第7話 ブラッド

「オレは知らないや、ごめん」

「俺も知らないなぁ。ルテミスなの?」


 ──ダメだった。二年前からこれだ。もう落胆する気にすらなれない。わたしは笑って返す。


「違うわ、普通の人間よ。引き止めちゃってごめんね。二人ともありがとう」

「いいってことよ。また話そうな」

「おう! 今度オレのこと鍛えてくれ!」


 あいよ、青年は興奮する男の子にそう言うと、なぜか私の頭を叩いたあと仲間の方へ駆けた。仲間にまたからかわれているようだ。


「じゃ、オレも行くな! よくみんながルテミスって言葉を使ってるから気になってたんだ。助かった」


 もちろん男の子はわたしの頭なんて叩いていかない。よっぽどルテミスと知り合えたのが嬉しかったのか、スキップしそうな勢いでわたしの元を去っていった。

 楽しかったな。またルテミスとお話してみよっと。



 少し歩いて、中央の柱ミズンマストの方へ近付いた。船員が、それぞれ縄や武器なんかを持って歩き回っている。さっきの戦闘の片付け、修繕をしているのだ。わたしはそばで仕事をしている船員に声をかけた。


「何かすることある?」

「あー! こっち! 手伝ってくれ!」

「その縄! 持ってこい!」


 帆の調整をしていた船員から声がかかる。わたしは縄を掴むと、たたっと彼らの方へ駆けた。




 ◆◆◆




 ラムズ・シャークのガーネット号に乗り込んだその日の夜。わたしは久しぶりにサフィアの夢を見た。



 砂浜の近くで、サフィアが白くて豪華な服を着ている。金色の装飾がきらきら光って綺麗だ。彼は海の近くでしゃがんで、わたしに優しく声をかけた。


「メアリ、今は誰もいないから大丈夫」


 彼の金色の髪の毛がさらさらと揺れる。優しい笑みに、わたしは尾ひれをゆっくりと動かして彼の近くに寄った。


「怪我はもう治った?」


 サフィアがわたしの方を心配そうに見ている。手を伸ばして、腕の鱗に触れた。


「大丈夫よ。あの…………ありがとう」


 わたしは少し俯いた。冷たい海水を手でくるくるとかき回す。サフィアは服が濡れるのもお構いなしに、海水の中に足を踏み入れる。


「えっと……濡れちゃうよ?」

「大丈夫だよ、これくらい。あとで乾かしてもらうから」


 彼の瞳をぼうっとして眺めた。サフィアがわたしの手を取る。海の中にいたわたしよりも、少しだけ手が温かい。あどけない笑みを浮かべて、こくりと首を首を傾げた。


「また明日も来てくれる?」

「えっと…………誰もいなかったら」

「うん、それでいいよ」


 サフィアはまた、お日様のようにキラキラ笑った。金色の髪の毛がふわふわと頭の中に浮かび──────


 ────目が覚めた。



 わたしは顔をわっと覆った。船内はまだ薄暗い。船員のいびきや鼻をすする声が聞こえる。寝言を言っている船員も。

 体内がまるで海になったかのように、涙が溢れた。顔を覆う掌が濡れて、ハンモックの下の床にまで落ちていく。


 早く、早く忘れなきゃ。

 もう思い出したらダメなんだ。

 分かってる、分かってるの。


 太陽みたいに輝く金髪はいつまでも脳裏にちらついて、結局そのあとは眠れなかった。




 ◆◆◆




 わたしがガーネット号に乗ってから、約一週間が過ぎた。

 この船には大分慣れた。赤髪のルテミスたちは別に暴力的ではなかったし、気さくで面白い。それに人間とは全然違うから、わたしにとっては心の距離みたいなものが近く感じられる。

