041

「じゃあさ、あだ名で呼ぶっていうのはどうかな」

 僕の提案に、ヨミはほっとした様子でうなずいた。

「おお、それはいいな。なんというあだ名だ」

「えーっと、特にあだ名で呼ばれたことはないな。君がつけてよ」

 ヨミはしばらく真剣に考えていた。

 突然何かを思いついたらしく、マントの内ポケットから、小さな袋を取り出した。袋の紐をほどき、手のひらの上でさかさにすると、褐色の木の実が転がり出てきた。

 ヨミが手のひらを僕の鼻先に近づけると、木の実からココアのいい匂いがした。

「これって……」

「焙煎したカカオの実だ。以前、南部地区の商人から分けてもらった」

 ヨミはカカオの実を、シャツをまくり上げて露出している僕の腕の上にかざした。カカオの実とその下の肌はほとんど同じ色をしている。

「カカオ。どうだ」

「うん、いいね。気に入った」

「そ、そうか」

 ヨミはほっとした様子でカカオの実をしまった。そして、おもむろに僕の腕に顔を近づけてきた。くんくんと匂いをかいでいる。

「どうしたの」

「いや、ココアの匂いがしないかと思ったんだが」

 ヨミは顔をしかめた。

「――汗くさい」

 そりゃそうだろう。僕は思わず腕を引っこめた。

「ねえ、ヨミはあだ名はないの」

 ヨミは「うっ」と困ったような顔をすると、ふいっ視線を逸らした。

「な……ない」

 どうしたんだろう、と思っていると、不意に真剣な表情でこっちを向いた。

「カカオ、この名前は私だけのものだからな。ほかの人間に呼ばせるんじゃないぞ。わかったな」

「別にいいけど……。どうして?」

「え、どうしてって……」

 口をぱくぱくさせている。心なしか顔が赤くなっている気が――。

「おかしらぁ、レン、昼飯ですぜ」

 キャットが入ってきた。ヨミのほうを見てびくっと立ち止まる。

「何やってるんすか、おかしら」

 ヨミを振り返ると、彼女は落ちていた溶接マスクを顔の前にかざしている。いつのまに。

「よ、溶接」

「おかしら、溶接なんてしたことないじゃないっすか」

「う、うるさい」

 そういって立ち上がると、ヨミはキャットに溶接マスクを投げつけた。

「わっ」

 キャットがあわてて顔の前でマスクを受けとめる。

「先に行ってるぞ」

 出て行ってしまった。

 あっけにとられている僕にキャットがしみじみといった。

「レン、お前これから大変だな」


 午後からまたMAの操縦訓練が始まった。ヨミの機嫌はいつのまにかすっかり直っている。女の子はよく分からない。

 そして夕方――。

 五つの空の棺と遺体の入ったふたつの棺を荷車に乗せて、TBが町から戻ってきた。僕たちはその七つの棺と、襲撃者の死体を埋葬した。ヨミの仲間の棺の上には木で作った簡単な碑を立てた。日が沈むまで、ヨミは墓の前にたたずんでいた。

 夕食後、それぞれが馬に乗り、僕とヨミはMAに搭乗した。

 僕たちは大小ふたつの月明かりの下、ポートタウンへ向けて出発した。

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