003

 チェスは駆けた。

 拍車を入れるまでもない。いい馬は乗り手の気持ちを察して走るからだ。

 やがて帽子のつばが風を切る音に混じって、空気を震わせる大きな音が頭上から近づいてきた。

 何かが空を飛んでいる。正確にいうとゆるやかな放物線を描きながら落ちている。

 そのふたつの物体は僕の頭上を越えて、数百メートル先に着地した。

 ニワトリみたいな二本の足がショックを吸収すると、大きな音と派手な砂ぼこりを立てて再びジャンプする。

 あいつが爺さんのいってた機械の乗り物か。チェスがおびえているのが分かる。でも、奴らの向った方角には僕の家があるんだ。僕はチェスを急がせた。


 家に着いたとき、二本足の乗り物のひとつはまたしても家の屋根を半壊させてキッチンのあった場所に座り込んでいて、もうひとつは家から少しはなれたところに停止していた。

 僕が家の中に飛び込むと、崩れ落ちた壁を背にして、ふたりの人間が立っているのが見えた。

 ひとりはならず者といった感じの若い男。左目に眼帯をしている。無駄のない動きで抜き身の体勢を取った。こっちはライフルを構えることさえできなかった。そして、僕の目はもうひとりの人物に吸い寄せられた。

 十三歳くらいの女の子だった。

 ノースリーブのワンピースから伸びた細い腕は砂漠(デザート)色。不思議な肌の色だ。その肌を半分隠している黒くて長い髪。人間の体の一部でこんなにも黒い色があるなんて。本当の暗闇というのもがあるとしたら、それはこんな色なんじゃないだろうか。

 しばらく呆然としていた僕は、彼らの背後を見て我に返った。ぐったりとした父がもうひとりの男に担がれてあの機械の乗り物に運び込まれようとしている。

「父さん!」

 少女が父のほうへ振り向くのと、僕がライフルを構えるのがほぼ同時だった。

 次の瞬間、僕の手からライフルは吹き飛び、銃声が響き渡った。

 眼帯の男の腕は確からしい。

 情けないことに、僕は人から銃を向けられたことも、ましてや撃たれたこともなかったから、ショックで動けなくなってしまった。

 少女の冷ややかな視線がさらに僕をみじめな気持ちにさせた。

「西部地区では君のような肌の色は多いのか、少年」

 突然、少女が淡々と僕に告げた。

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