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 食後にラオスーはパイを焼いてくれた。

「パイなんて珍しいね」

「たまにはお前さんの味覚にあわせるのも悪くはあるまい」

 それは見事な出来ばえのパンプキンパイだった。ヨミはどうしているだろう。無茶してなければいいんだけど。僕はパイを一口食べて驚いた。

「これ、ジェシカのパイの味にそっくりだ」

「そりゃそうじゃろう。ジェシカに教わったんじゃからな。当然じゃ」

「ラオスー、もしかしてマッコイ爺さんたちと知り合いなの」

「ロンとジェシカには昔世話になってな。お前の親父さんとわしを引き合わせたのはロンたちじゃ」

 この世界は狭い。でも考えてみたら、火星のことを知っている人間は少ないから当然かもしれない。

「お前の親父さんとお袋さんがニキを手放さなければならなくなったのは知っているか」

「うん。バーニィたちに聞いた」

「ニキを誰に預けるか、ハリー・マーシュは話せる範囲でロナルド・マッコイに相談し、ロンはわしに話を持ちかけた。最初は断ったんじゃが、ハリーと話をして結局引き受けることにしたんじゃよ」

 そういって、ラオスーはパイを頬張った。

「父さんたちは何て?」

「自分たちはこれから火星人(マーシャンズ)として生きる。だが、ニキは自分で生き方を選べるようになって欲しい。そういっておった」

 どういうことだろう。父さんたちがコーディネーターを辞めて普通の火星の人間として生きるというのは分かる。でも、ニキは『先祖返り』だ。ニキにも地球へ行くという選択肢を残したんだろうか。『アーム』に入ることか、それとも別の選択があるのだろうか。

「なぜ父さんたちは『アーム』に入らなかったんだろう」

「人の生き方は様々じゃ。何を一番大切にするか、それはその人間が決めること、本人にしか決められないことじゃ」

 父さんたちがコーディネーターを辞めたのは母さんが僕を身籠る前のことだ。ということは、やっぱりTBを地球に送らないことを優先したということなのか。

「ニキを引き取ったのは今から十八年前じゃ。ロンとジェシカ、お前さんの両親、そしてニキとわしはポートタウンの外れのロンの家で会った。ニキはなぜわしに引き取られるのか理解できていなかった。また捨てられると思ったんじゃろう。無理もない。ニキがハリーに引き取られる前のことは知っておるかの」

「知ってます」

「じゃが、ハリーはどうしてもニキを手放さなければならなかった。ハリーは泣いて嫌がるニキに向けて銃を撃った。それでもニキはハリーたちについていこうとした。もう一発。『先祖返り』とはいえ、十二歳の子供だ。まして自分が信頼していた人間に撃たれる気持ちを思うとなんともいえない気分になったよ。ニキはようやくあきらめて、地面にうずくまったまま泣いておった。いつまでも、ずっとな」

 ラオスーはパイプを取り出して火を付けた。

「ハリーはわしにニキを撃った弾の空薬莢を手渡した。ニキが大人になって事情が理解できるようになったら、これを渡して全てを話してくれといってな。確かもうひとつはジェシカが持っていたはずじゃ」

「TBは――ニキはジェシカに会ったよ。ニキのペンダントはジェシカに預けた。それを取りに必ず戻ってくるという約束で」

「そうか」

 ふーっとラオスーは煙を吐き出した。

「それで、お前さん、いったい何があった。ここへ来た日の夜、遅くに戻ってきたじゃろう。あのときのことじゃよ」

 やっぱり。この人に嘘はつけそうにない。でも僕は言葉に詰まった。

「いいたくなければ無理にいわなくてもいい。ただし、いえる相手にはちゃんといっておけ。お前さんには相談できる相手がいるはずじゃ。お前さんの両親はお互いがそういう存在じゃった。信頼できる人間がいるということ。お前さんにはまだ分からないかもしれんが、それはとても幸せなことなんじゃよ」

 僕はためらいと共にいろんな言葉を飲み込んで、ようやくたったひとことをいうことができた。

「ありがとうございます」

 あご髭をなでながら、ラオスーはうなずいた。

「今日はもう休むとしよう。さて、明日からは本腰を入れていこうかの」

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