言と、渡したネックレスの意味は、そういう理由からでもあった。
だが、そんな自分の宝石が壊れることは、彼の精神の崩壊を示していた。
ラムズはよろよろと立ち上がると、気でも狂ったのか、船内で魔法を乱発しようとした。だが魔法を使えばさらに自分の宝石が壊れることにかろうじて気付き、すんでの所で思い
ふらふらと部屋を歩きながら、
ガタンとドアにラムズの肩がぶつかり、そのままメアリの横で倒れた。ドアが背もたれになり、なすがままに身体を預ける。罠はもう発動しなかったが、むしろこのまま死んでもいいとさえ彼は思っていた。
眼を開いたままに、彼の身体は
永遠に思えた時間であったが、メアリが倒れてからそれほど時間は経っていなかった。
急に扉が開き、ドアにもたれ掛かっていたラムズの体がゆっくりと床に倒れる。
扉に触れた者がいないのに罠が発動したことに気付いて、ロミューが船長室にやって来たのだ。
ロミューの見下ろす床では、一人は気絶して倒れ、もう一人は気が触れた様子で眼を見開いている。ロミューはまず、ラムズを起こそうとした。
「おい! 船長! おい! どうしたんだ!」
「あ、ああ……?」
何を聞いても無駄だと悟ったロミューは、同じく倒れているメアリの方に駆け寄った。
「メアリ、おい」
身体を少し揺すってみるも、
メアリの焦げた
「……まさかメアリが罠を踏んだのか?! それで船長が、そうだな?!」
それに答える者は部屋にはいない。ロミューは扉を開くと大声でジウを呼んだ。
「ジウ! ジウ! 手を貸してくれ!」
「ロミュー? 一体どうしたの」
ジウはちょうど船長室の上、
ジウは二人の様子にぎょっとして目を
「……な、なにこれ。どうしたの?!」
「船長が倒れた。いや、先にメアリが倒れたんだと思う。おそらく内側からドアを開けようとして罠が発動したんだ」
はっと息を飲んで、ジウは両眉を上げた。上擦った声で言う。
「え、まさか、嘘だよね?! 船長はいつも電気の魔法を使ってるよね、それを
「たぶんそうだ。倒れたメアリを見て、船長もこのざまだ」
「もしかしてメアリの鱗って……」
「あぁ。船長にとってあの鱗は宝石と同じなんだろう。その持ち主であるメアリが倒れたわけだから、船長にとっては宝石が壊れたことと同じ意味を持つんじゃないのか?」
「はあー。本当なのそれ」
ジウはがくりと肩を落とすと、床に倒れた二人の方へ覗き込んだ。手をひらひら振って気持ちを落ち着ける。唾を飲んでから、ロミューに話しかけた。
「メアリって……、まだ死んでないよね?」
「あぁ。息はしている。だがあと30分持つか分からない。とりあえず俺は船長を起こすから、お前さんはできる限り急いでトルティガーに向かえ」
「1時間はかかるよ?!」
「分かっている……。いや、待て。
「そうだね、わかった」
「俺はこれから船長をなんとかして起こす。起こしたらそっちに向かわせる」
ジウはそれを聞くと、強く頷いて船長室を飛び出していった。獣人を探す声が船内に響いている。
ロミューは倒れているラムズの身体を起こし、頬を叩いた。
「船長! 船長起きろ! 正気になれ! メアリは助かる!」
「あ…………?」
ぐるぐると回っていた眼の焦点が、一瞬合う。だがすぐに白目を
ロミューは部屋を見渡して、ラムズを起こす
どうやら鱗のようだ。メアリがラムズに渡したのだと推測を立てると、それを持ってラムズの方へ戻った。
「おい! これを見ろ! メアリの鱗だ!」
「……あ…………。……っ!?」
白目がぐるんと回って、虚ろな眼がそれを視界に入れた。その途端眼が見開き、鱗を
「お、お……、おれの…………」
「船長、分かるか、ロミューだ。気を確かに持て。メアリは大丈夫だ」
ラムズは鱗から眼を離すと、ゆっくりとロミューの方を見た。瞳孔が小刻みに震えている。
「め、めあり…………。そうだ、メアリが……」
「大丈夫だ、メアリは死んでいない。トルティガーに急いで向かう。エルフに治療を頼もう。きっと間に合う。でもそれには船長の魔法も必要なんだ」
「ち、ちりょう……。まほう……」
ラムズはふらふらと立ち上がった。まだ頭はついていけていないようで、手元の鱗を食い入るように見ている。
「その鱗が大事なんだろう?! まだ間に合うんだ! この前の海に落ちた宝石と同じだ! まだ大丈夫だから、船長がなんとかしろ! 宝石のためだろ!」
「間に合う……。宝石のため……?」
ラムズは顔を上げてロミューを見る。目の焦点は戻ってきている。ロミューはラムズの肩を掴んで、もう一度力強く言った。
「宝石が好きなんだろ?! 船長がなんとかしなくてどうする! エルフくらい見つかる! 30分でトルティガーに着けば間に合う! 船長の魔法が必要なんだ! 宝石のためだ! 宝石を救うんだ!」
「宝石……。そ、そうだ……宝石のためだ。俺は宝石を救わないといけない」
「そうだ! 早く理性を取り戻せ! この前海に飛び込んだだろ! その時と同じだ!」
「あ、ああ…………。ああ……そうだ、そうだった。宝石は、俺の鱗は……、俺の鱗は大丈夫なんだな?」
「ああ、大丈夫だ。船長が魔法を使えば!」
「わかった、行ってくる」
まだふらついている足だったが、ラムズは何をすべきか理解したようだった。足をもつれさせながらも船尾楼甲板へ向かっていく。
