042
翌日。
僕は生まれて初めて海というものを見ることになった。
それは不思議な光景だった。見渡す限りの濁った茶色い水。波が一定の間隔で埠頭に寄せは返している。初めて見たのになぜか前にも見たことがある、そんな感覚に陥ってしまう風景だった。
「カカオ。いつまで見てるんだ、そろそろ行くぞ」
埠頭に立って大海原をぼーっと眺めている僕に、しびれを切らしたヨミが叫んだ。
ポートタウンは文字通り港町だった。港に入ってくる船、出て行く船。たくさんの荷が降ろされ、積み込まれていく。人も多い。町は活気にあふれていた。
「あんな泥水がそんなに珍しいか」
ふわわわ、とあくびをしながら前を行くヨミに追いついて板張りの埠頭を並んで歩く。足元からちゃぷちゃぷと波の音が聞こえる。
昨夜ひと晩移動してポートタウンに着いたのは今朝早くだった。僕たちは『アーム』のアジトで仮眠を取ったあと、昼過ぎから活動を開始していた。
「だって、すごいと思わない?」
ヨミは海のほうを一瞥してフン、と鼻を鳴らした。
「こんなのは海とはいわない。昔の地球の海は素晴らしいぞ。真っ青で、きらきらしてて、生き物がたくさん泳いでいるんだ。あれこそが本当の海というものだ」
「どうして知ってるの」
「ライブラリといって、地球や火星のデータが蓄積されている研究施設があるんだ。もともとは地球人(テラン)のものだったが、『アーム』が接収した。私はそこでいろんなことを学んだ」
「行ってみたいな」
ヨミが立ち止まった。僕が振り返るとヨミが海のほうを見ながらいった。
「そうか。行ってみたいか」
「うん。いつか、一緒に行こう」
「そ、そこまでいうんなら仕方ない。じゃあ、連れて行ってやる」
ヨミはすたすたと僕の前を通り過ぎた。
彼女のあとから歩き出そうとした僕の前にさっと何かが差し出された。紙だ。何か書いてある。紙を差し出した人物は変てこりんな格好をしていた。
派手な三角の帽子、目の周りの黒い縁取りと大きな赤い唇の化粧、鼻の頭に赤いボールが付いている。
僕がたじろいでいると、変な格好の男は僕たちそれぞれに紙を手渡した。おおげさなおじぎをしてくるっと振り向き、ステップを踏みながら、行ってしまった。ほかの人にも紙を配っている。
「なんだあれ」
「ピエロを知らんのか」
「ピエロ?」
「ほう。サーカスが来ているみたいだな」
手渡された紙を見てヨミがいった。
「サーカスというのは、見世物興行の一種だ。動物や人間が曲芸や軽業を見せてくれる。西部地区では珍しいな。今日からか」
「へえ」
とはいったものの、どういうものか想像がつかない。
「なあ、カカオ」
「うん?」
僕がヨミを見ると、彼女はうつむいてフードをかぶった。
「いや、なんでもない。戻ろう」
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