081

 次の日の昼すぎ、僕たちはデッドウッドに到着した。サキにも来てもらった。バーニィの仲間はジェシーたち数人を残して渓谷に帰っていった。残った人たちは『アーム』の拠点の宿屋で休息をとっている。あくる日の朝にドクター・マチュアが来ることになっていた。

 しばらくベッドに横になっていたけど、なんだか落ち着かない。僕は部屋を出て一階の酒場に下りていった。店はまだ開店前でテーブルの上に椅子が積み上げられている。隅のテーブル席にヨミがひとりぽつんと座っていた。ほかには誰もいない。

 両手でカップを持って何かを飲んでいる。たぶんココアだろう。

 目が合った。

 ヨミの黒い瞳がじっとこちらを見つめている。顔の前のカップで表情が良く見えない。

 あれから結局僕たちは一度もまともに会話できなかった。僕が話しかけようとするとなぜかバーニィやキャットやサキに邪魔をされてしまった。ヨミのほうも僕に話しかけたそうなそぶりをしていたけど、それは僕がそう思っていただけかもしれない。

「どうした。座ったらどうだ」

 ぼうっと突っ立っている僕を見かねてヨミが声をかけた。なぜか急に緊張してきた。いいたいことがたくさんあるはずなのに、何もいえなかった。

「体は大丈夫なのか」

 僕はヨミの隣の椅子に座った。

「うん。また元に戻ってしまったけど」

 僕の体は『先祖返り』の状態から再び元に戻っていた。でも、今回は前回のように気を失ったりはしなかった。サキによるとたぶんあと一回ぐらいで完全に体質が変わってしまうだろうということだった。

「あまり無茶はするな」

 心配されてしまった。

「ヨミにいわれたくない。ヨミこそ無茶しないでよ」

「なぜ今さらそんなことをいうんだ。私のやりかたはもう分かっているだろ。誰かがやらなければならないことをやっているだけだ」

「ヨミにそんなことをさせたくない」

「だから、なぜ――」

「心配だからだよ! ヨミのことが心配なんだ」

 ヨミはカップをテーブルにどん、と置いた。

「私だって心配したんだぞ! 勝手にMAを追いかけて行って、そのまま何の連絡もない」

 うつむいたヨミの顔を黒髪が隠している。

「分かってる。ドクターが死んだのは私のせいだ。恨まれて当然だ」

「僕はヨミのことを恨んでなんかいない」

 ヨミの顔がかすかに動いた。

「だって僕は……」

 僕はその先をいえずにいた。うつむいたままヨミがぽつりとつぶやいた。

「もう会えないと思ってた」

 ヨミはまるでテーブルの上のカップに話しかけているみたいだった。

「すごく心細かった。すぐに探しに行きたかった。でも、できなかった。だって、会ってくれない気がしたんだ。だから、あのとき来てくれてすごく嬉しかった。――カカオ」

 ヨミがゆっくりとこちらを向いた。黒い瞳が濡れて光っている。

「私はカカオのことが――」

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