それを見届けたあと、ロミューは
一方ジウは、
とそこに、ふらふらとラムズがやってきたので、ジウは獣人たちに声をかけた。
「船長が来た! 一緒に魔法を使って! 船長はまだおかしいから、宝石を守るためとか救うためとか言えばやってくれる! リーチェ頼んだよ!」
獣人の二人はラムズたちとの付き合いが長かったため、彼の宝石狂いに関してよく知っていた。
リーチェと呼ばれた獣人は、ラムズの腕を掴んで船首楼甲板の奥まで連れていく。
「船長、宝石を守るために一緒に魔法を使うニャ!」
「宝石、守るため。そうだな」
「風属性の魔法だニャ! わっちと同じ感じでやるニャ!」
「あ、ああ。わかった」
リーチェは、見本として風属性の魔法を放つ。ぎこちない動きであったが、ラムズもそれを
船のスピードが更に上がる。魔法で作られた風が
◆◆◆
風魔法のおかげで、ようやく島が視界の中に見えてくる。海賊の島、トルティガーだ。
予定より早く着きそうであった。ジウは
「船長大丈夫かな」
「うーん、分からないニャ」
ラムズの隣で会話をする
「というかお前、そのニャっていうのいい加減やめろよ。なんの真似だよ」
「ロコルケットシーだニャ?」
語尾にニャを付ける
グレンは呆れた顔をして、リーチェに言い返す。
「いやお前、いちいちニャなんていらないだろ。そもそもなんで付けているんだよ」
「こうすると可愛いって言われるんだニャ!」
「…………そうか」
「グレンもつけるといいんだニャ」
「俺もニャって言うのかよ」
「違うニャ、ニャはケットシーだからだニャ。グレンは……『ガオッ』だニャ」
「お前な……」
完全にリーチェはグレンをからかっている。だがグレンは、確かに「ガオッ」と吠える魔物──フェンリルの
凛々しい顔立ちだが、目付きは鋭くフェンリルというだけの迫力がある。だが、どこか自信のなさそうな彼の様子が好ましく、リーチェはいつもグレンにちょっかいを出していた。
「そうだニャ、船長も笑えば元気になるかもしれないニャ」
「んなわけねえだろ。しかも船長って笑ったことあるか?」
無駄話をしながらも、二人はきちんと魔法を放ち続けている。人間よりも魔力が多く、また魔法の威力も高い
「そうだけど、呆れても元気になるかもしれないニャ」
「だから俺がガオッって言うのか?」
「そうだニャ! 『船長早く元気になってガオッ』って言うニャ」
「絶対こんなんじゃ元気にならねえよ」
だがグレンは、意味が無いとも思いつつ、ラムズに声をかけることにした。それにグレンは、少しだけ「ガオッ」と言ってみたくなったのだ。
「船長、早く元気になってくれガオッ」
少し台詞を間違えたグレンだが、勝ち誇った顔でリーチェを見た。するとリーチェは、ラムズの方を指で指している。
「なんだよ」
「船長を見るニャ」
グレンはリーチェとラムズに挟まれた形で立っていたので、反対側のラムズをもう一度見た。
「せ、船長……」
「お前、何してんだ?」
「おいリーチェ! 船長ふつうじゃねえか!」
「さっき元気になってたニャ」
呆れた顔の船長に見つめられ、グレンは肩を落とす。
リーチェの言う通り、たしかにラムズは正気を戻しているように見えた。だが、実際はそうではない。ラムズはかなり気がせって、興奮していた。
今のラムズは、救える方法はあっても自分ではどうにもならないため、なんとか気を落ち着けている、という状態だった。もし自分のできることがあれば、
自分も含め、風魔法の威力は最大だ。これ以上早くトルティガーに着くことも、他の方法でメアリを助けることもできない。何もできない自分に、ラムズは密かに苛立っていた。
「──メアリ」
ラムズはぽつりと呟いた。
「船長! 大丈夫ですよ。もうすぐトルティガーに着きます」
「そうだニャ! メアリちゃんとはわっちも仲良くしてたんだニャ」
「そうか」
「おい! また落ち込んでるじゃねえか!」
「きっと船長は、グレンの『ガオッ』がもう一度聞きたいんだニャ!」
「ボクも聞きたーい!」
一人で
グレンは空いている手でリーチェを叩いている。
「お前のせいで! ジウさんまで! どうしてくれんだよ!」
「船長も聞きたいニャ?」
「まあ」
「絶対思ってねえじゃんか!」
「思ってるニャ!」
「思ってる思ってる! ボクも聞きたいよー!」
二人に責められると言い返せなくなり、仕方なくグレンはもう一度言うことにした。
「船長早く元気になってガオッ」
「……」
「……」
「……」
「お、お前ら裏切ったな!」
────────────────
Chapter1 海賊の冒険 fin.
He who fights with monsters might take care lest he thereby become a monster. And if you gaze for long into an abyss, the abyss gazes also into you.
怪物と闘う者は、自らが怪物とならぬよう気をつけなければならない。底知れぬ深みを覗き込んでいる時、向こうもお前を覗き返しているのだ。(フリードリッヒ・ニーチェ)
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