 まぁ、別に人間と話すのだっていいんだけど。どうせ隠しているんだから。



 その人間の一人、ルドは片手にラム酒の瓶を持ち、ひっきりなしに口を動かしている。


「さっきのすごかったっすね! 俺たちが海賊旗ジョリー・ロジャーを挙げた途端、あっちは白旗っすよ。あんな光景初めて見たっす」


 わたしはルドの持っていた瓶を取ると、ぐいっとラム酒を飲み干した。ルドはそのまま話し続ける。


「さすがラムズ船長っすよね。貴族の間でも名前が知れ渡ってるとか尊敬っす! 俺もいつかああなりたいっす。メアリさんはそういうの目指してないんすか?」


 お喋りなルドは、さっきからずっとこの調子で話している。

 はっきり言って、うるさい。

 けどこれで静かだったら、ルドらしさがなくなっちゃうかしら。焦げ茶の髪も黒い目も、人間ではよくある容姿だ。顔だってとりわけ目立つ感じでもない。……ああでも、ちょっと綺麗にしたら良く見えるかも。


 ルドから目を離すと、転がっていたアプルに手を伸ばした。真っ赤に熟していて美味しそう。わたしは皮ごと頬張った。



 さっき襲った──いや、襲おうとした貿易船は、ルドの言う通りすぐに降伏の合図を示した。わたしも、真っ白な旗なんて見たことがなかったわ。シャーク海賊団に乗れたこと、やっぱり感謝しなくちゃね。

 それで、おかげでわたしたちは一滴の血も流さずに積荷を頂戴できたってわけ

(ほらね、あまりにも有名だとそばを通っただけで降伏されるの)。


 物資を運んで来た商人たちと、初めラムズやロミューが言い合っていたけど、すぐに落ち着いたみたいだった。ルテミス相手じゃ言うことを聞くしかないものね。



 その貿易船は出港してきたばかりだったようで、食料が相当量積まれていた。久しぶりの陸の食べ物に、みんな大喜びでありついている。

 ここ最近はずっと硬いパン

(パンってみんな呼んでるけど、実際はビスケットみたいかな)

を食べてたの。あれはほんっとに硬い。歯が折れるんじゃないかってくらいよ? 

 食料がなくなったら、あとは魚系の魔物を釣るしかない。でもそれも必ず釣れるとは限らないし、そうすると飢えていくだけ。今回ようやく標的──貿易船が現れて、本当によかったわ。



 多くの船員が甲板の上であぐらをかいて、ラム酒をあおったり果物を食べたりしている。せっかく大量に食べ物が手に入ったから、みんなで食べようってことになっていた

(普段は各自船の仕事もあるし、バラバラで食べているわ)。

 もちろんここに食事の作法なんてものはない。だって海賊だもの、いちいちそんなことに気を遣っていられないわ。


 と思っていたら、さっそく隣のジウがわたしの果物を奪った。ジウはかわいげのある笑窪えくぼを作って、それをひょいと口に放り込む。悪戯っぽく笑う。


「えへへ」

「ちょっと! それわたしが取っておいたやつなんだけど!」

「食べないのがいけないんだよー。もうボクのになった!」


 わたしはジウの前に置いてあった、別の果物を奪い返す。

 この果物もあのクッキーも、きっと貴族用に運ばれていた物に違いないわ。平民はこんな嗜好しこうひん食べないはず。


「ふふん。貴族の食べ物って、本当最高ね。腐る前に全部食べなきゃ!」

「……うん、そうだね!」

 

 みんな思い思いに食料をぶちまけて、それを食べている。普段は茶色い船体と赤い帆、青い海しかないのに、今日は色とりどりだ。

 色彩ってこんなに多かったんだって、なんだか感動しちゃう。目が癒されるわ。



「このアプル、みずみずしくて美味しすぎるー!」

「メアリ! こっちのオランゼもうまいぞ。渡すぞ!」


 ロミューがそう言って、わたしの方に丸いオランゼを投げた。空中でオランゼが弧を描く。わたしは手を伸ばしてそれを掴んだ。手のひらに収まるくらいのオランゼは、だいだい色で少しだけ酸っぱい果物だ。

 木箱に入っていたクッキーも口に入れながら、オランゼの皮をく。

 

 ああ、食べ物があるって、幸せ!


 ロミューは大きな傷をくしゃりと曲げて、ガハハと笑った。「お前さんは食べっぷりがいいなあ」なんて褒められちゃった。図体の大きいロミューも、けっこうたくさん食べているみたいだけどね。



 そこに、ぷーんと食欲をそそる匂いが辺りに立ち込めた。香ばしい匂い。これは…………お肉!

