第十二章 俺たちに残されたただひとつの道だ
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ラオスーの本腰は本当にハードだった。それから一週間、僕は徹底的に基礎体力作りをやらされた。最初の数日間は食事が喉を通らなかった。疲れすぎて体が食べ物を受け付けない。でも無理やり食べさせられた。幸いなことに、ラオスーの料理は薄味だったからなんとか食べることができた。
クンフーというのは、大昔から地球に伝わる格闘技だそうだけど、ラオスーが僕に命じたのは、いったい何の役に立つのだろうというものばかりだった。例えば、床磨き、壁の拭き掃除、外壁のペンキ塗り。日々の雑用としかいいようのないものだ。
ラオスーが最初に見せてくれた動作を見習って、毎日そんな作業を繰り返した。左右どちらの手もまんべんなく使うこと。この頃はようやく僕も力の入れ具合が分かってきて、何も壊すことなく作業を進めることができた。
ラオス―の特訓がない時はライブラリまで行って、シルにいろんなことを教わった。特に物理や化学についての内容はとても面白かった。新しい知識がどんどん自分の中に吸収されていくのを実感した。そして、ライブラリから戻るとまた作業が待っている。
「ラオスー、終わったよ」
十回目の家の塗り替えが終わった頃、ラオスーが野鳥を担いで戻ってきた。
「ふむ。ご苦労じゃった」
「ねえ、これっていったいどういう意味があるの」
ラオスーは持っていた野鳥を地面に置いた。
「西部の人間はせっかちでいかん。じゃが、まあそろそろ試してみてもよかろう」
僕から数メートル離れたところに、ラオスーが立った。
「これまでお前さんが繰り返しやってきた動作を思い出すんじゃ」
それって、いろんな雑用のこと? と僕が尋ねようとしたとき。
「ゆくぞ」
気が付くと、目の前数十インチのところにラオスーがいた。ゆらっとラオスーの体が揺れた直後、僕がとった動作はほとんど無意識だった。
壁を塗るときと全く同じ動作で動いた右腕が、ラオスーの繰り出した左手を弾き返していた。ほとんど抵抗は感じない。間髪を入れず、今度はラオスーの右手を拭き掃除の動作で弾き返す。
休みなく繰り出されるラオスーの攻撃を、僕は雑用でいつの間にか身に付いた動作で全て防いでいた。
この小さな体の老人のどこにこんなパワーがあるんだろうと不思議になるくらい、ラオスーの動きは素早く、そしてとても滑らかだった。
やがて、ラオスーの放った蹴りを床磨きの動作で押しやると、彼は数メートル後方に宙返りして着地した。僕も反動を使って後方に飛びのく。
「初めてにしては上出来じゃ。お前さん、やっぱり筋がいいの」
「TBも同じことをしていたの?」
「そうじゃ。しかし、お前さんとあ奴とでは決定的な違いがあるの」
「それは体格も体力も違うから……」
「そういうことではない。わしが今のように初めてニキと立ち合ったとき、あ奴はすぐさま反撃に出たんじゃよ」
なるほど。それはいかにもTBらしい。
「どちらが正しいというわけではないぞ。お前さんは別に闘うことを習いに来たわけではないからの。これも自分の体の動きを知る方法のひとつじゃ。それにまあ、臆病なことは決して悪いことではないぞ」
そういえば、前にジェシーも同じようなことをいってたな。
そのあと、ラオスーは僕に基本的な型を教えてくれた。それはまるで空中に水の流れを描き出すような美しい動きだった。呼吸を整えながら、ゆっくりと何度も繰り返すこと。
ラオスーは鳥を拾うと、家の中に入ろうとして足を止めた。僕を振り返る。
「食料を調達に行ってよかったわい。お前さんの仲間が来たみたいじゃぞ」
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