080

 オートモービルは近くの森の中にある小さな湖のほとりで停止した。どうやら集合場所らしい。

 教会からここまでずっと、ヨミはほとんど口を開かなかった。僕が話しかけようとすると、すぐに視線を逸らしてしまう。

 やがて馬に乗った『アーム』の人たちがぞくぞくとやってきた。その数およそ三十人。みんなバーニィの集落で見かけた人たちだった。

「よお、ドクの息子、元気か?」

「姉ちゃん、なかなかかっこよかったぜ」

 僕とTBに声をかけながら、みんなは馬に水を飲ませている。

 ぽん、と背中を叩かれた。振り返ると、ジェシーがにこにこしながら立っている。

「おじいさん! 大丈夫なの? こんなところへ来て」

 それを聞いてバーニィたちが笑う。

「レン、ジェシーは爆弾のエキスパートだ。あの爆薬も全てジェシーが仕掛けたんだよ」

 ジェシーはそんなことはおかまいなしに僕の耳元でささやくようにいった。

「どうだ、ドクのせがれ。少しは飲めるようになったか」

「うん、少しは」

「よし。とっておきのを持ってきた。今晩やろう。でっかい姉さんも呼んでな」

 僕の背中を叩くと、笑いながら行ってしまった。

 バーニィが僕の隣に立った。

「会議の情報が入った時点で早馬を飛ばしていたんだ。砂漠を横断すればなんとか間に合う距離だったからな。砂嵐がなくて助かったよ」

「うん。本当に助かった」

 やがてもう一台のオートモービルが到着した。たぶん追っ手が来ないことを確認してから離脱したんだろう。

 オートモービルからキャットが飛び降りて、ヨミのところに駆け寄った。

「おかしらぁ、水くさいですぜ」

「すまない、キャット」

「まあ、無事でよかったっす。レン、ありがとな」

 僕はうなずいた。

 キャットのあとからオートモービルを降りた人物を見て、ヨミが体をこわばらせた。

「げっ、アサヒナ……」

 サキがつかつかと大股でこっちにやってくる。いきなりヨミの横っ面を思い切りひっぱたいた。ヨミが地面に転がる。

「久しぶりに会って、少しは成長したかと思ったが、お前はまったく変わっていないな、この未熟者がっ」

 サキは手のひらを開いたり閉じたりしている。

「お前ひとりの勝手な行動が、どれだけ多くの人間の命を危険にさらしたと思っているんだ」

「どうしてもファントムに確かめたいことがあったんだ」

 サキのほうを見ずに、地面に尻餅をついたままヨミがつぶやくようにいった。

「なに?」

「地球人(テラン)は私たちを――正確にいえば、西部地区を切り捨てるつもりだ」

 バーニィがヨミの側に膝をついた。

「お嬢ちゃん、どういうことだ」

「火星の住環境エリアを縮小させるんだ。それにともなって西部地区の住人は排除されるだろう」

 僕もヨミの側の地面に座った。

「排除って……」

「地球人(テラン)は私たちを殺すことになんのためらいも持っていない」

「そんな。どうして」

「火星の住環境を維持するために、地球は多くの手間とコストをかけている。それを減らすつもりなんだろう」

 バーニィが素早く周りを見渡す。ヨミがぶたれたときはみんな注目していたけど、今はだれも僕たちの話を聞いていない。

「その情報は確かなのか、お嬢ちゃん」

「もちろんカウントは明言しなかった。でも、奴の反応から見て私は本当だと思う」

 バーニィはサキを見上げた。

「確かに、昔からそんな噂はあった。たぶんあんたも聞いたことがあるだろう」

 サキがうなずく。

「ある。でも、今になってどうして」

「コーディネーターなら知っているはずだ。確認はとれないのか、アリソン」

「取れないこともない。とにかくいったんデッドウッドまで戻ろう」

 バーニィは立ち上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る