 

「リルオークの肉いる人ー?」

「はいはいはいはい!」

「ボクも欲しい!」

「こっちにも頼む!」

「リルベアーの肉いるやつはー?」

「はいはーい!」

「オレも欲しい!」

「俺もだ!」


 魔物の肉は大人気だ

(使族しぞくは神様がつくった存在。魔物は空気中の魔力から自然発生した存在。わたしの世界には、使族と魔物しかいないわ)。

 リルベアーもリルオークも小さく、討伐レベルDランクくらいの獣系の魔物だ。こんなものまであの船にあったなんて。貴族様ありがとー!

 どうやら、誰かが魔法で火にあぶってくれたみたいで

(こういう器用なことをするのはきっと人間ね。船を燃やさないように上手いことやってくれたみたい)、

まだ温かくていい匂い。やるぅー!



「メアリはそんなに食べきれるのか? こっちで食ってやるぞ?」

「食べれるから! 取っちゃダメ!」


 ロミューが冗談めかしにそんなことを言うから、わたしは目の前の食べ物を腕で囲んだ。こう見えてもわたしは大食いだ。だって食べないと筋肉がつかないじゃない。

 手に入れたリルベアーとリルオークの肉は両方ともペロリと食べ終えて、ラム酒の瓶に手を伸ばす。 


 すると横からルドがまた話しかけてきた。相変わらず舌がよく回る。今までは別の船員に話しかけていたみたいだ。


「前俺たちが乗ってた船あるじゃないっすか。あの船にいるときはいつも水の神ポシーファルに見守られてたっすけど、今回の船はどうなんすかね。やっぱり嵐は怖いっすよ。まぁ、ジウさんは船を操るのがうまいし、見守られてなくても」

「忘れてた!」


 右耳でルドの話を聞いていたわたしは、勢いよく立ち上がった。喋り通しだったルドも驚いている。


「いきなりなんすか! びっくりして落としちゃったじゃないすかぁ」

「ごめんごめん。ちょっと待ってて」


 持っていたパンをルドの口に押し込むと、わたしはざっと甲板を見渡した。

 ────いない。

 船長室かな。




 船員や食べ物をなんとか避けながら

(ラム酒で滑りそうになったのはここだけの話ね)、

わたしは船尾の方まで歩いていった。

 すっかり忘れてたわ。口止めをしておかないと。まさか、もう既に遅いなんてことないわよね?



 一応ノックをして、船長室のドアを開けた。その途端、生臭い匂いが鼻をかすめる。

 ……なにこれ。肉の匂いじゃない。血?


「なんの用だ」


 外からの光がラムズの銀髪に当たった。入口の真正面にラムズの座る机があるのだ。前に来た通り、部屋は宝石だらけ。


「例のこと、誰かに言った?」

「例のこと?」


 ラムズはまだ顔を上げてくれなかった。話すときは相手の目を見るって習わなかったの? 彼は机にのっているチェスゲームで遊んでいるままだ。


「とりあえず部屋に入っていい?」

「ああ」


 わたしはドアを閉めると、ラムズの机の方へ近づいた。

 さっき感じた血の匂いが強くなった。部屋に入るのは二回目。前に入ったときは感じなかった気がするんだけど。


 それにしても、慣れるのって早いわね。宝石のきらめきは少しチカチカするけど、もう気にしないでいられそう。


「わたしの……正体のこと。人間じゃないって、他の船員には言わないで」

「言うわけねえ」

「それならいいの。じゃあね」


 早く部屋を出たかった。もしかしたらこうしている間に、食べ物が全部なくなっちゃうかもしれない。

 ……ていうか、ラムズは食べなくていいわけ?


「あんたは」


 ラムズはとん、と白いポーンをチェス盤に置いた。


「他のやつらには教えないのか」


 黒いナイトを左手で動かした。右手は、そばに置いてあったグラスを掴む。真っ赤な────なに、あれ?

 ラムズはその真っ赤な飲み物を飲むと、ようやく顔をあげた。唇についた赤いそれを舌でめる。


「仲良いやつはいるんだろ?」

「だって人間だもの」

「ジウやロミューは?」

「でも……」


 ラムズはまた頭を下げ、白いクイーンを手に取った。


「あいつらはあんたを差別しない」

「そんなこと分からないでしょ」

「分かる。ルテミスに、人間の心はほとんどない」


 白のクイーンは、黒のクイーンを取った。あまりにもラムズの手が早く動いて、白から黒に変わったように見えた。



 ここで言っている、「人間の心」ってなんだろう。「人間の心」、つまり他の使族しぞくとは違う考え方。

 例えば激しい思慕や嫉妬、支配欲や富に対する執着、そして何より、それが混ざった感情────。


 ルテミスは火の神テネイアーグと地の神アルティドによる依授いじゅだって噂されてる。力や戦で有名な火の神が関わるのは分かるけど、どうして地の神もなんだろう。

 とにかくそうすると、ルテミスはただの人間よりも地の神と火の神の繋がりが強いことになる。そこから導き出されるルテミスの失った人間の心とは?


 難しくて分かんないや。わたしは考えることを放棄して、ラムズの方へ向き直った。



「それ、なんなの?」


 わたしはさっきから気になっていた、赤い飲み物を指差した。さっきの貿易船に、赤ワインが積んであったとか?

 でもグラスの中で液体が揺れたとき、なんだかドロドロしていると思った。だから赤ワインとは違う。それに、赤ワインならもっと透き通っているはずね。

 ラムズは一瞬悩ましい顔をしたけど、渋々という感じで口を開いた。


「…………ブラッドだ」

「ブラッド?」

「そうだ。なかなか手に入らねえんだ。新鮮な方がいいしな」

「新鮮、ね」


 わたしは息を吐いて、もう一度鼻で空気を吸った。やっぱり、血の匂いだ。血──ブラッド。


「ルテミスのことは考えておくわ。今誰かに教えたら、みんなに広まっちゃうかもしれないし」

「ああ」


 ラムズはまた一口、そのブラッドを口に含む。ラムズの蒼の瞳が、サファイアみたいに淡くきらめいた。




 船長室から外に出ると、一気に視界が明るくなった。風もさわやかで、空はみ切った青。海は太陽の光に照らされて、白銀に煌めいている。あれこそ宝石みたいに綺麗だって、わたしは思うんだけどな。

 たまに起こる飛沫しぶきが、海面に泡沫うたかたの模様を描いていく。どんな景色よりも、これにまさるものなんてきっとない。


 わたしは目を閉じた。


 船内の騒がしい声が消えて、海の音だけが耳に入る。

 波がわたしの心にかぶさってくる。冷たくて気持ちいい。小さなざわめきが少しずつ大きくなって、小さくなって。波は静かに揺らぎながら、様々な色を魅せてくれる。

 身体の中が満たされるだけで、まるで海の中にいるみたいだわ。



「メーアリちゃん」


 不意に声をかけられて、わたしはゆっくりと目をしばたいた。あ、いつかの浮ついた爽やか青年じゃない。名前……なんだっけ?


「えっと、え、エディ……?」

「なにその返事! もしかして俺の名前忘れてたの?! エディス・パールだよ。エディって呼んでって言ったよね? でもショックだなー、あんなことまでした仲なのに」


 あんなことってなによ。ルテミスについて聞いただけでしょ。そう突っ込みたくなる気持ちを抑えつつ、ごめんね、とエディに謝る。


「このへんで一緒に飲もうよ」

「いいわよ! 乾杯しましょ」




 船長室の前から少し歩いて、みんながいる方へ近づく。ちょうどラム酒の置いてあるところへ来たのでわたしたちは腰を下ろした。


「かんぱーい」

「いえーい!」


 ラム酒の瓶をカチンと鳴らすと、そのまま口をつける。ごくごくとしばらく飲んでから、ダンっと甲板に瓶を置いた。

 お酒を飲むと、少し頭がクラクラする。さっきから飲んでたし、飲みすぎちゃったかな。


「メアリちゃんけっこうグイグイいくねー。ラム酒好きなの?」

「割と好きよ。エディは?」

「そうそう、俺ルテミスになってから味覚も変わったんだよ。お酒が好きになったんだ。前はすごく弱くてすぐ倒れちゃってたんだけど、今はこの通り」


 エディはそう言うと、もう一度酒瓶をぐいっと傾けた。喉からいい音が鳴る。待つこと数秒、エディもわたしのように音をたてて瓶を置いた。

 勢いで瓶が倒れゴロゴロと転がっていくけど、どうやらそれは空みたい。



「ほらみて、一気飲みしたんだけど、全然平気なんだよ」


 エディは立ち上がって歩いたり人を殴るような素振りをしたりしてみせる。その動きは洗練されているもので、全然酔っている風には見えない。


「すごいわね、他のルテミスもそうなの?」

「そういうわけでもないみたい。ただ少し味覚なんかが変わるってことなのかな」

「ふーん。あ、そうだ、人間の時と比べて失った心ってあるの?」

「失った心かぁ。仲間意識、みたいな話は前にしたよね。あとは同情心とか他人に対する悲しみ、みたいなものもくなったかもしれない。

 例えば人間の頃は、孤児が盗みを働いたって聞いたらその孤児に怒ったり、逆に同情したりしていたんだ。俺に関係ない話でもね。

 でも今はそういうのが全くない。奴隷がむちで打たれているのを見ても、痛そうだなとは思うけどそこまで同情はしないっていうか」

「大分人間らしくなくなるのね」

「俺もそう思う。嫉妬の心もなくなったかな。身近なところで言えば、メアリちゃんが他の男と話していても何とも思わない!」


 わたしは黙ってバシンとエディの腕を叩く

(肩まで届かなかったの……)。


 近くにあったチェリイを口に放って、ラム酒を飲む。

 ちょっと遠くを見ると、ジウやロミューたちは食事を既に終えていた。二人は船内の役目もあるし、選手交代ってところ?

 

「嘘じゃないぜ? あとは集中力が前よりも高くなった気がする」

「それって地の神アルティドのせいだったり?!」

「俺もそう思ってた!」


 二人で目を合わせて力強く頷いた。


 ルテミスの依授いじゅに関わっているらしい地の神アルティド。

 そのアルティドは森をつかさどる神でもあって、"静"だとか"おごそか"とか、"寡黙かもく"みたいなものも表す。なんだか"集中"も、そこに入りそうじゃない?


「戦いで有名な火の神テネイアーグと、静のアルティドだなんて変な組み合わせだと思っていたけど、集中力ってところが意外に合っているのね」

「そうなんだよ。でも、以前より怒りやすくはなったかな。カッとしやすいっていうか」

「火の神が関わっているんだもん、仕方ないわ」


 エディは意外と冷静に分析しているようだ。これもアルティドのお陰だったりしてね。

 

「あとは愛の力も強まったよ! 俺のメアリちゃんに対する愛は太陽のように燃え盛っている!」


 エディが手を広げてわたしを抱きしめようとするもんだから、もう一度エディを叩いた。エディは手を下ろしたあと、二タニタと笑ってわたしを見下ろしている。


 燃え盛っているだなんて、全然"静"なんかじゃないわね。こっちは火の神の特徴が出ているのかも。火の神は"愛"を司るともいうし。

 矛盾しているところもあるけど、アルティドとテネイアーグ、面白いわ。



 目の前の酒瓶をなんとはなしに見ていたら、さっきのエディを思い出した。


「わたしもやってみようかな! ラム酒、全部飲んでみるわ!」


 わたしは半分以上余っていた瓶を手に取ると、口元でそれを傾ける。わたしだってやればできるんだから。


「ちょっと待って! メアリちゃんはやめなって! 倒れちゃうよ!」


 なんか聞こえるけど無視無視。

 持っている瓶が段々軽くなっていく。喉がヒリヒリしてきた。でもまだ大丈夫。

 お腹がお酒でいっぱいになっていくのを感じる。なんだか体が重たいんだけど。


 あ、あと少しでなくなりそう。

 も、もうちょっとよ……。あ、もう……ダ……。


「だから言ったじゃん! 誰か来てー! メアリちゃんが倒れた!」



 ──わたしはその日以来、厳しくラム酒の量を制限されることになったとさ。トホホ。



 ◆◆◆



 それから何日か航海を続け、ある日のこと。わたしはその日、朝から海がおかしいことに気付いていた。

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